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その9 亀裂

 水場を離れて百メートルも歩かないうちに、俺達はモンスターと遭遇した。

 例のオオカミのようなモンスターだ。あるいはさっきのモンスターと同じ群れの仲間なのかもしれない。

 数は二体。


「モンスターだ! 数は2! 漆川、みんなの護衛を頼む!」


 ここは通路だ。

 二人並んで武器を振り回すには狭すぎる。

 一体を引き離して倒した後、返す刀でもう一体を仕留める。


 特補生クラスの金本がナイフを構えて叫んだ。


形態変換(トランスレーション)! クソが! なんで形態変換(トランスレーション)出来ないんだよ! 意味分かんねーだろ!」


 五条と茂木さんの方を見ると、二人も形態変換(トランスレーション)出来ないようだ。

 五条は諦めたのかバックパックから拳銃を取り出した。どうやら自衛官の持っていた拳銃を回収していたらしい。

 それを見た金本が五条に怒鳴った。


「五条! その拳銃を貸せ! そいつでモンスターを殺せばレベルが戻って来るに違いない!」

「ダメだ。お前に使わせるつもりはない。それに素人が下手に撃って、もし、中久保にでも当たったらどうする」


 確かに。金本なんかに渡したら、俺がいるのにお構いなしに発砲するかもしれない。

 同士討ち(フレンドリーファイア)を気にしながらモンスターと戦うなんてまっぴらだ。


「グワウ!」

「中久保くん!」

「――っ! 形態変換(トランスレーション)!」


 モンスターが俺に襲い掛かって来た。

 俺はレベルの力を解放。

 その瞬間、俺の感覚が切り替わり、全能感に満ち溢れた。

 全身の細胞が躍動し、ふつふつと力が湧き上がって来る。


「どけっ!」

「ギャン!」


 俺の蹴りを受けて、モンスターは通路の奥に吹っ飛んだ。

 最初に考えていた予定とは違うが、こうなれば先にもう一体の方から片付けるか。

 俺はナイフを手にモンスターへと切りかかった。

 モンスターはサッと後ろに下がった。


「ガウッ!」

「フェイントかよ! くそっ!」


 モンスターは下がったと思った途端に方向転換。俺の左方向――武器を持っていない方向――へと回り込んだ。

 俺の左腕は、さっきのモンスターとの戦いで負傷している。あるいはコイツは、獲物がケガをしている場所を狙ったつもりなのかもしれない。


「二度も同じ手を食らうか!」


 俺は左手に武器を持ち替えるとそのまま真横に振った。スキル【軽業】にはこういう利点もある。

 体の使い方が上手くなるという事は、利き腕の逆でも武器が扱えるようになる、という事でもあるのだ。

 俺の振った大型サバイバルナイフは、カウンター気味にモンスターの頭を捉え、頭蓋骨に食い込んだ。


「中久保!」


 五条がすかさず替えの武器を投げてよこした。

 俺は回転しながら飛んでくるナイフを、チラリと見ただけで危なげなくキャッチ。

 そのまま振りかぶると、さっき蹴り飛ばしたモンスターに振り下ろした。


「ギャン!」


 モンスターは咄嗟にサイドステップで躱したが、ナイフは前足を大きく切り裂いていた。

 俺は次いで、大きく足を踏み出しながら、ナイフを突き出した。


「グウッ!」


 ナイフはモンスターの腹に突き刺さった――が、浅い。

 ここでモンスターは完全に戦意を喪失して逃げに入った。


「逃がしてたまるかよ!」


 俺は頭にカッと血が上って、モンスターを追いかけた。

 どうやら形態変換(トランスレーション)状態の俺は、やや興奮気味というか、好戦的になるようだ。

 俺はモンスターを追いかけ、四~五百メートル程走った先で止めを刺したのだった。




 形態変換(トランスレーション)を解除してみんなの所に戻って来ると、何か言い争っている最中だった。

 漆川は形態変換(トランスレーション)中のようだ。モンスターを取り押さえながら手持ち無沙汰にしている。

 一般クラスの女子、稲代は、銃を手に困り顔で立ち尽くしている。

 揉めているのは特補生クラスの三人。

 激昂している金本に、五条と茂木さんが手を焼いているようだ。

 俺がいない間に、一体何があったんだ?


