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プロローグ 一週間後

 ダンジョンの中にクラスメイト達の怒鳴り声が響き渡った。


「稲代! この役立たず! ちゃんとモンスターを押さえつけとけよ! 僕の攻撃スキル(アビリティ)が当てられないだろ!」

「うるさいわね! あんたも後ろで怒鳴ってないで前に出て戦いなさいよ!」


 俺達が謎のダンジョン階層に迷い込んでから何日が過ぎただろうか。

 昼も夜もない、一日中薄暗いダンジョンでは、俺達に時間の経過を知る術はない。

 最後の食事が無くなってから、もう随分経つ。

 全員ギスギスして、雰囲気は最悪に近かった。


 全身が鎧状の甲羅で覆われたカニ人間のようなモンスター(※俺達はカニトロールと呼んでいた)が、鬱陶しそうに四本の腕を振り回した。

 モンスターに切りかかろうとしていた女子生徒――稲代は慌てて横に転がった。


「だから稲代! 避けてばかりじゃなくて真面目にやれよ!」

「うるさいわね! 文句はサボってる中久保に言えばいいでしょう!」


 俺は大型サバイバルナイフを握ると立ち上がった。

 脇腹のケガの治療をしてくれていた女子生徒――茂木さんが、慌てて傷口を布で押さえた。


「中久保くん。まだ傷の手当が終わってないわ」

「・・・今はこれで十分だ。残りは戦いが終わったらお願いするよ」


 目の細い意地の悪そうな男子生徒が、横から俺達の会話に口を挟んで来た。


「放っとけよ茂木。ケガをしたのはそいつの自業自得なんだからよ」


 俺はカチンと来ると、文句を言って来た男子生徒――金本の方にナイフの先を突き付けた。


「――形態変換(トランスレーション)

「なっ! お、お前、そのナイフで俺をどうするつもりだ」

「止めろ、二人共!」


 俺達の間にイケメン男子生徒が割って入った。

 特別候補生クラスの完璧人間・五条だ。


「中久保。二人が苦戦している。傷の治療が終わったのなら援護に行ってやってくれ」

「・・・もちろん、最初からそのつもりだ」


 俺は包帯を乱暴に縛ると、上着に袖を通した。


「中久保。あのモンスターはさっきから足元に入られるのを警戒している。首元の甲羅が邪魔して下方向が死角になっているみたいだ。背を低くして素早く接近して、君の攻撃スキル(アビリティ)で足を狙ってみてくれ」

