その9 経験値稼ぎ
俺はダンジョンの分岐路で立ち止まった。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
数時間? それとも丸一日?
俺は眠気と疲労で朦朧とした意識の中、地図を広げて現在位置を確認した。
ここは八階層。
みんなのいる二階層から六つも階層を下った場所になる。
この辺りまで来ると、俺一人では相手をするのが厳しいモンスターも増える。
経験値はもちろん欲しいが、戦う相手は慎重に選ばなければならない。
「今のレベルは――23か」
今の俺は仲間のプレイヤー、漆川のレベルに追いついた事になる。
だからと言って、別に嬉しくもなんともないのだが。
ちなみにレベル22で覚えた技能は、予想通りスキルではなく攻撃スキルだった。
範囲系の攻撃スキル・【シャドウ・ギア】。
回転しながら自分の周囲を薙ぎ払う技で、経験値稼ぎが随分と楽になったのは間違いない。
「だが、今、俺が必要としているのはコイツじゃないんだ」
そう。俺が必要としているのは、階層ボスの攻撃を凌ぐための力。
ヤツの圧倒的な手数と速さ、俺を瞬殺出来る破壊力を兼ね備えた攻撃から身を守る事の出来るスキルである。
そういった意味では、俺の持っている【蓮飛】のスキルは理想的なのだが、あれは効果時間が短すぎる。
それにあのスキルは神経にかかる負担も大きい。とてもじゃないが、一度の戦闘でそう何度も連発出来るものではなかった。
「次の技能を覚えるレベルは、多分、25以降か・・・」
個人によって差はあるが、技能はレベルが3~5上昇した所で覚える事が多い。
俺の場合、レベル22で攻撃スキルを覚えたので、次は最短でレベル25。遅ければ27辺りで新しい技能を覚える計算になる。
「・・・とはいえ、次も攻撃スキルかもしれないんだが」
現在、俺が覚えているスキルの数は五。それに対して攻撃スキルの数は二と、三つも少ない。
次も攻撃スキルの可能性は十分にあるだろう。
「その場合、今度はレベル30前後を目指さなければならないのか。・・・クソゲーだな」
こんな事なら漆川のヤツも連れて来ておくべきだった。そうすれば、今よりもモンスターをえり好みせずに済んだのに。
とはいえ、俺達二人が抜ければ、レベルを持たない五条達は、モンスターにやられてしまうだろう。
かと言って、戦えない足手まといを引き連れて経験値稼ぎをするのも効率が悪い。
それなら、まだ一人で戦った方がマシというものだ。
「――って、何を考えているんだ俺は。仲間の事を足手まといなんて」
確かに五条達、特補生クラスの三人はレベルを失っている。
しかし、五条はリーダーシップを発揮して俺達を二階層まで導いてくれたし、茂木さんは医療の知識で何度も俺のケガを診てくれた。
サバイバルで必要とされるのは、モンスターと戦う力だけではない。
二人の下支えがあってこそ、俺達はどうにかここまでやって来れたのだ。
金本? アイツは何も役に立ってないどころか、むしろ居ない方がマシまであるな。
アイツこそ足手まといというヤツだ。
「むしろ死んでくれた方がまだ助かる。あの時、階層ボスに殺されたのが稲代でなく、金本だったら良かったのに」
この時、俺は金本のヤツが既にこの世にいない事を知らなかった。
知っていれば、例え独り言とはいえ、こんな事は絶対に言わなかっただろう。
俺はこの場にいない金本に対してぼやきながらダンジョンの中を進んだ。
悪い時には悪い事が重なるもので、俺は中々モンスターを見つける事が出来なかった。
いや。正確に言えばモンスターはいるのだが、俺一人では戦えない相手か、レベルは適正でも、群れて数が多いヤツにしか出会わなかったのだ。
「・・・次もダメなら階層を一つ二つ上げるか」
俺の現在のレベルは26。ここまで引っ張られてしまったが、次のレベルアップで確実に技能を覚える。はずだ。
はずだよな?
もう、肩すかしだけは勘弁して欲しいのだが。
「! しめた! 手負いだ!」
派手な模様の巨大な鳥のようなモンスターが、通路の先に座り込んでいた。
この八階層で良く見るモンスターで、本来であれば俺一人で戦うのは少々危険な相手である。
しかし、ヤツは直前に他のモンスターと縄張り争いでもしたのだろう。足に大きな傷を負って歩けないようだ。
つまりは手負いだ。ここは漁夫るチャンスである。
「形態変換!」
俺ははやる気持ちを抑えながらレベルを解放。
素早くモンスターとの距離を詰めた。
モンスターはハッと首を伸ばしてこちらに振り返った。
「ギエエエエエエッ!」
その瞬間、モンスターの体がブワリと大きく膨らんだ。
奇声と体のサイズで敵を威嚇しているのだ。
中々の迫力で、思わず足が止まりそうになってしまったが、こんなチャンスは滅多にない。
ここは一気に決める。
「シャドウ・ストライク! ――からのシャドウ・ギア!」
俺は攻撃スキルを発動。素早く相手の懐に飛び込むと、横なぎにナイフを振り払った。
更に重ねて範囲攻撃を発動。相手からの反撃を封じ、追加のダメージを与えた。
どうだ?!
