7:00
俺は目覚めの悪い朝を迎えて“桃汰”という謎の人物のことをまた朝から考える。
“いっくん”は俺が遊ぶときにしか使わない名前だから夢衣は使わないはずなんだ。
…けど、ツツミさんが1度だけ夢衣の前で俺のことを“いっくん”って呼んだからその会話の流れを桃汰さんに言った可能性はあるか?
俺は全く解決が見えない頭の中で桃汰さんの違和感を探っていると、音己ねぇがまだ奏が寝ている部屋に入ってきた。
音己「おはよう。」
一「おはよ…。」
俺が気の無い声で挨拶すると、音己ねぇは呆れた表情をして俺の前にしゃがんだ。
音己「一が強くいないとむーこは守れない。出来るだけ助ける手数を多くすることが救出に向けての1歩だ。」
そう言う音己ねぇだけど、夢衣の事が心配でクマが出来てしまっている。
昨日、俺の話を聞いてからずっと夢衣に電話やメッセージを連絡先を何度も変えて送ってるけど返信が来ないせいだろう。
音己「今日は昼から学校行くんだろ?もうしばらく寝てろ。」
そうしようか考えたけれど、夏とデートするとか冗談で言って約束していた事を思い出し、焦って永海に電話をする。
永海『はーい?』
一「今日、百瀬公園来れる?」
俺は気持ちの焦りで挨拶する事なく本題を聞く。
永海『行けるけど…、なんで?』
一「一応、夏と一緒に過ごせる時間作ろうって思って。」
そう言うと永海は静かになり、少し寂しそうに笑った。
永海『夏は好きな人いるよー。だからもういいよ。』
一「…聞いたの?」
永海『んー、たまたま聞いちゃったって感じだね。』
永海は笑い混じりに話を続けるけど、その声がとても切なく感じて胸が痛む。
一「じゃあ…、行きたくない?」
永海『…そうだね。』
一「分かった。無理言ってごめんな。俺とのデートは来てな。」
永海『…はいはーい!いいとこ連れてってね!』
一「努力しまーす。」
最後の笑い声は本当に心から笑ってくれたのか、それとも愛想笑いか、作った笑いなのか、俺にはやっぱり分からない。
けど、もう永海の気持ちは終わってしまったのかもな。
音己「おい。デートの約束してる場合じゃないだろ?」
一「ちょっと恋路の手伝いしようとして失敗した。」
音己「他人より、自分の道を整備しろ。」
と、呆れ顔の音己ねぇは俺の頬を優しくつねった。
一「俺、約束あるから先に学校行くって奏に言っといて。」
俺はとりあえず夏に学校の中庭に変更のメッセージを送って、急いで学校に行くとすでに夏は来ていた。
俺は真夏日のランと寝不足で頭痛がして一旦水を飲む。
夏「今日はどうしたの?」
と、夏は早速本題に入ろうとする。
まあ、時間を取ってるから手短に話そう。
一「夏は永海の事、好きじゃない?」
俺は夏の正直な気持ちを聞きたくてまっすぐ聞いてみた。
夏「…なんで?」
と、夏は少し嫌そうに俺に質問返しをしてきた。
まあ、誰だって恋愛感情を表立って表したくないよな。
一「いや…、なんかあったのかなって。」
俺は昨日の2人の様子とさっき話した永海とのことが重なり、うまい言葉が見つからずあやふやな回答になってしまい沈黙が流れてしまう。
けど、永海が終わらせようとしてるならもう俺は何かしちゃいけないよな。
一「俺、夏が永海の事好きって勘違いしてたんだ。だから色々探るような事を聞いた。あの夜はごめんな。」
俺はしっかりと夏に謝り、一欠片の願いを込めて桃汰さんのことについて聞いてみることにした。
一「…モモちゃんって名前、聞いたことある?」
夏「モモちゃん…?」
夏は初めて聞いた単語のように首を傾げる。
一「桃って書いて桃汰って言う人なんだけど、どっかで聞き覚えあったりする?」
夏「んー…、俺は聞き覚えないな。知り合いだったらちゃんと覚えてるはずだから。」