「分かった」


 レベルを解放したおかげで、脇腹の痛みは耐えれる程度にまで収まっていた。

 これなら攻撃スキル(アビリティ)を放つ事が出来るだろう。


「中久保! 早くしろ! 稲代じゃ無理だ! バランス型のザコだからな!」

「ザコって言うな! 漆川! あんた後でただじゃ済まないからね! 中久保、早くしなさいよ!」


 漆川の肩を持つ訳じゃないが、確かに稲代の力では、あのモンスターを相手にするのはキツイだろう。

 バランス型は大器晩成という噂を聞いた事があるが、多分あれは本物を知らない者が適当に言ったデマに違いない。

 一緒に戦っていれば分かるが、あまりにも能力が低すぎる。

 なにせ稲代はレベル13にもなって、覚えたスキルはたったの二つ。攻撃スキル(アビリティ)に至っては、まだ一つも覚えていないのだ。

 俺はナイフを手に走り出した。


精神集中コンセントレーション ! 蓮飛(れんとび)!」


 スキルを発動した瞬間、俺の中で世界はスローモーションになった。

 俺はモンスターの四本の腕から繰り出されるスローな攻撃を、余裕を持ってかいくぐった。

 蓮飛(れんとび)はレベル14で覚えたスキルだ。ほんの二~三秒の間だが、極限まで全身の感覚を研ぎ澄まして、敵の攻撃を回避するというかなりの優れ技である。

 感覚が研ぎ澄まされた世界では、空気の動きすらも、まるで水の流れのように感じられるようになる。

 その感覚を利用して敵の攻撃を回避するのだが、俺自身の動きも、やはりスローモーションの中にあるので、ちょっとしたコツが必要となる。

 慣れればいずれは攻撃にも使えるようになるのかもしれないが、今のところはそこまで上手く出来た試しがない。


「くっ! 蓮飛(れんとび)の効果時間が終わったか。――だが! ストライク・シャドウ!」


 俺は蓮飛(れんとび)の効果が切れると同時に、今度は攻撃スキル(アビリティ)を発動。

 ストライク・シャドウは素早い動きで三メートル程駆け抜けながら、その進路上にいる敵に切りつける技である。

 遠い間合いから一気に接近して切りつける事も出来るし、今回のように敵のそばで発動、切った後で駆け抜けて相手との距離を取る技としても使える。

 攻守共に優れた、俺の立ち回りの主軸となるスキルなのだ。


 ナイフの刃は、モンスターの足の装甲の間を切り裂いた。

 結構な深手を負わせたらしく、赤黒い血が噴き出すと共に、モンスターはガクリと膝をついた。


「ギャアアアアアッ!」

「しめた! フレイム・ギア!」

「あっ! 漆川!」


 漆川は無防備なモンスターに駆け寄ると、ナイフをモンスターの頭部に突き付けた。

 その瞬間、漆川の攻撃スキル(アビリティ)が発動。

 モンスターの頭は内側から炎に焼かれ、装甲の隙間から黒い煙を噴き出した。


 漆川は嬉しそうにガッツポーズをとった。


「やった! レベルアップ! これで20になったぞ!」

「漆川! あんた、何勝手に止めを刺しているのよ! 次は私の経験値にするって話だったでしょうが!」

「ああ。けど、コイツは僕のアビリティでなきゃ倒せなかったって。ましてや稲代じゃあムリムリ。稲代、ザコだからアビリティを持ってないじゃん」

「てめえ・・・!」


 稲代は漆川に掴みかかるが、稲代はレベル13。漆川はこの戦いでレベルアップしてレベル20。

 漆川は後衛職だが、レベルでは稲代を7も上回っている。掴まれたところでビクともしなかった。


形態変換(トランスレーション)を解きなさいよ卑怯者!」

「そう怒るなって。ザコのモンスターが出たら稲代に止めを刺させてあげるからさ」

「だからザコって言うなって言ってるでしょうが!」

「もうよせ! 稲代さん! 漆川!」


 五条が二人の間に割って入った。


「でも五条くん!」

「分かってる。漆川。今回の敵性生物(ホスタルクリーチャー)は危険だった。人に止めを任せる余裕が無かったんだよな?」

「・・・そうだよ」


 稲代には食って掛かるようになった漆川も、五条が相手では同じようにはいかないようだ。

 五条は形態変換(トランスレーション)出来ない。

 だから単純な戦闘力では、俺達一般クラスの三人には遠く及ばない。

 しかし俺達は人間だ。力のあるボスに従う獣の群れではない。

 五条は毅然とした態度とそのカリスマ性で、俺達六人のリーダー的な立場にいた。


「そういう事だ。稲代さんも理解してくれたかい?」

「・・・五条くんがそう言うなら。分かったわ」


