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その10 成り上がり

 俺はようやく二階層に戻って来た。

 既に眠気と疲労は耐え難いものになっている。

 俺は仲間達と合流すべく、最後の気力を振り絞ってみんなと分かれた一階層へと続く階段を目指して歩き始めた。


「ん? これは・・・」


 モンスターの血で書かれた物だろうか。ダンジョンの壁に矢印が書いてあった。

 どうやら俺が戻って来た時のために、目印を残してくれていたらしい。

 ・・・と、気付いたのは後になっての話。

 この時の俺は、ボンヤリとしてまるで頭が働いていない状態だった。

 俺は思考が停止したまま、誘われるようにフラフラと矢印の先を目指した。

 後で考えると、我ながら随分とヤバイ状況だったと思う。

 仮にこれが何かの罠だったら、俺はどうしていたんだろうか?




 勿論、罠であった訳もなく、矢印に指示された先。たどり着いたのは小さめの広場だった。

 そこには三人の男女が座り込んでいた。


 特補生クラスの五条と茂木さん。それと俺と同じ一般クラスの漆川。

 嫌われ者の金本の姿は見えない。トイレか何かだろうか?

 俺は少しだけ気分が上向きになった。

 面倒なヤツと話をせずに済んでラッキーだ。疲れている今、俺はそんな風に思った。

 通路を見張っていた五条が、真っ先に俺の姿に気付いた。


「中久保! 戻ったか!」

「中久保くん」

「待ってくれ」


 みんなはその場で立ち上がったが、俺は手を上げて彼らを遮った。

 正直、こんな事を言うのも何だが、さっきも言ったように、俺の眠気と疲労はもう限界ギリギリである。

 会話をするのも面倒だったのである。


「悪い。ずっと戦い続けでブッ倒れそうだ。頼むから今はひと眠りさせてくれ」

「そ、そうだな。だったらそっちの奥で休んでくれ」


 五条の言葉に、俺は返事もそこそこに広場の奥に向かった。

 その時、クラスメイトの漆川が、妙に元気が無いのが少しだけ気になった。

 コイツはレベルを得てプレイヤーになって以来、教室での大人しかった姿がウソのように、ずっと調子に乗っていたのだが。

 それに茂木さんの表情だ。

 確かに、茂木さんは元々明るいキャラという訳ではなかったが、今はどこか思い詰めたような、何か張り詰めたような危なげな雰囲気を感じさせた。


 ・・・ダメだ。今はこれ以上考えられそうな気がしない。

 仲間のいる安全な場所まで戻って来たという安堵感のせいだろう。もはや睡魔は耐えがたいものになっていた。

 俺はダンジョンの硬い床に横になると、たちまち眠りに誘われたのであった。




 人間、疲れすぎると眠りも浅くなるらしい。

 俺は寝苦しさに目を覚まし、寝返りをうっては再び眠りにつく、という行動を何度か繰り返した。

 多分、合計で五~六時間も寝てないのではないだろうか?