一「…そっか。」
まあそうだよな。
これだけ日本に人口がいて、あの街にもたくさんの人がいるんだから知らなくて当然だ。
夏「何かあったの?」
と、夏が心配そうに聞いてきて俺は思わずゲロった。
夏「…一くんの友達、大丈夫かな。」
…やっぱり、すごいな。
夏は桃汰さんを責めることも、俺を責めることもなく、夢衣の心配を第一に言葉にした。
俺が夏の立場だったら真っ先に夢衣を心配出来ただろうか。
一「俺が最後に見たときは優しくしてたけど、今は全く分からない。」
夏「そっか…。」
2人して全く見えない桃汰さんの影に頭を悩ましていると、夏が何か思い出したのか声をあげた。
一「なんだ?聞き覚えあったのか?」
夏「ないけど、るあくんなら何か知ってるかも。」
と、夏はるあくんに電話をかけ始める。
そっか…、るあくんがいたか。
俺はまた自分の中にあるもので解決しようとしてしまったことに嫌なものを感じる。
少しだけ夏がるあくんと話すと、るあくんは俺に代われと言ったらしく携帯を渡してきた。
一「もしもし…?」
るあ『いっくん。なんで桃汰の事知ってるの?』
俺は全ての経緯をるあくんに話した。
るあ『レオくん覚えてる?』
一「え…?うん。」
るあ『レオくんがいっくんに話してくれた、消えちゃった友達が桃汰だよ。』
一「…え?」
るあ『ツツミさんとクソ社長が自分の経営してるマンションに住まわせて引き抜いたのが桃汰なんだ。レオくんは一緒に住んでなかったから急に消えたって思ってるけど、桃汰は自分から望んであの2人の下に着いていったよ。』
一「…そんなことあるの?」
るあ『うん。きっと類友なんだろうね。昔からお客さんとの問題多かったから。』
一「問題って?」
るあ『過剰なサディスト。殺人未遂で1回警察のお世話になったことあるよ。』
一「…るあくん、どうしよう。」
るあ『俺がいるから大丈夫。桃汰は殺しはしないけど殺しかけるんだ。…だから類友。』
類は友を呼び、友は類になる。
ツツミさんが言ってたことが頭の中で大きくなり、俺は今にでも夢衣の家に駆け出したくなる。
るあ『いっくん。今日の夜、俺の家来て。作戦会議しよ。』
一「…うん。」
るあ『…いっくん、しっかりね!付き合って3日間だからまだ優しい桃汰だと思うよ。』
一「うん…。」
るあ『すぐ会えなくてごめんね。けどちゃんと助けるから。夜来てね。』
一「…夜ね。」
俺はるあくんにまともに返事できず、そのまま夏に携帯を返し頭を抱える。
あの時の悪寒は桃汰さんへの防衛本能が働いたんだ。
もっと自分に正直でいれば、今こうして夢衣が危険な目に遭わずに済んだのに。
夏「…一くん。」
と、るあくんと電話を終えた夏が俺に声を掛けてきた。
一「やっぱ、夏はすごいわ…。」
そう言って笑うことしか出来ない今の俺って本当に無力だ。
少し考えればるあくんに頼れたはずなのに、今まで使ってこなかった分脳みその回転が弱くなってるらしい。
夏「何もすごくないよ。」
夏は俺のあげた顔を見てすごく心配そうな顔をする。
そうやって人のことを思ってすぐに行動を移せる夏みたいに俺はなりたかったよ。
一「俺に出来ないこと、出来るすごい奴。」
俺は集合時間になってしまったことに気づき、そのまま奏たちがいる体育館に向かおうとすると夏が俺の腕を掴み引き止めた。
一「…ど、どうした?」
夏「何か分からないけど、俺も手伝うから。人手欲しいとき呼んでね。」
一「…ありがとう。」
俺は笑顔を作り、そのままエレベーターで体育館に向かう。
何も分からなくても手伝えるから、姐さんも永海も悠も夏に惹かれるんだろうな。
俺は誰の憧れにもなれない自分をまた嫌になりながら奏たちがいる体育館で絵の仕上げをすることにした。
→ 怪盗