6 王選
ルイスは目を見開きガバッと勢いよく上半身を起こした。体は汗でぐっしょりと濡れている。自分の胸に手を当てるがもちろん短剣は突き立っていない。夢だとわかって安堵はしたが、まだ心臓はドクドクと大きく脈を打っている。気持ちを落ち着かせるため外をみる。東の空が白んできていた。夜が明けたのだ。
それにしても妙にリアルな夢だったとルイスは思った。もしかしたらあれは自分の記憶の断片だったのかもしれない。しかし納得いかないこともあった。記憶とそれを増長させた夢が入り乱れたのかもしれない。実際、記憶が戻った感じはせず、昨日と変わりはない。思いだそうとするとそこに靄がかかっている感じがする。
ルイスは寝汗で気持ち悪くなった体を流すためシャワーを浴びた。その時、シャワーを浴びるのだから服を脱いだのだが、自分がペンダントをつけていることを知った。ペンダントは服の中に隠れていたため昨日は気づかなかった。ルイスは不思議に思うもそれを外し、シャワーを浴びに行った。出てくるころには日が完全に上りきっており屋敷内も騒がしくなっていた。
ルイスも自分の部屋を出て下に向かうことにした。リビングに降りるとすでにアリアは起きており、優雅にティーカップを傾けていた。
「おはよう、ルイス。昨日はよく眠れたか?」
アリアはルイスに気づくと話しかけてきた。
「ああ、おはよう」
「どうしたのだ?顔が青いぞ?寝付けなかったのか?それとも体調が悪いのか?」
アリアがそんなことを聞くものだから夢の内容を思いだしてしまった。そしてそのせいで青ざめたことをアリアに気づかれてしまった。
「い、いや、大丈夫だ。体調はすこぶる元気だ」
「そうか?ならいいのだが」
アリアは何も気にならなかったのかそれ以上追及はしてこなかった。
「お前も朝食を済ませてくるといい。セバスに声をかければ用意してくれるはずだ。そして食べ終わって準備ができたら街へ行くぞ」
「それはいいんだが、リアンはどうしたんだ?」
ルイスはリアンの姿が見えないことに気が付く。リアンの性格を考えると寝過ごしているとは考えにくい。昨日、別行動するとは言っていたからもしかしたらもうすでに出たのかもしれないと思った。
「リアンはすでに出たぞ。調べることが多いから帰るのは遅くなるといっていたな」
「そうか」
ルイスはそれだけ確認して朝食を摂りにダイニングルームへ向かった。
朝食を食べ終わり身支度を整えてからまたリビングへ戻るとアリアも着替えたのか先ほどとは違う服を着ていた。服の胸部分には家紋のよう詩集が施されていた。昨日アリアたちが身に付けていた鎧にも同じような文様があったため、きっと王家の家紋なのだろう。
アリアはじーっと見られていたことに気づき、なにか納得したように顔をした。
「ああ、鎧じゃないことが気になったのか?今日は王国内を歩くだけだからな。鎧は歩くとガチャガチャとうるさいし、何より目立つから控えたんだ」
ルイスはそういう意味で見ていたわけではないのだが、アリアは違う解釈をしたようだ。確かにあの鎧は目立つ。王国内で鎧を身に付けているものは騎士くらいだから、いやでも人の視線を集める。それはルイスにとってもあまり気持ちの良いものでもないのでありがたい。
「オレはもう準備はできた。いつでもいけるぞ」
「そうか。なら行くとしようか」
昨日屋敷に来るために歩いた道を逆走する。そうすると王宮が見えてきた。昨日はあまりじっくりと見ることはなかったが、改めてみると大きい。その王宮まで行くことはなく、途中で左に曲がった。このまままっすぐ進むと中央広場に出る、とアリアはルイスに説明をした。
ルイスは事前にアリアから、中央広場から王国を縦横の4つのブロックに分けており、それぞれの特色があると聞かされていた。
中央広場より上側にある二つのブロックのうち右側が住宅地区となっている。アリアたちの屋敷もここにある。中央広場に近づくにつれ身分の低いものの家となっている。左側は文教地区となっており学校や研究所など学問に関係した施設が多い。
中央広場より下側にある二つのブロックのうち右側が工業地区となっている。工場などが多く立ち並んでいる。そして左側が商業地区となっている。ここはお店やフリーマーケットなどが多く存在する。ルイスたちが目指しているのはこの商業地区である。