 稲本と漆川が形態変換(トランスレーション)を解除すると、金本が近寄ってきて漆川の肩を叩いた。


「漆川。今の攻撃は良かったぜ。お前の攻撃スキル(アビリティ)は最強の決め技だ。あいつらの言う事なんて何も気にする必要はねえよ」

「金本!」


 金本は五条の声を無視。

 漆川の肩に手を回すと、二人で去って行った。


「・・・ゴメン、稲代さん。金本には後で僕から言っておくよ」

「ううん。気にしてない。あいつはああいうヤツだって知ってるから」


 俺はそんな彼らのやり取りを、離れた場所に座ったまま黙って見ていた。

 形態変換(トランスレーション)を解除した途端、脇腹の傷の痛みがぶり返し、立ち上がる事が出来なくなっていたのだ。

 そんな俺に茂木さんが近付いて来た。


「中久保くん。ケガは大丈夫?」

「戦っている間はそうでもなかった。けど今は凄く痛いよ」

形態変換(トランスレーション)中はそういうものなのよ。傷を見せて」


 茂木さんのクラスはバンテージと言って、仲間の回復や補助、更にはちょっとした治療まで行えるというレア職である。

 彼女は自分のスキルを生かすため、将来はスポーツドクターの資格習得を目指しているという。

 今は形態変換(トランスレーション)が出来ないのでスキル自体は使えないが、学んだ知識まで使えなくなった訳ではない。

 彼女の知識は仲間の――主に俺の――ケガの治療に役立っていた。


 俺は上着を脱いだ。

 この数日で俺の体はあちこちにアザや傷が出来ている。

 俺のクラスはジャグラー。本来であれば素早さを生かして前衛をフォローする遊撃枠だ。

 それがムリに前衛を張っているものだから、こうして被弾が耐えずにいた。

 体もそうだが、着ている服だってボロボロだ。

 これが丈夫な自衛隊の服だったからまだマシなものの、高校の制服ならとっくに破れて着られなくなっていただろう。


(あ。レベルが上がってる)


 いつの間にか俺のレベルは19に上がっていた。

 経験値はモンスターに止めを刺した者に一番多く入るが、それ以外の者には全く入らない、というわけではない。

 多分、俺が倒したモンスターの数は漆川や稲代よりも少ないはずだが、それでも漆川に匹敵するレベルに達している。

 それだけ俺が激しく戦っているという証だろう。


 レベルが上がると共に、新しい技能(トランザクション)を覚えていた。【足芸】というパッシブスキルだ。

 これでパッシブなスキルは【軽業】、【狩人の目】に次ぐ三つ目となる。

 名前の通り、蹴りなどの足技全般に関わるスキルらしい。

 今後は蹴り技系の攻撃スキル(アビリティ)も、何か覚えるかもしれない。


「・・・敵性生物(ホスタルクリーチャー)の肉が食べられたらいいのにね」


 茂木さんの声に俺はハッと我に返った。

 ダンジョンのモンスターの肉は食べられない。正確に言えば食べるだけなら出来るのだが、栄養として体に吸収される事がないのだ。

 どうやら彼女は、俺がジッとモンスターの死体を見ているのを、腹を空かせているせいだと勘違いしたらしい。


(いや、俺が考えていたのは自分のスキルの事で、たまたま視線の先にモンスターの死体があっただけなんだが)


 とはいえ、体は正直だ。空腹感を思い出した途端、俺の体が反応して腹がグウと鳴った。


「・・・ケガの治療はさっき休憩した水場でお願いするよ。戦いで喉も渇いたし」

「分かった。みんなに言ってくるね」


 胃に水をたらふく詰め込めば、腹の虫も少しは落ち着くかもしれない。

 茂木さんは俺の考えを察したのだろう、立ち上がると五条達の所に向かった。

 俺は服を着直すと、モンスターの死体を見つめた。

 食糧は尽きている。そしてダンジョンに無数に徘徊しているモンスターは、食用にはならない。

 俺達はギリギリの状況まで追い詰められていた。

次回「一筋の希望」

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― 新着の感想 ―
[一言] 世界の壁を越えたらモンスターも食べる事が可能に?って思ったけど生で食べるわけにはいかないけど火を通す為の燃料も無いし洞窟内で火を使うのは酸欠になるか
[一言] なんだかアンデスの聖餐を思い出す展開。 このまま餓死するか両脚羊に手を付けるか。 なんとも凄惨なことになりそう。聖餐だけに(ぉぃ
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