8 ルイスの記憶
ルイスが目を覚ますとそこはいつもの天井だった。アリアの屋敷の天井。そこであれが夢だったことに気づいた。
どこか懐かしい夢だと思った。そこで確信に変わる。昨日と今日見た夢は自分の記憶の一部だったのだと。自分には弟がいた。だが名前を思いだせない。それはこの先もずっとそうなのだろうと心のどこかで思った。
ルイスは剣を持ちまだ日の出ていない外へと出た。
「おはようございます、ルイス様」
外へ出るとセバスがいた。手にはじょうろを持っているのできっと花に水をやっていたのだろう。
「ああ、おはよう。少し剣を振りたいのだが、いいか?」
ルイスは一応断りを入れておく。屋敷に住んでいるとはいえ持ち主はアリアだ。あまり勝手なことをしてもいけないだろうと思いセバスにきいた。
「ええ、かまいません」
ルイスはセバスに了承を得たので、庭で剣を抜く。シャリンという音とともに剣をだした。そして正面に構え振るう。剣を振るうたびにシュッと空気を斬る音が聞こえる。
ルイスは感触を確かめるように手を握ったり開いたりする。不思議な感じがした。剣を握ると体が勝手に動く。
(なんだろう...。思ったよりも体が動く...。まるで剣が体の一部になったかのようだ...)
ルイスはそのままさらに剣をふるう。このラインをなぞれば首が落ちる、ここを刺せば致命傷を与えられる。あの夢のせいかそんなことがわかる。
ルイスは剣の汚れを取るように一振りし、鞘に戻した。ルイスが屋敷に入るころには日が昇ってきていた。ルイスはそのまま自分の部屋に戻り汗を流すためシャワーを浴びた。
(そういえばこのペンダントはなんなんだ?)
ルイスは自分が付けていたペンダントを外してみてみた。ペンダントは円形の金属でできていて表面に何かの文様が刻まれていた。ペンダントは少し錆びていて、どんな文様が施されているかはっきりとはわからなかった。その文様はどこかで見たことがあるような気もした。
ルイスはシャワーを浴び終わるとちょうどいい時間になっていたため、朝食を摂りにダイニングルームへ降りた。すでにアリアとリアンは朝食を摂っていた。
「おはよう」
ルイスは挨拶をする。アリアとリアンは「おはよう」「おはようございます」とそれぞれ挨拶を返してきた。ルイスが席に着くとどこからともなくセバスが現れ、ルイスの前に料理を置いていった。
ルイスは朝食をササっと済ませる。それを見たセバスが紅茶を持ってきてくれた。
「そういえば、ルイス。今朝は庭で剣を振っていたとセバスから聞いたが?」
するとアリアが傾けていたティーカップを口元から離し、受け皿にコトンと置いた。そしてふと思いだしたようにルイスに今朝のことを聞いてきた。
「そのことで少しお前たちに話したいことがあるんだ」
ルイスは夢を見てからの変化についてをアリアとリアンに話しておいたほうが良いと思った。そのため今話しておくことにした。
「ほう、どんなことだ?」
「...実は不思議な夢を見たんだ。ただの夢だと思って黙っていたが昨日も同じような夢を見ている。オレはその夢に出てきた人物、風景、出来事を知っている気がするんだ。ただ、はっきりとは覚えていないから確証はない...。そして今朝のことだが、剣を振ってみたらうまく剣を扱うことができたんだ」
ルイスがそういうとアリアとリアンには疑問が浮かんだ。
「遺跡では剣術を扱えていたように見えたのですが...?」
「リアンの言う通りだ。見事な剣術だったと思うが?」
「...いや、その時は言わなかったんだが、オレは剣を扱ったことなどない。あの時は体がとっさに動いただけでオレの意志ではないんだ。だが今日の夢を見てから剣が体に馴染んできてうまく扱えるような気がするんだ」
そしてアリアがその夢の内容を聞いてきたため詳細を答えた。弟のことや、魔獣討伐のこと、災厄の魔女のこと、弟と剣術の手合わせをしたこと、そしてその弟に胸を刺され死んだこと。
「ただ、夢と記憶が混濁して曖昧になっている部分はあると思う。事実、その夢では胸を刺され死んだが、今はこうして生きているしな」
アリアとリアンは色々とつじつまを合わせるために考え込む。そして考えがまとまったのか、リアンが最初に口を開いた。
