22:00
…なんでだ。
なんでなんだよ、音己ねぇ。
なんで、音己ねぇが姐さんと手繋いで楽しそうに花火やってんの?
音己ねぇは夜明けみたいな何1つ混じり気のない綺麗な澄んだブルーが1日が始まることを教えてくれる朝日が空を明るくさせていくホワイトをグラデーションにした浴衣を着て片手は姐さん、もう1つの手は花火を持っている。
姐さんは日が落ちきる直前のその日たくさん起きた出来事を全て混ぜ込んだ深みのあるブルーに1日を終えることを教えるために消えていく炎のような淡い青みがかったホワイトのグラデーションの浴衣を着て音己ねぇと手を繋ぎ、花火をしている。
しかも2人の浴衣には濃い色合いの部分に綺麗な星屑が散りばめられていて、本当に夜明けと日暮れのような浴衣で、見ているとあの日のことを思い出してしまう。
俺はそんな2人を照らすことが出来ていない、ずっと赤く染まって顔を出さないままの太陽を着ているようなレッドとオレンジ、少しイエローとブラックを混ぜ込んだような空焼け色の浴衣を着て奏と天を隣に花火の向こう側にいる2人を見つめるけれど、全くこっちを見てくれない。
奏「一はもう太陽になっちゃうんじゃないかなって思うんだ。」
と、俺のヘアカラーと浴衣を見て入道雲のようなホワイトの浴衣を着て、奏は俺に笑顔を向けてくれる。
一「なれるもんならなりたいよな。」
天「もう太陽みたなもんだよ!だってひぃ兄の手、あったかいもん。」
そこかよと思ったけど、少しでも太陽に近づけたらならいいかと思いながら紫陽花の雨が降っているような水玉の浴衣を着た天がお年玉で買った花火を奏の家の庭で楽しんでいると、夢衣と来虎さんが少し遅れてやってきた。
夢衣「着付け分からなくて遅れちゃった。天ちゃんこれでいいの?」
と、夢衣は夕日に照らされながら降る雨のような淡いピンクでスリッドがある部分にフリルがついた浴衣を天に手直ししてもらう。
すると、その様子を温かい目で見守る来虎さんと夢衣越しに俺は目が合ってしまう。
俺は初対面で失礼な態度を取りすぎたことにあの後罪悪感が芽生えて、視線を奏の手元の花火に落としていると来虎さんが俺の隣にやってきた。
来虎「すみません。妹さんが主催した花火大会に勝手に来てしまって。」
一「…いえ、みんな友達とか恋人連れてきてるんで気にしないです。」
奏「…えっと、夢衣さんのお友達ですか?」
終わりかけの手持ち花火から奏は目線を外し、来虎さんに質問した。
来虎「はい。昨日の呑み会で知り合いました。」
一「夏と悠の知り合いなんだって。」
奏「あー!そうなんですね。えっと…」
来虎「あ、大咲 来虎です。」
奏「千空 奏です。何か飲みたかったら好きな時にリビングに入ってもらって構わないですよ。」
来虎「ありがとうございます。じゃあ、ちょっとお邪魔して夢衣の分貰いますね。」
そう言って来虎さんは電気が付いていないリビングを文句も言わず入っていった。
奏「すごい背高いね。」
一「俺も会ったときびっくりした。5㎝貰いたい。」
