5 夢
「ルイス様!ご夕食の準備が整いました!」
コンコンコンとドアを何回かノックされる音とマリアの声でハッとルイスは目覚めた。
(どうやら寝てしまっていたようだな...)
「ルイス様!」
「ああ!すぐに行く!」
ルイスはまだドアをノックしてきたマリアに聞こえるように大きな声で答えた。体を起こし身なりを整えてからドアを開く。
「ルイス様。ご夕食の準備が整いました」
「ああ」
まだ眠そうに答えるルイスにマリアは聞く。
「もしかしてお休みされていましたか?そうとは知らずたたき起こすようなことをしてしまい申し訳ありません」
本当に申し訳ないような顔をして深々と頭を下げるマリアをルイスは手で制す。
「いや大丈夫だ。ちょうど起きたところだったからな。いいタイミングだった」
「そうでしたか...。あっ、それではダイニングルームまでご案内します」
ルイスの部屋を後にしマリアは歩き出した。
長い廊下を歩き、階段を下るといい匂いがし始める。とても食欲をくすぶる匂いだ。マリアはその匂いが強くなるほうへだんだんと歩いていく。やがて匂いのもとへとたどり着いたのか、ドアを開き中へ入るように促してきた。
中へ入るといろいろないい匂いが充満していた。そしてその元と思われるものがテーブルに並べられている。
「やっと来たか。待ちわびたぞ」
すでにアリアとリアンは椅子に座っていた。彼女らはさっきまで身に付けていた鎧や剣を外し部屋着になっている。
「さて、ルイスも来たことだし食べるとしようか」
ルイスたちは夕食を食べ終わると別室に集まっていた。これからの行動について話し合いを行おうと思っていたのだ。
「時にルイス。記憶のほうはどうだ?なにか思いだしたか?」
「いや、まだなにも。ただ昼間に街中で民衆に囲まれたお前を待っているときリアンと話をしていたんだが、その時少し違和感があった」
「ほう?というと?」
「知らないはずのことを知っていたんだ」
街でアリアを待っているとき王の選定についてリアンと話をしていたが、それについてあまりにも知りすぎていた。その時は深く考えなかったが、その話をいつ、どこで、どうやって知ったのか考えると頭の中に靄がかかった感じがする。しかしその内容について知っているという違和感が生じた。
「ふむ。もしかしたらなにか思いだす兆候かもしれないぞ」
「そうだといいんだがな」
きっとまだ記憶は戻らないだろうとそう思うルイスであった。
「そうだな...。明日はルイスに街を案内するとしようか。今日ここに来たばかりだから、どこに何があるかわからないだろう。それだと何かと不便だからな」
「それはありがたいが、いいのか?」
「もちろん問題ない。困っている者がいれば助けるのは当たり前だろう?」
「そうか。それなら頼もうか」
明日はアリアたちに街を案内してもらうことになった。今日は森から王宮、この屋敷の三か所しか行っていない。どこに何があるかなどまだわかっていないためルイスにとってはありがたい話であった。
「アリア様。それでしたら明日の護衛はルイスのみでもよろしいでしょうか?私は少し調べたいことがありまして、明日一日、別行動させていただきたいのですが...」
「王国内を歩くだけだから何も危険はないだろうしな。うむ。かまわんぞ」
「ありがとうございます」
「ということだ。聞いていた通り明日は私とおまえの二人だけだけだからな。頼んだぞ」
ルイスとしては自分一人だろうが別に困ることはないと思っていた。王国内を案内してもらうだけであり、危険なところに行くわけではない。それなら何人いても変わらないと思っていた。
「ルイス。アリア様を頼みましたよ」
「ああ」
ルイスはリアンにそう一言返事するだけだった。
そういったところで夜も更けてきたため解散となった。ルイスは自分の部屋に戻り、立てかけてあった剣を手に持ち、ベッドのふちに座る。鞘から剣を抜く。剣は刃こぼれなどはしていなかったが、よく使いこまれていることがわかる。軽く振ってみるとなんだかしっくりとくる。自分には剣を使っていたことの記憶はないが、体は覚えているのだろう。遺跡で魔獣を切った時も自然と体が動いた。
ルイスは剣を鞘に戻し、元あった場所に立てかける。そして本棚の前に立ち本を何気なく一冊手に取った。それには『魔獣の生態』と書かれていた。ぺらぺらとページをめくるが大して興味は持てなかった。ルイスは本を棚に戻し、明日に備えるためベッドに寝転がり眠りについた。
