第48話 プロジェクト・アクアリウム その4
昼食後も4人で固まって水族館の中を探索して回った。
天井を覆う形に広がる水槽を見上げ、なかなか姿を見せない深海魚に一喜一憂し、おさわり体験のコーナーで大いにはしゃいだ。
『14時よりイルカショーを開催します』
館内にアナウンスが流れると、都が目を輝かせた。
この幼馴染はイルカを特に好んでおり、アクセサリもイルカデザインのものが多い。
以前と特に変わりがなければ、部屋の中はイルカのぬいぐるみが所狭しと並べられているはずだ。
「よし、イルカショー行くわよ」
「ああ」
決定事項のように語り歩き出す都。
これまたお決まりのように付き従う孝弘。
そしてふたりに続いて後を追おうとする晶――
――ん?
ピコピコと袖が引かれた。
ついっと首を返すと、そこにいたのはクラス委員長の伊織だ。
「どうかしたか?」
「『どうかしたか?』じゃないでしょ。チャンスだよ、あきら!」
耳元でささやかれた小声。
いったいなんのこっちゃと首をかしげると、伊織は盛大にため息をついた。
「あきら、今日、私たちは、どうして、ここに来たの?」
ひと言ひと言かみしめるように言う。
「……オレ達とそっちのデートがたまたま被ったんだろ?」
「それは建前」
「そういえばそうだった。オレ達はあのふたりをくっつけるために……ってチャンスじゃねーか」
イルカに惹かれている都は後ろを振り向かない。
都を追う孝弘もこちらを気にしているようには見えない。
先に動き出したふたりと、晶&伊織は微妙に距離が開いている。
そして薄暗い館内。これらの意味するところは――
「作戦の第2段階までは上手く行ってると思う。さっきの昼食の雰囲気はよかったし」
「……あんま気にしてなかったけど、そういえばそうだったな」
「あきら、真面目にやって」
「あ、はい」
「ここから、第3段階に移行するよ」
「おう」
『プロジェクト・アクアリウム』第3段階。
すなわち打ち解けた都と孝弘から距離を取って、ふたりの仲が良くなるように観察に回るフェーズだ。
折りしも状況が晶たちの味方をしている。
「しっかし、いいタイミングでイルカショーが始まってくれたよな~」
「ふっふっふっ……計画どおり!」
「な、なんだって!?」
ニヤリと人の悪い笑み(あんまり似合ってない)を浮かべる伊織に驚きを禁じ得ない晶。
「都のお家には時々寄せてもらってるけど、あの子がイルカ大好きなのは知ってたし。この水族館でイルカショーやるのもリサーチ済み」
「……マジで?」
「マジもマジマジ。お昼ご飯あたりで雰囲気上げて行こうと思ってたら、あきらがいい感じに話題を振ってくれたから助かったよ」
「別にそんなつもりで話を振ったわけじゃなかったんだけどな……」
「あきら、真面目にやって」
「あ、はい」
協力を要請した当の本人が叱られている。これは情けない。
何から何まで伊織に頼りっぱなしのこの状態。本当に頭が上がらない。
どうにかカッコいいところを見せようと頭を唸らせていると、バッグの中のスマートフォンが震えた。
「あ、メッセージ」
都からだった。
『もうすぐ始まるから、さっさと合流!』
『ごめん、あきらがお腹の具合が悪いって。私付き添ってるね』
「え?」
都のメッセージに続く伊織のメッセージにビックリ。
ディスプレイから顔を上げると、手早くスマホをタップする伊織と目が合った。
「オレがいつ腹を壊したって?」
「言い訳言い訳」
伊織はペロリと舌を出し、そのままラインを続行。
晶も流れに入らないと不自然になるので、流れるログを監視するモード。
『大丈夫か、晶。俺もそちらに戻った方が良いか?』
『いらねーよ。ちょっと休憩すれば治るだろうし、お前は都と一緒にいてろ』
『晶、本当に大丈夫なの?』
『大丈夫大丈夫。伊織にゃ面倒かけるがな』
『あきらのお世話は私に任せて。ここのイルカショーは凄いらしいから楽しんでね』
『伊織がそう言うなら……お言葉に甘えさせてもらうわ』
『終わったらすぐに合流しよう。どこ集合にする?』
『う~ん、考えとく。またメッセージ入れるね』
メッセージの応酬で、あっけなくパーティーの分断に成功した。
鮮やかすぎる手並みに、晶は合いの手を入れるだけで精いっぱいだった。
「さて、万が一の可能性もあるから、ここから離れよう」
「そうだな」
伊織とふたりで頷いて、パンフレットを手にいそいそと動きだす。
ほんの少しの罪悪感を胸に秘めたまま。
★
「あっちのふたりが上手く行ってるかどうか、観察したいところだけど……」
「迂闊に近づいてバレたら台無しだな」
「うん。ショーが終わったら適当に話を作って誘導して、安全な所から様子見だね」
