第40話 ふたりでサクセン その1
『助けてほしい。孝弘と都には内緒で』
晶の部屋でグラビア撮影が行われたあの日、帰宅途中であった伊織にメッセージを送った。
文芸部での謝罪を経て孝弘との関係は改善に向かっている。
問題は都だ。彼女の心のうちがわからない。そっけない(柔らかな表現)態度をとる癖に、晶が困ったときには率先して助けてくれた。
これを勝手に解釈してしまうほど軽率でもなく、見過ごすほど愚鈍でもない。
では――どうするか?
社会に出て数多の人々と関わりあってきた晶は、ひとつの答えにたどり着いていた。
およそ人間というものは、たったひとりでできる事などたかが知れているということ。
つまり、困ったときには誰かを頼ればよいのだ。
今回の適任者は、晶が知る限り自分たちを除いて最も都に近い人間すなわち伊織である。
晶たちから少し離れた位置で冷静に状況を観察できる立場にあり、情に厚い人柄であることは明らか。
詳細を語ることはしなかったが、過去の自分のやらかしが発端で3人の中が拗れ気味なことを告げ、特に孝弘と都の間を取り持ってくれるよう協力を頼んだ。
孝弘が都に思いを寄せていることは――散々迷ったものの情報を開示した。基本的なデータが欠落したままでは、伊織だってアイデアの出しようがないと判断した。
幼馴染ふたりに内密で話を進めることに罪悪感を覚えないわけではなかったが、ターゲットの前で堂々と相談するわけにもいかない。
こうして晶と伊織はラインアプリを介して秘密裏に同盟を締結した。なお『タカミヤラブラブプロジェクト』なるグループ名を付けたのは伊織である。ネーミングセンスについて物申すのはやめておいた。
★
『いいの?』
伊織のメッセージは『孝弘と都をくっつけるにあたって、晶が勘違いされそうな行動をとることの是非』を問うものと解釈した。
言いたいことはわかる。今や立派なJKと化した晶が孝弘のために弁当を作るとなると、都が勘違いしないかという危惧はあった。
理想を語るならば都が孝弘のために弁当を用意する流れに持って行った方が望ましい展開になる。すごくわかる。
『都の料理の腕は?』
『……そうだったね、ごめん』
晶のクエスチョンに、ゴメン猫のスタンプと共にコメントが付いた。
彼女は知っていた。都の作った飯がとてもマズいことを。晶がふたりの前から立ち去って1年と少々。改善は見られないらしい。
総菜パンばかり食べる孝弘を放置しては置けない。しかし高坂家の事情を知る晶としては無茶は言えない。
都を巻き込むと状況が悪化する未来しか見えない。残された道は――晶が手を貸すしかない。
『いっそ伊織が作ってくるというのは?』
『それ、余計に勘違いさせる奴』
『だよな~』
手元でスマートフォンを操作しつつ、ふたりで沈鬱なため息をついた。
「お前たち、食事時にスマホは良くないと思うのだが」
「……そうだな」
「ご、ごめんね、高坂君」
「いや、そこまで謝られることでもない」
マナー違反を指摘されて頭を下げると、孝弘は所在なさげに後頭部を掻いた。
――誰のせいだと思ってやがる!?
左右から向けられた無言の圧力に、大柄な幼馴染は思いっきり身を仰け反らせた。
★
孝弘と都の仲を取り持つにあたって問題は少なくない。
その最たるものは晶がやらかしたアレであることは間違いない。
そして、そこから約1年もの間に渡って続いた関係の断絶。
時間は問題を解決してくれることもあるが、問題を深刻化させてくれる場合もある。今回は多分後者だろうと晶と伊織の意見は一致している。
他にもふたりはクラスが異なり、所属している部活動(都は生徒会)も異なる。もちろん性別も異なる。
『両者の共通点を洗い出す方が楽なのでは?』
その考えに至ったはいいものの……考えれば考えるほど『友だちが少ない』というぐらいしか思いつかなかった。
念のために伊織にも確認してみたけれど、都は彼女以外の生徒とは一線を引いているらしい。つまりほぼぼっち。
『私以外で仲がいいのは、あきらと高坂君ぐらいじゃないかな?』
などという絶望感溢れるメッセージのせいで、晶は自宅のベッドに突っ伏さざるを得なくなった。
伊織の次に今の自分たちの名前が挙がってくるというのは『さすがにちょっとどうなのよ?』と愚痴のひとつも言いたくなる。
『都は……何て言ったらいいんだろう? 高嶺の花って言うか、憧れてる人は多いと思うんだけど』
『友だちはいないと』
『時々告白はされてるらしいんだけど、全部断っちゃうしね』
『何それ、そこのところ詳しく』
聞き捨てならない、否、見過ごせない情報が飛び出してきた。
都には都の恋愛事情があることは指摘されれば理解はできる。
ただ、何となくそういうことはないものだという前提で話を進めてきた。
心のどこかに『自分たちの関係は絶対的なもので、すべてにおいて他者に優先する』と言った独占欲に似た感情を抱いていると気付かされた。
それは――きっと傲慢だろう。こうして協力を仰いでメッセージをやり取りしている伊織すら部外者的なポジションと認識していたなんて恥ずかしいことこの上ない。
本人のいないところで気付けて良かった。ひょっとしたら気付かれているかもしれないが、今のところは伊織が合わせてくれているのかもしれない。天使かな。
――ダメだダメだ、これはよくない!