ふと目を開けるとそこはどこか見慣れた部屋だった。ルイスはこの場所を知っている。小さいころからよくここに来ていた。
「兄さん。またここで寝てたんですか?」
ガチャと扉を開けて入ってきたのはよく知った顔の人物だった。誰よりも長い時間を共に過ごした肉親。ルイスとは正反対のふんわりとした雰囲気を醸し出している弟。
「ああ。おはよう×××」
弟の名を呼んだが聞こえない。名を知っているはずなのにわからない。思いだそうとしても出てこない。
「どうしたんですか兄さん?」
唖然としていたルイスを変に思ったのか×××はルイスの顔を覗き込んできた。
「いや、何でもない」
「本当にどうしたんですか?兄さんらしくもない」
「そうだろうか...?」
「ええ、変ですよ。きっとまだ寝ぼけてるんですね」
なんてことはないただの仲の良い兄弟の会話だ。しかしルイスには違和感しかなかった。何かが変に感じる。
「あ!そうだ!」
×××はルイスの疑念を吹き飛ばすかのような大きな声で何かを思いだしたかのように叫んだ。
「父上が兄さんを呼んでいましたよ!どこを探してもいないからもしかしたらと思ってここに来たんでした。さあ、はやくいきましょう!」
ルイスは×××に手を引かれ椅子から立ち、歩き出す。一歩進むために知っている通路を通り越していく。360度どこを見ても見慣れた場所だ。今からどこへ行くのかもわかった。この通路を通るときは必ずその場所へ行く時だけだ。
(オレはここを知っている...。ここをまっすぐ進んで右に曲がれば着くはずだ...)
ルイスの想像通り、今いる通路を直進して右に曲がると大きな扉が見えた。一般的な部屋よりも一回り大きい扉。×××はその扉を押して開いた。
「父上!兄さんを連れてきましたよ!」
その部屋はとても大きな部屋だった。×××とルイスの前方には椅子に座る父と母の顔があった。二人とも少し疲れた顔をしている。きっと仕事が忙しいのだろう。
「ああ、ありがとう。ルイス、早速で悪いんだが要件を伝える。実は北の洞窟に魔獣が出たと報告が入った。おまえも知っているとは思うが、あそこは貴重な資源が手に入る。手放すにはおしい場所なのだ。魔獣に住みつかれてしまっては、作業ができなくなってしまう。だから北の洞窟に行き、魔獣を討伐してきてくれ」
「わかりました」
「準備ができ次第出立してくれ。数人同行させよう」
「いえ、いつも通り一人で行きます。足手まといは必要ないですから」
「そうか...。だが、×××は連れていけ。おまえは北の洞窟に行くのは初めてであろう?×××の知識は豊富ゆえに必ず役に立つはずだ。それに剣の腕前はおまえが一番よく知っているはずだ」
「...わかりました。準備ができ次第出立します」
「うむ。頼んだぞ」
父の要件を聞くとルイスと×××はその部屋を後にした。自分の部屋に戻り身支度を済ませる。数分すると自分の支度が終わったのか×××が部屋に入ってきた。
「兄さん、準備はできた?」
「ああ、大丈夫だ」
「それじゃあ行こうか!」
部屋を出てからの×××の足取りは軽い。どこかこの任務を楽しんでいるように見える。
「楽しそうだな」
「そう?」
「ああ。浮足立っているようにも見えるな」
心が浮ついていては一瞬の判断を謝り、命を落とす危険性もある。ルイスはそういう意味合いを含めて言ったのだが×××には違う意味に聞こえたようだ。
「まぁ、兄さんとこうして任務に行くのは数年ぶりだからね。ボクはきっと嬉しいんだよ!」
×××はニコッと微笑み、女性ならばドキッとしてしまうような、さわやかな笑顔を見せた。
「兄さん!!!」
「!!!」
「兄さん、どうしたんですか!」
×××に揺さぶられ、ハッと気づいた。どうやら考え事をしていて我を忘れていたらしい。しかしルイスの中に一つ疑問が生まれた。何を考えていたのか。
「あ、ああ。悪い」
「しっかりしてくださいよ!もう魔獣はすぐそこにいるんですから」
ルイスたちは北の洞窟に魔獣を討伐しに来ていた。そして洞窟の奥に進むとその標的の姿が見えた。そして今、岩陰に身を隠し様子をうかがっているところだった。
(オレとしたことが他のことに気を取られるなんて...)
