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その16 コインの表と裏

 五条と漆川。俺達は二人の犠牲を払いながら階層ボスに勝利した。

 仲間で残っているのは、もう二人だけ。俺と特補生クラスの女子、茂木さん。


 俺は茂木さんの治療を受けつつも、頭の中では漆川が残した言葉がグルグルと駆け回っていた。


 ――茂木帆之香には気を許すな。


 確かに漆川は、死ぬ間際にそう言った。

 出血多量で意識が朦朧とした状態での言葉だ。どれほど信ぴょう性があるかは分からない。

 だが、今まさに死のうとしている人間が、最後に残した言葉だ。

 無視するにはあまりにも重すぎた。


 俺はチラリと茂木さんの顔を見た。

 真剣な表情で俺の足に添え木を充てている。


 この人の何をどう気を付ければいいんだ?


 分からない。

 もちろん、完璧な人間なんてこの世にいない。

 茂木さんにだって、他人に知られたくない事や後ろめたい事くらいはあるだろう。

 だが、それでも俺は彼女を疑う理由が何も思い当たらなかった。

 ハッキリ言って、信用という点では、死んだ漆川や金本、それに稲代の方が低いくらいだ。

 漆川はこの人の何をそんなに疑っていたのだろうか?


 その時、茂木さんが俺に振り返った。

 俺は自分の心が見透かされたのかと思い、ドキリと心臓が跳ね上がった。


「どう? 動けそう?」

「えっ? あ、ああ。 ――ぐっ!」


 俺は慌てて立ち上がろうとして、痛みに顔を歪めた。

 階層ボスとの戦いで、俺の体はボロボロだった。

 中でも重症は、左の肋骨に入ったヒビと、右太ももの裂傷。

 脇腹はテーピングでグルグル巻きにされ、右足は止血した上で添え木が充てられていた。

 茂木さんは俺の体を支えると、申し訳なさそうに謝った。


「ごめんなさい。私がもっと役に立てれば」

「いや。茂木さんがいて助かってる。俺一人だとどうしようもなかったからな」


 実際、一人だとテーピングだってロクに巻けなかっただろう。

 俺は太ももに巻いている止血帯――とか言うんだっけ? 血管を押さえて止血するためのベルトすら、知らなかったんだからな。


「でも、私が形態変換(トランスレーション)出来れば、もっと出来る事があったのに・・・」

「それは――」


 それは言っても仕方がない事だ。

 茂木さんのクラスはバンテージ。

 ゲームで言えば回復職(ヒーラー)だ。

 実際のスキルはゲームのようにHPを一発回復、とはいかないらしい。

 とはいえ、俺達が使っている自衛隊の救急キットだけでは治療にも限界がある。

 俺もモンスターとの戦いで負傷をする度に、「茂木さんのスキルが無くなっていなければなあ」などと思っていたものだ。


「――そんな事より、今は急いでここを離れよう。血の匂いに誘われてモンスターがやって来るかもしれない。・・・痛っ」


 俺は茂木さんの肩を借りながら立ち上がった。

 痛みに思わず悲鳴を上げそうになったが、反射的にプライドをフル動員して、辛うじて押さえ込んだ。

 ・・・なんで男子は女子の前で、無駄に恰好を付けるんだろうな。

 もうこれは男子の本能と言ってもいいかもしれない。

 もしも、ここにいるのが五条や漆川だったら、いくらでも泣き言を言っていたのは間違いない。


「大丈夫?」

「・・・ああ。行こう」


 一歩足を踏み出す度に、振動と衝撃で激痛が走る。

 背中にイヤな汗が浮かび、たった数歩で呼吸が乱れた。

 今の俺は歩くのに必死だった。

 だからだろう。いつしか俺の頭の中からは、漆川の残した言葉が消えていたのであった。




 一階層はうんざりするほど広かった。

 いや。実際は二階層とさほど変わらない広さのはずだし、俺達には自衛隊が作った地図があるため、迷う心配もない。

 最短距離を進んで、それでもなお、これ程時間がかかっていたのは、俺のケガが原因で速度が出せなかったからである。


 幸いモンスターとは一度も遭遇しなかった。

 俺達がよっぽどツイていたのか、そもそも、モンスターの数自体が少なかったのか。

 とはいえ、いくら俺のレベルが27でも、一人では立てない状態で戦うのは難しい。

 モンスターと出会わずに済むに越したことはなかった。


 俺は少しでも苦痛を紛らわすために、茂木さんに何か話しをしてくれるように頼んだ。

 彼女は最初は躊躇っていたが、ぽつぽつと話しているうちに、次第に慣れて来たようだった。


「――なんて事を急に言って来るのよ」

「それはまあ、それだけ茂木さんが先生に頼られているって事なんじゃないか?」

「そう・・・なのかもしれないけど、私がやる前提で話を進められても困るのよね」


 ちなみに今は彼女のクラスの話を聞いている。

 特に担任の先生には、色々と言いたい事があるようだ。

 真面目な彼女にしては、意外と愚痴が多いのが驚きと言えば驚きだった。