 やがて俺は、いい加減に寝るのも疲れたので、仕方なく起き上がった。

 どうやら今の俺は、寝るだけの体力すら不足していたようだ。

 それでも疲労は回復したらしい。寝る前と違って頭は随分とスッキリしていた。


「中久保。起きたのか」

「ん。ああ。みんなさっきは済まなかったな。一人で戦っている間は眠る事も出来なかったんだ」


 俺は一人で経験値稼ぎをしてみて、仲間の存在のありがたみを改めて思い知らされていた。

 戦いは戦っている者だけで出来るわけじゃない。戦う者を支える人間だって重要な戦力なのだ。

 一人になって、それが嫌と言う程骨身に染みた。

 今ならあの嫌味な金本相手にだって、一緒にいてくれてありがとう、と言える程だ。

 ・・・多分、あいつと一度でも会話すれば、そんなありがたみもすっかり吹き飛んでしまうんじゃないかと思うが。

 そういえば――


「そういえば金本はどうしたんだ? 確か俺が寝る前も姿を見なかった気がするが」

「! ・・・それは」


 俺の言葉に三人はビクリと体を固くした。

 なんだ? この空気は一体。


「どうしたんだ? ――まさかモンスターに殺られたのか?」

「ああ。そうなんだ」


 五条の返事に、漆川はサッとこちらを睨んで来たが、すぐに元のように目を伏せてしまった。

 マジかよ。せっかくこうして金本の存在にもありがたみを感じた所だったのに・・・。

 タイミングが悪いというか、何でこのタイミングなんだというか。

 逆に考えれば、同じ死ぬならこうして惜しむ気持ちでいられるうちで、ある意味では良かったのかもしれない。

 死んでくれてせいせいした、などと思われるよりは、自分の死を惜しまれる方が、まだマシだったのではないだろうか。

 金本本人としては、死んだ後で俺なんかにどう思われようと知った事じゃないかもしれないが。


 しかしなる程。そういう事か。

 俺は何となく、微妙な空気の原因が分かった気がした。


 プレイヤーとして、漆川は俺達の最大戦力だ。

 金本は、そんな漆川にずっと取り入っていた。

 あいつの狙いが、漆川を取り込んで自分の発言権を強めようとしていた事にあるのは明らかだった。

 漆川本人も、多分、その事は分かっていたと思う。

 なにせ一年生の時は同じクラスで、ずっと金本一派のパシリだったのだ。

 一派のリーダー金本の人間性の下劣さは良く分かっていたはずだ。

 そんな漆川が金本の狙いにまんまとハマっていたのは、今のアイツの立場がいわゆる”成り上がり”を成し遂げていたからに違いない。


 物語には「成り上がりモノ」というジャンルがあるそうだ。

 色々なパターンがあるが、その一つに「高校のクラスが丸ごと異世界転移に巻き込まれ、何の取り柄もない主人公がチートな能力を得て、周囲の鼻を明かす」というものがあるようだ。