色々な住宅を横目にしばらく歩くと、中央広場が見えてきた。しかし昨日とは違いそこには多くの人がいた。ルイスたちはまだ遠いためしっかりと確認はできないが、みんな何かを見ているらしい。そのまま近づいていくと、みんなが見ていたものを確認できた。
みんなが見ていたのは国王からのお触書であった。
「これが通達されるのは今日であったか...」
ルイスがお触書を覗こうとしているとアリアからそんな言葉が漏れた。
「なんだ?お前はあれに何が書いてあるのか知ってるのか?」
「ああ。知っているとも。私は後ろのほうで待っているから、お前も見てくるといい」
そういうとアリアは中央広場の後ろのほうにあるベンチへと歩いて行った。ルイスはそんなアリアを見送り再度お触書を見るために人波をかき分け前のほうに出た。お触書に書いてあったのは以下の通りだった。
一つ、国王、レオニス・オルレアンの名のもとに王選を開始することを宣言する
一つ、以下のもの三名を王候補とする
カストル・オルレアン
ルクス・オルレアン
アリア・オルレアン
一つ、選定法は国の規定にのっとり行うものとする
以上のような内容であった。
このお触書について人々はいろいろ話をしていた。
「やはり次期王は長兄のカストル様だろうな。この間も人々を苦しませていた西のドラゴンを倒したそうだぞ」
「いやいや、弟のルクス様も負けてはいないぞ。東の巨人を数太刀で倒したそうだ。カストル様にも負けない技量だ」
など数々の噂話をしていた。兄であるカストルとルクスの話は聞くがアリアの話は出てこない。共に王選に出馬するのだからアリアの話が出てきてもおかしくはないはずだ。しかし、ルイスがしばらく人々の話を聞いていてもカストルとルクスの話ばかりである。そんな時アリアの話が一人の男から上がった。
「まぁアリア様もいるがあの人はなぁ...。やはり上の兄二人と比べると見劣りしてしまう...。国民には優しいと聞くがそれだけではなぁ...」
「まぁ、そうだな...。やはりカストル様とルクス様、二人の決選になるだろうな」
カストルやルクスとは違いどちらかと言えば非難の声が多かった。
ルイスはアリアを待たせているので急いで戻った。
「待たせたな」
「いや、問題ない」
「...お前、王選に出馬するんだな。まぁ当たり前と言えば当たり前か」
「そうだな...。それについて少しはなすとしよう。おまえも私の従者となるのだから知っておいたほうが良い」
アリアはルイスに座るよう促す。ルイスもそれを断ることなくアリアと同じベンチに座った。
「お前も私のうわさは耳にしただろう?そんなに良くない噂だったとは思うがな」
アリアは少し悲しそうな顔をした。ルイスは彼女がそんな顔をするのは珍しいと思った。昨日から少ししか共にいないが、彼女はそういう顔はしないと思っていた。少し話しただけだが彼女は人に弱みを見せることのない人間だとわかった。それは王族のプライドなのかそれとも彼女自身の性格なのかわからないが。しかし今見せた顔は彼女の弱みだろう。
そしてアリアは話をつづけた。
「それはしょうがないことなのだ。あのお触書にも書いてあったと思うが、王選は王家のある規定にのっとり行われるんだ」
「その規定とはなんだ?」
アリアは少し間をあけてから続けた。
「本来なら王は第一王子がなるものだと決まっている。だがこの国では王族の中で最も強いものが王となる。実力主義の国なんだ。変わっているだろう?」
「それならお前にもチャンスはあるだろう?」
ルイスがそういうとアリアは首を振り否定する。
「私の剣の才能は兄様たちには届かない。私では兄様たちは越えられないのだ」
幼少期のころからの確信なのだろう。王選が剣の腕を競うというのなら小さいころから剣術を身に付けさせられるはずだ。そして兄弟の中でも手合わせをする。それを繰り返しているうちにアリアは兄たちに勝てないと思いこんだのだろう。それに身体の弊害もある。大人になるにつれ女では男に力で勝てなくなる。それもありアリアの中で兄たちには勝てないというイメージがついたのだろう。
「だが、諦める必要はないだろう」
「もちろん最後まであがいてみるつもりだ。諦めてしまっては私を支えてくれているリアンやお前に悪い。それになにより私自身が許せないだろう」
アリアの瞳には微かに闘志が見える。それを大きくするかどうかはアリア次第だろう。
「だからこれからよろしく頼むぞ」
