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一なつの恋  作者: 環流 虹向
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12:00

俺は昼過ぎまでいる渡辺とみんな分の昼飯を作っていると、寝癖が飛び交ってる瑠愛くんと悠が一緒に部屋にやって来た。


渡辺「し…、瑠愛さん。さっきはごめんなさい。」


と、渡辺は2人の前で綺麗な90度を作って頭を下げた。


瑠愛「俺もごめんね…。ちょっと琥太くん大きくなっててびっくりしたの。」


そう言って頭を下げ続ける渡辺の頭を優しく撫でて、瑠愛くんは膝を床につけ抱きしめた。


瑠愛「やっぱりやりたいことって諦められないよねっ。そんな琥太くんの応援するために俺はプロット書いたよ。」


渡辺「…え?」


瑠愛くんは背中に差していたのか、背後からまとまった数枚の紙を取り出し渡辺に渡した。


渡辺「…こ、これ、新作ですか?」


瑠愛「うん。琥太くん主役であのショートムービーの続きだよ。」


渡辺「え…、えっ、あれはだって…」


瑠愛「完結って言うのも、続編って言うのも、セカンドシーズンって言うのも、作った当人が言えばそうなるの。」


そう言った瑠愛くんの目の前で渡辺は床に泣き崩れた。


瑠愛「あの日からずっと諦めなかった琥太くんに俺の脚本プレゼントするから、また一緒に映画作ってみる?」


渡辺「え…?いいんですかっ…?」


瑠愛「うんっ!もう自分の権利を売る必要のない人生になったし、好きなように外出れるから何か趣味を始めたいなって思ってたとこ。」


そう言って瑠愛くんは床に泣き倒れた渡辺を起こし、一緒にソファーに座って今後のことを話し始めた。


すると、その様子をずっと隣で見ていた悠が俺の隣にやってきて、少し焦げた冷凍餃子を覗く。


一「彼氏の夢を応援したの?」


悠「夢から目標にしたの。いい彼女?」


一「…夢と目標の違いってなに?」


悠「んー…、夢は頭で思うだけで叶えようとしてることで、目標は自分を使ってたくさん努力して手にいれるって感じかな。」


一「俺、目標で夢叶えようとしてた。」


悠「出来るのかもだけど、多分思ってたのと違くなるんじゃない?」


一「…うん。なった。」


悠「じゃあ今度は夢を目標にしようよ。」


一「出来るかな。」


悠「…出来るか出来ないかじゃなくて、やるかやるかって瑠愛くん言ってた。」


一「どっちもやるじゃん。」


そう言うと悠はなぜか嬉しそうに笑った。


悠「夏くんも一緒のこと言ってた。その時は夢衣さんの荷物の話だけど。」


そう話してくれた悠は米をお椀に盛っていく。


一「夏はやった?」


悠「しぶりながらね。間に合ってなかったけど。」


一「瑠愛くんは?」


悠「毎日ギリギリやり終えてるよ。」


一「…そうなんだ。」


俺はその事を聞いて、夢と目標を与えてくれた奏に会いに行くことにした。


俺は悠に昼飯を任せ、瑠愛くんに渡辺のことを任せて少し離れてしまった奏の家に向かう。


この見慣れた登下校の道には奏とのたくさんの思い出があって、1歩駆けるだけで思い出の雫が俺の目から足元のアスファルトに跳ねて来た道を彩っていく。


一「奏!」


俺は久しぶりに奏の家の塀を登り、隣の家との間を歩いて奏の部屋がある2階の窓へ向かう。


一「奏!俺とずっと一緒に絵描こ!」


いつも昼時には開いているカーテンは閉ざされていて中の様子が全く分からない。


俺はこのまま奏の家の屋根に飛び移るか悩んでいると、窓の角から何か出てきた。


一「…分かった!」


俺は角から出てきたスケッチブックに書いてあったものを買いに馴染みのあるスーパーに行き、カートを引いてカゴにこんもりと頼まれた物を買って、奏の家に戻ると玄関に紙が貼ってあった。


