12:00
瑠愛くんの知り合いと普段の生活で使う物を段ボールに入れて、瑠愛くんの家に運び入れていると夏が夢衣の引っ越しを手伝ってくれていた。
一「ありがとう。」
夏「知らない人が入った家だと怖いからね。2人とも無事で本当によかった。」
そう言いながら“メイク用品”と夢衣の字で書かれた段ボールを持った夏にお礼を言って、俺は瑠愛くんが空けてくれたクローゼットに荷物を整理していると、天が俺の部屋にやって来た。
天「こんないいとこ住めると思わなかった!」
一「まあ、天はあと1週間くらいで帰らないといけないけどな。」
天「はぁー…、また学校始まるのかぁ。」
と、肩を落としてすぐそばにあったベッドに横たわった。
一「だらだらしてるなら手伝えよ。それか悠と一緒に昼飯作れ。」
天「悠さんが大丈夫って言ってたから甘えちゃった。」
一「じゃあ夢衣のこと手伝ってこい。」
天「はーい。」
そう言って天は俺の隣にある部屋に向かうと、急に叫び驚いた。
俺はその声に驚き、何事か急いで行くと天と夏が仲よさげに話している。
一「…何?知り合い?」
天「あ!ひぃ兄、この人が私の恩人さん!」
…天が家出した時に世話になったってのが夏?
天「不審者の時に私と渡辺のこと、守ってくれたんだー!」
嬉しそうに天は笑い、夏の手を掴みたくさんの感謝をその手から夏に送る。
夏「一くんが天ちゃんのお兄さんだったんだ。たしかに目元が似てるかも。」
夏は俺と天の顔を見比べるように何度か目を俺と合わせる。
一「おい、俺の妹に手出したか?」
夏「え!?なんでそうなるの…。」
天「ひぃ兄やめてよ。恩人さんにそんなこと言わないで。」
一「中学生の女1人の家に行く、20代男はイかれてるだろ。」
天「私が電話したんだもん。」
…そんなに夏って頼り甲斐があるやつなのか。
だから、みんなに好かれるのか。
一「…まあ、天と渡辺のこと守ってくれてありがとう。」
夏「あ…、うん。勝手に家に入ってごめんね。」
一「もう、俺の家じゃないから。」
俺は自分の頼り甲斐のなさが夏の前だと目立つ感じがして、自分の荷物整理に戻ろうとした時にふと思い出す。
一「夏、俺のとこちょっとだけ手伝って。」
夏「うん。」
俺は夏を自分の部屋に連れて行き、2人だけの空間を作る。
一「その服、ハンガーにかけてもらっていい?」
夏「分かった。」
そう言って夏は一つ一つ丁寧に服をハンガーにかけてクローゼットにしまってくれる。
一「…夏は渡辺の事、覚えてる?」
夏「うん。渡辺 琥太郎くんでしょ?すごく重い朝ご飯教えてくれたから印象的な子だったよ。」
一「…どんな朝飯?」
夏「レンゲ8杯分入れたココア。すごい甘かったー。」
と、甘味の喉焼けを感じたのか、夏は喉をそっと抑えた。
一「そうなんだ…。その渡辺に聞いたんだけど、なんで絵描きながら泣いてた?」
そう俺が言うとさっきまで笑顔だった夏が一瞬で笑顔が枯れてしまう。
夏「んー…、多分目にゴミ入ったのかも。」
一「俺の部屋、ずっと泣くほど埃っぽかった?天が掃除してたはずだけど。」
夏「…ごめん。嘘ついた。」
一「…うん。そうだと思った。」
夏「顔に、出てた…?」
と、夏は俺のことを視界に入れてくれる。
一「まあ、夏は顔に出やすいかも。」
夏「そっか…。直したいな。」
一「直す必要ないだろ。俺はそういう夏が羨ましいよ。」
夏「俺は…、一くんが羨ましい。」
夏が俺を…、羨ましがる…?
夏は感情を人前でしっかり表せて、周りの人からとても頼られてる。
俺の妹さえ、俺を頼るんじゃなくて夏に頼った。
あの日、姐さんは俺を置き去りにした次の日でさえ夏を頼って心を救ったんだろ?
俺は頼ってほしい人に頼られることもなく、まだ自分の感情を表に出すのに苦労しているのになんで俺を羨ましいと言うのかが分からない。
けど…、その言葉が今の俺にとってすごく嬉しい。
一「…初めて言われた。嬉しい…、かも。」
夏「俺も初めて言われた。…嬉しいな。」
2人で嬉しさを噛み締め合っていると悠が昼飯が出来たと言い、今いる人たちで食べる中、悠が知っている今の夏を少し知れた。
悠と夏の話の中で分かったことは、夏にはリリという恋人がいること。
そしてそのリリさんとあの絵を完成させた。
きっと、渡辺が見た夏の涙はその子を想って溢れ出てしまった涙なんだろう。
だからあの雨の天の川が正面で桜の天の川が裏面なんだ。
夏にとって、桜の子との関係は友達よりも少し飛び抜けた“何か”だったけれど、夏がそっと手で押し込めて友達にしたんだろう。
俺は夜会うその子のことを考えながら整理をまた進めた。
→ 発明家