「それはもしかしたら、記憶が戻ってきている兆候かもしれませんね。何かの本で読んだのですが、記憶と夢はほとんど同じものだとあった気がします。そのため、脳の奥深くに眠って失われていた記憶が夢となって少しずつ戻り始めているのかもしれません」
リアンは「ただ...」と続ける。
「あなたも言った通り夢と記憶の混濁はあると思います。本当にあなたに弟がいたか、スノードラゴンという魔獣の討伐に向かったか、災厄の魔女と戦ったか、現時点ではわかりかねます」
リアンがそこまで言うとアリアが口をはさんできた。
「私もそれについては同意見だな。私は小さいころから歴史や魔獣の生態などを学んできている。だが、今はスノードラゴンなどという魔獣が発見されている報告はない。昔はいたようだが数百年も前の話だ。それに災厄の魔女という名前も聞いたことはないな」
二人はルイスの夢についてそれぞれの意見を言う。ルイスも先に言ったように全部が全部自身の記憶だとは思っていない。だが、弟がいたということについてはそうだとは思っている。弟のことに関して、妙にリアルすぎたのだ。夢にしては弟の容姿、雰囲気、話し方など細かいところまでしっかりとしすぎていた。きっとリアンが言ったように脳の奥深くにある弟の記憶が呼び覚まされたのだろうとルイスは思っていた。だがそれにしても、弟の名前が思い出せないのは変だとは思っている。
そんなことを考えているとリアンが「あ、そういえば」と何かを思い出したように告げてきた。
「ルイスは昨日『勇者と悪い魔女』を読んでいましたよね?」
「おお!あの本か!懐かしいな...」
『勇者と悪い魔女』という言葉にアリアがすぐに反応した。
「ええ、昨日ルイスの部屋にお邪魔したときにテーブルにそれが置いてあったので、少し話したんですよ」
「お前がルイスの部屋に?珍しいな」
「え、ええ、まぁ。それについては話が脱線してしまうので置いておきましょう」
リアンはアリアの鋭い指摘に少したじろいだ。昨日した話をアリアには知られたくないからだろう。
「えっと...なんでしたっけ?...そうでした。ルイスは昨日その本を読んだんですよね?」
「ああ、そうだが」
「ならばもしかしたらその本の内容が夢に出てきたのかもしれませんね。夢は寝る前に考えていたことが出てくるそうですよ。それで自分を勇者に置き換えて夢になったのかもしれません」
リアンの見解はそんなところだった。しかしルイスはそれは違うと断言できた。『勇者と悪い魔女』を読んだのは昨日である。それならば今日の夢に出てこなくてはおかしい。時系列が前後してしまっている。ルイスはそれを伝えようかと思ったが、さらにややこしくなると思い伝えるのをやめた。
「しかし、ルイスは勇者願望でもあるのか?憂いやつめ」
などとアリアはルイスをからかってきた。はははっとルイスは苦笑いで返す。このままではさらにからかわれるかもと思いルイスは話を戻す。
「ならスノードラゴンの夢も本の内容が反映されたのかもしれないな」
「ええ、きっとそうでしょうね。そのほうがつじつまが合います。ですが今日見た夢は本当の記憶という感じがしますね。実際にルイス自身に起きた変化ですし」
結局、ルイスの夢は夢ということで片づけられた。ルイスの中でちょっとしたなぞは残っているものの、どっちにしろこれ以上わからないので深く考えることはやめた。
「そういえば、今日はこの後どうするんだ?昨日は今日の行動についてなにも話がなかったが?」
「今日は私が公務の日だからな。外には出ないんだ。だから護衛の必要もない」
「私もアリア様の手伝いがありますので」
「ということだ。お前にも手伝ってもらいたいが、昨日今日この国に来たお前には難しい公務だろう。だから今日一日お前には暇を出す。街を見回ってくるといい。昨日見れなかったところもあるだろうしな。」
ルイスは自分も手伝わなければいけないのかとは思ったがそうではないらしい。確かにルイスはこの国のことがまだよくわかっていない。なので手伝おうと思っても手伝えないだろう。
「そうか。なら遠慮なくそうさせてもらう」
ルイスは飲み干したティーカップを机に置いて立ち上がる。そしてそのままダイニングルームから出ていき、自室に戻った。ルイスは自室で今日の一日についてを考えていた。今日もアリアたちと行動すると思っていたため、急に暇を出されても何をすればよいかわからなくなっていたのだ。とりあえず自室にいても何もすることがないため外に出ることにした。
