7:00
俺は朝早くに夢衣の家に行き、夢衣が出てくれるまで何度もインターフォンを押す。
『はーい?これで何回目?』
と、呆れた声で桃汰さんが俺に聞いてくる。
一「今日、夢衣と朝カフェする約束なんで。起こしてもらえますか?」
桃汰『ひーくん、せっかちぃ。寝不足はお肌に良くないんだよ?』
一「約束したので。俺の予定を狂わせないでください。」
俺はこんな調子で桃汰さんに対応してると、少し遠くで夢衣の声が聞こえた。
桃汰『むぅちゃん、おはよう。ひーくんと朝カフェの約束したの?』
と、桃汰さんは俺と話していた時よりも明るい声で夢衣に聞く。
夢衣の前ではまだ優しい“桃汰”でいるらしい。
夢衣『したよー。桃汰にはサプライズにしよって話したの。』
桃汰『そうなんだ。じゃあとりあえず朝の日課してから準備しよっか。』
夢衣『…さっきまでしてたよ?』
桃汰『“朝”の日課って言ったでしょ?あれは“寝る前”の日課だよ。夢衣ちゃん。』
桃汰さんがそう言うと夢衣は黙り込んでしまった。
桃汰『今から日課するからひーくんはちょっと待っててね。』
と言って、夢衣の部屋に続く扉は開けられる事なく、マンションに住んでいる学生や会社員を全て見送るほど時間が過ぎるとやっと2人は出てきた。
夢衣「遅くなってごめんね。」
と、夢衣は申し訳なさそうに謝るけれど、桃汰さんはその後ろで張り付いた笑顔のまま俺を見つめてくるだけ。
一「いいよ。前に調べてくれてたところ行こっか。」
俺はとりあえず元気そうな夢衣が見れて安心して、ミニスカートの裾を抑えていた手を取り握る。
一「久しぶりに会えて嬉しいよ。」
俺はそのまま夢衣と手を繋いで歩こうとすると、夢衣の背後にいた桃汰さんに血管を潰されるかと思うほどの力で二の腕をつねられる。
桃汰「その手、何?」
一「俺が手繋いでないと、むぅちゃんどっか行っちゃうんで。」
俺は桃汰さんの指を叩き落とし、わざと桃汰さんの怒りを貯めていく。
夢衣「…桃汰はこっちね!」
と言って、夢衣は空いてる手で桃汰さんと手を繋ぎお目当てのカフェに向かう。
夢衣「今日のお店は朝採りたての野菜がウリって書いてあったんだー。」
呑気な夢衣はカフェの話をするけど、俺は偽の独占欲を桃汰さんに見せつけるために頭をフルに使って夢衣と俺だけの会話をしていく。
一「野菜と言えばむぅちゃんのトマト、また食いたい。」
桃汰「…トマト?」
夢衣「ママに教えてもらったトマト!甘くて美味しいの。」
桃汰「俺、その事教えてもらってない。」
と、一瞬桃汰さんの顔から笑顔が消えると繋いでいた夢衣の手が強張る。
夢衣「…だって、お買い物行きたくてもダメって言ったじゃん。」
桃汰「むぅちゃん1人で行ったらナンパされちゃうもん。」
そう言うと桃汰さんが夢衣の顎下を雑に掴み、そのままキスをし始めた。
夢衣「…ひ、ひーくっ、いるからぁ。」
桃汰「夢衣ちゃん、誰が好きなの?」
夢衣「んぁっ…、名前言わな…」
桃汰「夢衣ちゃんの好きな人、誰?」
夢衣は名前を呼ばれるたびに腰を跳ねさせて顔の火照りを強くしていく。
桃汰「夢衣、俺はちゃーんと夢衣のこと好きだよ。」
その言葉を聞いた夢衣は急に膝を崩し、地面に座り込んでしまった。
一「夢衣…!大丈夫か!?」
夢衣「…っゃあ!…ひーくん、名前やめてぇ。」
夢衣は荒くなった息でまた名前を呼ぶ事を拒否する。
やっぱり電話で感じた違和感はそういう事か。
るあくんが思ってるよりも、段階が早く進んでしまってる気がする。
桃汰「あーあ、夢衣ちゃん飛んだ?」
と、桃汰さんは今日1番の笑顔で座り込む夢衣の顔を覗きながらそう聞いた。
夢衣「いっ…、っくぅ…ぁ。」
夢衣は人が行き交う駅前で抗えない体を跳ねさせ、体を快楽の波に委ねてしまう。
桃汰「んー、むぅちゃん体調悪そうだから朝カフェダメかもね。」
一「…何したんですか?」
俺は確信を得るために諦めろと目で訴えてくる桃汰さんに聞く。
