12:00
時間が経つにつれて俺が夜を迎えるのに億劫になっていると、見回りに来た栄美先生が作業を続ける俺の隣に座った。
栄美「何に悩んでるんだ?」
と、栄美先生は完成間近の絵を眺めながら少し遠くで別の作業をしている奏たちには聞こえない声で話し始めた。
一「近々だと夜の食事会に行きたくないってことですね。」
俺は奏たちには愚痴れないことを栄美先生に話す。
栄美「歳を重ねる連れに面倒くさい人間関係が増えていくことってあるよな。」
一「…それを切ろうと思って今日行くんですけど、全く気乗りしないです。」
栄美「友達…、とかではなさそうだな。」
一「遊んでる時に出会った知り合いで、仕事紹介してもらったり色々お世話になったんですけどどうしても意見が合わないので…。」
栄美「俺もそう奴いたなぁ。」
と、栄美先生は静かに笑い昔を懐かしむ。
栄美「俺は友達だったけど、時間が一刻過ぎることにそいつが変わっていってウマが合わなくなったんだ。」
一「そういう時…、ありますよね。」
俺の“そういう”時は、全て俺の嘘のせいだけど…。
一「その人とは今どうなんですか?」
栄美「連絡取ってないし、顔も合わせることもないね。」
栄美先生は俺に笑顔を見せて自身満々に言う。
栄美「俺もそいつについて行く道はあったけど、恵美さんが止めてくれたんだ。」
一「…海阪先生?」
栄美「そう。恵美さんはその時の町の事情をよく知ってるハイカラ町のメアリーって呼んでた。…今思えばダサいけど。」
一「“めぐみ”だからメアリー?」
栄美「違う。壁に耳あり障子に目ありってね。」
一「…噂話が好きってことですか?」
栄美「好きって言うか、恵美さんは1人呑みすることが多かったから情報が勝手に耳に入ってくるって言ってたな。」
まあ、海阪先生の雰囲気はどこの空間にも溶け込んでしまう感じだから分からないでもない気がする。
栄美「その情報で俺と友達を助けようとしてくれたけど、あいつは恵美さんの手を振り払った。…まあ、もう戻れない所まで行ってたのかもしれないな。」
栄美先生はまだその友達のことを想って切なそうに笑顔を作った。
一「…どんな情報だったんですか?」
俺は興味本位に聞いてみた。
栄美「風俗界の女王の奴隷になるって話。そういうのはAVだけで十分だよな。」
栄美先生は呑気に笑うが俺の置かれている立場になんだか似ていて少し寒気がする。
一「奴隷って何するんでしょうね…。」
栄美「女王とその知り合いに欲求の処理機にされるって。人間の心を持った奴がすることじゃないよな。」
栄美先生の友達はまだその女王に囚われの身なのかなと思うとなんだか悲しくなってきた。
少し前にレオさんから聞いた消えた知り合いもその噂に飲み込まれた感じがしてなんだか怖くなってきた。
…もしかして、ユミさんが女王だったりするか?
と、考えたけれど栄美先生よりも若い感じがするから違うかと思い心を落ち着けさせる。
栄美「気乗りしないなら食事会に行かなくてもいいと思うぞ?」
と、俺の不安そうな顔を見て栄美先生は俺の背中を撫でながら言ってくれる。
一「1時間で帰ろうって思ってるので…。」
栄美「…そうか。終電までには間に合うといいな。」
そう言うと栄美先生は自分の携帯を取り出して俺に渡してきた。
栄美「今日は遅番で遅くまでこっちにいるからなんかあったら呼んでくれ。ここに日向の電話番号入れろ。」
一「…ありがとう、ございます。」
俺は言われた通り先生の携帯に自分の携帯番号を入れてコールをする。
栄美「これですぐにかけられるな。」
そう言って栄美先生は俺の肩を優しく叩いて立ち上がる。
俺は誰にもこのことを頼ることが出来なかったから栄美先生の対応がとても嬉しかった。
一「…もし、なんかあったらよろしくお願いします。」
栄美「分かった。明日ちゃんと学校来いよ。」
栄美先生は真剣な声で俺にそう言い、また見回りに戻った。
俺は今日の夜無事に終わることを祈りながら、また絵を進めた。
→ ユラレル