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第43話 ふたりでサクセン その2


『仕事帰りに(みやこ)に会ったんだが、アイツやけに機嫌がよかった。何かあった?』


 恒例になりつつある伊織(いおり)との作戦会議。

 帰宅して夕食と風呂、後始末まで片付けてからベッドの上でスマートフォンを弄る。


『え? う~ん、どうだろ? 何もなかったと思うけど』


『そうなん? 何もないのに機嫌がいいとかわけわからん』


『理由もないのに機嫌悪いより良くない?』


『理由がわからないと唐突に機嫌が悪くなる可能性がだな』


『あ~そっちか』


 原因がわからなければ対策の取りようがない。

 仕事のために学校をサボった(あきら)はともかく、一緒にいたはずの伊織ですらわからないとなると……困る。


『山の天気みたいだねぇ』


『念のために折り畳み傘をってわけにもいかんのが厄介だ』


『それ』


『ところで、前に言ってたアイデアとやらをそろそろ聞いておきたい』


 壁にかけられたカレンダーを見る。夏休みが近い。

 前回のグラビア撮影のスケジュール管理でやらかして以来、目に見えてわかりやすいようにデカデカ書き込んである。

 7月下旬から8月にかけて、カレンダーのマス目は色とりどり。

『夏休みに入ったら遊びに行こうぜ~』などと言っていたが、遠くに行くような日は作れそうにない。

 それ以前にこのまま夏休みに突入すると長期間にかけて都の件が放りっぱなしになりそうでヤバい。


『そうだねぇ……私が考えたのはふたりっきりにさせてあげればいいんじゃないかな~って』


『それができたら苦労はいらんのだが』


『それができるかもしれないアイデアがあるッ!』


『な、なんだと!? 教えてくれ、師匠!』


『ふっふっふっ……よく聞くがいい! ズバリ……デートだよ!』


『はい却下』


『早いよ』


『いや、ダメだろ。そもそもあのふたりが普通にデートする仲だったらこんな話にはなってないわけで』


『まぁまぁ話を聞き給えって』


『おう』


『あきらの言うとおり、今のままだとあのふたりをデートさせるのは難しい』


『だよな』


『でも、晶が誘えば高坂(こうさか)君はついてきてくれるよね?』


『え? ……まぁ大丈夫なんじゃね?』


『うん、そして私が誘えば多分都も来てくれる』


『友だちいないもんな、アイツ』


『それは今はいいから。つまり……そういうことだよ』


『……どういうこと?』


『ダブルデート!』


『ダブルデート?』


『そう。晶が高坂君を、私が都を誘って偶然同じ場所で出会うわけ』


『それ、ダブルデートか?』


 先日のショッピングモールでの一幕と意図的に同じ展開に持って行くということだろう。

 晶の知識にある『ダブルデート』とはちょっと違う気がする。


『だって、ふたりともお互いが一緒に来るってあらかじめしゃべっちゃったらOKしてくれないかもしれないじゃん』


『そりゃまあ……そうだろうな』


『だから奇襲だよ』


『今『奇襲』っつったな』


『不意打ちとも言う』


『……大丈夫なのか、それ』


『とにかく4人で合流して、しばらく一緒に行動して、隙を見て私とあきらが行方をくらましたら、あとにふたり残るでしょ』


『残るけど……あのふたり、帰っちまわないか?』


『私たちと再合流するまでは帰らないと思うな』


『あ~、それは確かに』


 伊織の言うとおりだと思わされる。

 孝弘(たかひろ)も都も、はぐれた晶を放置して帰宅するということはなかろう。

 突拍子もない作戦に思われた『ダブルデート(仮)』だったが、意外といいところを突いている。

 さすが伊織、油断ならない。


『遠くからふたりを監視して、雰囲気がマズくなりそうだったらメッセージを飛ばす』


『えらい細かいな』


『さすがに『あとは若い者同士でごゆっくり』なんて放置できる感覚でもないし。それくらいは面倒見ないとね』


『それ、任せてイイ?』


『私ひとりだと怪しまれるから、あきらもお願い』


『ですよねー』


 全部お任せと言うわけにもいくまい。

 もともと晶の方から頼んでいるのだから、協力できる部分は協力すべきだ。

 ……と言うか、晶が主導でやるべきなのだが。


『で、ダブルデートするとして、行くあてはあるのか?』


『う~ん、どうしよう? みんなデートってどんなところに行くのかなぁ?』


