第47話 プロジェクト・アクアリウム その3
「海鮮丼はねーのな」
お昼時になって水族館に併設されているレストランに席を取った。
4人掛けで晶の正面に孝弘、隣に伊織。はす向かいには都が腰を下ろしている。
メニューを矯めつ眇めつ眺めていると、そんな言葉が口を突いた。
「アンタね……水族館で海鮮丼とか情緒なさすぎでしょ」
「その残念発言、ツイッターで上げてみたら?」
「お前って奴は……」
三者三様のツッコミを食らって、ぐぬぅと押し込められる。
素直な感想を述べたつもりだっただけにダメージがデカい。
「ハイハイ、わかりましたよ。今日は魚食うのはやめるわ」
「別にそこまで言ってないが」
表だってフォローしてくれたのは孝弘だけだった。
伊織は苦笑を浮かべているが、都の表情はメニューに隠れて窺い知れない。
兎にも角にも食べるものが決まったので、ウェイターを呼んで注文。
厨房に戻って行く背中を見つめていると、不意に都が口を開いた。
「久しぶりだったけど、水族館ってきれいね」
「確かに。何となく来る機会がなかったが……最近の水族館はいろいろ凝っているな」
「さすが人気スポットだけはあるよね」
「ああ。なんかイメージとかなり違ったな」
この場所を選んだのは伊織。
インターネットを駆使して方々から情報を収集し、今回の作戦に適したロケーションを設定してくれた。
その眼力に偽りはなく、こうして話しているだけでも誰もが満足していることは一目瞭然。
「水族館って、もっと磯っぽい? なんかそんな印象だったんだけどな」
「……磯っぽい?」
「それ、どういうイメージ?」
「え? ほら、水槽に色々な魚とかタコとか貝とかいてさ」
「うんうん、それで?」
「あと……カニ。そんで上から掬えるような?」
「それは魚屋のいけすだ」
ピシャリと言い放つ孝弘の言葉で合点がいった。
『おお、さすが孝弘』と頷きかけて……ふと気づく。
後のふたりが晶を見つめる眼差しが生暖かい。
「あきら……」
「……」
「な、なんだよ!? 良いじゃねーか、別に!」
「お前……実は食べるの我慢しすぎてないか?」
「してねーよ! フツーだよ!」
「そうか? まぁ、俺らの間ならそういう発言はセーフだが、生放送は注意しろよ」
「アンタはこういう場所の宣伝とかやらない方が良いと思うわ」
「放送事故が怖いね」
「……お前ら、息ピッタリだな」
★
晶が大々的に宣言したとおり、4人とも魚料理は注文しなかった。
「お前は相変わらずハンバーグだな」
「美味いぞ」
「うん、ダメとは言ってない」
ショッピングモールの時と同様にハンバーグを頼んだ孝弘。
晶は夏野菜のカレーを注文した。こちらもハズレではない。
カレー専門店に比べれば満足とはいかないものの、十分な味わいだ。
たっぷりの野菜とスパイシーな味わいが口中を占拠する。
「いっそのこと、これまで食べてきたハンバーグをまとめて紹介してみるとかどうかしら?」
「都?」
「あ、いえ……文芸部、今年の文化祭の準備はどうしてるのかなって」
「それが何でハンバーグレビューに繋がるんだ?」
だいたい文化祭なんてまだまだ先の話だ。
確か11月上旬だったと記憶している。
今はまだ7月の中旬を過ぎたあたり。
「昨年はなぁ……」
「なんかあったのか?」
「何かというか……部誌を発行することになっていたんだが原稿を落としてしまってな」
「何やってんだ、お前」
「小説、書けると思ったんだがなぁ……これがなかなか上手く行かなくて、まぁ……そういうことだ」
「結局先輩に穴埋めしてもらったのよね」
都の言葉に孝弘が頷く。気まずそうだ。
「今年はアンタたちしかいないし、原稿落とせないでしょ」
そろそろ受験勉強の足音が聞こえてくる時期だ。
余裕をこいていると昨年の二の舞になりかねない。
だから、いざという時に備えておけばどうかと、そういう話だった。
「大丈夫だ。今年は少しずつ書いてるから」
「極端から極端に走るわね、アンタは」
孝弘曰く、先輩が卒業する際に『今年の文化祭は早めに取り掛かれ』と言われたそうだ。
その言葉を受けて二年生に進級して以来、チマチマと書き進めているとのこと。
今のペースを守ることができれば、文化祭までには何とかなる見込みと胸を張った。
「そう? ならいいけど……晶、アンタはどうするの?」
「え? オレ?」
「そうだね。あきらも文芸部なんだから何か書いたら?」
「書く時間が取れそうなら紙面は空けておくが……」
三方向から問われて、迷う。
孝弘から請われて文芸部に入ったが、身も蓋もないことを言うと文芸部って何をするところなのか、あまり考えていなかった。
何となく本好きが集まって感想を言い合ったり、気が向いた人間が小説を執筆したり、そういうまったりした部活だとばかり思っていたのだ。
文化祭で部誌を出すとなると、当然締め切りがあるわけで……
「文化祭には興味あるが……スケジュールがなぁ」
中学生の頃は、あまり文化祭というイベントには興味がなかった。
正確にはその手のイベント全般にあまり興味がなかった。
「それはそうだな。お前の場合は仕事が忙しいだろうから、無理にとは言わん」
「グラビアはオッケー?」
「それ、風紀委員が飛んでくる奴」
「文化祭実行委員に見本誌を提出する段階で跳ねられるよ」
「生徒指導に睨まれるのは困るな……いや、お前の仕事を否定するわけではないんだ。そこはわかってくれ」
「お、おう。書くどうか、少し考えさせてくれ」
「ああ。問題ない」
「いつぐらいまでに答えたらいい?」
「……後々の準備もあるから、夏休み明けぐらいでどうだ?」
「そうだな。こっちのスケジュールも確認するわ」
「いざとなったらオススメハンバーグのコーナーで埋めるから大丈夫だ」
「……アンタ、いちいち引っ張るわね」
孝弘の隣に座っていた都が、ゲンナリした口調で割り込んでくる。
……とはいえ、その表情は柔らかく穏やかで。
特段に機嫌を害しているという感じではない。
――雰囲気、悪くないよな?
