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第42話 女優なオシゴト


 朝イチで新幹線に飛び乗って東京へ。東京駅でマネージャーと合流。

 まずは出版社でファッションモデルのお仕事。

 10代向けの秋物、特にちょっとオトナっぽいイメージの衣服で撮影。

 撮影終了後、バイク雑誌の編集部に足を運びグラビアの仕事をゲット。



 ★



「ファッションモデルは初めてだったけど、これがどうにも慣れなくてさ」


「そうなの?」


 公園のベンチにふたり並んで腰を下ろしていた。

 (あきら)の横に座っているのは、ショートボブの幼馴染である(みやこ)

 仕事帰りに駅前でバッタリ会って『ちょっと話さないか?』という流れ。

 都は晶が学校を休んでいたことを知っていたようで、小洒落た私服姿の幼馴染に対する驚きはなかった。


「モデルって結局のところ服がメインだろ?」


「そうなの?」


「何か『これマネキンでよくね?』って考え始めたら、テンション上がらなくって」


 デビュー当時はグラビアアイドルとモデルの違いがよくわからなかった。

 両方を兼ねる場合はモグラ女子(モデルの『モ』とグラドルの『グラ』で『モグラ』とのこと。上手いこと言っているが、もうちょっとかわいい名称が良かった)と呼ばれるそうだが、『どっちも同じじゃないんですか?』と尋ねたら社長に大いに呆れられた。