「伊織……お前、何かのプロなのか?」
「え? 何のこと?」
「いや、なんでもない」
あまりにも手馴れ過ぎている。
ひょっとしたら自分たち以外にも、こんなメンドクサイ相談を持ち掛けた奴がいるのではなかろうか。
そんな愚にもつかない妄想が脳裏をよぎる。
――いや、さすがにそれはねーだろ……
軽く頭を振って妄想を振り払う。
ライトアップされた水槽の光を帯びた艶やかな黒髪が、きれいな弧を描く。
伊織が、じっと見つめてくる。
「どうかしたか?」
「ううん。しばらく私たちも自由時間だね」
「そうだな。せっかくだし見て回るか」
「そうだね~」
柔らかな微笑みを向けてくる伊織にそっと手を差し伸べる。孝弘の真似だ。
目を丸くした伊織は、ほんの少しの逡巡の後、晶の手を取った。
身長は晶の方が高く、多分足も長い。歩幅にも周囲にも意識を回す。
「なんだか夢みたい」
「夢か~、確かにこの光景は現実というよりファンタジーだよな」
ガラスを隔てた彼方に広がるパノラマは本来ならば地上で目にすることは叶わないもの。
泳ぐ魚は種類も豊富で大きさもバラバラ。そして色とりどり。
どれだけ見ていても飽きないし、感嘆のため息をつきたくなる。
「それもあるけど……そうじゃなくって」
「……そうじゃなくって?」
「えっと、その……あの『結水 あきら』とふたりっきりって凄いなって意味」
「あ~、そっち?」
学校での伊織はあまり晶のことを特別視していないように見えた。
チヤホヤしてくるほかのクラスメートとも、逆に距離を置こうとする生徒とも違う。
ごく普通に、ただひとりの隣人としてそこにいてくれた。
「ごめん……こういうの、あんまり嬉しくない?」
「ん~、いや、別に。伊織には世話になりっぱなしだし、これくらいサービスさせてくれ」
「……ありがと」
キュッと伊織の手が晶の手を握りしめてくる。
チラリと横顔を窺うと心なししか頬が赤い。
少し強めに握り返すと、ビクリと手が震えた。
「オレさ、本当はかなり不安だった」
「え?」
「一年前にやらかして街を出て、そんで戻ってきて。上手くやれるのかって」
「あきらなら、きっとやれてたと思うよ」
どこに行っても人気爆発。
下にも置かれない扱い間違いなし。
伊織はおずおずとそう続けた。
「そういうのはメンドクサイな。始めて伊織が声をかけてくれて握手してくれて……あの感覚は心地よかった」
「それは褒め過ぎ」
「そんなことないって。今は孝弘とは話せてるし、都は……まあ、不安定な感じはするけどマシな方だ。最初はマジでどうしようかと思ってたし」
編入当日の朝まで、心臓がやたらうるさく跳ね回っていたことを思い出す。
日々のルーティーンをこなすことで何とか『ごくありふれた一日』を演出しようとして。
身だしなみを徹底的に整えて、教室に入る前には深呼吸して姿勢を正して。
同じクラスに孝弘の姿を認めた時は――息が止まりそうになった。
「芸能界で鍛えられたとは言っても、オレもあんまり人と話すの上手い方じゃなかったしな。特に同年代なんてわけわかんねーから猶更」
「え~、とてもそんな風には見えないよ」
「それは孝弘にも言われた。これでも結構苦労してるんだぜ」
周りからはそう思われてないみたいだけどな。
苦笑すると、伊織は俯いて小さな声でポツリと零した。
「……私も、かな」
「?」
「なんか、いつの間にか『委員長キャラ』みたいなレッテルを貼られて『嫌だな~』って思うんだけど、キャラを演じてるとスムーズに行くことも多くて」
だから辞められない。
厄介事を引き受けて、他のみんなを羨ましそうに眺めて、でもそんなことはおくびにも出さないように気を付けて。
そうやってどんどん自縄自縛に陥っていく自分が好きになれなくて。
どこか遠くを見ているような、どこにも焦点が合っていないような眼差しで。
伊織の声はかすかに震えている。あまり他の人には相談できないことなのだろう。
――都とはこういう話はしないのかな?
「このままでいいのかな~って」
「……どうだろうな」
高校生歴一か月未満のド素人としては、あまり気の利いたことは言えそうになかった。
「よくわかんないよね、高校生って」
「そういうのわかるようになるのかね、オレら?」
「さぁ」
個性どころか種類が異なる様々な魚が一堂に会している水槽は、さながら学校の教室のよう。
優雅に泳いでいる魚たちも、人間の知らないところで気苦労があるのだろうか。
「ま、周りを気にしないってのもよくねーよな」
「それは言えてる。空気読むって程じゃないけど迷惑かけるのはダメだよね」
ね~。
ふたりで顔を見合わせて、笑い合った。




