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その5 階層ボス

「稲代オオオオオオッ!」


 俺は絶叫しながら駆け出した。

 それ(・・)の細く長い腕は、クラスメイトの女子――稲代康江の胸を貫いてた。

 稲代は一度大きくビクリと跳ねた後、全く身動きしない。

 顔色は紙のように白く、服の胸から下は血で赤く染まっている。驚く程大量の出血だ。

 心臓をやられたのか? そんなまさか。

 焦りでカッと熱くなる俺に、特補生クラスの五条が叫んだ。


「中久保、待て! うかつに近付くな! そいつはきっと階層ボスだ(・・・・・)!」


 階層ボス?! コイツが?!


 ダンジョンのモンスターは階層によって住み分けがされている。基本的に深い階層ほど強いモンスターが徘徊していると考えて貰って構わない。

 この辺はゲームのダンジョンとよく似ている。

 ただし、本物のダンジョンがゲームと違う点は、そこに住むモンスターも意思を持った生き物という点である。


 階層ボスとは、本来はその階層にいないはずの高レベルのモンスターの事を言う。

 ゲームで言えば、特定の階層に立ちはだかる中ボスといった所か。

 これは深い階層を根城にしているモンスターが、何かのはずみで浅い階層にまで出て来てしまい、そのまま居座ってしまう事で発生する。

 滅多にない現象だが、今までにも何件か発見された例があると言う。


 階層ボスは極めて危険な存在だ。

 それはそうだろう。ゲームの中ボスなら、プレイヤーが訪れるまでボス部屋でジッとしているが、現実の階層ボスはそこら辺を普通にブラブラ歩いているのだ。

 もし、そんなヤツにレベルの低いプレイヤーがバッタリ出くわしてしまったらどうなるか? あえて説明するまでもないだろう。

 自衛官が危険を冒してでもダンジョン内の各所にキャンプを設置しているのは、そういったイレギュラーの発生をいち早く発見、討伐するためでもあるのだ。


「階層ボス?! こ、このモンスターがそうだって言うのか?!」


 後衛職のプレイヤー、漆川が悲鳴のような声を上げた。

 チラリと振り返ると、まだ形態変換(トランスレーション)していないようだ。

 大方、階層ボスの威容に呑まれて、しり込みしているのだろう。

 目の前で仲間がやられたのに、戦いの準備すらしていないのか。

 俺は怒りで奥歯を噛みしめた。


「漆川! 泣き言を言ってる暇があるなら、形態変換(トランスレーション)しろ! みすみす殺されたいのか?!」

「う、うるさい! 分かってるよ! ト、形態変換(トランスレーション)!」


 チーム最大火力のアタッカーのくせに、なんと頼りにならない事か。

 だがそれも仕方がない。あんな化け物は今まで見た事が無い。圧倒的な高レベルモンスターだ。

 あんなモンスターがなぜ、第一階層(こんな所)まで上がって来たのかは分からない。

 あるいは元々住んでいた階層から地上に出ようと移動していた所に、たまたま俺達が出くわしてしまったのかもしれない。

 だとすれば、なんという最悪なタイミングだ。

 俺達はわざわざコイツに追いつくため、ろくに休憩も取らずに強行軍で階層を上がって来た事になるのだ。


 階層ボスは六本の腕で稲代を壁に押さえつけている。

 ヤツの首の根元から二本の細い触手? が伸び、その尖った先端が稲代の顔に触れた。

 その瞬間、俺は怒りでカッと頭に血が上った。

 コイツは稲代の顔の皮を剥いで、醜悪なコレクションに加えようとしているのだ。


「い、稲代さん!」


 背後で茂木さんが悲鳴をあげた。

 彼女も階層ボスのおぞましい目論見に気付いたのだろう。

 俺は彼女の声に背中を押されるように走り出した。


「テメエ! 稲代を放せ! ストライク・シャドウ!」


 ストライク・シャドウは俺の主力となる攻撃スキル(アビリティ)だ。

 俺は一呼吸のうちに階層ボスの背後に飛び込むと、ヤツの頭部に――ビッシリと人間の顔の皮が張り付けてある円柱状の巨大な頭部に――切りつけた。


 ガキン!


「うっ! ス、ストライク・シャドウ!」


 その瞬間、俺の腕にまるで鉄骨を切りつけたような激しい衝撃が伝わった。

 自衛隊の大型ナイフは、モンスターの頭部の皮膚を切り裂いただけに留まっていた。

 バカな! 高炭素鋼(ハイカーボンスチール)製のナイフだぞ?!

 俺は手首の痛みに顔をしかめながら、再度攻撃スキル(アビリティ)を発動。

 もう一度同じ個所に切りつけると、素早く三メートル程先まで飛び退いた。


「く、そ。二度も同じ場所を切ったのに全く効いていないのか。何て硬さだ」


 ナイフの刃は大きく欠けている。

 金属製のナイフよりも硬い頭蓋骨とか、いくら高レベルモンスターとはいえデタラメ過ぎるだろ。


 これが階層ボス。

 これが高レベルモンスターか・・・


 俺はその場にナイフを取り落とすと、激しく痛む手首を押さえた。


 俺に起った現象は、「攻撃スキル(アビリティ)の誤爆」と言われるものである。

 攻撃スキル(アビリティ)は、使用するだけで、剣の素人の俺でも無意識に凄腕の剣術家のような攻撃が繰り出せる、という優れものである。

 例えるならば、「自分の体を使って誰かが勝手に技を出してくれているような感じ」と言って伝わるだろうか?

