7:00
「おはようございます。」
と、朝から気合い十分な渡辺を瑠愛くんの家に招き入れて少し前に約束した動画編集の講座開く。
一「なんの動画撮ってきた?」
渡辺「父親と旅行に行ってきた動画。」
一「2人旅行?」
渡辺「そう。」
一「…仲いいんだな。」
俺は今の親とそんなこと絶対したくないけど、毎年あった旅行やクリスマスなどのイベントは小学校を卒業して無くなったから、こういうものを見ると家族というものが羨ましくなる。
一「じゃあ、まずはどういう雰囲気にしたいか具体的に決めてからカット割りしていこう。」
俺は渡辺に自分の頭にあるイメージを言語化させて、紙に起こしてもらっていると昨日の夜から連続で通話相談していた瑠愛くんがリビングにやって来た。
瑠愛「おはよぉ。そこの子は一くんの隠し子?」
と、少し眠そうに瑠愛くんはコーヒーを淹れる準備をし始めた。
一「違うよ。天と同級生で売れっ子俳優志望の渡辺。」
渡辺「渡辺 琥太郎です。」
渡辺は律儀にソファーから立ち上がり、綺麗な一礼した。
瑠愛「おわぁ…。中学生なのにしっかりしてるなぁ。こういう子は蒼い芽でみんなの注目を集めるより、熟していい花を咲かして散り際もみんなを魅了するんだよ。俺、応援してるよー。」
そう言ってコーヒーを淹れる作業をしながら優しく笑いかけてくれる瑠愛くんを見て、渡辺が固まる。
一「…どうした?」
渡辺「あの…」
瑠愛「あ、この怪我?ちょっとボクシングでヘマったの。」
と、嘘をつく瑠愛くんに首を振る渡辺。
渡辺「…あの、津々美 信二監督ですか?」
瑠愛「え?」
なんで瑠愛くんの本名知ってんだ?
渡辺「子どもの時に妖精みたいな耳をしてる監督に、今言ってくれた同じ言葉でこの道を肯定してもらったんです。」
瑠愛「…そうなんだぁ。」
瑠愛くんは渡辺の発言に驚き、うまく言葉が出せない様子。
渡辺「信二さんですよね?なんで著作権売っちゃったんですか?」
渡辺は逃げようとした瑠愛くんがいるオープンキッチンに走り、瑠愛くんが部屋に戻らないように道を閉ざした。
瑠愛「趣味…、だからさ。ガキだったからお金欲しかったんだと思う。」
渡辺「嘘だ!」
と、急に渡辺は瑠愛くんに怒り、なぜか涙目になる。
瑠愛「えっ…と、琥太くん。そんな大きい声出さないで。まだ寝てる人たちいるから。」
渡辺「昔も琥太って呼んでくれた!信二さんはお金だけで自分の作品売るような人じゃないってお父さんが言ってた!」
瑠愛「…大人になるためにお金が必要だったんだって。」
渡辺「大人って…、なんなんですか。」
瑠愛「大人は…、大人で…。ちょっと兄さんの病気治そうと…」
初めて見る瑠愛くんと渡辺に俺は驚いていると、渡辺のすぐ後ろにあったリビングと廊下を繋ぐ扉が開き、渡辺が押し倒されると瑠愛くんはウサギのように軽やかに廊下に逃げて仕事部屋に入り鍵をかけてしまった。
渡辺「信二さんっ!」
「うるさい。人の家でそんなに騒いだら追い出すよ。」
と、寝起きで機嫌の悪い悠が渡辺の胸ぐらを掴み今にも目で殺しそうな勢いだった。
一「ごめん。黙らせるから。」
悠「…でも、なんで信二って呼んだのか気になる。」
そう言って悠は驚き固まってしまった渡辺から手を離して、瑠愛くんが作りっぱなしにしたコーヒーを引き継いだ。
悠「黙ってないで教えてよ。えっと…」
渡辺「琥太です。」
悠「…犬?」
渡辺「違います。渡辺 琥太郎です。」
悠「琥太くんはなんで信二のこと知ってるの?」
渡辺「…小さい時に親が僕の夢を諦めさせるために、知り合いだった津々美 信二監督と取り合ってショートムービー撮ったんです。」
悠「監督?」
渡辺「はい。映画監督です。確か信二さんが中学生だった時に撮ってくれました。」
悠「…信二、映ってる?」
渡辺「エンドロールでちょっと映ってます。」
悠「今度持って来てよ。」
渡辺「VHSなんですけど…」
悠「買っとくから。いつ来れる?」
渡辺「えっと…、日曜は何もないです。」
悠「じゃあ約束ね。」
そう言って悠は作り終えたコーヒーを持って瑠愛くんがいる部屋に持っていくと悠1人分の隙間が空いた扉に引き込まれ、出てくることはなかった。
一「…瑠愛くんって監督だったんだ。」
渡辺「本名が瑠愛っていうの?」
と、不思議そうに渡辺は聞いて来た。
一「今の本名はそうだ。信二って名前は捨てたよ。」
そう言うと渡辺が泣き出しそうな顔をしてソファーに戻った。
渡辺「僕、監督の信二さんしか知らない。」
一「俺は今の瑠愛くんしか知らない。けど、信二って名前は好きじゃないっぽいから次会った時は“瑠愛”って呼んであげて。」
渡辺「…分かった。」
渡辺は寂しそうな顔をしながら途中だった動画編集をし始めた。
俺はまた新たな瑠愛くんを知ったけど、瑠愛くんが嫌と思うことは掘り返さないようにこのことを忘れることにした。
→ One Last Time