「どうした、漆川。まだモンスターを殺してないのか?」


 俺の言葉に漆川が振り返った。


 ――いつもの漆川じゃない。


 俺はイヤな予感を感じて足を止めた。


「見ての通り。五条は稲代にモンスターの止めを刺さるつもりだったのを、金本が反対しててね」


 漆川はモンスターを押さえつける手に力を込めた。


「決められないなら僕に経験値を譲って欲しいんだけどな。レベル3になれば、何かスキルを覚えると思うんだけど」


 今の言葉で大体の事情が分かった。

 要は経験値の奪い合いだ。


 モンスターは止めを刺した者に、より多くの経験値が入る。

 五条は、俺と漆川がレベルを得てモブからプレイヤーになった事から、俺達と同じ一般クラスの稲代にも同じ変化が起きるのではないかと考えたのだろう。

 そして金本はそれが納得出来なかった。

 アイツは自分にモンスターの止めを――経験値をよこせとゴネているのだ。


「金本もそんなに慌てなくてもいいのに。どうせそのうちすぐに別のモンスターが見つかると思うんだけどなぁ」

「――アイツはそれまで我慢出来ないんだろうよ」


 金本らしいと言えばらしい話だが、俺はそんな事よりも漆川の様子の方が気になっていた。

 どうやら漆川も俺と同様に、形態変換(トランスレーション)の最中には興奮状態になるようだ。

 いつものコイツらしからぬ雰囲気に、俺は漠然とした不安と言うか、何か危うさのようなモノを感じていた。


(何となくだが、このままにしておくのはマズい。――そんな気がする)


 俺は仕方なく金本達の間に割って入る事にした。


「そこまでにしてくれ。五条、金本。コイツは俺が弱らせたモンスターだ。どうするかは俺に決める権利があるはずだ」

「何だと中久保! テメエ、ザコモブクラスのくせに、権利とかふざけた事を言ってんじゃねえぞ!」

「中久保。だったら君が止めを刺すのか? もちろん、君が倒したモンスターなんだから、それでもいいと思うが」


 案の定、金本は即座に食って掛かったが、五条は少し考え込んでいる様子だ。

 あるいは五条としては、俺が倒す事になっても、チームの戦力が増せばそれでいいのかもしれない。

 だが、今の戦いで俺はレベルが4に上がっている。一先ずはこれで十分だ。

 俺はかぶりを振ると稲代に振り返った。


「このモンスターは俺達一般クラスのもの。そう言いたかっただけだ。稲代、さっさとその銃でモンスターを殺せよ」


 一年生の時。俺達は全員、ダンジョン実習で一度モンスターを殺している。

 その時も今のように自衛官が弱らせたモンスターを、自衛官の監視の下、渡された拳銃で撃ち殺した。

 その結果、五条達はレベルを得てプレイヤーとなり、俺達は何も得られずにモブになった。


「五条くん」


 稲代は五条に振り返った。五条は大きく頷いた。

 それで覚悟が決まったのだろう。稲代はダンジョン実習の時のようにモンスターの頭部、三十センチ程の距離で銃を突きつけると引き金を引いた。


 パン! パン! パン! パン!・・・


 モンスターは弾丸一発ぐらいでは死なない。レベルを得た手ごたえがあるか、監視の自衛官が「良し」と言うまで引き金を引き続けなければならない。


「あっ!」


 その時、稲代がハッと目を見開いた。

 俺は横から手を伸ばして彼女の手から拳銃を奪った。

 混乱した彼女が、銃口を他に向けた状態で引き金を引く事を恐れたのだ。


 稲代は俺に銃を奪われた事にすら気が付いていないようである。

 驚愕の表情で自分の手をジッと見つめている。


「これがレベルを得た感覚? なんだろう・・・スゴく不思議な感じ」


 モンスターは死んだようだ。

 そして止めを刺した稲代に経験値が入り、五条の予想通りレベルを得たらしい。

 漆川が「ちぇっ。僕だって経験値が欲しかったのに」とぼやいた。


「五条くん。茂木。私・・・」

「どうやら無事にレベルを得たみたいだね」

「稲代さん、落ち着いて。使い方は直感で分かるから」


 稲代に声をかける五条と茂木さん。

 俺はふと視線を感じて振り返った。


「・・・・・・」


 そこには俺を睨み付ける金本の姿があった。

 俺と金本の間に亀裂が入った瞬間だった。

 この時、金本は俺を敵として認識したのである。

次回「エピローグ 最悪のチーム」

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― 新着の感想 ―
[一言] パニックホラーに付き物の生存者間の諍いですね、今は平静を保っている五条君も何かの切っ掛けで緊張の糸が切れて…事にならなければ良いのですが
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