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その7 次のスキル

 クラスメイトの稲代の死体を貪る階層ボス。

 しかし、そのおぞましい光景は、俺にとって大きなヒントを与えてくれた。


(そう、か。そういう事だったのか)


 俺は階層ボスの正体が分かった気がした。

 俺達は見た目の印象に騙されていたのだ。

 そう。全てはコイツの擬態だったのである。


(・・・いや、違う。これは稲代が俺達にくれたチャンスだ。コイツを倒せと――自分の仇を取ってくれというメッセージだ)


 階層ボスの正体は分かった。しかし、コイツが強力な化け物である事に変わりはない。

 今のままの俺達では絶対的に戦力が足りない。

 今のままでは勝てない。


 俺は稲代の死体がモンスターの腹の中に納まるのを最後まで見届けると、静かにその場を立ち去った。




 仲間の場所に戻ると、彼らは四人で話し合っている最中だった。

 とは言っても、話しているのは主に五条と金本の二人で、茂木さんと漆川は少し離れた場所で黙って座っていた。

 漏れ聞こえる声から、どうやら五条はこの場で様子見を、金本は階層ボスとの戦いを主張しているようだ。


「だからよ! 階層ボスが一階層に続く唯一の階段に居座っている以上、戦うしかないじゃねえか!」

「危険だと言っているんだ。中久保は自分達では敵わない、高レベルの敵性生物(ホスタルクリーチャー)だと言っていたぞ」

「そんなのあいつがビビってるだけに決まってるだろ! 漆川の攻撃スキル(アビリティ)が決まれば勝てるさ!」


 俺の姿に気付いたのだろう。二人は議論を止めると俺を見上げた。


「中久保。稲代さんの遺体は?」

「全部終わった」

「・・・そうか」


 五条と茂木さんは小さく頭を下げると死者の冥福を祈った。

 金本はお構いなしに立ち上がると、俺を睨み付けた。


「中久保。お前、モンスターにビビってんじゃねえよ。お前らが戦わねえと、俺達全員ダンジョンから出られねえんだぞ。それが分かってんのかよ」


 勝手な事を。

 だが、今回ばかりはコイツの言う事にも一理ある。――そう認めるのも腹立たしいが。


 五条はこの場で待機して、階層ボスが階段から立ち去るのを待つ作戦らしい。

 ヤツさえいなくなれば、後は簡単だ。最短ルートで地上を目指す。それだけだ。


 俺には上手くいくとは思えないが。


 階層ボスはおそらくあの場所を動かない。

 証拠はないが、俺にはそんな予感がしてならなかった。


 それに五条の策には重大な欠点がある。

 俺達には、もうあまり時間が残されていない。

 最後の食糧が無くなってから、何日経っただろうか?

 俺達の体はそろそろ限界が来ようとしていた。


 だからと言って、金本の意見に賛成かと言えば、もちろんそうではない。

 コイツはプレイヤーではない――自分では戦えない――から、好き勝手に無責任な事を言っているだけに過ぎない。

 闇雲に戦っても階層ボスには絶対に勝てない。

 いわゆる「死に覚えゲー」ならそれも正しい攻略方法なのだが、これは現実だ。

 最低でも勝ち筋が見えるまでは、うかつに戦いを挑むべきではないだろう。


 俺の言葉に金本がいきり立った。


「あれもダメ、これもダメって、テメエ中久保! だったらどうすんだよ!」

「よせ、金本」


 五条が金本を止めた。


「けど中久保、金本の言う通りだ。様子見にも反対、戦うのにも反対だと、俺達はどうすればいい」

「違う。俺は戦うのに反対している訳じゃない」

「? どういう事だ?」


 戦っても勝てない。

 だったらどうするか。

 勝てるようになるまで――少なくとも勝ちの目が見える所まで――時間をギリギリ目一杯使って、レベルを上げ、ヤツに対抗出来るスキルを手に入れるのだ。




 この場にいる特補生達――元プレイヤー達のクラスは、ダメージディーラーが二人とバンテージが一人。

 残念ながら、ジャグラーの俺と、マリシャスの漆川のクラスに関しては全員専門外だ。

 とはいえ、そこは優等生の五条と茂木さん。俺達のクラスについての知識も、いくらかは持っているようだ。

 金本? あんなヤツのあやふやな知識が頼りになるとでも思っているのか?