 今は自分自身の肢体を見せるのが前者、身に付けている服飾等を魅力的に見せるのが後者と認識している。


「贅沢なんじゃないの?」


 都は眉をしかめている。

 晶の部屋で行われた先日のグラビア撮影に立ち会って以来、彼女はどうにも過敏だ。

 だいたい余計なことを言った各務原(かがみはら)のせい。よくわからないけど、きっとそう。


「そりゃそうなんだけどさ」


「私は……アンタがちゃんと服を着て写真に撮られてる方が落ち着くわ」


「ま、女子的にはそうかもな」


「アンタも今は女子だけどね」


「違いない」



 ★



 撮影後、近場の出版社に営業回り。

 しかる後に、昏倒してオファーを流してしまったクライアントに謝罪。

 久々に顔を合わせた誰もが晶の体調を心配してくれていたのは、本当にありがたかった。

 まぁ、社交辞令が多分に含まれていたのだろうけれど。オトナの世界はそういうものだ。



 ★



「何でそんな風に考えるの? みんな普通に気にかけてくれてると思うわよ」


「そうかぁ?」


「前から気にはなってたけど、アンタって仕事が絡むとドライよね」


「え? そうかなぁ……でも、そういうもんだろ?」


「そうかしら? あの禿カメラマンも言ってたけど、好意は素直に受け取っておきなさい」


「う~ん、考えとく」



 ★



 久しぶりに事務所へ足を運んで社長に挨拶。

 近況報告はスマートフォンを使って頻繁に行ってはいたが、顔を合わせるのはまた感覚が異なる。

 日々の暮らしや学校でのアレコレ。今日の仕事や夏以降のスケジュールについて。

 社長と晶は単なる芸能事務所のボスと所属タレントという間柄を超えた関係で、どちらかと言うと親子に近い。

 少なくとも晶側は勝手にそう思っている。実の両親と上手く行っていないから、余計に意識してしまうのかもしれない。

 ここしばらくは抑え気味なお陰で、仕事がらみの話題は少なかった。いいことなのか悪いことなのか。

 お茶をすすりながら雑談していたところに、後輩のアイドルたちが顔を出してくれた。


『メルティ・ミント』


 芸能事務所『フェニックスプロダクション』が最近売出中の若手アイドルユニット。

 メンバーは3人でいずれも晶より年下だ。

 今度ドラマに抜擢されたということで、ならばと晶も一緒に養成所に向かった。

 予定されていた用件は全て終わらせていたので、地元に帰る前に身体を動かしておきたかった。

 女優としてのブランクがどうしても気になっていたから。



 ★



「『メルティ・ミント』って……そっか、後輩と仲良くやってるんだ」


「え? ああ、仲はいいけどあっちの方が先輩だぞ」


「え? でも『MM(メルティ・ミントの略称)』て中学生アイドルでしょ?」


「オレの方が年上だけどMMの方が芸歴が長いの。センターの(しずく)とか子役の頃からだぞ」


 子役としてデビューしたのち、アイドルに転身して大活躍。

 対する『結水(ゆうみ) あきら』はグラビアデビューしてまだ1年と少々。

 芸能界のキャリアとしては圧倒的に負けていた。


「ふ~ん、だったら『先輩』って呼んでるの?」


「呼んでるな、普通に」


「……それ、嫌がられてると思う」


「マジで!?」


 雫はアイドルユニットのセンターにしてはクールだなとは思っていたが、単に晶のことを嫌っている可能性が浮上してしまった。

 同じ事務所で頑張る仲間として捨て置けない。なお、目の前で都が盛大に呆れていることに気がついていない。

 晶は基本的にマルチタスクが苦手だ。


「それで、どうだったの?」


「ん?」


「一緒に練習したんでしょ? 私はあくまで憶測を語ってるだけ。実際にどう思われてるのかは、アンタにしかわかんないだろうし」


「そうだな……今日は基礎練メインで、あと歌とダンス。MMがやる台本貰って手本見せて……」


『これでも現役女優だ! 任せろ!』とばかりに張り切って、


「へぇ、頑張ってるじゃない、センパイ」


「ぶっ倒れた」


「……本当に大丈夫なの?」


「ち、違うからな。今日のは単純に体力が尽きただけだからな」


『結水 あきら』は女優としての基本的な能力が欠けている。体力不足もそのひとつ。

 これはファンにとっても反論しづらい晶の弱点であり、本人を以て否定はできない。

 克服するためには地道なレッスンを積み、場数を経験するほかない。

 意識はしてるし自主練だって忘れてない。今日だってMMと会わなくても養成所には顔を出すつもりでいた。


「本業女優のアンタが、演技のレッスンで年下のアイドルに負けてどうするの」


「勘違いしないように言っとくが……アイドルってのは可愛いけど、アレはある種の化け物だからな」


「化け物?」


 怪訝な表情を浮かべた都に、真剣な面差しで頷く。

 アイドルは化け物。モンスター。

 

「キレッキレのダンスと歌、笑顔をキープしたままなんだぜ。半端じゃねーのよ」


 しかもライブになったら2時間以上ぶっ通しなんてこともザラにある。

 付け加えるならば、本番に至るまでの日々も同程度かそれ以上の消耗を強いられる。

 こんなハチャメチャ、ほとんど底なしの体力とガッツがないと到底成り立たない。

 見た目とは裏腹に、中身はガチ系のアスリートそのもの。そんじょそこらの男子なんて相手にならない。

 可愛いを極めるためには体力。つくづく芸能界とは恐ろしい世界だ。


「雫以外のふたりは演技は初めてだって言ってたから相談にも乗ったし、『ありがとうございます』って言ってくれたし」


「まぁ嫌われてはいないんじゃない?」


 よくわからないけど。

 言い訳がましく言葉を紡いだ晶をひと言で切って捨てた。

 身も蓋もない。『他に言いようもないんだろうな』という気もする。


――でも、今日は機嫌いいよな?


 今朝この街を出てから戻ってくるまでのスケジュールを振り返りつつ、隣に座る都の様子を窺っていたが……結論としてはこうなる。


 最近の都の機嫌はまるで山の天気のよう。

 頻繁にくるくる変わり、まるで予想がつかない。

 羽佐間市に戻ってきたころは物凄く昏くて冷たい感じだったのだが、ここ数日の彼女は穏やかで明るい。

 とは言え、時折チクリと来るから油断はできない。

 明らかに都の様子が変わったのは、先日のグラビア撮影以後。

 どのように作用したかは定かではないが、孝弘も都もあれ以来どうにも様子がおかしい。

 状況は好転しているように思えるものの、フッと感情が急変することがあり混乱させられる。

 予想がつかないということは、攻略作戦が立てづらいということでもある。

 他でもない『孝弘と都をくっつけよう作戦』が進捗ままならない理由のひとつでもある。

 伊織(いおり)には何か考えがあるようだったけれど……アイデアの内容次第とは言え、ゴーサインを出せるかどうか予断を許さない。


――タイミングだよな~


 オペレーションを発動させて失敗に終わると気まずいなんてものじゃなくなる。仕掛け時は細心の注意をもって図らねばならない。

 朗らかに微笑む都の顔を間近で堪能しながらも、頭の中では『帰ったら伊織に連絡しよう』とメモを書きつける。

 目の前に可愛い女の子がいるのに別の女の子のことを考えるなんて失礼な奴だ。

 晶は心の中でセルフツッコミを入れた。


「晶、ちょっと私の話聞いてる?」


「あ、ああ。聞いてるって」


 すっかり傾いた夏の太陽。地面に伸びる影は細くて長く。

 道行く人は活気にあふれる平穏な夕暮れ時。

 朝の早起きは辛かったものの、仕事にコミュにと充実して。

 地元に戻ってくると幼馴染がいて会話に花が咲く。


『こんな日がいつまでも続けばいい』


 そう思わされる一日だった。

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