奏「俺、欲言えば8㎝。」
俺たちが来虎さんのガタイの良さを羨んでいると、天に手直ししてもらった夢衣が俺の隣にやってきて、天は目についた愛子ちゃんのヘアスタイルを直しに行った。
夢衣「来虎、いい人でしょ?」
ケンカ別れしたけど、夢衣は普通に話しかけてくれた。
一「まだ分からない。」
奏「まあ、初対面の人にちゃんと敬語使ってるのはポイント高いかも。」
一「そんなんだったら俺もできる。」
夢衣「…なんで、来虎のことそんな毛嫌いするの?」
と、少し不服そうな顔をして唇を尖らす夢衣。
一「夢衣って優しくしてもらったら誰にでもついていっちゃうじゃん。」
夢衣「…そんなことないし。」
一「それ。『なんとかないし』って言うの夢衣が誤魔化す時、いつも言ってる。」
夢衣「言ってないし…。」
一「今も言った。来虎さんともっと仲良くなるんだったらそれやめた方がいいよ。嘘ついてるのバレバレ。」
初めて夢衣の癖を教えた俺は少し気まずくて、近場にあった花火を選んで手で遊ぶ。
夢衣「…ひーくんも『忘れた』って言うじゃん。」
奏「…気づいてたの?」
夢衣「一のこと…、ちゃんと好きだったもん。いっぱい分かろうって思ったもん。」
そう話してくれた夢衣は来虎さんになんの飲み物がいいか網戸越しに話しかけられると、そのまま一緒にリビングの奥に入ってしまった。
奏「…俺が思ってたより、一のことちゃんと好きだったんだね。」
一「ずっと…、俺のこと物扱いしてるんだと思ってた…。」
奏「夢衣さんは…、ちょっと愛情表現下手なんだね。」
俺もだけどと奏は言ったけど、俺もそうなんだ。
好きって伝えるのは別に躊躇はしない。
けど、特別な言葉を好きな人の中に残したかったからネットに溢れる愛を伝える印象的な言葉を探したり、物をプレゼントしたり、何か形に残してその人との過ごした思い出を大切にとっておけるようにしたかった。
写真をよく撮るのだって、絵を描くのだって思い出を形にして残したかったから。
奏が描いたあの似顔絵だって机の中にしまっているのもそういう理由。
形に残していればちゃんとそこに想いがあったのが分かるから。
そういうのが好きで自分の手で想いを乗せられる絵を続けたいって思うんだ。
一「次はちゃんと伝えられればいいな。」
俺はまだ分からないから。
もうすでに次の相手を見つけてしまった夢衣の気持ちがちゃんと伝わるよう、俺は手持ち花火に火をつけてお焚き上げのようにその想いを乗せる。
「一。」
と、俺が夢衣のために煙たい雲の中に花火を降らしていると俺が好きになった人が俺の名前を呼んでくれた。
俺は声が聞こえた横を見上げると2つの空がそこにはあった。
音己「さき帰るって。だから駅まで送ってあげて。」
一「…でも、音己ねぇも姐さんも俺のこと嫌じゃん。」
音己ねぇは俺のこと、ずっと好きって言って自分のことを応援しろって俺に言っちゃうし、姐さんは俺といるのをずっと嫌がってたんだ。
それなのに俺が姐さんを駅まで送ることになったら、音己ねぇの気持ちはどうなるの?