『それをオレに聞かれても困る』


『あきらってデートしたことないの?』


『ないなぁ』


『そんなにかわいいのに? 恋愛禁止だったりする?』


『アイドルじゃないから恋愛禁止ってことはないな。社長も『無理やり止めてもどうにもなんない』とか言ってた』


『あきらはともかくアイドル部門、それでいいの?』


『さぁ? ま、今はうちの事務所の話は置いといて、だ』


『そうだったね。どこがいいかなぁ?』


『無難なところだと……遊園地か?』


『え~、夏の直射日光の下で何時間も待たされたら、何もなくてもあのふたりの機嫌がヤバそう』


『……オレも嫌だわ。遊園地は却下で』


『『遊園地×』っと。他にどんなところがあるんだろう?』


『う~ん……』


 しばらくの間、『あ~でもない、こうでもない』の議論が続いた。

 ふたりとも交際経験がなさすぎた。

 アイデアのもとになるのは聞きかじりの情報や恋愛マンガがメイン。

 候補が上がるたびにひとつひとつインターネットで調べたりしてダメ出ししていく。

 映画館、ショッピングモール、動物園、プール、海……


『くっそ~、みんなどこ行ってんだよデートって!?』


『ほんとにね~』


『えっと、次は水族館……はダメだったっけ?』


『水族館? えっと……動物園はバツしたと思うけど、まだなんじゃない?』


『じゃあちょっと調べてみるか』


『りょーかーい』


 スマートフォンを置いてパソコンで検索。

『水族館 デート』あたりで大雑把に。


『なんか鉄板とか書いてあるぞ』


『動物園とどう違うんだろ?』


『もうちょっと読んでみるか……』


 いくつかのページを読み進めてみた結果……かなり人気がある模様。


『あ~、屋内だから天候に左右されないのはいいね』


『エアコン完備もこの季節だとありがたい』


『でも同じこと考えてる人は多そう』


『混むかな?』


『混むかもね。土日にしても夏休みにしても』


『でも、いい感じのところだと、どこでも同じじゃね?』


『だよね。みんないい感じな所を選ぶだろうし』


『ちなみに伊織は魚とか大丈夫?』


『ん? 水族館は割と好きかな。あきらたちは?』


『オレは大丈夫。後のふたりとも昔行ったことある』


 あのときは確か晶と孝弘の家族と一緒に行ったはずだ。

 都の家族だけは仕事が外せないとのことで参加できなかった。

 それで都だけ最初はブーっとふくれっ面だったけど、水族館について魚を見ていたら機嫌はすぐに直った。

 まだ小学生の頃。まだ、悠木(ゆうき)家が壊れていなかった頃。


『あきら?』


『悪い、何でもない。水族館デート、行けると思う』


『じゃ、水族館で』


『異議なし』


『あとはスケジュールだね。私の方はほとんど開いてるけど、あきらの方は?』


『ダメな日を送るわ』


『お願い。前みたいなこと、ダメだよ」


『わかってるって。あれからちゃんと気を付けてるし』


『信用するからね。……ってきた。後は行き先と日程を……これは私に任せて』


『いいのか?』


『うん、こういうの得意だから』


『……得意だから任せていいってことにはならんと思うが』


『じゃあ、頼られると嬉しいから』


『後でなんかお礼するわ』


『期待してる』


 また後で連絡するね。

 その書き込みを最後に伊織からの連絡は途絶えた。

 スマートフォンを枕元に投げて天井を見やる。


「水族館か……」


 呟きが漏れた。

 まだ男だったころの思い出。

 孝弘がいて都がいて、弟がいて家族がいた。

 みんな笑顔で仲良しで、こんな日がずっと続くと思っていた。

 何もかもが変わってしまって、それでもまだ自分たちは藻掻いている。


「神様、どうか……あのふたりが仲良くできますように……」


 朝から東京に行って仕事で駆けずり回って、佐倉坂に戻ってきたら都とバッタリ。

 すっかり話し込んで家に帰って家事を済ませて、伊織と作戦会議。

 ギッシリ詰まった一日を終えて、晶の目蓋が重みを増した。


「ねむ……」


『ふあぁ』と欠伸をひとつ。

 

「明日は……学校か……」


 昨晩のうちに鞄に必要なものは詰めてある。

 弁当に詰めるおかずは晩飯の時につくっておいた。

 あとは、


「寝るか……おやすみ……」


 誰が聞いているわけでもない声は、夏の夜に溶けていった。

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