4 思慮深きリアン
「待たせたな。今日はもう遅い。家に帰り、明日の予定を立てよう。ルイス、お前も共に来い」
さっきの部屋で待つこと数十分。アリアがリアンを連れて戻ってきた。
「それはオレとしてもありがたいが、いいのか?」
「もちろんかまわないぞ?遠慮するな。というより一応これから私の従者となるのだから、来てもらわねば困る」
確かにそうなのだが、ルイスがいいのかと聞いたのはそこではない。
「だが、お前の家ってここだろ?一応、姫なわけだし。そんなところにオレが泊まるのはあまりよくないんじゃないのか?」
王宮は基本的に王家の人間が住むものである。衛兵や騎士団もいるにはいるが、宿舎がありそこに寝泊まりするため王宮には住むことはない。それなのに一応犯罪を犯しており素性もわからないルイスを泊めるというのは王家の人間としてはあまり褒められた行動ではないと思ったのだ。
その旨を伝えると、アリアはむっとした表情をした。
「アリア様は王宮には住んでいないんですよ」
そこから話そうとしないアリアに変わってリアンが答えた。
「なんで王国の姫なのに王宮に住んでいないんだ?」
「...まぁ、アリア様にもいろいろと事情があるんですよ」
リアンは苦笑いし、これ以上は聞くなという雰囲気を出した。
誰にでも秘密にしたいことはある。それを無理に聞き出そうとするのは良くないだろう。ルイスとしてはアリアが自分で話し出すまで聞き出すことはしないようにしようと思った。
「なら、普段はどこで寝泊まりしているんだ」
わざとらしく話を逸らす。
「王宮から少し離れたところにアリア様持ちの屋敷があります。私とアリア様はそこに住んでいるんですよ」
「ふーん。姫様ともなると屋敷の一つはもってるんだな」
「そんなに大層なものではないですよ。使用人がいるとはいえ二人だけで住んでるところですから、小さな屋敷ですよ」
自慢することもなくただただ当たり前だというように告げてきた。小さな屋敷と卑下していてもきっと一般市民から見れば大きな屋敷なのだろう。
「とにかくそういうことだ。これからそこに向かうぞ。さっさとついてこい」
アリアはそれだけ言ってその屋敷に向かい始めた。ルイスもその後を追うように歩き始める。
リアンの言った通り王宮から少し離れると屋敷が見えてきた。周りにはほかの建物はなく、屋敷と広い庭しかみえない。庭は木や花など手入れが行き届いており、庭師の腕がうかがえる。そして門の前に初老の男性が立っていた。服からこの屋敷の執事なのだろうということがわかった。
アリアがその執事の前まで進むと、彼は深々と奇麗なお辞儀をした。
「おかえりなさいませ。アリア様、リアン様」
「うむ。今帰ったぞ」
「そちらの方はどなたでしょうか?」
「この男はルイス。訳あって私の従者となった。これからルイスも共にこの屋敷に住むことになる」
そういうと男性はルイスのほうに向き、頭を下げ自己紹介をしてきた。
「ルイス様、私はセバスチャンと申します。セバスとお呼びください。私はこの屋敷で執事長をやらせていただいています。これからよろしくお願いいたします」
「ルイスだ。これから世話になる」
ルイスはそんなぶっきらぼうな挨拶をしたがセバスは不満そうな顔はしなかった。
「アリア様。どうぞ中へお入りください。ご夕食の準備をいたします」
「うむ。そうしてくれ。それとルイスを部屋へ案内するものをよこしてくれ」
「かしこまりました」
セバスは機敏な動きで屋敷の中に入っていく。そのあとをアリア、リアンと続いてルイスも中に入った。ルイスの目に最初に飛び込んできたのは大きなシャンデリアだった。シャンデリアもさることながら飾ってある絵画や調度品も立派なものであった。ルイスにはしかっりと判別できなかったが、価値としては王宮にあったものとさほど変わらないように見えた。
ルイスが見惚れて突っ立っているとセバスがメイドを連れて戻ってくる。見るからにメイドだ。メイド以外の何物でもないだろう。
「ルイス様。このものに部屋を案内させます」
今来たメイドは名をマリアというらしい。年齢はルイスとさほど変わらないだろう。
彼女についていくと二階の奥のほうの部屋に通された。
「夕食の準備が整いましたらお呼びしますので、それまでお部屋でごくつろぎ下さい」
そういうと彼女は深いお辞儀をして部屋を後にした。
部屋はそれなりに大きいだろう。人が二人寝ても余裕があるようなベッドにクローゼット、机に椅子など大抵の家具がそろえられていた。
ルイスは剣を立てかけ、ベッドに仰向けに寝転がる。今日あったことを思いだしていた。遺跡で目覚めたところから始まり、今に至る。さほど長い時間ではない。だが、内容が濃かった。自分の記憶を失くしており、気づいたら立入禁止の場所に入っていた。あの場に来たのがアリアとリアンでよかったのかもしれない。彼女らだったから今こうしていられているのだと思う。
(しかし急に従者になれと言われるとは思ってもみなかったな...。だが、それでいいのかもしれないな...。それにこれからどうしていこうか...)
そうこうしているうちにルイスの瞼はだんだんと閉じていった...。
一方、アリアとリアンもそれぞれの部屋に行き、夕食の時間になるまで部屋で休むことにした。アリアは一日中身に纏っていた鎧と剣を外し定位置に置く。そして部屋着に着替えた。
(ルイスか...。あいつは不思議な男だ...。記憶を失くしているからなのか、今時には珍しい純粋な心を持っているようだ。それに遺跡で一目見たときからどこか父上に似た雰囲気を感じた。もしかしたら「王の素質」というのを持っているのかもしれない...)