桃汰「夢衣は僕の物になっただけ。『夢衣』って言ったら俺のことをお腹で思い出すようにいっぱい思い出作ったんだよ。」
つんつんと夢衣の下腹部を突き、桃汰さんは思い出を作れたことが嬉しそうにして俺を見てくる。
桃汰さんの言葉と指にまた夢衣の体がさらに反応し、抑えきれない声が漏れ出てしまい他人の目を寄せてしまう。
俺は夢衣がこれ以上、外に出るのを嫌がることがないように耳を塞ぎ、抱き込む。
一「夢衣はお前のおもちゃじゃないんだ。こんなことやめろ。」
桃汰「おもちゃじゃなくて、“彼女”だよ。とても素直で優しいひとりっ子。そういう夢衣が桃汰は好き。」
また増えた。
どれが本当の“桃汰”なんだ…。
桃汰「僕の彼女にベタベタ触らないでよ。本当にいっくんって見境ないんだねぇ。」
そう言って桃汰さんは夢衣の腕を強引に引き、俺から離そうとするけど俺もそのまま桃汰さんの腕の中に入り、夢衣を桃汰さんの体に触れさせないようにする。
一「結婚してなかったらみんなフリーだって思ってるんで。」
桃汰「…すんげぇクズ発言出たぁ♡ひーくんって最高の男だね。なんでこんなとこでくすぶってんの?もったいねぇっ。」
急に口調が変わった桃汰さんはさっきまで俺を睨んでいたのに今は輝きに満ちた目で俺を見てくる。
一「俺はくすぶっても、もったいなくもないです。また俺に『もったいない』って言ったら喧嘩売りますね。」
桃汰「えぇ…?♡“もったいなぁい”ひーくんはどんなことで俺をキレさせてくれるのっ?」
と、楽しそうに笑みを浮かべる桃汰さんの腕の中で俺は耳を塞いだままの夢衣と久しぶりにキスをして舌を優しく這わせていく。
その様子を見た桃汰さんはさっきまでの笑顔が消え、無表情で俺のキスを求め続ける夢衣の顔を見つめる。
一「あぁー…、やっぱり体の相性が合う者同士のキスってくっっそ美味いですよね。」
俺は夢衣の耳を抑えていた手を夢衣の手に持っていき、一緒に立ち上がる。
一「あれー?そういえば、桃汰さんってキスが美味いって感じたことあるんですか?ないからこんなことして繋ぎとめようとしてるんですか?」
桃汰さんは煽る俺を見ずにまだ地面にいる夢衣の残像を見つめるように俯き、顔を上げない。
俺はそのまま夢衣を連れて逃げようとすると、夢衣が足を止めてしまう。
一「行くぞ!」
夢衣「足…、桃汰が…」
と言われて、夢衣の足に目を向けると桃汰さんが夢衣の足首を掴んでいた。
桃汰「…問題。今、夢衣の彼氏はだーれだ。」
そう言って、俯いたままの桃汰さんはもう一方の手で夢衣の脚をマシュマロを触れるように撫でる。
夢衣「…っんくぅ。と、とうたぁ。」
桃汰「正解。第2問目、今から夢衣は俺と何するの?」
桃汰さんは顔を上げ、夢衣の反応を真顔で見つめる。
夢衣「…っわ、わからなぁ…い。」
桃汰「夢衣、答えになってない。」
夢衣「あっ…、ち、ちょっとぉ…、待って。」
一「聞かなくていい。」
俺はまた夢衣の耳を両手で抑えようとすると、その一瞬をつき桃汰さんが夢衣のスカートを引いて自分の腕の中に夢衣を引き込んでしまう。
桃汰「ヒント。“お昼寝前”の日課だよ?夢衣ちゃんは忘れっぽいなぁ。」
夢衣「…とぅ、桃汰ぁ。おもいだしたからっ、名前やめてぇ。」
桃汰「じゃあ朝カフェやめて今からしに行こうか。」
夢衣「え…。」
桃汰「そしたら夢衣って呼ぶの休憩してあげる。」
桃汰さんがそう言うと息を荒らげながら夢衣は静かに頷き、了承してしまう。
桃汰「そういうことだから。当て馬くんは帰ってね。」
と言って、無表情の桃汰さんは夢衣の手を抱き上げすぐそばにあったタクシー乗り場に走り、乗って行ってしまった。
…あと少し。
俺がもう少し早く動いてあげていれば、今日助けてあげられたのに。
俺は桃汰さんが夢衣に作らせた水たまりを蹴り飛ばし、るあくんの家に向かった。
→ 見せかけのラブソング