 ――いや。逆か。真面目な性格だからこそ、こんな風に溜め込んでしまうのだろう。


「――本当はレベルなんて、別に欲しくはなかった。プレイヤーでなくなって、実は少しだけホッとしているの」

「・・・・・・」


 茂木さんは元々、大阪の高校を受験していたらしい。俺でも名前を知っている私立の有名進学校だ。

 しかし、彼女は受験前日に熱を出してしまい、高校入試にも落ちてしまったそうだ。

 結局、彼女は滑り止めで受けていた地元の高校――西浜高校に通う事になった。


「私って子供の頃からいつもそうなの。運が悪いというか、大事なところで失敗しちゃうというか。

 以前、友達と一緒にネットで名前の字画数を占った時なんて、『あまり人が経験しない不幸に遭いやすい』って出たわ。いい時はいいけど、両極端っていうか、振れ幅の大きな波乱万丈な字画数なんだって。

 その時友達に『スゴく分かる~』って笑われたんだけど、どう思う?」

「あ~、どうだろう。けど、女子でそういうのは大変そうだな」


 いや、男でも大変か。

 危険と隣り合わせの波乱万丈な人生。

 うん。俺なら勘弁かな。


「だから自分がレベルを手に入れた時、『ああ、やっぱりか』と思ったの。そして自分のクラスがバンテージだって知ってゾッとしたわ。多分、私はここでも最後にミスをする。そして私の失敗で誰かを殺してしまうんじゃないかって」

「それは・・・」


 バンテージは後衛の回復職だ。確かに彼女のミスは負傷者の命を危険に晒す事になる。

 だが、それを言うなら、他のクラスだって同じ事だ。

 敵は人間の命を狙うダンジョンのモンスター。誰かのミスはチームみんなの危険に直結する。前衛職だろうが後衛職だろうが関係ない。

 と言うかそもそも――


「――そもそも茂木さんが気にする事じゃないんじゃないか? 失敗なら仕方がないけど、運不運は別の話だろ? そんなの、いくらこっちが気を付けていようがどうしようもないモンだし」


 そう。運不運は人間がどうこう出来る話じゃない。

 今回、俺達は階層ボスを――自分達より遥かに格上のモンスターを倒した。

 しかし、一歩でも間違えていれば――いや、半歩でも間違えていれば、やられていたのは間違いなく俺達の方だった。

 戦いの中、俺は何度も「もうこれまでか」と諦めそうになった。

 勝敗を分けたのは運。

 ギリギリの所で俺には幸運が味方して――階層ボスにとっては不運が重なって――ヤツは死に、俺はこうして生きているのである。


「けど、それでも俺は運不運なんて信じない。あんなものは人間が決めた呼び分けだ。

 投げたコインが落ちた時、表が上になるか裏が上になるか。それ自体はただの偶然。意味なんて何もない単なる確率だ。

 それを人間が後付けで――本人にとっての結果ありきで、幸運とか不運とか都合よく呼び分けているだけなんじゃないかな」


 運も実力のうちという言葉がある。ならば俺達の方が階層ボスよりも実力が――力があったという事になる。

 そんなはずはない。それはヤツと戦った俺が良く分かっている。

 ただの偶然がたまたま俺にとって良い目に出た――あるいは、後でそう思えるような目が出たというだけ。

 勝ったという結果があるから幸運と言えるだけで、同じ出目が出ていても負けていれば不運になっていただろう。

 まあ、負けていた場合、俺は間違いなく死んでいたので、不運と思う事も出来なかったはずだが。


「だから茂木さんが気にするような事はない。と、俺は思う。それに今は不運だと思っている事だって、ひょっとして将来、『むしろこっちで良かったかも』と思える日が来るかもしれない訳だし」


 幸運も不運もない。全てはただの偶然。

 人間の心が作った幻想だ。

 コインが表だったか裏だったかの違いでしかない。


 俺がそう言うと、茂木さんは不思議そうな顔で俺に振り返った。

 今の俺は彼女の肩を借りて歩いている。

 だから女子から至近距離で見つめられ、俺は反射的に視線を逸らした。

 自分の耳が火照っているのが分かる。

 俺は自分が女子と密着している事にようやく気が付いたのだ。

 何を今更だって? いやいや、今までそれどころじゃなかったから。

 というか、今だって右足も動かせない状態で、痛みを堪えながら歩いている訳だから。


 茂木さんは俺の反応をどう取ったのだろう。小さな笑みを浮かべた。

 それは随分久しぶりに見る彼女の微笑みだった。




 その後も俺達は何事も無く一階層を進んだ。

 そして遂に、地上へと続く階段まで到着したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 地上に出ても落ちていた武器のレベルから言って文明の発展具合も高が知れるから、一難去ってまた一難って状況もあるって考えるとベリーハード所かナイトメアレベルのハードな
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