「ああ。不本意ながら頑張るとするさ」
「おやおやぁ?みたことがあるやつがいると思えばわが妹じゃないかぁ。こんなところで何をしているぅ?それにいつもの従者はどうしたぁ?」
ルイスとアリアが話し終えると、そこにニヤついた顔で話しかけてくる男が二人いた。二人はとても豪華そうな服に身を包まれていた。髪色は金と銀で対照的な色合いをしていた。
「カストル兄様...。それにルクス兄様まで...」
「なんだアリアぁ?いつものあの従者には逃げられたかぁ?お前についていてもおいしい目にはあえないから愛想つかされたかぁ?」
「きっとそうですよ、カストル兄さん。わが妹は不出来ですからなぁ。だからあの従者に逃げられて、今はこんな幸の薄そうな従者しかいないんですよ」
「あの従者ならオレが雇ってやらんこともないぞぉ?使えそうな男だしなぁ?」
カストルとルクスはとても厭味ったらしくアリアに話しかけてきた。アリアはそれを我慢してるのか慣れているからなのか淡々と告げた。
「リアンには今日、暇を出しているだけです。そしてこの男は私が監視対象として従者にしているだけです。リアンにはカストル兄様の言葉を伝えておきましょう。本人がその気ならば私は止めませんから」
そんなアリアの態度や返しが気に食わなかったのか二人はむっとした表情をした。
「おまえはどうせ王には選ばれない!せいぜい最後まであがくんだなぁ!」
「はい。カストル兄様に言われるまでもなくそうするつもりです」
「ふん!行くぞルクス!」
二人は顔を赤くして去っていった。しかし国民が二人に気づくと彼らは平静を保ち愛想を振りまいていた。きっとあれも王選のためなのだろう。
「なんだったんだ、あいつらは」
「あの人たちは私の兄だ。今日がお触書を公表する日だと知っていたから様子でも見に来たのだろう。それで偶然私を見つけて嫌味を言いに来た、というところだろうな」
アリアははぁと重いため息をついた。
「なんか嫌な奴らだったな」
「すまないな。おまえにも嫌な思いをさせた。あの人たちには困ったものだ。私などにかまう必要もないだろうに」
ルイスからするとカストルやルクスのように妹に嫌がらせをするようなものは許せない。兄弟の理想図としては今日見た夢のような関係が望ましいだろう。相手を想い、相手を尊重する。彼らにはそれが欠けていると思った。
「なんであいつらはお前にだけ当たりが強いんだ?二人の仲はさほど悪くはなさそうだったが」
ルイスはアリアに聞いた。あんな風に当たってくるのはよほどの理由があるのだろう。
「...私と兄様たちは半分しか血が繋がっていないのだ」
そんな衝撃発言をした。
アリアは続ける。
「兄様たちは父と本妻の間に生まれた子なのだ。私は父の妾の子。妾とはいえ、父は私を兄様たちと同じくらい愛してくれた。贔屓など一切することはなかった。それが兄様たちとその母は気に食わないのか、私に対して強く当たるのだ」
本妻と妾なら当然の如く本妻のほうが序列は上。なのに子供同士は平等で見られているというのが嫌なのだろう。どうやら本妻はプライドが高いようだ。
「お前も大変なんだな...」
「なに、もう慣れたものだ。小さいころからネチネチと言われ続けたからな。今ではどうやって兄様たちの揚げ足をとるか考えるほどだ」
アリアはそう言って笑っていた。今ではそうかもしれないが、小さいころからされていたのなら嫌な思い出として残っていてもおかしくはない。ルイスはそんなアリアが不憫に思えた。
「さて、だいぶ時間が過ぎてしまったな。今日はお前に国内を案内するという約束だからな。こんな暗い話を続けるのはよくない!行くぞ!」
アリアは立ち上がりルイスの手を引きながら歩き出す。
「ああ。頼む。だが、手は放してくれ。子供でもあるまいし、気恥ずかしい」
ルイスがそういうとアリアはそれに気づいたのかパッと勢いよく手を離した。
「す、すまない!」
よくよく見るとアリアの顔は少し赤くなっている。
二人の間には気まずい空気が流れた。ルイスはその空気に耐えれなくなり、後頭部をガシガシと掻き、歩き出した。
「あー、あれだ。そんな時間もないだろ?はやく案内してくれ」
「あ、ああ、そうだな。それでは気を取り直して行こうか...」
そういったアリアだったが、まだ少し顔が赤い。それを気にとられないようにかアリアはぐいぐいと歩いていく。ルイスも遅れないようについていく。