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その2 襲撃

◇◇◇◇◇◇◇◇


 近代兵器をものともしない、ダンジョンの敵性生物(ホスタルクリーチャー)群。

 しかし、厳しい戦いの中、自衛官の一部の者は不思議な経験をしていた。

 一般に『レベルアップ』と呼ばれる、謎の身体強化現象である。


 レベルアップは必ず全員に起きるものではない。

 ただし、きっかけとなる出来事は全員が同じ。

 それはダンジョンのモンスターを倒した時である。

 レベルを持つ者、持たない者の差は、性別、年齢、人種、遺伝に関わらず完全にランダムである。する者はするし、しない者はどうやってもしない。

 国や場所(※ダンジョン)によって、多少の多い少ないはあるものの、概ね半分程の人間がレベルアップすると言われている。

 その違いが一体、どこにあるのか。現在も世界中で研究が続けられている。


 ちなみに統計的には、年齢が若い方がレベルアップ時の成長の伸び率は高いそうである。

 その理屈で言えば、幼児の時にレベルアップしておいた方が能力値が高くなる事になる。

 しかし、その後の二次成長でどのような悪影響が出るかまでは、まだ分かっていない。

 それに、レベルアップのためには、モンスターを自分の手で殺さなければならない。

 モンスターとはいえ生き物だ。

 生き物を殺す事に抵抗が無い子供が、レベルアップで身体強化の力を得た場合。彼らが大人になった時にこの人類社会はどうなるだろうか?

 考えるだけでも恐ろしい話である。

 以上の二点が、俺達が高校一年生になってからダンジョン実習を受ける理由である。


 レベルアップを経験した自衛官が増えるにつれ、戦況は一変した。

 弾丸をも跳ね返すモンスターの皮膚も、レベルアップした自衛官のナイフは防げなかった。

 21世紀。戦場は重火器が支配する物量戦の時代から、中世以前の剣と槍で戦う肉弾戦の時代に逆戻りしてしまったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「一般クラスの諸君、聞いてくれ! 今から大事な話をする! 諸君らの命にもかかわる話だ! 良く聞いておくように!」


 俺達は黙って隊長の言葉を待った。

 ドラマや漫画だと、決まってこういう時には騒ぎ出す人間がいるものだが、現実はそうではないようだ。

 恐怖と不安のせいで、俺達の頭は重く、痺れたようになっている。

 俺も含め、全員が目の前の頼れる大人に――ダンジョンの専門家に縋り付きたい気持ちで一杯になっていた。


「先ず、ここがダンジョンのどこか、そしてあの異変からどれだけの時間が経っているのか、その確認からしなければならない。誰か今の時間が分かる者はいるか?」


 俺達は慌ててポケットからスマホを取り出した。

 結論から言うと、全員のスマホの電源が入らなかった――つまりは壊れていた。

 周囲を見回したが、腕時計を持っている者は誰もいないようだ。

 自衛官は三人共、腕時計をしていたが、針は異変が起きたと思われる時刻で止まっていたそうだ。


「そうか。では次にここがどこかを確認しなければならない。あの時、我々はダンジョン二階層の通路を移動していた――」


 隊長の説明によれば、ダンジョンは極たまに構造を変える事があるという。

 広場があった場所が通路になったり、通路が消えて無くなったりするそうだ。


「おそらく我々は運悪く、その変化に巻き込まれてしまったのだと思う。国内ではまだ例が無いが、海外ではそのような事故が数件起きている。ニュースで知っている者もいるかもしれないが、最近では、イギリスのダンジョンで一部隊が丸ごと巻き込まれる事故があったそうだ」


 俺達は戸惑った顔を見合わせた。

 世界中にダンジョンが発生した七年前ならともかく、最近ではダンジョン関係のニュースもあまり話題に上らなくなっている。

 ましてや自分達には直接関係のない海外での事故だ。知っている者は誰もいなかった。

 隊長は小さく苦笑を浮かべた。


「あったんだ。丁度我々と似たような感じで、モンスターを討伐に出たイギリス陸軍の部隊が、ダンジョンの変化に巻き込まれたらしい」

「その人達はどうなったんですか?!」


 クラスの女子が前のめりになりながら尋ねた。


「翌日になって全員無事に見付かったそうだ。部隊ごと違う区画に移動していた所を自力で戻って来たらしい」


 俺達の間に、ホッと安堵の空気が流れた。

 隊長は軽く広場の中を見回した。


「脅かすつもりはないが、まだ気は緩めない方がいい。イギリスの例では、彼らはケガ一つなく、全員無事に戻って来たそうだ。それに比べ、我々は事故直後に半数近い犠牲者を出している。こちらの方が、より深刻で大きな異変に遭遇している可能性が高い」