俺、自分がそうしたら我慢できずに泣いちゃうよ。
音己「私は一のことなんでも応援したいんだ。ずっとしたいことしてほしいって思ってるから。」
そう言って音己ねぇはずっと繋いでいた姐さんの手を離して、奏と一緒に線香花火をし始めてしまった。
一「…俺、姐さんと一緒に花火したい。」
俺は2人の様子を見て姐さんにわがままを言う。
さき「えっ…、電車…」
一「姐さん電車嫌いって言ってたじゃん。嫌いな電車と嫌いな俺と綺麗な花火、どれがいいの?」
さき「…花火。」
俺は気まずそうにする姐さんと、みんなと少し距離がある玄関付近で2本だけ持ってきた線香花火を始める。
一「姐さんが先に落としたら、俺と手繋ぐ。」
さき「…一が先に落としたら、私を家まで送って。」
俺は姐さんが出した条件に驚き、弾け始める前の夕日のような線香花火を落としてしまった。
さき「下手だね。ここから私の家まで10㎞くらいあるのに。」
と、姐さんは祭りの金魚のように泳ぎ回る線香花火を見ながら優しく微笑んだ。
一「…いいの?」
さき「電車嫌いだから1人で乗りたくない。」
一「俺と電車は?」
さき「乗り物酔いするから乗れないの。音己は10㎞一緒に歩いてくれたよ?」
そう言って俺と目を合わせてくれた姐さんは、俺がずっと知ってる姐さんでこの夏に嫌われてしまったのが夢のように感じてしまった。
一「そうだったんだ。じゃあ来週は自転車で姐さんと行きたいとこ回りたい。」
さき「…バスとタクシーは乗れるよ?」
一「そうなの?」
さき「うん。電車とか新幹線とかはダメなの。飛行機は乗ったことないから分からない。」
一「…乗る?」
さき「え?」
一「飛行機。場所は…、沖縄?」
さき「…そんなお金ないよ。」
一「俺、瑠愛くんとこで仕事少しずつ始めたし、副業みたいのでちょっと稼いだから大丈夫。」
さき「お金掛かるのあんまり…」
一「姐さんが行きたいとこは俺が行きたいとこ。どこにでも行けるよ。」
俺がそう言うと姐さんは少し渋りながら口を開いた。
さき「…えびす岩と大黒岩、見に行きたかった。」
一「うん。行こう?それどこにあるの?」
さき「北海道の首ら辺。」
一「分かった。姐さんが見れるようにたくさん調べておくね。」
さき「うん…。」
こんな約束をしてくれるのに、姐さんはまだ俺のこと嫌いなのかな。
もう自分以外の好きな気持ちが全く分からないよ。
俺は姐さんがすべて綺麗に花開かせた線香花火のしっぽを玄関の端にあった水たまりに置き、姐さんの家まで一緒に歩いていく。
けど、音己ねぇみたいに手を繋ぐことは出来なくて、夏みたいにキスも出来ない。
夏が浮いて秋が鼻先に訪れてしまうこの季節がいつも少し寂しさを運んできたけど、今日もどこにも触れられない姐さんが今は隣にいてくれるからか、そんなこと思わなくて済むんだ。
一「また姐さんのBARに遊びに行っていい?」
さき「お金落としてくれるならいいよ。」
一「新店舗も行っていい?」
さき「…知ってるの?」
一「従業員の人に聞いた。なんで俺に教えてくれないの?」
さき「…言おうと思ったけど、会いたくなくなっちゃったから。」
その時のことを思い出して姐さんは辛そうな顔をするけど、なんで姐さんが辛くなるんだろう。
会いたくなくなったって言われた俺の方が辛いはずなのに…。
一「今は?」
さき「今は一緒にいるでしょ。」
一「…今日は音己ねぇに誘われたから来たの?」
さき「うん。花火したかったから。」
そっか。
俺がいても、好きな花火がしたいし、服が好きで天が作った浴衣を着たいから来てくれたんだ。
それぐらい俺は姐さんにとって端っこの存在になっちゃったんだね。
一「楽しかった?」
さき「うん。この浴衣、作ってくれて嬉しかった。天ちゃんのセンス好きだよ。」
俺の妹には好きって言ってくれるけど、もう俺には言ってくれないんだ。
一「言っとく。バカみたいに喜ぶと思う。」
俺はもう姐さんの中の1番にも中心にも側にもいれないから諦めないといけない。
そう分かってしまうと泣いてしまいそうだったけど、好きな人の前で好きが伝えられないことを泣いてしまうのはカッコ悪い気がして涙は流せなかった。
やっぱり好きな人の前では素直になりきれない。
なっても、もっと嫌われてしまいそうだから自分を閉じ込めて、鍵をかけてその場には訪れないようにしないと。
俺は姐さんと久しぶりにした会話を全て覚えるためだけに頭を使い、心に蓋をして少し火薬の匂いが残る浴衣を夜風に浴びせながら姐さんを家まで送った。
→ 花火