頭を振って、両の頬を軽く叩く。
煩悶する晶をよそに、ディスプレイ上のタイムラインは更新されていく。
『え~、私も詳しくなんて聞けないよ。ただ『鬱陶しい』って』
『言い方ァ……』
『さすがに面と向かっては言ってない……と思うよ』
断言されていないところに寒々しいものを感じざるを得ない。
あの凍える瞳でそんなことを言われたら、ショックで息の根が止まりかねない。
『言ってたらやべー奴じゃん』
『だよねぇ。人気はあるままだから大丈夫なんじゃない、かな?』
『そうであってくれないと困る。アイツのフォローまでは手が回らんぞ』
晶の知る『仲村 都』は正義感の強い人物であった。
男女の色恋沙汰についてはどうだっただろうと記憶を掘り起こして見たものの、これと言って役に立つ情報は思い出せなかった。
取っつきにくくはあっても見目麗しい少女ではあるのだから、晶の知らないところで告白されていたとしてもおかしくはない。
現に自分だって孝弘だって、都に恋心を抱いていた。それを表に出さなかったのは、単にふたり揃って臆病だっただけだ。
――う~ん……
晶の知る『仲村 都』は潔癖な人物……だったかどうかはわからない。特に性的な面については実のところサッパリだったりする。
『親しき仲にも礼儀あり』とでも言うべきか、3人で行動している際に性的な話題を振ったことはなかった。
孝弘とふたりでエロ本を嗜むことはあったが、都のいるところでは自重していた。当たり前とも言う。
でも健全な週刊誌のグラビアだけでも焼却炉へ直行だったから、忌避しているというイメージがある。
『アイツはその辺どう思ってんのかね?』
『さぁ?』
『女ふたりでコイバナとかしねーの?』
『お泊りしたときに話を振ったら凄い顔されて、それっきり』
女の子たちのパジャマパーティー、テンション上がる。
機会があったら混ざりたい。取っ掛かりもつかめない現状はスルー。
『あのバカ』
『そういうところが可愛いんだよ』
『伊織がいてくれてよかったと、心の底から神様に感謝してるぜ』
『大げさすぎるって』
『いやマジで』
『あはは……何の話してたんだっけ?』
『弁当?』
『そう、それ。あきらが優しいのはいいとして、都を刺激しないかなぁ』
『……軽率だったか』
だからと言って、今さら『だが断る』とはいかない。
もうすぐ夏休みだから、直近では機会そのものがなさそうではある。
『夏休み中にアイツらが仲直りしてくれれば、すべては解決する!』
『しかしてその作戦は!?』
『次回に続く!』
『はいダメ―』
『ですよねー。当面は仕事をダシにして弁当作る約束ははぐらかすとして』
『あっさりはぐらかすとか言ってるし』
『仕方ねーじゃん。なんかねーかな、あのふたりを自然に接近させる方法』
『ふたりに共通する話題があればいいんじゃない?』
『何かあるのか、伊織!?』
『あきら』
『?』
『だから、あきら。ふたりに共通するのってあきらと仲良しってところだから』
『へへ……照れるぜ』
『でも、やらかしちゃったんだよね』
『そうなんだ……すまない』
『う~ん……』
『どうした?』
『思ったんだけど、あきらって都方面の窓口として私に期待してるよね?』
『言い方は悪いけど、そういうところある』
『それは、あきらと都が冷戦状態だから、だよね?』
『……そういう言い方もできる』
『今の状況からふたりをくっつけるより、あきらが都と仲直りしてから、改めてふたりの仲を取り持った方が良いのでは?』
表示されたメッセージに目を通して――指が止まった。
ややあって――
『……考えさせてくれ』
『ごめん、そんな単純な話じゃないよね』
『いや、伊織の言うことはもっともだと思う。思うんだけど』
『私も何かいい方法ないか考えるね。都と孝弘君が仲良くなってからあきらを取り成してもらう方が良いかもしれないし』
『……ありがと』
『変なこと言ってゴメンね』
本日の作戦会議終了。
スマートフォンを充電器につないで天井を仰いだ。
スプリングの効いたベッドに寝転がって、独り言ちる。
「そう思うよな……でも……」
『あきらが都と仲直りしてから、改めてふたりの仲を取り持った方が良いのでは?』
目を閉じても、目蓋の裏に伊織の言葉が刻み込まれて消えてくれなかった。
規則正しい生活を心がけている晶にしては、珍しく寝苦しい夜だった。




