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第3話 TSシンデレラガール

本日も3話更新の予定です。

これが1話目。


結水(ゆうみ) あきら』こと『悠木 晶(ゆうきあきら)』は日本のグラビアアイドル兼女優である。

 今となっては知らない者などいないほどの知名度を誇ってはいるが、実際のデビューは昨年夏とかなり最近。

 年齢は16歳。身長は165センチで体重は秘密。公称スリーサイズは92-56-85のFカップ。出身地は不明。

 現在は都内の小規模芸能事務所である『フェニックスプロダクション』に所属している。


 初めての仕事は漫画雑誌『週刊チャレンジ』のグラビア。と言っても巻頭特集などではなく、プレゼントコーナーに小さく1枚掲載されただけ。

 程なくして事務所のホームページで『奇跡のTS女優』というキャッチフレーズで紹介されることとなったが……これがさっぱりウケなかった。

 そもそも女優に限らずTSを経験した芸能人というのは少なからず存在していたため、他者との差別化が図れなかった。

 ルックスもスタイルも抜群の類稀なる美少女ではあったものの、芸能界はそういう人材には事欠かない特殊な業界だ。

 ついでに言うと事務所のプッシュも弱かった。大手の事務所でなかったせいでもあっただろう。弱小事務所の無名女優に現実は厳しい。

 このあたりの事情については某ウィキペ〇ィアに軽く触れた程度では、なかなか情報が出てこない。知られざる過去という奴である。


 なお、ここで言うTS(後天性性転換)は古くから地球上のあらゆる生物にみられる生理現象である。

 読んで字のごとく対象の性別が反転してしまう現象で、発現率は約0.0001%程度と非常に低い。

 世界中の大半の人間はTSについての知識を持ってはいるものの、発現率の低さからあまり身近なものとは考えていない。

 まして我が身に降りかかるなどと考える者は極めて稀。それでも……対象は『あらゆる生物』であり人間もまた例外ではない。可能性はゼロではないのだ。

 この性転換現象には『男性→女性』あるいは『女性→男性』の両方のパターンが見られるが、蓄積された情報を精査したところ、割合としては前者が若干多い。

 一般的に流布されている学説によると原因は遺伝子の変異とされているが、詳細は不明。最近の研究では遺伝子は関係ないという話もある。

 人間の場合、発現するのは概ね年齢ひと桁の場合が大半であり、晶のように15歳――第二次性徴期以後のTS事例は非常に珍しい。


 男性としての機能が完成してからの性転換は身体に大きな負担をかける。

 15歳でTSした晶の場合、生存率は約10%と主治医から告げられた。TSした後で。

 ちなみに20歳以降のTS事例は存在するが、生存事例は存在しない。

 この確率を鑑みれば『奇跡』の呼称は決して大袈裟ではなかった。生き延びたことがすでに奇跡だったのだ。

 ただ……そんな奇跡は消費者であるユーザーにとっては、さして興味を惹くものではなかったという話。


 そんな鳴かず飛ばずのグラドルに訪れた唐突な転機は……とあるテレビドラマであった。

 紆余曲折を経て主演の座を射止めたそのタイトルを『鏡中の君』という。

 思春期に男性から女性へTSした少女を主役とした恋愛劇で、演技はともかく経歴が晶にピタリとハマった。

 原作はミリオンセラーの小説で、出演俳優は実力派の有名どころがずらりと並ぶ。

 一流のスタッフが結集し、大手のスポンサーもついて資金も潤沢。条件に非の打ちどころはない。

 付け加えるならば、晶のスケジュールは割とすっからかんだった。


 テレビ放映が始まると、無名の女優だった『結水 あきら』の注目度は一気に全国レベルに達した。

 まさにシンデレラのごとき快進撃で、芸能界に飛び込んだばかりの少女は一躍時の人となった。

 知名度が上がると仕事が増えた。ここぞとばかりに片っ端からオファーを受けた。晶としても事務所としても勝負所だった。

 大きな仕事も小さな仕事も常に全力全開100%で、文字どおり八面六臂の大活躍。

 週刊誌やらCMで晶の顔を見ない日はなく、公式サイトは連日とんでもないアクセス数を叩き出した。

 動画の再生数も半端なく、サーバーを落としたことも一度や二度ではない。


『めちゃくちゃ可愛い。同性から見てもドキッとさせられる』


『他のTS女優とはなんか違う。具体的にどこがとは言えないけど……』


『最初の頃は微妙だったけど、回を追うごとに演技も磨かれて行ってる。これは今後も楽しみな女優が出てきた』


『この子、グラビアではかなり大胆なんだよな。人気が出ても肌を隠さないのは好感度大』


『エロい。ルックスもスタイルも抜群だけど、何よりエロい。控えめに言って最の高。写真集と円盤はよ』


 肝心のドラマは――大きな反響を呼んだ。テレビ離れが叫ばれる近年では異例の高視聴率を叩き出し続けたまま、これといったトラブルもなく完走まで漕ぎつけた。

 最終的にドラマ『鏡中の君』は国内外においてTSに関わる意識を一変させるほどの社会現象を巻き起こす異例の大事に発展。ここ数年の芸能界の中でもナンバーワンの話題性を獲得するに至った。