一「ここって…、まだあるのか?」


俺はその紙の指示通り、通っていた保育園の裏にある俺と奏と音己ねぇだけが知っている秘密基地に行く。


すると、保育園から倍近く大きくなってしまった奏の脚が不法投棄され続けてそこのオブジェになった犬小屋から出ていた。


一「奏、買ってきた。」


俺は奏が頼んだ物全てが入っている袋を、飛び出ている脚の間に入れてその前にしゃがむ。


すると、奏は子ども3人はいると少し空気が薄くなる小屋の中で体を起こし、やっと俺に泣き腫れている顔を見せてくれた。


奏「…金平糖。」


一「小粒タイプ。」


奏「…クッキー。」


一「ずっと言ってるけど、これサブレな。」


奏「……マドレーヌ。」


一「岬屋じゃなくて、美玉屋だろ?」


俺は奏が口に出すもの全て袋から出して、奏の目に触れさせる。


奏「…音己ねぇ。」


一「袋に入ってるわけないだろ。」


俺は4次元袋じゃない事に少し苛立っていると、奏が自分の膝を抱えて顔を埋めた。


奏「なんで…、なんでさ。音己ねぇと付き合ったの…?」


一「…忘れた。」


それを奏に言ってしまったら、奏が奏でいれなくなってしまうから俺は忘れたんだ。


奏「…俺の好きなもの、全部覚えてるじゃん。」


一「それは頭打つ前の記憶。」


奏「マドレーヌ初めて食べたの、俺が小2の時だもん。」


一「…当たってラッキーだな。」


奏「もう、忘れたふりするのやめて。俺、忘れたふりして悲しい顔する一見るの辛い。」


一「そんな顔してない。」


奏「朝焼けと夕焼け見て悲しい顔する一見たくない。あれはただの事故で誰も悪くない。」


一「あれは俺が…」


奏「音己ねぇも一もずっと自分のせいって思ってるけど、警察の人が事故って言ってた。だからもう自分のこと隠したり嘘ついたりしなくていいよ。」


そう言って奏は顔を上げて大粒の涙を流しながら、俺の前髪を優しく上げてくれる。


奏「俺、おでこ出してる一の顔好きなんだ。一って綺麗な富士額で親ツバメと子ツバメが紅葉の木のそばで飛んでるような眉毛してて好きなんだ。」


一「…なんだよ、それ。」


奏「俺、一が大好きなゴールドにした髪見たい。一は1番が大好きだから俺はシルバーにする。」


一「ジジィじゃん…。」


奏「ジジィになって禿げる前にやりたい。夏はイメチェンする季節って音己ねぇが言ってた。」


一「…だから夢衣と美容院行ってんの?もう秋だけど?」


奏「変わるのなんかいつでもいいんだよ。変わりたい時に変わろうよ。俺と一緒に変わろうよ。」


そう言って奏はフォトアプリにまとめたゴールドヘアのファイルとシルバーヘアのファイルを俺に見せてきた。


一「いつから集めてんだよ…。3000枚って全部やったら禿げるじゃん。」


奏「中学の時から。…俺、ずっと2番だからシルバーにしたかった。」


一「俺より足早いじゃん。」


奏「ずっと、音己ねぇの1番は一だから…。それだけはどんなに努力しても勝てないから。せめて2番になりたい。」


お願い、と奏は大福を持っていた俺の手を両手で掴み、涙で溺れる顔を擦り付ける。


一「…俺、棄権しようって思ってるけど。」


奏「ダメだよ。どんな勝負も舞台に立たないと何も残んない。俺、不戦勝で1番は嫌なんだ。」


一「1番は1番だろ…。」


奏「それは記録の1番。記憶の1番に俺はなりたかった。けど、弟だからダメなんだ。ずっと分かってるからせめて2番にさせて。俺に一生に1度のお願い使わせて。」


一「どのくらいの期間…?」


奏「…J ORICONNの結果出るまで。」


一「冬始まるじゃん。」


奏「記憶のない頃からの片想いが色落ちする日数で抜け落ちてくれる訳ないじゃん。」


そう言って俺にやっと笑顔を向けてくれた奏に映った前髪を上げた俺もやっと笑顔になれた。


一「俺もそうだった。一緒にずっと音己ねぇが好きって言ってる黒髪変えるか。」


奏「うん。俺、今日のためにカラーが上手い美容師探しといた。」


一「今日行ける?」


奏「さっきまだ空いてるってSNSで集客してた。」


一「じゃあ行こ。それで2人で音己ねぇ驚かそう。」


奏「…うん!電話するね!」


そう言ってすぐさま奏は携帯で美容院に予約をとりつけ、俺たちは時間まで久しぶりに来た秘密基地で忘れたくない今日の日を足元にあった石を使って傍の壁に掘り、また思い出を刻んだ。




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