 攻撃スキル(アビリティ)を覚えるより前に、対応するスキル――例えば【軽業】や【身体強化】――を覚えていないと、身に付ける事すら出来ないのはそのためである。

 使用するために必要な、土台となる身体能力が無ければ、攻撃スキル(アビリティ)だけを覚えても意味がないためだ。


 このように非常に便利な攻撃スキル(アビリティ)だが、逆に言えば、使用者にはコントロール出来ていない動きをしている、という事でもある。

 だから力加減というものが出来ない。

 牽制のために手加減して使ったり、逆に止めを刺すために全力で使ったり、といった事は不可能なのだ。


 今回の場合、俺は敵の懐に飛び込んで攻撃するためにストライク・シャドウを使い、次は敵の反撃から逃れるためにもう一度ストライク・シャドウを放った。

 ヒットアンドアウェイ。これはスピード型の俺の基本となる立ち回りである。

 しかし、階層ボスの骨は俺の想像以上に硬かった。

 一度目のストライク・シャドウで俺の手は痺れてしまった。

 しかし、次のストライク・シャドウで手加減をする、というのは攻撃スキル(アビリティ)の性質上、不可能だ。

 俺は誤爆を覚悟で二度目のストライク・シャドウを放つしかなかったのである。

 その結果は御覧の通りである。


 俺はズキズキと痛む手を押さえたままハッと目を見開いた。

 階層ボスは頭部の傷をものともせず、六本の腕を俺に伸ばしていた。


「なっ?! コ、精神集中コンセントレーション ! 蓮飛(れんとび)!」


 その瞬間、世界はスローモーションになった。

 階層ボスの攻撃が俺に迫る。


「くっ! くそっ!」


 最悪だ! コイツ、スビードも早いぞ!

 スピード型の俺に匹敵する速度なんて。

 スローモーションの世界の中、階層ボスの腕は予想外の速度で俺に迫った。

 俺は落としたナイフを拾うのを諦めて、咄嗟に階段の下にバックステップした。

 次の瞬間、敵の攻撃がナイフを大きく弾き飛ばす。


 ギャリン!


 甲高い金属音と共に、ナイフはその半ばからくの字に折れ曲がっていた。

 なんて馬鹿げた力だ。


 俺は無我夢中で逃げ出した。反撃なんて考えも出来ない。

 相手はカーボンスチールのナイフよりも硬い骨を持ち、俺に匹敵するスピードと、手数で俺を上回る六本の腕。そして俺を瞬殺出来る力を持っている。

 こんな相手とどうやって戦う? 無理だ。戦いにすらならない。

 ここで最悪な事に、俺にとっての生命線、蓮飛(れんとび)の効果時間が切れてしまった。


 ヤバイ! やられる!


 サッと顔から血の気が引いた。

 殺意の塊が背後に迫る。

 階層ボスの六本の腕は、一瞬のうちに俺を串刺しにするだろう。

 それは一日の終わりに日が沈み、一日の始まりに朝日が昇る程、当たり前で間違い様のない未来に思えた。


 ――しかし、俺に死は訪れなかった。

 階層ボスは俺を追って階段の出口まで来たもののそこまで。

 アッサリと俺を見逃すと、階段の奥に下がっていった。

 ヤツは二階層に足を踏み入れる事は無かったのだ。

 それはさっきまでの素早い動きがウソのような、ノロノロとした緩慢な動きだった。


 助かった・・・のか?


 俺は背中に冷たい汗がドッと噴き出すのを感じた。

 現実感がまるでない。頭の芯がフワフワしてまるで夢の中にいるようだ。

 ズキズキと痛む手首だけが、これが現実だと――俺はまだ生きていると――教えてくれた。


「中久保! 大丈夫か?!」


 特補生クラスの優等生・五条が俺の腕を掴んだ。

 いつの間にか俺は腰が抜けて座り込んでいたようだ。

 五条は俺を背後から抱きかかえるようにして引きずっていった。


 青白い顔をした漆川の姿が見える。

 コイツ――こんな後ろまで下がっていたのか。レベルを失った五条より後ろって。

 お前、本気で戦うつもりがあったのか?


 いや。仕方がないか。


 漆川はプレイヤーとはいえ、ディマンド型。素早さや力、身体能力は死んだ稲代とそう大差ない。

 その稲代が瞬殺されたのだ。ビビってしまうのも仕方がないだろう。

 圧倒的な力の差。絶対的な暴力。

 階層ボスは正真正銘の化け物だった。

 今のたった一度の攻防で――たった数秒間の攻防で――俺の心は完全に打ちのめされていた。


 無理だ。勝てっこない。


 ヤツは階段の奥に戻って行った。

 そして二階層と一階層を繋ぐ階段は――地上へと続く階段は、この一ヶ所しかない。


 俺達は、このダンジョンから脱出出来る唯一の道を封じられてしまったのである。

次回「けじめ」

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