22:00
俺は今日泊まることになった奏たちが自分の部屋に入ってくる前に、明日から始まる姐さんとの最後のデートに向けて荷物をまとめていく。
カメラや旅行先で使える画材を詰めて、明日の夜が永遠に止まってくれないかなと月曜日の神さまにお願いしながらみんなのいるリビングに戻ると、夏が1人でベランダに出て誰かと電話をしていた。
もしかして姐さんなのかなと思ったけれど、今日の夏の様子を見る限り俺を避けてるような感じなので話せてもそれを聞くのは難しそうだ。
俺はそんな夏から目線を逸らし、未成年も参加出来るジュースでピンポンちゃんぽんしていると音己ねぇから電話がかかってきた。
俺は急いで1番静かなトイレに入り、電話に出る。
一「面接お疲れ様。合否はまた今度?」
音己『いや…、受かったけどクビにされた。』
一「どうなったら当日クビになるんだよ。」
音己『お茶汲み要員って言われてキレたらダメになった。』
会社も会社だけど、音己ねぇも少し抑えればいいのに。
けど、そんな会社に入らなくてよかったなと安心してしまう俺もいる。
一「そんなの音己ねぇがやる必要ないよ。もう、会社に入るの諦めて自分でなんかやれば?」
音己『んー…、なんかある?』
と、スーパーマンな音己ねぇは俺に丸投げしてきた。
一「調理の免許あるならそれ使ってなんかすればいいじゃん。」
音己『店は出せるけど金はない。』
…まあ、そうなるよな。
金ないから働こうって思ったわけだし。
一「音己ねぇ、明日なんもなかったらこっち来れば?電話じゃなくて会って考えようよ。」
音己『なんもないけど…。一は明日旅行に行くじゃん。』
一「…まあそうだけど。昼からだから、音己ねぇ家に送って行く余裕はあるよ。」
音己『…一緒に寝てくれる?』
と、音己ねぇは急に寂しそうな声で聞いてきた。
やっぱり、こんなのよくないよな…。
けど、好きで付き合ってる彼女のお願いはちゃんと叶えたい。
一「うん。奏たちはリビングで雑魚寝してもらうから。俺たちだけで一緒に寝よ。」
音己『それはそれで悪いかも。』
一「それか天が使ってるキングサイズのベッド使うか。どっちにしろ、俺の部屋以外に寝る場所はたくさんあるから。」
音己『そっか。』
一「うん。それで今日の朝の続きするのもあり。」
音己『みんないるのに…?』
一「俺たちいても、瑠愛くんと彼女はしてるよ。そんな大きい声出さなければ聞こえないし。」
音己『…考えとく。』
一「いっぱい考えといて。何で来る?」
音己『バイク。住所一応送ってもらっていい?』
一「分かった。」
俺は音己ねぇとの電話を終えてトイレから出ると、ばったり夏と鉢合わせしてしまった。
一「…うんこじゃないから。」
夏「気にしないよ。」
と、夏は玄関の方に向かっていく。
なんだ、トイレじゃないのか。
一「帰んの?」
夏「ううん。デート。」
一「リリって子?」
夏「ううん。さきさん。」
俺はその名前を聞き、靴を履くために背を向ける夏の肩を掴む。
一「なんで?」
夏「電話で呼ばれたから。」
一「仕事?」
夏「デートだよ。仕事上がりにしようって言われた。」
そう説明した夏の顔は見えなかったけれど、俺に対して悪意があることは確かだ。
一「…俺、なんかした?」
思い当たる節がない俺が下手に出てみると、夏は素早く振り返り俺の胸ぐらを掴んできた。
夏「…たくさんの人を好きになるのはいいけどさ、俺の大切な人を泣かせないでよ。」
一「な…、なんの話?」
夏「さきさん好きだったんじゃないの?なんでそんなすぐに別の人に切り替えられるの?」
一「俺、ずっと姐さんのこと好きだけど…。」
驚いた俺とは目を合わせず、ずっと潤んだ目を伏せたまま夏は話す。
けど、俺はなんで夏に音己ねぇの存在を知られているのか分からずに困惑して夏の心情がまだ分からない。
夏「じゃあなんで会うのやめようとするんだよ。」
一「だって…、姐さんが俺のこと避けてんじゃん。」
夏「理由は聞いた?」
一「…男だからじゃないの?俺はそれでもいいのに姐さんが俺を避けてんだ。これ以上どうすればいいんだよ。」
夏「自分で考えろよ。俺に聞くな。雅紀さんに聞け。」
俺は喧嘩腰の夏に腹が立ち、自分も夏の胸ぐらを掴む。
一「お前、俺の何にイラついてんの?」
夏「…なんで、永海に近づくの。やめてよ。」
と、夏が今日初めて俺の目を見て苛立ちの原因を言った。
一「お前もだ。姐さんに近づくなよ。」
夏「俺は呼ばれたから行くんだよ。」
一「俺も電話もらったから遊んだだけ。」
夏「手繋ぐ必要あった?」
一「キスする必要あったか?」
夏「それは一くんが他の女性と一緒にいたからバレないようにだよ。俺にはちゃんと理由がある。」
…夏に見えてたのか?
