第50話 プロジェクト・アクアリウム その6
その後も伊織のナビゲートは功を奏して、孝弘と都を振り回すことに成功した。
こちらは常にふたりの背後を取って様子を見ていたから、隠れるのも容易だった。
「『私たちを探させる』って共通の目的を持たせることによって、ふたりを接近させる作戦だよ」
スマートフォンを駆使して誘導を繰り返す伊織は小さく笑った。
「なるほど」
「漫画とかでもよくあるでしょ? ライバル同士だったキャラが共通の敵を前に手を組むって奴」
「それ、オレらが悪者になってないか?」
「……まぁ、それはそうなんだけど」
肉を切らせて骨を断っている最中だったとは気付かなかった。
孝弘と都の仲を取り持つよう協力を要請したのは晶だが、それは伊織とふたりの仲を悪化させてまで……と言う話ではない。
「マズいな……そこまでするつもりじゃなかったのに」
「別にあきらが気に病むことはないって。私が好きでやってるだけだし」
「いや、よくないだろ。伊織と都だって親友なんだろ?」
「親友……そう見える?」
「違うのか?」
晶の問いに、伊織は戸惑い気味に首を横に振った。
「ううん、嬉しい。都のことをよく知ってるあきらにそう言ってもらえて」
「あの都と仲良くできてる時点で、もう普通の友達ってレベルは越えてると思うぞ」
「でも……都もあきらも凄いから、私、自信が持てなくて……」
「そんなことない。編入してからずっと助けられっぱなしだし、都だって伊織のことは大切にしてるはずだって」
伊織は気丈に振る舞うことが多いものの、こうして話をしてみるとやや自己評価が低いように感じられる。
今回こんな無茶な作戦を実行に移したのも、そういった部分が表に出てきている一面もあるようだ。
気になる相手を振り回すことによって、あるいは自分を敵視させて。そうやって自分の評価を確認したいということか。
「各務原さんも言ってただろ。『謙遜も過ぎれば嫌味になる』って。もっと胸張っていいんだぜ」
「うん……そうだね」
眦に浮かんだ水滴を指で拭いつつ、伊織は頷いた。
今まで晶が気づいていなかっただけで、目の前のクラス委員長の心は結構脆いらしい。
きっと都も気がついていない。何となく頼って、寄りかかってしまいたくなる安心感が伊織にはあるから。
「そういうところ、ちゃんと話せば都は受け入れてくれるから」
「うん。ありがと、あきら。都とは一度話してみるね」
「ああ、そうしろ。今日のところはここまでにしよう」
「そうだね。高坂君もそろそろ都を抑えきれなくなってるみたいだし」
「だな。あいつが一番貧乏くじを引いてるよな」
「……」
ジト目で見つめてくる伊織の視線が妙に気になった。
「伊織?」
「ううん、何でもない……けど、あきらももう少し周りを気にした方がいいかも」
「え……オレ、何かやっちゃってる?」
「……私の口からは何とも。あきらも一度高坂君とちゃんと話をした方が良いんじゃないかな、とは思う」
「そうかぁ? 孝弘とは結構ズケズケ話してるけどなぁ」
「そう思ってるのはあきらだけかもって話」
「マジでか。ヤベーな、オレ」
「うん、ちょ~っとヤバいかも」
軽いジョーク的に切り返してみたら、想像以上にマジ反応されて絶句させられる。
思わず仰け反って――何とか立ち直った。
「よし、そろそろ合流しよう。よくわかんねーけど不安になってきた」
「了解。合流するようにメッセージ送るね」
「おう」
頷きつつも……実際のところ伊織が何を危惧しているのか、あまりピンと来ていない晶だった。
★
「遅い!」
合流するなり都の一喝。
それほど大きな声ではなかったものの、後ろめたいところのある晶と伊織は思わず身体を竦めてしまう。
隣では孝弘が無言で見つめてくる。レンズの奥の瞳が何を語っているのか、俄かには判断できない。
「悪かったって。人が多くて立ち止まってられなくてさ」
「そうそう。私たちも真面目にやってたんだけど、さすが人気スポットだけあるよね」
「「ね~」」
晶と伊織が顔を見合わせてハモらせると、
「うざ」
氷塊を切り出して作った刃を思わせる声が響いた。
その切っ先は――基本的に晶の方を向いている。
理不尽だなと思わなくはないものの、今日の作戦の提案者としては甘んじて受けざるを得ない。
「ま、まあ、その辺にしておけ、都」
「……アンタはつくづく怒らないわね、孝弘」
うんざりした様子ではあるものの、孝弘に向けられる都の眼差しも声も朝と比べると格段に柔らかさが増している。
チラリと伊織に目を向けると、伊織も晶に目を向けていた。
あちらも都たちの変化に気付いたようだ。
――何とか作戦は成功したな。
小さく頷くと、目ざとく見咎めた都が厳しい眼差しを向けてくる。
