1 目覚め。そして出会い
王国から東へ数キロ離れたところに森が広がっていた。その森の最奥には遺跡がある。遺跡は王家の関係者しか入ってはいけないと国民には周知されている。そもそも遺跡の近くは魔獣の生息地であり、近寄るものはいない。その遺跡の奥には広い空間があった。そこには柩が一基ある。柩の周りには何もなくそれだけが異質に存在感を発していた。
その柩の中には男が一人納められていた。男はウゥッとうめき声をあげて目を覚ます。男は上半身を起こし、辺りを見渡す。
「ここは...どこだ...?」
男には見覚えのない場所だった。
「っ...!!!」
男は痛みが生じた頭を押さえ、なぜ自分がここにいるかを思いだそうとした。しかし...
「なぜオレはここにいる?...ダメだ。何も思いだせない」
男には記憶がなかった。自分の名前以外何も思いだせない。自分の傍らに剣が置いてあったことから、自分は剣士なのだろうと想像はついた。剣を持ち振ってみるとしっくりくる。それになぜ自分が棺に入っていたのかも気になる。本来、棺は遺体を納めるために使用される。しかし男は生きており、棺に入れられる意味が分からない。気になることだらけではあったが、男はここにいても仕方がないと思い、その場所から出ることにした。
入口らしきものは一か所しかなかったためそこを進む。すると階段が見えてきた。それを上るとさきほど男がいたような場所と同じような空間が広がっている。しかしそこには何もない。ただ、だだっ広い空間が広がっているだけである。男はさらに歩みを進め、上層を目指す。またもや階段が見えたため、それを上るとまた同じような場所に出た。しかし今度は先ほどとは異なり、その場所にはあるものがあった。
それは人骨や朽ちた剣、そして血であった。
といってもここ最近のものでなどではなく、何十年も前のものだということが目に見えて分かる。血は乾いており、黒ずんでいる。剣も錆びてボロボロになっており、触れるだけで今にも崩れそうだ。男は人骨や剣を尻目に歩みを進めた。
さらに階段を上ると光が見えてきた。外が近い証拠だ。階段を上がり切るとそこには大森林が広がっていた。見渡す限り木。木。木。男の後ろには先ほどまでいた遺跡の全貌が見て取れた。相当古いものなのか、ところどころ崩れており苔むしている。男は長いこと遺跡の中にいたからなのか、少しめまいがした。少し休もうと思い、近くにあった適当な岩に腰かける。
男が休息をとっていると、前方からこちらにむかってくる人影が見えた。人影の数は二人。その人影は鎧を着ており、腰に剣を携えている。いかにも騎士風の格好である。人影も男に気づいたのか、少し足が早くなった。ガシャガシャと鎧の音を響かせ男に近づく。次第に両者の距離は縮まり、ついには相対する位置にまで迫った。ガシャンと歩みを止めると、その人影は男をじっと見つめた。
「私はアリア・オルレアン。王国の騎士だ」
人影の一人がそう名乗り上げる。アリア・オルレアンと名乗った女性はとても容姿が整っていた。美人に分類されるであろう。
「こっちにいるのがリアン・ヒストリア。彼も王国の騎士であり、私の従者だ」
アリアにそう紹介されたリアンは男に向け軽くお辞儀をした。彼もまた容姿が整っている。彼とすれ違えば誰しもが振り向いてしまうだろう。彼らは傍から見れば釣り合いの取れているカップルにさえ見える。
「さて、私たちは名乗った。そちらの名も聞かせてもらえるか?」
アリアに名乗るよう促されると、男は少し口ごもった。そして男は名乗る。
「ルイスだ」
「そうか。ルイスというのか。早速で悪いが少し話を聞かせてもらいたい。ここは王家のもの以外の立ち入りを禁じている場所だ。なぜお前はここにいる。何をしにここへ来た」
「それは...」
ルイスは答えない。答えられない。自分もわからないのだから。なぜここにいるのか、どうやってここまで来たのか、なにもわからない。仮に正直に記憶がいないといっても信じてもらえないだろう。逆に何かを隠していると怪しまれる可能性すらある。だから、ことをば続けることができない。
それを訝しげに思ったのか、アリアは少し眉を寄せる。
「アリア様」
「なんだリアン」
「このようなところでは何です。このものを連行し、王宮で話を聞くのはどうでしょう」
「ふむ...。一理あるな。ここには魔獣も出る。ゆっくりとは話を聞けまい」
彼らの中でルイスを連行すると話がまとまったのか、再度こちらを見て話し始めた。
「聞いていたな?そういうことだ。悪いが一緒に王宮まで来てm...」
その時だった。それまで身を隠し気配を消していたのか、アリアとリアンの後ろから角の生えたオオカミが二人に襲い掛かるのがルイスからは見えた。二人は未だ気づいておらず、このままでは...。そう思うと同時にルイスは腰に下げていた剣を抜いていた。自分の意識で抜いたわけではない。体が自然とその動作を覚えていた。シャリンと甲高い音を鳴らし、二人に襲い掛かる魔獣の頭部を刎ねた。
ゴトッと鈍い音を出し転がる魔獣の頭部を見て、二人は何が起こったのかを理解した。
「た、助かったぞルイス。危うく魔獣に襲われるところだった」
「私からもお礼を申し上げます。アリア様が傷を負っていれば私はひどく後悔したでしょう。ありがとうございました」
そう口々にお礼を言われたが、ルイスとしてはいま自分の身に何が起きたのかを理解できていなかった。気づいたら剣を抜き、気づいたら魔獣の頭部が転がっていた。ルイス自身よくわからない。そう驚いていると、アリアが少し興奮した様子で訪ねてきた。
「いまの抜剣、見事だったぞ。私の目には見えなかった。厳しい鍛錬を続けてきたのだろうな。どうやったのだ?」
「アリア様。落ち着いてください」
リアンは少し興奮気味のアリアを落ち着かせる。その手口は鮮やかなものだ。
「アリア様。お話はまた王都に帰ってからにしましょう。またいつ魔獣が襲ってきてもおかしくはないですから」
「あ、ああ。そうだな。では、王宮でお前の話を聞かせてもらうが異論はないな?」
「...ああ。わかった」
ルイスは念を押してきたアリアに素直にしたがう。どうせこの先何をするにしてもどこか人が多いところによらなければならない。そう思い、アリアとリアンの二人に連行という形で王国までついていく。
「そうか。それでは行くぞ!」
三人は遺跡を後にし、王都を目指した。