 俺達は頭から水を浴びたような気になった。

 そうだ。この事故ではクラスの半数にものぼる死者が出ている。

 安全な場所にたどり着くまで、安心するのは早すぎる。


「あくまでも予想なのだが」


 隊長はそう言って話を続けた。




 隊長は話を続けた。


「あくまでも予想なのだが、私はここが三階層か、それより下の階層ではないかと考えている。イギリスの事故では、同じ階層間での移動だったそうだ。今回、我々の方が被害が大きかったのは、階層をまたいだ移動だったせいと考えられる」


 階層を越えて移動する方が被害が大きくなるのかどうかは分からない。

 しかし、イギリスでは被害者がいなかった以上、可能性としてはあり得る話だ。


「それに、安全のためには最悪の事態を想定しておくべきだしな。とはいえ、現在、この墨田区ダンジョンは十五階層までほぼ攻略されている。ここが何階層か分かり次第、各階に設営されている自衛隊のベースキャンプを目指す予定だ」


 隊長の説明によると、自衛隊が墨田区ダンジョンの十五階層まで到達したのは四年前。

 それから現在にかけて、各階層を入念に調査しているそうである。

 そのため、十五階層までの地図はほぼ完成している(※ダンジョンは知らない間に構造を変化させる事があるため、どうしても不完全な物にならざるを得ない)との事だった。

 生徒の一人が不安そうに尋ねた。


「もし、ここが十五階層より深い場所だった場合、どうなるんですか?」

「その可能性も勿論、あり得る。その場合、モンスターと戦いながら上層を目指す事になる」

「そ、そんな!」

「心配するな」


 隊長はそう言って男らしい笑みを浮かべた。


「というよりも、心配するだけ無駄だ。ダンジョンの中では死ぬ時は死ぬ。死にたくない? 当然だ。俺だってそうだ。だったら這いつくばってでも生き延びろ。どんなに苦しくても足を止めるな。生きる道は前にしか伸びていない。前に前に進み続けろ」


 ・・・そういう事か。

 俺は不意に胸にストンと落ちた気がした。

 ずっと俺が隊長に感じていた凄み。

 それは死線をくぐって生き延びた者が持つ自信。

 ”生命力”とでも呼ぶべき、独特の雰囲気だったのである。




「それでは行動に移ろう。先ずは班分けと班のリーダーを――」

「宇津木3曹! 敵性生物(ホスタルクリーチャー)です!」


 通路を見張っていた自衛官が叫んだ。

 敵性生物(ホスタルクリーチャー)――ダンジョンのモンスターが現れたのだ。

 俺達の間に動揺が広がった。何度経験してもモンスターとの遭遇は恐ろしいものだ。

 ましてや俺達はレベルを持たない――戦う力を持たないモブなのだ。


「エコードッグ型! ですが、普通よりも一回り程大きい! 数は三! 戦闘に入ります!」


 自衛官はそう言うと背後の特補クラスの学生に振り返った。


形態変換(トランスレーション)だ! 出来るな?!」

「「「は、はいっ!」」」


 形態変換(トランスレーション)

 それは彼らプレイヤーが、通常の状態から、レベルアップに応じた戦闘力を発揮出来るように、自分の体を変化させる事を言う。

 体を変化させる――と言っても、テレビのヒーロー番組のように、違う姿形に変身する訳ではない。見た目は変わらないまま、身体能力だけが跳ね上がるのだ。

 よく「自動車のギアを上げるようなもの」等と、例えられている。

 レベルを持たないモブの俺には、いまいちピンと来ないのだが。

 隊長は「エコードッグ? ならばここは五階層か?」などと呟いている。


 自衛官と特補生は、腰に下げていた高炭素鋼製(ハイカーボンスチール)の大型サバイバルナイフを抜いた。


「「「形態変換(トランスレーション)!」」」


 彼らの見た目には全く変化はない。

 だが、その肉体には、各々のレベルに応じた凄まじい力が宿っていた。


 ――いや。そうなるはずであった。


「なっ?! どうして形態変換(トランスレーション)出来ない?!」


 自衛官が驚愕に目を見開いた。

 全員が驚きで動きを止める中、黒いオオカミのようなモンスターが通路から飛び出して来た。

 モンスターとしては中型サイズ。成人男性と同じくらいの大きさだ。

 オオカミモンスターは自衛官にのしかかると、ひと噛みで彼の頭をグシャリと噛み砕いた。

次回「悪夢の始まり」

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― 新着の感想 ―
[一言] 新作を始めるならハヤテのほうの閑話を更新して新作はじめましたって宣伝してはどうでしょう?
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