7:00
「おはよ。」
俺が目を開けた瞬間、1番おはようを聞きたかった声が耳に入りまだ夢にいるんじゃないかと錯覚する。
けれど、あの日のように姐さんは俺に腕枕して抱きしめながら微笑んでくれている。
一「おはよ。…もう1回チャレンジしていい?」
俺は夢うつつだったけれど、この幸せな時間に体が反応したのか姐さんの柔らかい太ももに俺の体を入れ込む。
さき「なに?ちゅん勃ち?」
一「なにそれ。」
さき「朝はちゅんちゅん、昼はるんるん、夜はにゃんにゃんって瑠愛くん言ってた。」
瑠愛くんの意味の分からなさで俺は乾いた喉で大笑いすると軽く咳き込んでしまう。
さき「裸で寝るからだよ。」
一「裸で寝たほうが気持ちいいじゃん。しかもすぐ出来る。」
俺が姐さんにキスしようとすると顔を背けられてしまった。
さき「私も遊び…?」
と、姐さんはなぜか聞く必要のない質問を不安げな声で質問してきた。
一「なわけないじゃん。なんで旅行来てるの?」
さき「だって会うのやめるのにたくさんするって…」
一「姐さんが俺に会うの嫌がってたじゃん。だから俺はあの日にもう姐さんに迷惑かけるのやめようって思って言ったんだよ?」
俺は姐さんの体目当てじゃないのを証明するために、自分から姐さんの体から離れて距離を取る。
一「俺、姐さんが男でも女でもどっちでもいいって思ってるから昨日思い切って言ったんだよ?それで姐さんの中で俺が何かしらの存在になれるならいいなって思ってしたのに、遊びって思われるの悲しい。」
俺は言葉を発してくれない姐さんを背にベッド脇に置いていたガウンを着て、トイレに籠る。
あんなに体に触れ合っても、姐さんは俺が遊びでやってるとしか思えないなんてそんなに俺って愛情表現下手なのか?
昨日たくさん姐さんと観光地を回って、姐さんが喜んでくれそうなことをしたってのに、それもノーカン?
好きって言うのなるべく抑えてるのは姐さんが俺の好きが聞きたくないって言ったからなのに、どうやってこれ以上の好きを伝えたらいいんだよ。
俺は昨日の夜、たくさん秘密ごとを打ち明けてくれたはずの姐さんが何を思っているのか分からなすぎて今日の最後のデートプランにさえ自信をなくす。
「一、ごめん。」
と、姐さんがトイレの扉前で声を震わせながら俺に謝った。
さき「…いっぱい避けてごめん。音己のことがあったり、一が私のこと好きなの諦めてもらおうって思って会うのやめてたの。」
一「俺、そんなので姐さんと会うのやめたくない。」
さき「でも、一にはみんなと同じ幸せを選んでほしかったからそうするしかなかった。たくさん悲しい気持ちにさせてごめんね。」
そう言うと姐さんは部屋に戻る足音を静かに立てて扉前から去っていった。
…今の正直な気持ちを言っていた目を俺は見たかった。
なのになんで俺は扉1枚隔てて閉じこもってんだよ。
俺はトイレから飛び出て、服を着替え始めた姐さんの背中に抱きつく。
一「みんなの幸せは俺の幸せじゃない。俺の幸せは俺が決めるし、姐さんの幸せは俺が持ってくる。」
今日では終わらせない。
絶対姐さんと離れたくない。
だから姐さんのその気持ち、折らせてもらう。
一「音己ねぇのことは気にしない…って言ったら嘘になるけど、気にしない。姐さんのセラピーをしてた中でそうなった。そこに体の関係はないんだから別に気にしない。」
さき「嘘って言ってるじゃん…。」
一「俺に会うのやめるのやめて。俺、小さい時から音己ねぇ好きだったけど、姐さんと出会ってタイプの好きとこの人が好きっていう違いがあるの気づけたんだ。やっと初恋を諦められて次の恋愛を始めたのに会えないで終わるのなんか無理。」
さき「音己いい子だよ。なんで諦めるの…?」
一「俺が姐さんと出会ったから。好きになるの自分で決められないんだよ。俺の幸せを願うならずっと側にいてよ。俺からのお願い。」
俺は首筋に唇を這わせて昨日つけたキスマークの上にまたバレないようにキスマークをつけて、しばらく消えないようにしてもらう。
さき「一の幸せって、何…?」
と、姐さんは恐る恐る聞いてきた。
俺の幸せ…。
それはただ、俺の好きな人がずっと側にいてくれればそれでいいって思ってたけど、姐さんは自分の腕の中にしまい込んでしまいたいほど執着心がある。
