エピローグ 最悪のチーム
特補生クラスの五条の予想通り、俺、漆川に続いて、稲代もモンスターを殺した事でレベルを得てプレイヤーになった。
が、上手くいっていたのはここまでだった。
稲代は嬉しそうに俺達に振り返った。
「それで、私のプレイヤータイプは【バランス型】なんだけど、これってどんな感じなのかな?」
「えっ?! バランス型?!」
「おい、ウソだろ?! 稲代!」
俺と五条の口から同時に驚きの声が漏れた。
特補生クラスの茂木さんも目を見開いて驚愕している。
俺達の反応に稲代はキョトンとした。
陰気な男子生徒、漆川が笑いを堪えながら顔をそむけた。
「ぷふふっ! よ、よりにもよってバランス型って」
稲代はキッと眉を吊り上げると漆川に詰め寄った。
「漆川! あんた何よその態度は! バランス型の何が悪いわけ?!」
「いや、悪くはないよ。超珍しいだけ。――後、笑えるかな」
「よせ、漆川。稲代さんを挑発するな」
五条が慌てて二人の間に割って入った。
「五条くん、どういう事? バランス型って良くないの?」
「あまりいないイディオムというだけだよ。そう。凄く珍しいかな」
イディオムはタイプとも呼ばれる。
パワー型とかスピード型とか、そのプレイヤーが得意とする才能の方向性の事を言う。
プレイヤーの中で一番数が多いのがパワー型(※五条と金本のタイプ)。次いでディフェンス型とスタミナ型とスピード型(※俺はこのタイプだ)。
たまにディマンド型(※漆川のタイプがこれに当たる)と、マインド型(※茂木さんはこのタイプという話だ)がいる。
稲代のバランス型は、この全てに当てはまらない――言い換えれば、全てのパラメータが均等なタイプなのである。
非常に珍しいタイプで、確か日本でも、今までほんの数人しか出ていなかったんじゃないだろうか?
五条からそう説明を受けて、稲代はホッと安心した。
「――そうなんだ。全部の能力があるならお得じゃん」
「ぶはっ!」
漆川がたまらず噴き出した。キレる稲代。
「漆川! あんたさっきから何なのよ!」
「くくくくっ! いや、お得って! うひひひひっ! むしろ最悪だっていうのに、お得って!」
「はあっ?!」
稲代は眉間に青筋を浮かべたが、五条と茂木さんが何か言い辛そうにしているのを見て、ハッと我に返った。
「五条くん、最悪って――」
「稲代さん、落ち着いて聞いて欲しい。バランス型だからといって悪い事ばかりじゃない。それに、今の状況で一人でもプレイヤーが増えるのは――敵性生物を相手に戦える人間が増えるのは――ありがたい事だ。現状、僕達、特別候補生クラスの者達は形態変換出来ずにいる。中久保の負担を軽くするためにも、前衛の枚数は必要なんだ」
「待って! 前衛って?! バランス型のクラスは何なの?! 得意とするクラスは何?!」
五条は黙り込んでしまった。
稲代は茂木さんに振り返ったが、彼女も気の毒そうに目を反らしている。
ちなみに俺は、稲代がバランス型と聞いた時から顔をそむけて、ずっと話に関わらないようにしていた。
一人になった稲代は、未だにニヤニヤと暗い笑みを浮かべたままの漆川に尋ねた。
「――漆川。あんた知ってんでしょ? バランス型のクラスって何? 言いなさいよ」
「無いよ」
稲代は一瞬、何を言われたのか理解出来なかったようだ。
「はあっ?」と、マヌケな言葉を返した。
「だから無いんだって。バランス型ってのは全部の能力値が最低値なんだよ。つまり長所が一つもないって事」
稲代の表情が余程ツボに入ったのか、漆川は「うひっ」と妙な笑い声をあげた。
「バランス型が何と呼ばれているか知ってるかい? ザコだよ。ザコ。プレイヤーで一番のハズレくじ。どのクラスも満足にこなせないザコ中のザコ。それを全部の能力があるからお得って。ひっ、ひひひひっ。ホントにバカなんじゃないの、稲代。うひひっ。超恥ずかしー」
「いやああああああああああっ!!」
稲代は大きな叫び声をあげると、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
ブルブルと肩を震わせながら「ウソ、ウソ、ウソ」と呟いている。
漆川は堪えきれなかったのか、とうとう大爆笑を始めた。
五条から「止めろ」ととがめられるが、腹を抱えてゲラゲラと笑い続けている。
茂木さんはどうにか稲代を慰めようとしているが、あまり効果はないようだ。
モンスターの血の匂いが立ち込める通路に、漆川の癇に障る笑い声が響き渡る。
俺がどうする事も出来ずに立ち尽くしていると、背後で大きな舌打ちが鳴った。
「ちっ! 経験値を無駄にしやがって。だから俺に殺させりゃ良かったんだよ」
それはもう一人の特補生クラスの男子生徒――金本の声だった。
俺が振り返ると、金本は怒気をみなぎらせながら五条達をジッと睨み付けていた。
(最悪のチームだ)
俺は先の見通せない状況に、絶望で心が重く沈んでいくのを感じていた。
場所も階層も分からないダンジョンで、プレイヤーは俺も含めて三人だけ。
遊撃枠であるジャグラーの俺と、後衛の漆川。そしてバランス型の稲代。
泣きたくなるようなバランスの悪さだ。
主力となるダメージディーラーが一人もいないばかりか、まともな前衛すら誰一人いない。しかも漆川と稲代の仲は最悪だ。
そして金本の存在。コイツは今回の一件で、完全に俺達を敵視してしまった。
(こんなバラバラなメンバーで、本当にダンジョンから脱出出来るのだろうか?)
