第37話 撮影終了!
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします!
ランチ休憩を挟んだのちも撮影は続く。
これまで晶が意図的に目を逸らしてきた羞恥心を受け入れての撮影は、戸惑いを覚えることも少なくなかった。
それでも出来上がってくる画像を見せられると、いずれも従来のものとは一線を画するクオリティであることは明白で。いい写真を見せられるとテンション上がる。
文句の言いようもないのだが……デビュー以来常に全力で取り組んできたと自負してきただけに、甘さを指摘されるようで恐縮することしきりである。
「晶って、これからもこの仕事を続けるつもり……なのよね?」
写真をチェックしていると、傍にやってきた都がそんなことを口にした。
どういうつもりだろう?
幼馴染の思惑を計りかねたが、答えはひとつ。無言で頷く。
「テレビに出て有名になって、色々お仕事も増えるのに、続けるのよね?」
やけにしつこく食い下がってくるものだから、若干の苛立ちを覚える。
そうは言っても、ネガティブな感情を生のまま表に出すことは憚られた。
本日の撮影現場には、カメラマンである各務原を始めとして世話になっているスタッフだっているのだ。
彼らとの仕事は楽しいし、気分を害することは避けたい。
無論のこと、都の機嫌を損ねることも本意ではない。難しいシチュエーションだった。
「……雑誌のグラビアとかで『ラスト水着』とか『グラビア卒業』とか書かれてるとさ、『裏切られた』とまでは思わないけど、残念な気持ちになることもあったからなぁ」
冗談めかして答えるが、別にウソはついていない。
グラビアアイドルとして名前を売って女優にステップアップ。
しかる後に露出を封印……というのはよくあるパターンだ。
ファンとしては表向きは応援しても、心のどこかに悔し涙を飲む思いはあった。
「オレが売れなくて苦しかった時に支えてくれたファンを裏切りたくないってゆーか、必要とされなくなるまでグラビアは続けるつもり」
「……アンタがそれでいいんなら、まぁ……」
「『それでいい』じゃなくて『それがいい』な」
そこのところ、間違えないように。
念を押したら、都はむすっと押し黙ってしまった。
この回答はあまりよろしくなかったらしい。
「さ、続けようか」
「は~い」
都のことは気にならなくはないものの、目の前の仕事を放り出すわけにもいかない。
内心の動揺を押し殺しつつも、晶は気持ちを切り替えて表情を作った。
★
キッチン、洗面所、浴室などなど……
さすがにトイレはスルーされたものの、撮影は余すところなく場所を移して行われた。
晶は何度となく水着を着替えて、その肢体をカメラに――カメラの向こうで待っている未来のファンに晒し続けた。
実際のところ、ず~っと撮影オンリーだったわけではない。
各務原は晶の前でカメラを構える一方で、パソコンとにらめっこする時間も少なくなかった。
『週チャレ』の編集氏は担当している漫画家と密に連絡を取り合っている。暦の上では休日なのに漫画家も編集も大変だ。
マネージャーは今後のスケジュールを詰めるために晶と事務所、各務原や編集氏と詳細なミーティング。
スタイリストとヘアメイクは特に何もしていない……わけではない。
ほんの少しでも晶の外見に乱れが生じたら、すぐさまこれを修正してくれる。
傍から見ると地味かもしれないが、彼女たちの仕事なくして今回の撮影は成り立たない。
そうやって大人たちに交じっているうちに、孝弘や都や伊織への対応が疎かになっていることには気づいていた。
……だからと言ってどうすることもできなかったというのが現実だ。
――やっぱ嫌がってるよなぁ、都……
笑顔の裏で煩悶する。
もともと女性受けする仕事だとは思っていない。
しかも晶がよく知る『仲村 都』という人物は潔癖症とまでは言わないものの、この手の話題に対して到底好意的ではない。
中学生時代に学校で孝弘と漫画雑誌の巻頭を飾っているグラビアアイドルを品評していたときのことが、ふいに思い出された。
ふたりして熱心に語り合っていたところに横合いから伸びた都の手。彼女に奪われた雑誌は、有無を言わせず焼却炉に放り込まれて灰となった。
友人たちとの会話の中でも芸能界に関する話題にはあまり加わっていなかったと記憶している。
あれから数年が経過したとはいえ、彼女の本質的な部分にそれほどの変化はないだろう。
『都に嫌われたくない。できれば以前のように仲良くしたい』
『グラビアアイドルの仕事は好きだ。都にも受け入れてもらいたい』
ふたつの願いは根本的な部分で矛盾しているように思える。
『二兎を追う者は一兎も得ず』の格言どおり、どちらかを切り捨てるべきなのだろうか。
結論を下すことができない。しかし、時間が解決してくれる問題とも思えない。
チラリと視線を送ったその先では、すっかり口を閉ざしてしまった都が立っていた。