 デタラメを吹き込まれて、振り回されるのがオチだ。


「中久保の今のレベルは? 21か。個人差はあるが、後、一つか二つで次の技能(トランザクション)を覚えるだろうな」

「漆川くんのレベルは23なのよね」

「・・・ああ。僕は23に上がった所で攻撃スキル(アビリティ)を覚えたから、次はしばらく先だと思う」


 漆川は悔しそうに答えた。

 スキルはレベルが3~5程上がった所で覚える事が多い。

 現在、俺達がいるのは二階層。この周辺にいるモンスターをいくら倒しても、ろくな経験値にはならない。

 漆川が次のスキルを覚えるのは相当な時間を必要とするだろう。

 俺は手を上げて漆川の言葉を遮った。


「いや。レベルを上げるのは俺だけでいい。二人分稼いでいる時間は無い」


 漆川のクラス・マリシャスは、攻撃スキル(アビリティ)による攻撃に極振りしたようなアタッカー職だ。

 身体能力はバランス型の稲代と大して変わらない――つまりはプレイヤーとしての最低値だ。

 しかしその分、常識では考えられない程強力な攻撃スキル(アビリティ)が持ち味となるクラスなのである。


 マリシャスとは「悪意のある」という意味で、コンピューターソフトウェアのマルウェア(※悪意のあるソフトウェア、悪質なコード)の語源でもある。

 マリシャスの攻撃スキル(アビリティ)は、生き物に対するマルウェアそのもので、僅かなダメージ箇所から体内に浸透。敵の体を内側から破壊する。

 俺から見ればまるで魔法のような攻撃だが、ゲームやアニメの魔法とは違い、攻撃を飛ばす事は出来ない。

 身体能力的に最低値のクラスでありながら、攻撃をしようと思えば、敵に直接攻撃を当てなければならないのだ。

 マリシャスが絶対に前衛を必要とする理由が分かって貰えると思う。

 しかし、欠点に目をつぶりさえすれば、瞬間火力は非常に高い――同レベル帯を超える火力を持つクラスである――とも言える。

 今回、俺が漆川のレベル上げを必要と考えない理由である。


 俺は中条と茂木さんに向き直った。


「今の俺のレベルは21。持っているスキルはパッシブ系が【軽業】、【足芸】、【狩人の目】の三つ。アクティブ系が【隠密】、【蓮飛(れんとび)】の二つ。攻撃スキル(アビリティ)は【シャドウ・ストライク】の一つだけだ。次に手に入る技能(トランザクション)は何だと思う?」

「スキルが五つに攻撃スキル(アビリティ)が一つ・・・。極端にスキルに偏っているな。スピード型のイディオムには詳しくないけど、中久保は結構稀なケースなんじゃないか?」

「バランスを考えると、次は攻撃スキル(アビリティ)なんじゃないかしら? 順番から言えば範囲攻撃型の攻撃スキル(アビリティ)とか」

「範囲型のギアか。確かに」


 どうやら次に俺が覚えそうなスキルは、範囲攻撃型のシャドウ・ギアが本命らしい。

 魅力的な攻撃スキル(アビリティ)だが、それではないな。

 今、俺が必要としているのは、階層ボスに対して有効なスキル。前衛としてヤツの激しい攻撃に耐えられるスキルだ。


「もし、次も攻撃スキル(アビリティ)ではなく、スキルを覚えるとしたら、何を覚えるだろうか?」

「スピード型のイディオムのレベル20台のスキルか・・・。パワー型なら【金剛力】か【不動】辺りが来そうだけど」

「ごめんなさい。私も自分のイディオムしか分からないわ」


 ふと漆川に視線を向けると、俺の方を見ないように顔を伏せていた。

 心配するな。誰も俺と同じ一般クラスのお前が知っているとは思っていないから。


「・・・【刃渡り】だ」


 不機嫌そうな小さな声に、俺はハッと振り返った。

 そこには不貞腐れた金本が、俺達に背を向けて座っていた。


「スピード型にそういうスキルがあるらしいな。能力は知らん」


 能力が分からなければ何の役にも立たないじゃないか。一瞬そう思ったが、所詮、情報の出所は金本だ。

 仮に詳しく説明された所で、どこまであてになるか知れたものではないだろう。


「中久保。それでどうする?」


 五条の声に俺は立ち上がった。


「・・・レベルを上げて次のスキル獲得を目指す。今のままだとどう戦っても瞬殺だ」


 俺は漆川に振り返った。


「漆川。お前はここでみんなの護衛を頼む」

「・・・分かった」


 二階層のモンスター程度であれば、後衛の漆川でも一人で十分だ。

 ここは効率を重視して俺一人で行く。


「中久保くん」


 茂木さんが心配そうに俺を見つめた。

 心配・・・してくれているのだろう。きっと。良く分からない。

 その表情は何だか苦しそうで――人には言えない秘密を抱えているような、そんな風に俺には見えた。


 ・・・いや。多分俺の考え過ぎだ。

 自分の不安な気持ちを、無意識に彼女に投影しているのだろう。

 そう。俺は怖い。

 たった一人で、今まで辿って来た道のりを戻ってモンスターと戦わなければならないのだ。

 ましてや今は階層ボスと戦った直後。もしもあんな化け物が他にもいたとしたら・・・。

 あり得ない確率だとは思うが、こうして階層ボスと出会っている以上、その可能性だってゼロではない。


 そう考えると、このダンジョンが、急に得体の知れない恐ろしいものに思えてならなかった。

 まるで安物のホラー映画のように、ダンジョンは俺達が一人一人、仲間からはぐれるのを待っているのではないだろうか?

 そんな根拠のない不安。

 しかし、ここで立ち止まっている訳にはいかない。

 死んだ稲代のためにも、ここで彼女の犠牲を無駄にするわけにはいかないのだ。


 俺は小さく息を吐くと、大型サバイバルナイフを手に、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み出したのだった。

次回「生きたがり」

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