ルイスは今まで何度も魔獣の討伐をしてきたがこんなに油断したことはない。もしかしたら弟がいるからいつもと違う雰囲気で気が緩んだのかもしれない。
「あの魔獣はスノードラゴンですね。たしか寒い地域に生息すると聞いたことがあります。ここら辺ではまず見かけることはないはずなんですが、もしかしたら群れからはぐれてしまい、この洞窟に住みついたのかもしれません。この洞窟はスノードラゴンの生息地の環境とさほど変わらないですからね」
「さすがの知識だな」
ルイスが褒めると×××はキョトンとした顔をした。
「どうした?」
「いえ、兄さんが人をほめるなんて珍しいと思って...」
「そうだったか?」
「はい。いつもは近寄りがたい雰囲気を出していて、仏頂面なので...。あ、でも今のほうがいいと思いますよ!」
ルイスは貶しているのか褒めているのかわからない言葉に少しニヤッとする。そして×××に「行ってくる」とだけいい、身を隠していた岩陰から飛び出しスノードラゴンめがけて駆け出す。
ルイスは王宮の会議室に呼び出されていた。そこには国王から始まり、国の重鎮たちが勢ぞろいしていた。そしてルイスの弟である×××の顔もあった。
会議の中で苦悶や怒号が飛び交う。
「静まれ!」
国王が一喝するとそれまで怒号やらが飛び交っていたはずなのに、それがピタリと止まった。立ち上がって罵り合っていたものも座り直し、国王のほうに顔を向けた。
「この件に関しては国王である私が最終決定を下す」
その言葉に不平不満を言うものはいなかった。当然と言えば当然だが、この状況ならば文句の一つをいうものがいてもおかしくはない。しかし、それはなかった。国王が決めるならそれが最善であり従うべき事だとそこにいた誰もが確信したのだ。
「ルイス」
国王がルイスの名を呼ぶとみんながルイスのほうを向いた。ルイスはこれから何を言われるのかがわかっていた。これは自分しかできないことだと理解していたのだ。
「お前に災厄の魔女の討伐を命ずる」
「わかりました。お任せください、父上」
ルイスは二つ返事で了承する。了承するしかない。自分以外この任務は達成できないと思っていたのだ。
そして席を立ち部屋から出ていこうとするときに父が小さな声で「...すまない」というのが聞こえた。ルイスは立ち止まったが聞こえないふりをして部屋から出ていく。
その時、心配そうな顔をする×××の顔がちらっと見えた。
その場所には瓦礫の山が積み重なっていた。半壊している建物、煙を噴き出している建物。そこで生物など生きていられるはずのない惨状が広がっていた。
雨の降る中、そこに生物が二体向き合っていた。一つはルイス。そしてもう一つはこの惨状を生み出した張本人である女だった。女というのは少し語弊があるかもしれない。なぜならそれに性別などあるのかわからないからだ。人間ではない生物。もしかしたら事象と言ったほうが近いのかもしれない。
女は膝をつき胸を押さえている。そしてルイスは剣を杖代わりにしてやっとの思いで立っていた。
二人の決着はすでについていた。
「おのれぇぇぇ!!!人間めぇぇぇ!!!妾は死なない!!!国がある限り、人間が存在する限り、妾は何度でも蘇る!!!」
「はぁ、はぁ...。っいや、お前はここで朽ちる。オレに殺されて、それで...終わりだ...」
「ただでは死なん!!!お前も苦しむがいいぃぃぃ!!!」
女がそう言うと女から出てきた黒い靄のようなものがルイスにまとわりついた。
「...っ!」
ルイスはバックステップをして回避しようとするが戦闘で疲弊していたため回避が遅れてしまった。黒い靄はルイスの体を包むように広がっていく。
そしてルイスの意識はそこで途絶えた。
「兄さん...。どうして...」
ルイスが次に見たのは、雨に濡れた×××の顔だった。
そしてルイスの胸には短剣が突き立てられていた。