でもキスする必要ないだろ。
一「俺も永海が寂しいって言ってたから手を繋いだ。てか、お前リリって彼女いるんだから他の女のことでいちいち口出すのおかしいだろ。」
夏「俺はどっちも大切に思ってるから。」
一「俺もどっちも大切な人だけど。」
俺たち2人でギリギリ手を出さずに睨み合っていると、突然そばの扉が開き仕事休憩をしに瑠愛くんが飛び出てきて驚く。
瑠愛「…え?ちょちょちょーいっ!なんで2人して胸ぐら掴んでるの?喧嘩はだめだめ!」
と言って、瑠愛くんは俺たちの腕に飛び込み、強制的に俺と夏の手を離してくれた。
夏「…俺、さきさんに呼ばれてるから行くね。」
一「おい。話終わってない。」
俺が夏の肩に手を伸ばすと瑠愛くんがそれを止めた。
瑠愛「夏くん。さきちゃんよろしくね。」
夏「うん。」
…嫌いだ。
瑠愛くんだけに笑顔を向けた夏が腹立たしくて、俺はリビングに走り1番背中の大きい海斗に抱きつく。
明「わぁお♡バックハグ!」
と、側にいた明が俺の真似をして将の背中に抱きつく。
海斗「どうした。心臓飛び出すかと思った。」
一「…やな奴。」
奏「なんかあったの?」
海斗の隣で今日3切れ目のぶどうのタルトを食べる奏が俺の口にぶどう1粒を放り込む。
一「やな奴っ。」
瑠愛「一くん、何あったの?」
夏の見送りをした瑠愛くんが、まだ海斗に抱きつく俺の背中を撫で始める。
一「やな奴。くそやな奴。あいつが水ならみんな腹下す。」
将「なんの話だよ。何にそんなイラついてんだ?」
夢衣「一が好きなトマト作ったよ。食べてご機嫌になって。」
俺はみんなになだめられるも、姐さんの元に行った夏の態度が何度も頭に繰り返されて発散できない苛立ちを吐く。
しばらくして俺の大人気ない態度で天と渡辺が引き始め、悠が優しい言い訳を並べていると、インターフォンが鳴りやっと俺が本当に抱きつきたかった人が来てくれた。
俺は玄関前でその人を待ち、扉前のインターフォンが鳴った直後に家に引き込み、みんなに顔を会わせる前に自分の部屋に連れ込んで抱きつき顔を胸に埋めながらベッドに倒れ込む。
音己「…ど、どうしたの。」
一「俺は音己ねぇ大切だし。」
音己「え…?うん。ありがとう。」
一「大切な人、両手に収まる数しかいないけどちゃんと幸せにしようって思ってるし。」
音己「いい心がけだね。」
そう言って音己ねぇは少し体をねじり、俺の腕から自分の腕を出し俺の頭を抱きしめてくれる。
一「けど、幸せにしたくても俺の手から離れたら何も出来ない。」
音己「…さき?」
俺は名前を出さないように心がけていたけど、音己ねぇが言ってしまった。
否定出来ない俺は声を出さずに頷き、音己ねぇに謝る。
それでも、音己ねぇは気にしないでいいと言ってくれたけど、俺の嫌な気持ちを対流させている頭を抱きしめてくれている腕が少し震え始めた。
一「俺、自分勝手で自己中で音己ねぇたくさん傷つけてる。」
音己「ううん。」
一「何でこんなクズ彼氏と付き合ってんの。」
音己「別れる理由がまだない。」
一「まだ…?」
俺は胸に埋めていた顔を上げて音己ねぇと顔を合わせると、潤目の音己ねぇは俺と目が合って嬉しそうに笑った。
音己「一が私以外の好きな人出来て付き合えたら別れるの。」
一「…それやだ。」
音己「好きな人はいるからあとは付き合うだけだね。」
一「やめて…。」
音己「私は一のことずっと応援してるよ。」
一「もう、俺のこと応援しないで。」
俺は泣き出した音己ねぇの体を下に引き寄せ、少し上にあった顔を俺の顔目の前に置く。
音己「好きは誰にも変えられないって言ってたじゃん。」
一「俺、音己ねぇ好きだよ。」
音己「…それは違う好きって教えたよ。」
一「好き。」
音己「けど、違うよ。」
一「好きなんだって。」
音己「違うよ。もう違うの。」
一「音己ねぇのこと、ずっと好きだよ…。」
俺は何でこんなに音己ねぇが好きなのに、同じ気持ちで一緒に涙を流せないんだよ。
本当に俺って嘘ついてばっかなんだよな。
俺は自分のせいで泣かせてしまった音己ねぇが笑顔になってほしくて、たくさんキスをしたりたくさん思い出を話すれけど、全く未来が見えないで将来の話が出てこない。
あの時もそう感じたはずなのに、なんでこんなズルズル気持ちを引きずって付き合ってんだろう。
一「俺たち…、ずっと前から終わってんだね。」
音己「…そうだよ。」
一「これ、いつ終わらせよっか…。」
音己「今日でもいいよ。」
そう言ってくれた音己ねぇだけど、今日1番涙が出てきてしまう。
一「…今日はやだ。もう少し後にしよ。」
音己「うん…。」
俺は寂しそうな音己ねぇを見てまた期間延長してしまったけど、本当に良かったのかなと考えてしまう。
けど、好きな音己ねぇをこれ以上悲しませたくなくて俺は体温を感じられる今を大切にするために、音己ねぇがもう1度、俺から離れたいと言った時に離れることを決意してそのまま一緒に眠りについた。
→ 小粋なバイバイ