チラリと隣の伊織に視線を送ると、晶の意図に気が付いたらしい伊織が軽く頷いた。
ふんわりと揺れるウェーブ髪に自信を感じる。
『今のところ、作戦は順調だよな?』
『大丈夫、問題ない』
アイコンタクトを交わしている正面で、孝弘が首をかしげていた。
★
「そういやさっき話題にしたけどよ。高校の文化祭ってどうなん?」
昼食は食べ終わり、全員の食器が片付けられた。
今は食後のティータイム。
晶と都は紅茶。孝弘と伊織はコーヒー。
暑い季節だけれど、冷房が効いている店内では普通にホットが美味い。
「文化祭? そうね……中学校の頃とは大分違ったわ」
生徒会に入ってるからそう感じるのかもしれないけれど。
晶ともども学校のイベントに親しんでこなかった都がそんなことを言うものだから、ちょっと驚いた。
孝弘の方に視線を送ると、こちらも頷いている。
「よその学校は知らんが、佐倉坂の文化祭は割と本格的だ」
「へぇ」
クラスや部活動ごとの出し物も充実しているしイベントも豊富。
とりわけ他に見せ場のない文化系の部活動はここぞとばかりに力を入れまくるらしい。
「ま、その分準備は大変なんだけどね」
「そうね……生徒会と文化祭実行委員は死ねる」
「都、お前大丈夫なのか?」
「……覚悟はしてるわ」
「そこまでかよ……」
覚悟を決めないと乗り切れないような催しだとは想像していなかった。
楽しみにしている生徒がたくさんいる裏側では、都のような裏方が必死の形相で支えている。
「晶はどうするの?」
「どうするって……文芸部だろ?」
「あと、クラスの出し物と……ミスコンもあるわよ」
「ミスコン? それは……」
興味ないと言えばウソになる。
しかし自分が出ていいのかと考えると、躊躇する気持ちもある。
傲慢な物言いをすると、アマチュアの舞台にプロが上がるような大人げなさを感じるのだ。
……付け加えると、そこで負けたら物凄く悲しい気分になりそうでもある。
「芸能人が文化祭に呼ばれるってあるわよね?」
「事務所を通して仕事としてならな」
「依頼すれば受けてくれるわけ?」
「スケジュールとか報酬とかによるんじゃね?」
他にも色々としがらみはありそう。
事務所の方針や売り出し方も絡みそうだし、晶が勝手に返事するわけにもいかない。
「って、オレを使う気かよ?」
挑発的に問いかけてみると、都は難しい顔をする。
「私としては今のところ考えてないけど……アンタの扱い方で揉めそうな気がするのよ」
「ああ~、ありそう」
伊織も頷いている。
「オレの扱い方?」
「つまり、『2年C組に所属している以上、クラスの出し物に協力すべき』って意見と『2年C組だけタダで芸能人が使えて卑怯だ』って意見が出そうってこと」
文化祭の出し物は最終的に順位付けされて、上位者には報酬も出るとのこと。
そのためガチになる連中が毎年少なからず存在して、彼らの争いの火種になるのではないかと危惧している。
「それは……そういうことなら、オレは大人しくしてた方が良いのかもな」
「『高校生を学びたい』というのなら、文化祭は外すべきじゃないとも思うけど……」
難しいわね。
都の呟きに、誰もが首を縦に振った。
大きなため息がそれぞれの口から漏れる。
「……そろそろ行こう。せっかく今日は遊びに来たんだから、気落ちしてたら勿体ない」
孝弘がみんなを力づけようと意気を吐いた。
確かにそれはそのとおりだ。
他の3人も孝弘の言葉に同意して席を立つ。
難しいことは後で考えよう。
今日は精一杯楽しまなければ!
――じゃねーよ、作戦!
ハッとさせられる晶。
当初の目的を、すっかり忘れてしまうところだった。
いい感じに空気は暖まってきている。勝負はむしろここから。
誰も見ていないところで、ひとり気合いを入れなおした。