アリアは小さいころに父から王になるためには「王の素質」というのが必要だと聞かされていた。結局それが何かは父は教えてくれなかった。きっとそれは自分で探せという父からの課題だったのだろう。今もそれは何かはわかっていない。
(しかしあれはいったい何だったんだ...?)
遺跡で魔獣が襲ってきたときのことだった。アリアとリアンは完全に油断しており魔獣の存在に気づかなかった。そしてそこをルイスが助けてくれた。
だがアリアは魔獣の首が落ちるまでルイスが剣を抜いたことに気が付かなかった。見事な早業と言っていいだろう。王国随一と言われている兄でもあの抜剣はできないと確信していた。
それに切り口も見事であった。首を落とすというのは意外と難しいのである。力任せに斬り付ければ切り口はぐちゃぐちゃに崩れてしまう。かといって弱すぎても刃が途中で止まってしまう。普段から魔獣の討伐などを行っている騎士ならばともかく、一介の剣士では中々に難しいだろう。
そしてなにより抜剣した時のルイスの殺気がすさまじかった。殺気というものを何も感じなかったのだ。普通であれば人間は何かに攻撃するとき微小ながらも殺気というものを放つ。それがあるから攻撃される側もそれを本能で感じ取り対処するのだ。しかし、ルイスにはその殺気が感じられなかった。ルイスの抜剣に気づかなかったのはそのせいもある。ルイスの謎が深まる一方であった。
アリアがルイスのことについて考えているとコンコンと部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「アリア様。リアンです」
「ああ。はいれ」
ガチャという音とともに部屋着に着替えたリアンがアリアの前に姿を現した。アリアが支度を整えたら出向くようにとリアンに言っていたのだ。
「何かありましたか?」
「先ほどの王宮でのことだ」
そこまで言うとリアンは何を聞かれるのか分かった。
「あの時私はルイスが言ったことについて、どう思うかと問うたな?確かにトラップのことと王家の守るべきもののことについては私は納得した。しかし私が聞いたのはそれだけではない。聡明なお前ならばわかっているだろう?」
「...おっしゃる通りです。あの場は本人もいましたので言葉を控えさせていただきました」
「なら今は問題ないな。お前が考えたことを話せ」
「・・・」
リアンは答えない。答えないのではなく突拍子もない考えのため一笑に付されるとおもったのだ。そしてそのせいでアリアからの信頼を落とすのではないかという不安がよぎった。
「どうした?話していいぞ?」
それを不思議に思ったのかアリアはさらに追及してきた。
「...アリア様。最初に断っておきますが私の考えは突拍子もないものです。それでもよろしいのですか?」
「もちろんかまわない。どんなことであれお前が考えたのならその可能性はわずかながらにでもあるのだろう。聞かせてくれ」
そういうとリアンは決意したのか話し始めた。
「私はルイスの話を信じると守るべきものとはルイスなのではないかという考えに達しました」
それを聞いたアリアはわずかながらに驚くも平静を取り戻し、続けるように促した。
「彼は遺跡の中で目覚めたといっていました。しかしそれはまずおかしな話なのです。アリア様もご存じの通りあの遺跡には無数のトラップが張り巡らされています。その中をしかも最下層まで辿り着くなどありえません。それに最下層には棺が一基ありそこでルイスが眠っていたというのもおかしな話です。なぜ棺がそんなところにあり、しかも眠っていたのでしょうか。
これを踏まえて考えると、元から彼は遺跡の内部で眠っており、彼を守るために遺跡がたてられたと考えれば辻褄が合ってしまうのです」
アリアはリアンが話しているときに一切水を差さず聞き入れた。目を瞑りしばらく熟考する。その間リアンは一言も発することなくアリアを見守り続けた。
アリアはゆっくりと目を開ける。
「リアンよ。お前は少し考えすぎだ」
「・・・」
「確かに辻褄は合うが、あの遺跡は500年も前に建てられたものだぞ。その間を人間が生きていられるとは考えられない。大方、遺跡の外部にトラップを一定時間無効化するスイッチがあるのだろう。それをルイスがたまたまみつけ、起動させてしまい興味本位で遺跡に入ってしまったのだろう。そしてたまたま頭を強く打ち記憶障害を引き起こしたのだろう。棺については何かの木材と見間違えたのだろう。内部は日の光が差さず薄暗いからな」
「...確かに私の考えすぎかもしれませんね。このような突拍子もない話をしてしまい申し訳ありません」
「何を言う。おまえの考えを話せといったのは私だ。お前が謝ることは何一つない」
ルイスが遺跡内部にいたという事実についてはアリアの言った通りのことが起こったのだと解決した。しかし一つだけ疑問が残る。
「だとすればルイスは旅の者でしょうか。王国であの遺跡に入ってはいけないということは周知の事実ですし、魔獣もいるため入ろうと思うものすらいませんから」
「きっとそうだろうな。道に迷い知らず知らずのうちに遺跡に入ってしまったと考えるのが自然だな。それにあいつの容姿からも王国のものでないことがわかる」
ルイスは黒い髪に紅い瞳をしている。王国で黒い髪も紅い瞳も別に珍しくはない。だが黒髪で紅い瞳となると話は別だ。王国中探してもルイス一人だろう。そのことからルイスはきっと王国のものではないと二人は考えた。
そうこうしているうちに時間が随分と立ったのか、夕食の準備ができたとメイドが呼びに来た。
「話はここまでだな。さて、降りるとしようか」