その2 錆びた剣
「僕の考えはこうだ。
異世界にも墨田区ダンジョンと全く同じ構造のダンジョンがあって、僕達はそのダンジョン間を転移したんじゃないだろうか。
そして今、僕達がいるのはその同じ形のダンジョンの十五階層なんじゃないかって」
五条の話は突拍子もない物だった。
俺達の世界とは異なる世界にも、まるで双子のように墨田区ダンジョンと同じ形のダンジョンがあって、俺達は間違ってそっちのダンジョンに飛ばされてしまったのではないか、と言うのだ。
理屈としては分かる。――が、素直に納得出来るかどうかは話が別だ。
俺は理解出来ずに投げ出したくなる気持ちを無理やり押し殺した。
「それは・・・可能性としては分かる。だが、証拠になる物はあるのか?」
「証拠はない。けど、証明する事は出来ると思う」
五条はバックパックから地図を取り出した。
墨田区ダンジョン十五階層分の地図だ。
「もし、僕の推論が正しいなら、ここから上の階層はこの地図と同じ作りになっているはずだ」
そういう事か!
俺はようやく五条の言いたかった事を理解した。
もし、仮に五条の推測通り、ここが墨田区ダンジョンと瓜二つの双子ダンジョンだった場合。
その構造は、自衛隊の作った地図と完全に一致しなければならない。
俺達は数日かけて、まだたったの五階層分しか踏破出来ていない。
その理由はモンスターとの戦闘を避けて来たせいなんだが、迷路のようなダンジョンを地図も無く手探りで進んで来たのも理由の一つである。
しかしもし、ここが墨田区ダンジョンと全く同じ作りならどうだろうか?
簡単な話だ。ここからはこの地図を見て最短のルートを進めばいいのだ。
俺は興奮に身を乗り出した。
「五条! この話をみんなに――」
五条は片手を上げて俺の言葉を遮った。
「いや。今の所は君達以外にするつもりはない。僕達は食料を失ってギリギリの所にいる。もしも僕の推測が間違っていた場合、今の稲代さんの精神状態では耐えられないかもしれないし、金本に至ってはどんな行動に出るか分からない」
確かに。言われてみれば最もだ。
何らかの確信が持てるまでは、あいつらには黙っておいた方がいいだろう。
「だったら、なんで先に俺に言ったんだ?」
「中久保が僕達の先頭を歩いているからだよ。君にも地図をひとセット渡しておく。これを見て最短のルートを選んでくれ」
ああ、なる程。
俺達は今までダンジョン内を移動中、分岐が出て来たら、いつも先頭を歩く俺が適当に進路を決めていた。
いちいちみんなと相談するのも面倒だし、どうせ正解の道なんか誰にも分からないんだから、それでも特に文句が出る事もなかった。
そう。今まではそうだった。
だが、これからは違う。
「分かった。任せてくれ」
「頼んだよ、中久保」
俺は五条から十五階層までの地図を受け取った。
俺の心は、ようやく見えた明るい兆しと、もしもただの見当違いだったらという不安で、激しく揺れ動いていた。
(頼むから、どうか五条の読み通りであってくれ!)
俺はそう強く願うと、今や俺達の唯一の希望となった地図の束を大事にバックパックに仕舞い込んだのだった。
こうして俺達はダンジョンの探索を再開した。
結論から言おう。
五条の推測は正しかった。
ダンジョンは完全に十五階層の地図の通りで、俺達は一度も行き止まりに当たる事も迷う事も無く、最短ルートで次の階層に進んだのである。
更に次の階層も地図の通りに進むことであっさりと踏破。
こうなれば攻略サイトを見ながらゲームをしているようなものである。
俺達はあれよあれよという間にその次の階層も突破した。
この頃になると、流石に事情を知らない稲代達も疑問を感じていたらしく、訝しげな目で俺の方を見ていた。
五条はそろそろ頃合いと判断したのか、休憩中に全員に事情を説明した。
「ホント?! ホントにダンジョンから出れるの?! 凄いよ五条くん!」
「信じられない話だけど・・・中久保は地図を頼りに歩いているんだよね?」
「ああ、間違いない。十五階層からはずっと地図の通りに進んでいた。ちなみに今は十二階層だ」
久しぶりに仲間に笑みが浮かんだ。
稲代は久しぶりに笑い声をあげ、目に涙を浮かべて喜んだ。
漆川はまだ少しだけ疑っている様子だったが、実際に俺が一度も迷う事無く進んでいる以上、信じるしかなかったようだ。
そして金本は――