頬を僅かに膨らませた彼女の瞳は――じっと晶に向けられている。先ほどから、ずっと。
★
夏の太陽は自己主張が激しすぎる。
容赦なく照り付けて地上に住まう人間たちを虐げるだけでも可愛げがないのに。朝も早よから夕方遅くまで勤勉すぎて困る。
付け加えるならば……置き土産まで執拗だ。夜が訪れたからと言って、さほど涼しくなるわけではない。
現段階でも十分に『これぞ夏ッ!』という気候だが、まだ7月だ。太陽は全力を出してはいない。これからもっと暑くなる。
そんな小憎らしい太陽がどうにかこうにか地平の彼方に沈むころ、ようやくマンションの一室で行われていた『結水 あきら』の撮影は終わりを迎えていた。
夕焼けに赤く染まった部屋で物憂げに太陽を見つめる(心の底では『さっさと失せろ!』と思っていたが)ワンシーン。
誰もが見惚れるその姿をカメラに収めた各務原は、本日の撮影の終了を告げた。
「お疲れ様でした!」
スタッフ一同笑顔で挨拶。
もちろん晶も笑顔笑顔。今日はいろいろ気づきもあっていい仕事ができた。満足満足。
そして――そのままベッドに倒れ伏した。
「晶!?」
黙って見守っていた孝弘が駆け寄ってくる。
その姿をありがたく思いつつも、晶はこれを手で制した。
「変な声出すなよ」
「いや、しかしだな……」
「一日中撮影やってたんだから、そりゃ疲れるって」
「……そういうものなのか?」
「そういうもんなの。じーっとしてるように見えるけど、これめっちゃしんどいから」
グラビアデビューするまでは、晶も孝弘と同じようなことを考えていた。
『ただ写真を撮られるだけでお金がもらえるとか楽勝では?』と言った風に。
無論そんな甘い話はなかった。日々の生活からして節制がデフォルトという時点でしんどい。
さらに本番では『きれい』『かわいい』『セクシー』などといった表現を常に求められる。
身体をコントロールし、維持し続ける。そのために消費するエネルギーは心身ともにバカにならない。
「デビュー翌日は筋肉痛だったな」
「普段使わない筋肉使うしね」
「つ~か、あんな不自然なポーズ日常じゃありえませんしね」
見栄えのする格好というのは、どこか非現実的。
非現実的な肉体表現が身体にかける負担は大きい。
さすがに筋肉痛で明日学校を休むなどということにはならないはず。
デビューして1年と少々が過ぎた。素人レベルは脱している……と自分では思っている。
実際に周りからどのように見られているかと問われると、少々自信がないというのが実情ではある。
何はともあれ――
「孝弘、悪いけど都と伊織を送ってやって」
「それは構わんが……本当に大丈夫なのか?」
心配を隠そうともしない孝弘に、ことさらに笑顔を作ってみせる。
長年付き添ってきた幼馴染はわざとらしく眼鏡の位置を直しながら目を逸らせた。
美少女としてレベルアップした笑顔の効果は抜群だ!
――う~ん、チョロい。でも、ありがたい。
そんな本音はおくびにも出さない。
窓の外では日が沈み、急速に夜の闇が忍び寄っている。
昨今の高校生からしてみれば、この程度の時間でどうこう文句を付けられることはない。
だからと言って自分のせいでここまで待たせておいて、何もしないわけにもいかない。
こういう時に頼りになるのが『高坂 孝弘』という男だ。晶はよ~く知っている。
……面倒事を押し付けることに罪悪感がなくもない。
「平気平気。大体、まだ仕事終わってないしな」
撮影が終わっても、それで晶の仕事が終わるわけではない。
大量の写真チェック、今後のスケジュールの調整などなど。
特にスケジュールに関しては、今回もミスをやらかして孝弘たちにも迷惑をかけている。
東京を離れた羽佐間市にわざわざマネージャーが足を運んでくれたのだから、しっかり話し合っておきたいところだ。
体力的な面を抜きにしても、とてもではないが晶はここから動けない。
「わかった。ふたりのことは任せておけ」
「散々助けてもらっといて悪いな」
「……そんなことは気にしなくていい」
「そうそう。プロの仕事が見れてむしろラッキー、みたいな?」
「……」
孝弘と伊織の言葉に嘘はないと思う。
そして無言を貫く都の心境にも偽りはないだろう。
昨日と今日で自分たちの関係性はどのように変化したのだろう。
疲れ果てた頭で考えては見たものの、あまりポジティブな結果にたどり着くことはできそうになかった。
――上手くはいかねぇな……
1歩進んで3歩後退したような徒労感を覚える。疲労困憊した心身に更なる追撃を受けてかなり凹む。
特に……都が最後に見せた表情。クールを装っていたが、一皮むけば……軽くホラーだ。震えが走る。
想像するだけで恐怖で心がどうにかなりそうになる。今後の関係を鑑みれば、想像しないわけにもいかないのだが……
ベッドに寝っ転がりながら、だらしなく孝弘たちを送り出した晶は、人知れずそっとため息をついた。
次回、第3章最終話!