「いってらっしゃいませ」
ちょうど屋敷を出ようとしたところでセバスの声が後ろから聞こえた。いつからそこにいたのか気づかなかったためルイスは驚いた。
「あ、ああ、行ってくる。日が暮れる前には戻ってくる予定だ」
セバスにそう言い残し、街へと繰り出した。
ルイスは当てもなくただ、ただ街をふらついた。前も思ったことだがこの国はどちらかというと豊かな国なのだろう。街が活気づいていることや、路上で生活している人はいない。きっとそれは王の手腕の賜物なのだろう。
昨日も通った道を歩く。そしてルイスは中央広場まで来た。そこに王国のマップがあるのは前来た時に把握していたので、それを目標にそこまできた。特に行きたい場所やしたいことがなかったため、とりあえずマップで何かないかを探しに来たのだ。
商業地区には昨日行ったためだいたい何があるかはわかっている。そもそもルイスはお金をさほど持っていない。アリアから生活のためのお金を渡されてはいるが、それを使うのもどうかとは思っていた。自分で稼いだお金なら使うが、人から渡されたお金を使うのはどうも気が引けた。なのでルイスはそのお金にはほとんど手を付けていない。
お金を使わず暇をつぶせるところがないかを探していると、文教地区に図書館があるのを見つけた。昨日、リアンが言っていた夢と記憶の関係性について調べる必要もあると思ったし、もしかしたらアリアが知らないだけで災厄の魔女やスノードラゴンなる魔獣の情報もあるかもしれないとルイスは思った。そこから自分の記憶について何か見つけることができるのではないかと思い、ルイスは図書館を目指した。
中央広場から南西方向に歩くと文教地区に出る。図書館は文教地区の中央くらいに建っていた。そのそばには学校や研究施設があり、図書館はそのどの施設よりも大きかった。きっとこの国は知識に力を入れているんだろうとルイスは感じた。ルイスはそのまま図書館に入っていった。
中は湿気対策のためかすこし冷房が入っていた。ルイスは本を探してもらうため、受付まで足を運んだ。というのも、入り口に『世界最大の図書館!1000万冊貯蔵!』という張り紙がしてあった。なので自分で目的の本を探すのは無理だろうと考えた。そのため司書に探してもらうのが一番早いと思い、頼むことにした。
「すまない。本を探してほしいんだが」
「ご利用ありがとうございます。本日はどのような本をお探しですか?」
ルイスは自分が探している本を伝えた。司書は「少々お待ちください」といい分厚いファイルをぺらぺらとめくり始めた。そして目的の本がある棚の場所を紙に書いて教えてくれた。「ありがとう」とお礼を言い、その紙を頼りに図書館内を散策した。
紙には『3階13番』『3階4番』の二つが書かれていた。ルイスはそこへ行き本を探した。それぞれの棚へ行きいくつか本を見繕い、テーブルに向かう。
持ってきたいくつかの本を読んでいるとその中の一冊に目を引かれた。『王国の歴史』という本であった。ぺらぺらと数ページめくると、王国の創立記念日や王国での年代ごとの出来事などがこと細かく書かれていた。あるページでルイスの手が止まる。そこには歴代の国王の名前が連なっており、そのページの一番上に『初代国王 ノア・オルレアン』と書かれていた。ルイスにはその名前に見覚えがある気がした。それになぜだか懐かしいような気もした。
初代国王について調べていくと、彼は『勇者と悪い魔女』のモチーフになった人物だということが分かった。彼は博識でありその知識を活かして国を作っていったという。また彼は人々に優しく、困りごとがあればそれを何でも解決していた。そのことから慈愛王や賢王と呼ばれていた。そのようなことが書かれていた。それ以上のことは知ることはできなかったがルイスの中で得るものはあった。先にも思ったがルイスは初代国王の名前を知っているような気がする。それはきっとルイスと彼に何かしらの関係があるからなのではないかと思った。そして彼のことを調べていくのが自分の記憶に迫る道なのではないかとも思った。
ルイスは図書館の閉館時間までオルレアン国の初代国王についていろいろと調べある確信にたどり着いた...。