「フン。たまたま上手くいっただけなんじゃねえか? 偶然同じ形のダンジョンだったなんて偶然、出来過ぎだろ」
いつものように文句を言っていたが、それでも安心してはいたようだ。
金本だってダンジョンで飢え死にしたくはないのだ。脱出出来るならそっちの方がいいに決まっている。
それでも文句しか口に出さないのは、もうこういう性格だからと諦めるしかない。
真面目に相手をするだけ不愉快なヤツなのだ。
こうして俺達は順調にダンジョンを踏破していった。
食糧が無いのは今までと変わらないが、先が見えた事で、俺達の間に重く立ち込めていた空気は随分と和らいでいた。
相変わらずモンスターとの戦いは続いたが、階層が上がるごとに敵のレベルは下がっていき、苦戦をする事もなくなっていった。
その分、経験値も減っているらしく、レベルが上がらなくなってしまったのは痛し痒しだったが。
休憩中には雑談をする余裕すら生まれていた。
こうして八階層まで到達した時。俺達は遂にダンジョンの中に人間が入った痕跡を発見したのだった。
「五条くん、これ! 見て!」
いつものように水場で休憩を取ろうとした時だった。
茂木さんが壁際で何かを発見して叫んだ。
「これは・・・剣か?」
そう。それは錆びてボロボロになった剣だった。
俺達が使っている自衛隊の大型サバイバルナイフじゃない。
ファンタジーのゲームで出て来るような、両刃の直剣だった。
金本は無造作に剣を拾い上げると、野球のバットのように二三度大きく振り回した。
「重っ! 鉄の塊なんだからそりゃそうか」
早速興味を失ったのか、金本は五条に剣を手渡した。
五条は金本とは違い、矯めつ眇めつ、慎重に錆びた剣を眺め回した。
俺も好奇心に駆られて五条の横から覗き込んだ。
大型の剣だ。長さは六~七十センチ程。錆びだらけで剣先は折れて無くなっている。
両手での使用を想定しているのかグリップは長い。
確かこういう剣はロングソードとか言うんじゃなかっただろうか。
飾りも何も無い、良く言えば素朴、悪く言えば粗末な作りで、剣と言われなければ錆びた鉄の棒だと思っていたかもしれない。
稲代が五条に尋ねた。
「どう? 五条くん。何か分かる?」
「――そうだね。錆びが浮いているから分かり辛いけど、自衛隊や各国の軍隊が使っているものじゃないと思う」
五条はそう言うと目の前で剣を水平に掲げてみせた。
「こうやって見ると表面にムラがあるのが分かる。多分、職人が手で打って仕上げた物だ。工場の機械で生産された物ではない。鉄の質もあまり良くないみたいだ」
俺達の使っている自衛隊のナイフは高炭素鋼製。
一口に高炭素鋼と言っても、様々な規格があるらしいので、自衛隊が使っている鋼材がどういったものかは良く分からない。
俺が知っているのは、カーボンの含有量を上げるとナイフの切れ味が増す、というのをどこかで聞いた事があるくらいだ。その分錆びやすくなるとかなんとか。そういうのだったと思う。
日本の自衛隊で正式に採用されているくらいだから、きっと極めて高性能な鋼材なんだろう。
「ココだけど錆びてないし色が違っているだろ。多分、鉄以外の何かが混ざっているんだと思う」
性能以前の問題だった。
そもそも品質の面で問題のある鉄のようだ。
「何でこんな物がここに?」
「・・・これだけでは分からないな。他にも何かないか探してみよう」
俺達は広場の中を探してみる事にした。
金本だけは文句を言って動かなかったが。
しばらく探し回ったものの、結局、この剣以外の物は見つからなかった。
俺は五条に尋ねた。
「どうする五条。一応、この剣を持って行っとくか?」
「――いや、いい。剣としては使えないし、荷物になるだけだ。それに僕の予想通りなら、そのうち持ち歩く必要もなくなるだろうし」
「?」
この時の俺は五条の言葉の意味が分からなかった。
それが分かるのは七階層に上がった後。
通路や広場のあちこちで、折れたボロボロの剣だの、腐った盾だの、穂先だけになった朽ちた槍だのが見つかるようになったのである。
「これって・・・」
「どうやら、この世界でも地球と同じ事が起こったみたいだね」
「地球と同じ。それってつまり――」
ダンジョンの発生。
そう。これは人間がダンジョンのモンスターと戦ったその証。異世界のプレイヤー達が残した遺品だったのだ。
次回「それ」