「どうかしたの?」
「別にどうもしねーよ」
「……アンタたち、何か隠してない?」
「別に」
図星を指されて、やや食い気味に反応してしまった。
隣では伊織がポーカーフェイスを決め込んでいる。
――良い性格してるよな、コイツ。
先ほど見せた弱気はどこへやら。
ひとり悪者扱いされている晶的には文句のひとつも返したくなるものの、ここは自重。
なんだかんだ言って諸悪の根源であるという自覚が口を縫い付けていた。
「それじゃ、そろそろ帰りましょうか」
「そうだな」
スタスタと歩き出す都。
孝弘が晶の横についたのを確認して、伊織は親友(仮)の後を追った。
晶と孝弘、都と伊織。朝この水族館に訪れた時の組み合わせだ。
「今日はすまなかったな」
「え?」
突然の孝弘の謝罪に、晶は問い返す。
「イルカショーのあたりでお前たちを見失って、あとはずっと放りっぱなしになってしまった」
「いや、それは……」
原因は晶の側にあるので、謝られる筋合いではないのだが。
だからと言って、素直に今日の裏事情を話すわけにもいかない。
「上手く行かねぇな」
「どうかしたか?」
「いや、何でもねー……ことはねぇな」
「?」
「孝弘、お前、オレに何か隠してることはないか?」
伊織に指摘されたこと。
孝弘は晶に対して何かしら遠慮している部分があるのではないか。
まるで気が付かなかったが、外部の人間が見ると引っかかるところがあるらしい。
言葉が足りなくてすれ違いを起こした苦い経験を持つ者同士、対話で解決する問題なら何とかしたいと思うのは必然。
ゆえにこのような問いを発したわけだが……
「隠しごとか……特に思い当たるところはないが。気になることでもあるのか?」
「……そうじゃねーんだけど、オレら、前に失敗してるだろ」
「そうだな。確かに『察しろ』とか『言わなくてもわかる』だとかに甘えていては手痛いしっぺ返しを食らうことになる」
「で、あるのか?」
「いや、別に」
「そっか……何かあったら遠慮なく言ってくれよ」
オレも大概気が回らないタイプだからな。
そう付け加えると、孝弘はおかしなものを口にしたような顔をする。
「お前がそうだとしたら、俺はどうなる?」
「知らねー」
相づちを返しつつ前を行く都たちの様子を窺う。
都と伊織は何やら話し込んでいる。
その横顔は朗らかとは言い難いが、悪い雰囲気ではない。
さすが伊織。コミュ強者だけのことはあると感心させられる。
どうにもお互いに踏み出せない晶と孝弘とは大違いである。
「ほら」
孝弘がそっと手を差し出してくる。エスコートだ。
「おう」
「お前、これから東京だったな。駅まで送るが」
「いや、別にそこまでしてもらわんでも……」
都とふたりきりだったときはしなかったくせに……などと思いつつその大きな手を取ろうとして、晶の手は空を切った。
――え?
おかしな感覚だった。
頭の中のイメージと身体の動作が一致しないということは稀にあるが、これはそういうのとは違う。
脳は確かに命令を発しているのに、手足が全く言うことを聞かないような。
疑問を口にしようとして――口が開かなかった。
続いて足から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
何とか手をついて顔面と地面の直撃は回避したものの、程なくして腕の感覚もなくなって横たわってしまう。
非常事態のはずなのに『服が汚れるな』などと頭の片隅でどうでもいいことを考えてしまっている。
「……きら、あき……!」
近くにいるはずの孝弘の声が遠い。
だんだん頭がぼんやりしてきて、内側から熱を発し始める。
視界が明滅し――意識が断線し――
――これは……
この感覚には覚えがあった。
晶が羽佐間市に戻ってくることとなった直接の原因。
『TSシンデレラガール昏倒』の全国生放送。あの日と同じ感覚だ。
真夏の太陽に熱された大地の感触と間近の孝弘の存在感。
ざわめきの中で近づいてくる足音がふたつ。見慣れた人影ふたつ。
都と、伊織。
――ひとり増えたな。
そんな感想を最後に、『悠木 晶』のすべて、が
これにて『TSシンデレラガールの凱旋』第4章が終了となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次はいよいよ最終章となります。
……のですが、えっと、一応最後まで書いてみたのですが、まだ中身がボロボロでして。
お披露目できるレベルまで修正するまで時間がかかりそうです。
ご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ちくださいますよう、よろしくお願いいたします。




