幽霊屋敷前
* * *
幽霊屋敷――前日はそう呼んだ廃屋の前に立ち、スルガは携帯端末を取りだして電源をオンにした。不在着信はなし。メッセージの返信もない。嘆息して、クラウドに保存していた文章ファイルを開き、箇条書きで記していたいくつかの文を黙読する。
〈――柿本・東条・雛岡の三人はどこへ消えたのか〉
〈――廃屋のことを、どこで、どのようにして知って、なぜ訪ねたのか〉
〈――幽霊屋敷という呼称を誰がつけたのか〉
画面に指で触れ、下から上へゆっくりスワイプして隠れていた文を表示する。
〈――鈴鹿を尾行していた人物は誰か〉
〈――鈴鹿はその人物に思いあたる節があるのではないか〉
〈――乗っていたタクシーは、コトブキタクシー。ナンバーは不明〉
「……そうだった。タクシー会社に問いあわせようと思ってたんだった」ぼそりと呟いて眉尻を下げるが、すぐに表情を戻し、さらにスワイプする。
〈――なぜ兎足氏のエンブレムが記された扉が玄関に採用されたのか〉
〈――廃屋を調査〉
〈――廃屋の元住人について調査。近隣に聞きこみ〉
〈――法律遵守? 好奇心優先?〉
顔をあげて廃屋を見つめる。敷地内に足を踏み入れれば、住居侵入罪を犯すことになる。スルガは眉をひそめて、それでいて唇の端には笑みを浮かべて、ポケットの中へ端末を戻しながら「仕様がないだろ」と小声でいい、周囲の様子に注意しつつ廃屋へ近づいた。
「なにしろ、期待されてるんだから」
雑草で覆われた元花壇と思われる囲いの中に、角ばったかたまりが埋もれていた。
スルガは肩にさげた鞄から手袋を取りだして手にはめ、囲いの中に足を踏み入れて、かたまりをもちあげた。細い蔦がからむ。蔦を引きちぎる。
姿を現したのは、錆びたポストだった。
汚れを落として記されている名前を読む。文倉。苗字の部分は文倉と読めたが、下の名前は判別できなかった。ポストの蓋を開いてみると、中から大量のダンゴムシが落ちてきた。そっと囲いの中へ戻して、昨日から着続けている上着のフロント部分で手についた土を落とし、昨日より少し跳ねの弱まった寝癖を弄って建物を見る。
「さて。詳しく調べてみるか。法には触れるが――期待にこたえなきゃ」
スルガは自虐的な笑みを浮かべて、昨日と同じルートを辿るべく建物の西方へ足を向ける――が、急に思いたって振り返り、玄関の扉を見つめた。視線は扉に刻まれたエンブレムへ。わずかにあがって上部に貼られたステッカーへ。再び下りてドアノブで静止する。スルガは扉へと歩み寄り、ノブに手をかけた。意識せず両目を大きく見開く。
鍵は、かかっていなかった。