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酒坂二丁目・路上


     * * *


 酒坂二丁目は佐棟町の北東に位置しており、東西に走る国道を境にして、南側エリアは住宅地、北側は緑生い茂る山林となっている。

 樫緒科学捜査研究所で行われた〝柿本が撮影した四枚の写真〟の調査に費やされた時間は三十分ほどだったが、「充分な情報は得た」とスルガは断じた。酒坂二丁目で撮られた三枚目の写真は、単焦点レンズで撮られたように人物以外がぼやけていたものの、二枚目以前の写真は隅々までハッキリ写っていて、車窓から見える景色も明瞭だった。

 二枚目の撮影場所は、ショッピングモールの大型看板が並ぶ、国道の光陽台入口交差点付近。通りを佐棟町方面へと進み、八並交差点から寂れた通りへ折れれば、ほどなく酒坂二丁目に入る。

 いま、酒坂中学校前と記された交差点で信号待ちしている樫緒科学捜査研究所の営業車には三人が乗車しており、運転席にスルガ、後部座席に柊、助手席に地図画像が表示されたタブレットをもった(正しくはもたされている)鈴鹿が座っていた。

「ふたつ先の信号付近が、三枚目の写真に写っていた電柱の場所だと思います」と鈴鹿。

「ここまで約三十分か」車内の時計で時間を確認して、スルガは低いトーンで呟いた。

 スルガの運転する営業車は、柿本らが辿ったと思われる最短距離のルートを進んできた。柿本の住むマンション、光陽台入口交差点、そして酒坂二丁目まで、制限速度を厳守して。「時間的にみて、ぼくらは正解の道を辿っているようだね。赤信号をうまく回避できれば、二十分をきるのも可能でしょう。ところで鈴鹿さん、周辺の建物も注意して、よく見ておいてください」

「建物を?」運転席側へと顔を向け、訝しげな表情で鈴鹿は尋ねた。「どういうことですか。このあたりに幽霊屋敷が建っているかもしれないってことですか」

「柿本さんたちが到着までに要した四十分の中には、駐車スペースを見つけられなくてウロウロしていた時間が加算されているかもしれないし、到着してすぐに写真を撮らず、周辺を散策したかもしれませんからね」

「だ、だったら」慌てた素振りをみせ、鈴鹿は車外の風景に目を向ける。

 直後に信号が青に変わった。

「ただし、柿本さんたちが玄関先で堂々と記念撮影していたことを考えると、民家が密集しているこの辺りは場所的に相応しくないように思います。人目につきやすい場所は、不審者として通報されてしまうリスクも高いですからね。ひっそりとした場所でなければ、ポーズをとった記念撮影なんて行為にはでられないと思うので……そう考えると、なかなかおあつらえ向きの場所が近くにあるんですよ。地図で、国道の北側を見てくれますか」

「国道の北……は、はい」鈴鹿はタブレットを操作し、地図画像をスクロールして国道辺りを表示した。

「山林になっているでしょう? 森に侵食するようなかたちで、民家が点在していますよね?」

「しています。点々と……そうか、そうですね。この中のどれかが、探している幽霊屋敷かもしれませんね!」

「違っていたとしても、例の電柱から約十分圏内の場所に建っているのは確実ですから、範囲内の家を一軒一軒あたっていけば必ず見つかりますよ。ま、ローラー作戦を実行せずとも、得ている情報からある程度は絞りこめますけどね。酒坂二丁目に着くまでの間に、車は北と西の方角にしか向かわなかったので、南と東にある住宅は除外して構わないでしょう。玄関前で撮られた写真からわかることもいくつかあって――たとえば影です。建物の壁に樹木の影が落ちていましたので、背の高い木がそばにたっていて、玄関は南向きであるということがわかります。そして、なによりも場所の解明に繋がるであろう重要事項は、建物が〝幽霊屋敷〟と呼ばれていることです。――柊さん?」

 スルガは首を伸ばしてバックミラーを覗きこみ、

「はい」呼ばれた柊が答えて背筋を伸ばす。

「…………」

「…………」

 スルガは眉間にしわを寄せて下唇を噛み、ミラーと前方とを交互に見遣った。

「……? スルガさん?」

「あぁあ、失礼。柊さん、検索のほうはどう?」

「検索?」割って入るように鈴鹿が尋ね、

「柊さんにワード検索をお願いしていたんですよ」柊の回答を待たずに、スルガは質問に答えた。「幽霊屋敷という呼称がついている建物ですから、ネット上でも誰かが話題にしているだろうと思いましてね。柊さんにワード検索をお願いしていたんです」咳払いをひとつして、再度ミラーを覗きこむ。「結果はどうだった? 柊さん」

「いえ……それが」終わりまで聞かずとも結果のわかるトーンで柊は返した。「佐棟町・幽霊屋敷。佐棟町・廃墟といった感じで、それっぽい複数のワードを組みあわせて検索してみたんですが、見つからないんです」

「SNSのほうでも調べてみた?」

「ツイッターで数件ヒットしましたけど、柿本さんやその友人がツイートしたものばかりで、詳しい場所を記したものはありませんでした」

「妙だね……なんとも妙な話だな。ネットではまったく噂になっていない。しかし柿本さんたちは建物が幽霊屋敷であることを知っていて、建っている場所も知っていた。建物の呼称や場所を、どこで、どのように知ったんだろう。幽霊屋敷と呼ばれているからには、いわくつきの……あぁ、そうだ、柊さん。検索ワードに〝事件〟と追加して再度試してみて」

「はい」短く答えて浅く頷き、柊はスマートフォンの画面を指で操作しはじめる。

 車が減速する。スルガは唇を尖らせてハンドルをコツコツと指で叩き、ちらとバックミラーに目を向けて、進行方向へ戻すと同時に言葉を継いだ。

「そうこうしているうちに着きましたね。あれでしょう、探していた電柱は」

 スルガの言葉を受け、乗車しているふたりは窓の外へ目を向ける。

 写真で見た電柱と壁と思しき風景が、緩やかに近づいてきていた。


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