多分、会えなかった分そう思ってしまうんだろう。
けど、それをしたら前の夢衣と同じようなものだからそんなこと出来ない。
俺の幸せは相手も幸せと思ってくれないと成り立たないから、いつも遠回りばっかして道を見失いかけるんだ。
音己ねぇも夢衣も姐さんもそう。
俺が恋愛として好きと思えた人はいつもたくさん困らせた挙句に俺のせいで泣かせて辛い思いをさせて、そのあとケロッと他の人のとこに行っちゃうんだ。
心のどこかで愛想をつかされてるみたいなもの。
それでも3人ともなんでか俺のことをしっかり想ってくれてて、俺はまた好きになっちゃうんだよな。
けど、俺と一緒にいて泣かせてしまうなら他の人と楽しげに生きてる方がいいと思うんだ。
だから夢衣は来虎さんだし、音己ねぇは奏だし、姐さんは夏で、俺が踏み出そうって思っても足を1歩引いちゃうんだよ。
…そう、1歩は引く。
だから、せめて好きな人が他の人と幸せそうにしているところを見させてほしい。
それで俺は幸せだからずっと側にいさせてほしいって言ってるんだ。
一「俺の大切な人が幸せそうに過ごしてるのを知られる距離感で側にいられれば俺は幸せ。だから姐さんもそうしてほしい。顔くらい合わせてほしい。」
そう言うと姐さんは俺の腕の中で振り向き、抱きしめ返して俺の俯いた顔をすくい上げるようにキスをしてくれた。
さき「私もそうしたいって思ってた。だから、一が幸せに過ごしてるとこ見てたいよ。」
一「そうしてよ。なんで会わないなんて言うんだよ。」
さき「一の幸せを思ってそうしたよ。」
一「…姐さんが考える俺の幸せってなに。」
さき「生きる不自由がない程度の画家になって、奥さんと子どもたちで週末は公園に行ったりするの。」
一「なんだよ、それ…。」
姐さんが思い描いている未来は今ここにいる2人でも出来るのに、それを姐さんは許してくれない。
さき「私は結婚出来ないと思うから一にはしてほしいって思ってる。奥さんと子どもたちを連れて、将来私が経営してるお店に連れてきてよ。」
一「結婚しなくてもいいじゃん。俺と同棲しよ。」
さき「しても…、結婚してなかったら出来ないこといっぱいあるんだよ。好きでも一緒にお墓入れなかったりするんだよ。」
一「一緒じゃないなら隣でいいよ。」
さき「子ども欲しくなっても作れないし、2人の血が混じった子は絶対生まれないんだよ。」
一「血が俺たちのじゃなくても一緒に時間を過ごして育てば家族だし、俺たちの子って言えるよ。2人して名前で呼んでもらえば父母関係ないよ。」
さき「…それでも、私は一に普通に人生を過ごしてほしいって思うよ。」
俺がこんなにも姐さんと一緒にいたいって思ってるのに、姐さんの“普通”が俺と姐さんの関係を引き裂こうとしてる。
…どうしたら姐さんの普通は無くなるのかな。
俺、今まで普通になんか生きてこなかったから、姐さんが思う普通の人生なんか生きていけないよ。
その時点で姐さんが思う俺の幸せは叶えられないんだ。
だから俺の幸せを見て、姐さんの普通を俺にしてくれないかな。
一「姐さん。俺、奏と海外飛ぶ約束してるから姐さんが思ってる普通の人生にはならないし、普通って言葉で片付けられる人生は送りたくないよ。
姐さんの普通では俺が楽しく過ごしてるのか知らないけど、現実にいるこの俺はその普通で楽しく過ごす自信ないよ。」
さき「…海外行くの?」
一「うん。奏と絵の勉強する約束したから姐さんが思ってる俺の人生にきっとならないよ。だから姐さんが思う普通の幸せは捨ててくれないかな。」
俺がそう言うと姐さんは目を潤ませながら、小さく頷いた。
けど、その寂しそうな姐さんはまだ俺に普通の幸せを願ってるようで、その俺の隣には姐さんを置いてくれないんだ。
一「ありがとう。俺、今よりもっと幸せになりたいから姐さん完成させたい。ご飯食べたら岩と海、見に行こ。」
さき「…うん。」
姐さんは納得いった声を出してくれなかったけど、いまはこれでいい。
今日はまだ始まったばっかりだから姐さんに俺の幸せを刷り込んでやる。
俺は頭の中だけでデートプランの組み立てを変えながら姐さんが行きたいと言ってくれたえびす岩と大黒岩がある海に向かった。
→ アポトーシス