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一なつの恋  作者: 環流 虹向
8/11
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12:00

今日はどうしても手を動かす事が出来なくて、俺は1人で何度も屋上に来て長い休憩を取ってしまう。


あの日にちゃんと日向 一になるって言ったのに、みんなごめん。


でも今、筆を走らせたら今までかけてきたものが台無しになりそうで手を動かそうと思えなかった。


昨日は俺の前髪を崩すほど土砂降りだったのに、今日はフライパンの上にいるような暑さで俺は電柱1本分にしか満たない影を上手く利用して時間を過ごしていると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてくる。


奏か…。

どこにいても追いかけてきてくれるけど、今はあんまり話たくない気分なんだよな。


俺は体を縮こませて自分の気配を消し、見つからないように壁際に隠れていたけれど声をかけられてしまった。


けれど、奏でも、海斗たちでもなかった。


「日向、探したぞ。」


と、栄美先生が若干息切れしながら俺の元に歩み寄ってくる。


一「すみません。昨日…」


俺は携帯を無くしてしまったことを話そうとすると、栄美先生はケースの付いていない俺の携帯と同じカラーの携帯を差し出した。


栄美「これ。日向のだから渡しにきた。」


ジジィには階段はきついと言いながら驚いている俺の隣に栄美先生は座り、携帯をそのまま俺のスウェットのポケットに入れた。


一「…なんで、ですか?これ…、無くしたって思ってて。」


栄美「全部聞いてた。」


全部…?

何を全部聞いたんだ…?


栄美「ちゃんと帰ってきてくれてよかった。」


そう言って栄美先生は俺の頭を撫で回し、るあくんが整えてくれた髪の毛を崩す。


一「…帰れました。」


俺は姐さんのおかげで帰れたことを再び思い出して涙を浮かべていると、栄美先生は汗拭きシートを1枚渡してきた。


こんなので目玉を拭いたら痛くて開けられなくなさそうだったけど、この冷たさが今は心地がいい。


俺は流れる汗と涙を拭いてると栄美先生はタバコに似たラムネの駄菓子をくれる。


栄美「日向はタバコ苦手だろ。」


一「…はい。」


栄美「俺も昔苦手だった。でも好きな人が吸ってるから好きにならざるを得なかった。」


と、笑いながら海阪先生の愛を語る栄美先生。

やっぱり好きな人が好きなものは理解しようと思うよな。


栄美「好きは論理的に説得されて簡単に辞められるもんじゃないよな。自分が好きと思う事柄を相手がたくさん持ち合わせていたら諦められないよな。」


一「…はい。無理です。」


栄美先生の言う通りだ。


でも、俺はその好きが分からなくなってしまった。


今も姐さんが好き。


けど、それは女だと思ってるから?


女の優しさなんか上っ面なものばかりと思っていたのに、姐さんは俺をしっかり見て優しくしてくれて好きになった。


けど、それが奏や海斗たちだったら俺は違う受け取り方をしてしまったんだろうか。


…分からない。


自分の気持ちが分からない。

姐さんの事も、俺の事も分からないなんて生きている意味があるんだろうか。


栄美「俺自身が気にしていなくても、相手が人生の9割ある事を気にして悩むところを見ると俺は嫉妬する。」


一「…酒ですか?」


栄美「まあ体にも心にも良くないことだ。悩みってそんなもんだろ?」


栄美先生は首を傾げながら俺に聞いてくる。


一「そう…、かもです。」


幸せな悩みもあると思ったけれど、あれはほんの一瞬で過ぎ去ってしまう落ちる星のようなもの。


栄美「俺はその悩みを1割でも1分でも1厘でも、割合が減ってくれればいいって思って一緒にいることに決めた。他人からは時間の無駄だとか言われるんだろうけど、俺の人生好きなように使いたいからな。」


一「…無駄になるんですかね。」


栄美「世界の大半は自分にとって無駄なものだけど、

誰かにとっては大切なものだ。それを理解してない奴がそう口走るだけ。」


一「大切…、かな…。」


俺は自分に聞くけれどまだ分からない。

やっぱり姐さんに聞かないと分からない。


栄美「日向が少しでも大切と言う想いがあるならしっかり守らないと急に失ったり壊れたりするから気をつけろ。」


一「…そうなったらどうすればいいと思いますか。」


今、姐さんを失いかけてる気がする俺は聞いてみた。


何も分からなくてもやっぱり姐さんを今好きなのは変わらない。


だからもうこれ以上、関係を壊したり失いたくない。


栄美「失ったら探し出す。壊れたら修繕。絶対自分から離れないと宣言すること。」


栄美先生は力強く言って、なにかを優しく握るように拳を作った。


一「俺に、出来ますか…。」


栄美「日向の意思がそう思うなら出来る。人は他人を変えられないけど、自分は変えられる。やりたいならやれ。」


やりたいならやれ。

そんな言葉、どっかで聞いたことある。


そうだ。

俺が1度、絵を諦めかけた時に言われた。


…誰が言ってくれたんだっけ。


一「やれるだけ、やってみる…かもです。」


俺はまだ自信がなくあやふやな言葉を使ってしまったけれど、栄美先生は笑顔で受け止めてくれてた。


栄美先生はもうやれるだけやったんだろうか。

それともやっている最中なんだろうか。


その努力は報われるんだろうか。


俺は1人悩みながら涙が落ち着くまで栄美先生に貰ったカラカラの汗ふきシートで涙を拭き取り、考え続けた。




→ AFTER LIFE

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