 ちなみに俺はこの話をアニメで見た事がある。

 タイトルは忘れたが、「異世界召喚された」とか、「ハズレスキルで追放された」とか、そんな感じの言葉が入っていたと思う。

 確かあのアニメの原作はネット小説だったはずだ。俺は小説は読まないので知らないが、きっと漆川は好んで読んでいたのだろう。

 この説明を聞いて、どこかで聞いたような話だとは思わないか? そう。正に今の俺達の状況である。


 クラスでも最底辺だった男(※漆川)が、ダンジョンの転移で最強の力を手に入れる。

 自分をパシリにしていたヤツ(※金本)は、逆に力を失ってどん底に。

 クラスの生意気な女子(※稲代)はハズレ能力に。

 いつもはクラスのリーダー(※五条と茂木さん)がみんなを率いていても、いざ戦いとなれば、みんな自分を頼らざるを得ない。


 底辺が頂点に。逆に頂点は底辺に。ヒエラルキーの大逆転だ。

 恐らく漆川的には、自分が主人公になった気分だったのだろう。

 漆川にとって、金本が自分をチヤホヤと持ち上げる姿は、自分の成功を実感出来る、最高に気持ちのいいシチュエーションだったに違いない。

 あるいは先の見えない不安やモンスターとの戦いの恐怖を、その気持ち良さでどうにか誤魔化していたのかもしれない。

 しかし、今や漆川はそのドーピングを失ってしまった。モチベーションを維持するための最高のご褒美を失ってしまった。


 漆川のテンションの低下は、唯一にして最大の戦力の低下に直結する。

 モンスターと戦うすべのない五条や茂木さんにとっては、正に命に係わる一大事である。

 この何とも重苦しい空気は、それが原因だったのだろう。


 というか、金本の死が巡り巡ってこんな事になるとは。

 いても何の役にも立たない。むしろいない方がマシ。そんな風に思っていた金本が、まさか意外な形でチームの役に立っていたなんて。

 まあ、それでも足し引きすればマイナスの方が目立つヤツだったんだが。

 こうして漆川のテンションを上げる役に立っていたとはいえ、間違いなく残りの全員からは嫌われていただろうからな。


 まあ、これ以上、死んでしまった者の事をどうこう言っていても仕方がない。

 俺達は相変わらず追い詰められた状況にある。

 今は階層ボスに挑む事を考えなければ。

 五条も俺と同じ気持ちだったのだろう。気を取り直すと俺に訪ねた。


「それで、中久保。狙っていたスキルは無事に手に入ったのか?」

「ああ。思っていたのとは少し違ったが、十分に代用は利くはずだ。ここに戻って来るまでにモンスターとの戦闘で試しに何度か使ってみたが、今回に関してはむしろこっちの方が好都合だったかもしれない」


 五条の表情が明るくなった。

 スキル【刃渡り】は、俺の見立てでは階層ボスに通じる。と思う。

 しかし、それもかなりのギリギリ。「どうにか通じるだろう」といった所でしかない。

 前回はまともな戦いにすらならなかった。

 だから俺は階層ボスの全力の戦いというものをまだ見ていない。

 もし、仮に階層ボスが何か強力な隠し玉を持っていた場合、スキル【刃渡り】では対処しきれない可能性は十分にある。


 俺達には敵の情報が少なすぎる。

 出来ればもっと時間をかけてジックリと挑みたい。

 しかし、俺達にはその時間が残されていない。

 もう何日も水しか飲んでいない。人間は水だけで何日生きられるのかは知らないが、戦う力が尽きてしまえば元も子もない。

 戦いは俺達が力を残している間に挑まなければならないのだ。


 俺は漆川に向き直った。

 漆川は俺の視線を感じたのか、伏せていた目を上げてチラリと俺を見た。


「漆川。階層ボスからの攻撃は全部俺が引き受ける。そのためにこんなに無理をしてスキルを覚えたんだ。だからヤツに隙が出来た時――頼んだぞ」

「・・・分かってるよ」


 俺達の戦力は俺と漆川の二人だけ。

 遊撃枠の俺と、後衛のアタッカー枠の漆川。

 人数も力もない俺達が取れる作戦は限られている。

 俺が敵の攻撃を全て引き受け、漆川が隙を突いて最大の攻撃を決める。それだけだ。


 もしも敵の攻撃を受けきれなかったら? 当然俺は死ぬだろう。その場合、残された漆川だけではどうあがいても戦えない。残された三人は全員飢え死にする事になるだろう。

 そして漆川の攻撃が敵に通じなかった場合。こちらは俺も含めた全員で飢え死にする事になるだろう。


 漆川にだってそれは分かっている。

 気が乗るとか乗らないとか、俺達はそういう場所にはいない。やらなければ――いや、やれなければ死ぬ。そういう状況まで追い詰められているのだ。


「中久保。それでいつ戦いを挑む?」

「今からだ。時間をかけても意味はない。少しでも体力が残っているうちにやる。いいな、漆川」


 漆川は返事をしなかった。

 ただ黙って立ち上がった。

 あるいは俺が起きた時からこうなる事を予想していたのかもしれない。


 これからダンジョンの脱出を掛けた最大の戦いが始まる。


 だから気付かなかった。

 なぜ金本は一人だけモンスターに殺されたのか。

 仮にもし、モンスターに殺されたのではなかった場合、なぜ、どうして金本は死んだのか?

 そして茂木さんの暗い表情。

 五条を睨み付ける漆川。

 漆川のあの視線は、五条に対する不信感の現れではなかっただろうか?


 だが、俺の意識は完全に階層ボスとの戦いに向いていた。

 この命のかかった大一番を前に、俺には戦い以外の事を考える余力など全くなかったのである。 

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