「キエエエエッ!」
俺の攻撃はモンスターの脇腹と片羽根を傷付けていた。
パッと血しぶきが上がり、モンスターが悲鳴をあげる。
ドスン! ドスン!
モンスターは大きな羽根で俺を叩き潰そうとするが、片方の羽根は腱が切れたのか動かない。
俺は動かない羽根の方に躱す事でモンスターの攻撃を回避した。
辺り一面に千切れた羽根や、細かな毛が舞い上がる。
モンスターの派手な柄は伊達ではない。
この羽根には獲物を麻痺させる毒が含まれているのだ。
俺は毛を吸い込まないように、慌てて空いた腕で口元を覆った。
「そこだ! シャドウ・ギア!」
「ギャアアアアッ!」
範囲攻撃のシャドウ・ギアを覚えた事で、俺の攻撃には幅が出ている。
具体的には、今までのヒットアンドアウェイだけでなく、こうやって敵の側に張り付きながら、隙を見て攻撃出来るようになったのだ。
俺の攻撃はモンスターの足を切り裂いた。
モンスターは自分の攻撃の勢いのまま、前転するような形で地面に転がった。
「しめた! シャドウ・ストライク!」
俺はモンスターの無防備な喉元に、飛び込み突きを繰り出した。
手にドスンと重い衝撃が加わると同時に、大型ナイフは根元までモンスターの喉に突き立っていた。
「シャドウ・ギア!」
俺はその状態で一回転。ナイフはモンスターの喉をえぐり、大きく切り裂いた。
俺が飛び退くのと同時に、パックリと開いた傷口から、噴水のように血が噴き出した。
ドスン! ドスン! ドスン!
モンスターは水泳のバタフライのように地面を叩きつける。
もうもうと立ち込める大量の羽根や毛で、まるで煙の中にいるようだ。
(痛っ! くそっ! 毛が目に入っちまった!)
どうやら細かい毛が目に入ってしまったらしい。
俺は痛みに涙を流しながら、慌ててその場を逃げ出した。
俺は通路の壁を曲がった所で立ち止まると、壁に背を預けた。
ここまではヤツの毛も飛んできていないようだ。
俺は口元を押さえていた腕を放すと、ハアハアと荒い息を吐いた。
「ハア、ハア、やったか? ――ゲホッ! ゲホゲホッ!」
勢い良く呼吸した事で、服に付いた毛を少々吸い込んでしまったようだ。
軽いしびれが口内と喉を襲い、俺は唾液を気管に吸い込んで激しくむせ返った。
「ゲホッ・・・ふう。全く、厄介なヤツだぜ」
俺はもう一度口元を覆うと、空いた手でパタパタと服をはたいた。
その時、モンスターが暴れるドスンバタンという音がピタリと止んだ。
「よし。止めを刺しに――と。どうやら行く必要はなかったみたいだな」
俺は通路を曲がろうとした所で立ち止まった。
今やすっかりお馴染みとなった、何かが体に流れ込む感覚があったのだ。
モンスターが死に、経験値を得たのである。
「来た! レベルアップ! 技能は・・・やった! スキルだ!」
念願のスキルをゲットだ!
今まで課金ガチャでレア演出が来た時でも、こんなにドキドキした事は一度も無い。
俺は興奮を抑えながらスキルを確認した。
「こ、これは!」
スキル名は【刃渡り】。
驚いた事に、金本の言っていた通りのスキルだった。
アイツ。いつも自信満々に適当な事を言うくせに、たまには本当の事も言うんだな。
「アクティブ系のスキルか。効果は・・・なる程」
ある意味、【蓮飛】の下位互換のようなスキルだが、むしろ願ってもない。
癖はあるし、使いどころは選ぶが――
「だが、今の状況には申し分のないスキルだ」
そう。俺が必要としていたのはこういうスキルだった。
期待していたものとは少し違うが、これはこれで悪くない。
発動時間が長い――つまりは、重くないスキルというのも歓迎だ。
「出来ればパッシブ系のスキルで能力の底上げをしたかった所だが、それを言うのは贅沢か。これ以上、時間をかける訳にもいかないしな」
俺はナイフに付いたモンスターの血を拭うと鞘にしまった。
経験値稼ぎの時間は終わった。
これでようやく、戦いのスタートラインに立てたのだ。