 大成功の原動力となった晶は『TSシンデレラガール』と呼ばれ、芸能界歴僅か1年でトップ女優の仲間入りを果たした。スピード出世にも程がある。

 ドラマにかかわった全員が笑顔。最高の仕事を成しとげて、スタッフもファンも誰もが幸せになった。


 そして迎えたドラマ完結記念の全国生放送のスタジオで――晶は倒れた。


 フッと身体の力が抜けて意識が飛んだ、あるいはエネルギーを使い果たした。そんな倒れ方だった。

 ネタでなければドッキリでもない。祝いの席での凶事にスタジオは騒然。スタッフも共演者もショックを隠せなかった。

 放送を見ていたファンは阿鼻叫喚な状況で、ツイッターを始めとするSNSやまとめサイトはバズりにバズった。

 生放送だけに情報操作もままならなかった。昨今は情報端末の技術進歩によって個人が情報を発信する時代だ。ごまかしがきかない。

 あっという間に日本中どころか世界中に『悲報! TSシンデレラガール昏倒』のニュースが駆け巡った。


 誰もがやきもきしながら待たされる中、真偽の定かでない情報が錯綜。混乱が更なる混乱を呼んだ。

 当初は静観を決め込んでいた晶や事務所も、ドラマの撮影が原因云々などという根も葉もない噂で関係者に迷惑が掛かるところまで行ってしまうと、さすがに逃げるわけにもいかない。

 病院の検査で明らかになった様々なデータを公開しつつ、事態の鎮静化を図った。


『結水 あきら』の体調不良、その原因は――不明。


 東京の大学病院で精密検査を受けたものの、特に異常は発見されなかった。

 ただの疲労ではないかという楽観論も持ち上がったけれど、晶は健康管理には人一倍気を遣っていた。

 ……となると、他の可能性を考えざるを得ない。


 晶は他の人間とは異なる身体的問題を抱えている。TSだ。

 TSがらみのアレコレは、専門の知識を持った権威でなければ判断ができない。

 そして日本の中心である東京には、残念なことにそのような人物は存在しなかった。


 これまでの順風満帆なステップアップがウソのように、ここへ来て更に逆風が続いた。

 晶が実は『高校に通っていないどころか、そもそも進学すらしていない』という情報が暴露されたのである。

 こなしていた仕事は売れっ子女優としては『アリ』の範囲内だったが、『事務所が学校に行かせず過剰な労働を強いた』などと世論が沸騰。


 反論したかった。大恩ある事務所を辱める連中が許せなかった。

 でも、できなかった。当の事務所に、社長に止められた。

 無名の頃ならともかく全国区で名前が売れたこの状況では、軽々な判断は下せない。

 しかし、ここで活動自粛はいくらなんでも勿体ない。それは晶も事務所も共通の思いだった。


 晶を含む関係者一同が協議を重ねて下した結論は――芸能活動の縮小と高校への編入。TS関連の権威による経過観察。

 今が旬の女優としては少なからず打撃を受けた形になるが……事務所は晶を短期に使い潰すのではなく、長期的視点を持って育成する方針に舵を切った。

 こうして芸能界の最前線から後退を余儀なくされた『結水 あきら』は、一転して悲劇のヒロインとなった。


『オレはこの仕事が好きです。絶対にやめません』


 記者会見で堂々と言い切った『TSシンデレラガール』に対する世間の目は同情的であり、今後の動向は晶の心がけ次第といったところ。

 そして晶は羽佐間市にやってきた。何を隠そう地元だ。日本の、そして芸能界の中心である東京を離れて羽佐間市に戻ってきた理由は……色々。

 表向きの目的は、羽佐間市最多の病床数を誇る『遠野総合病院』による精密検査。ここは晶がTSした当初にかかっていた病院だった。

 奇しくも当病院の特別総合診断部部長にして晶の主治医であった『遠野とおの みやび』こそが、日本で有数のTS医療の権威のひとりなのだ。

 彼女の下で体調を管理しつつ、問題視されていた高校へも通う。編入先には雅の友人が教鞭をとる『県立佐倉坂高校』が選ばれた。

 万が一何らかのトラブルが発生した場合は、主治医である雅に即座に連絡がつくようにとの配慮である。このあたりには抜かりはない。

 生徒数の減少が叫ばれる昨今、学校側としても格好の宣伝材料となる『結水 あきら』の編入に否はなかった。担任教諭は後から事情を聞かされて頭を抱えることとなった……らしい。

 こうして晶の新生活が始まった。芸能界の大舞台への復帰に向けての足場固めの他にも晶個人としては考えていることはあるのだが……これは余人の知るところではない。



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