それでも立ち止まる事は許されない。
諦めて投げ出そうにもどこにも逃げ場はないし、泣き言を言っても事態は全く好転しない。
(・・・生きて帰りたければ、このチームで何とかするしかないんだ)
戦力は不揃いのポンコツ。人間関係は分解ギリギリ。
だが、俺達はこの戦力と仲間で未知のダンジョンに挑まなければならないのである。
俺の脳裏に、物言わぬ死体となったクラスメイト達の姿が浮かんだ。
今も彼らは、最初に迷い込んだ広場で冷たい屍を晒している。
彼らのようになりたくなければ、こんな場所で絶望している余裕は無い。
足が動く限り一歩でも前に。例え足が動かなくなっても、その時は這ってでも前に進み続けなければならない。
仮にこの道が正しい物ではなかったとしても、それはその時の話。
この場に立ち止まっていたら――諦めてしまったら、待っているのは確実な死である。
(俺はこのチームでダンジョンを越える)
もし、ここが五条の予想した通り異世界のダンジョンだとすれば、ダンジョンを抜けた先にあるのは、見慣れた日本の町並みではない。
今まで誰も見た者のいない異世界である。
ダンジョンの中にいれば、待ち構えているのは確実な死。だが、ダンジョンの先にあるのが救いという保証はどこにもない。
それでも俺達は前に進まなければならない。
ダンジョンを越えたその先を目指して。
◇◇◇◇◇◇◇◇
兵庫県立西浜高校の生徒が、墨田区にある新型都市地下洞――通称、墨田区ダンジョンで行方不明となる事故が起きた。
被害に遭ったのは一般クラスの生徒二十四人、特別候補生クラスの生徒十七人の、高校生男女四十一人。
それと学生達を引率していた自衛官、宇津木3曹等陸曹と、彼の部下の岸岡陸士長、吉田陸士長、佐竹陸士長の自衛官四名。
彼らは他のクラスの生徒達同様、高校のダンジョン実習で同ダンジョン内を移動していた所、何らかの事故に巻き込まれ、連絡が付かなくなったと考えられている。
当日、ダンジョン内には、他にも多くの自衛官やダンジョン実習中の生徒達がいたものの、特に異変を感じた者は誰もいなかったと言う。
自衛隊は各階層をくまなく捜索したが、行方不明の生徒達は発見出来なかった。
ただ、二階層の一部通路が以前の調査時と違っていた事から、ダンジョンの構造変化に集団で巻き込まれた可能性が高いと考えられている。
未成年の子供達が犠牲となったこの事故は大きな問題となった。
国内外でも類を見ないダンジョン内の大事故とあって、この件は連日マスコミに大きく取り上げられ、ダンジョンの安全性の見直しが叫ばれた。
事故後の対応が遅れたという点で自衛隊が非難を浴び、陸上自衛隊のトップとなる陸上幕僚長が辞任した。
自衛隊は政府の要請を受け、ダンジョン下層に向けて大規模な調査団を派遣。最終的には地下二十階層まで捜索の範囲を広げたが、行方不明者も彼らの痕跡も何一つ発見する事は出来なかった。
事故から一か月後。兵庫県では合同で生徒達の告別式が行われた。
これほど問題が大きくなったにもかかわらず、どこからもダンジョンを封鎖するべきという話は出ていない。
ダンジョン内に常に湧いて来るモンスターの間引きは、絶対に必要とされていたし、突発的なダンジョンの発生は、今後いつどこの大都市で起こるか分からない。
明日にでも起こり得る大災害に備えて、レベルを持つ人間を増やしておくのは急務だったのである。
確かに四十人以上の高校生の被害は大きい。しかし、七年前。墨田区ダンジョンが発生した時の犠牲者は、その百倍以上にも上っていた。
世間はあの時の恐怖を、まだ忘れた訳ではなかったのだ。
やがてこの事故は、人々の話題に上らなくなった。
時々、過去に大きな犠牲を出した痛ましい事故として、ニュース記事で取り上げられる事があるくらいである。
次回「一週間後」
 




