第34話 『結水 あきら』の軌跡 その1
『TSシンデレラガール』こと『結水 あきら』の復帰大特集となる波乱のグラビア撮影もひと段落。
用意しておいた軽食で小腹を満たしつつ談笑していたら、話の流れがどうにもおかしい。
気が付いたら……みなの興味は晶の過去バナに向けられていた。
孝弘と都は、この街を出てからの晶を知らない。
各務原を始めとするスタッフは、この街を出るまでの晶を知らない。
そして伊織は、どちらも知らない。
狭い部屋、集まる視線。
この話題を逃れることは難しそうだ。
――つってもなぁ……
嘆息する晶だったが、さすがにこの街でやらかしたこと――孝弘に性交を迫った一件は語る気がしない。
それは晶ひとりの問題ではないから。事前に孝弘とコンセンサスが取れているならともかく、この状況ではそれも難しい。ゆえに却下。
少し考えてから……『TSにまつわるいざこざで家族仲が険悪になり、地元にいられなくなった』とだけ告げた。
この程度の話はこれまでもインタビュー等で応えている。よって新情報と呼べるものはない。
多少なりとも晶に詳しい人間なら誰だって知っているレベルだ。そこから先のアンタッチャブル領域を維持する体勢に変わりはない。
「そんで、この街を出てから……」
ホッと胸を撫で下ろしながらも興味津々な眼差しを向けてくる孝弘と都に苦笑。
晶はそっと目を閉じて、ここ1年ほどの記憶を遡っていった。
★
「な~んも当てはなかったなぁ」
昨年の『あの日』のこと。
孝弘が都の後を追ってひとり残された晶は、衝動的に家を飛び出した(この辺は家族と揉めたことにして誤魔化した)。
とりあえずこの街にはいられないと思い、握りしめた財布を頼りに駅へ向かった。
少しでも羽佐間市から遠ざかりたかった。自分のことを知る者がいない場所に行きたかった。
最終的に東京に訪れたのは――ただの偶然。あえてこじつけるほどの理由はなかった。
「東京って、マジ半端ないのな」
初めて足を踏み入れた日本の首都には驚かされたものだ。
テレビの中だけの世界だった東京は――当時15歳の晶にとってはあまりに大きくて、あまりにも人が多すぎた。
何をすればいいのかわからない。誰を頼ればいいのかわからない。どこに行けばよいのかわからない。いつまでここに居られるのかわからない。
まさしく五里霧中。『東京砂漠』などという表現は過剰装飾だと思っていたが、そうでもなかった。圧倒的な孤独感に苛まれ、不安に押し潰されそうになった。
手持ちの資金はあっという間に底をつき、ちょっといかがわしげな(深夜時間帯にも拘らず、どう見ても未成年な晶の年齢を問うこともないような)ネットカフェに泊まることもままならない。
『これからどうすればいいんだろう?』
二進も三進もいかなくなって呆然と人混みを眺めていた晶に、声をかける者は後を絶たなかった。
なにしろTSした晶は控えめに言っても絶世の美少女だ。顔立ちもスタイルも抜群。しかもどう見ても訳アリ。
胡散臭い男どもが呼んでもいないのに集まってくる。煩わしげに彼らを跳ねのけていた晶だったが……このあたりで自分が置かれている状況を否応なく理解させられた。
中学生までの――男だった頃の晶なら力任せに振り払うことができていた手を、払いのけることができなくなっていた。TSして女子になった時点で身体能力が大幅に低下していた。
病院でのリハビリ中にも何度となく雅に注意されていたけれど、なんやかんやあって地元を飛び出してしまったせいか意識が疎かになっていた。
次第に男たちから逃げ回るようになった。晶が逃げれば男たちは追う。土地勘がない分、圧倒的なまでに不利だった。捕まったらどうなるのか、漠然とした恐怖が脳裏によぎる。
……そんな日々に疲れたTS美少女に、明らかに他とは違う声をかけた者がいた。
★
「それが事務所の社長……『フェニックスプロダクション』の社長だったってわけ」
「怪しいとは思わなかったのか?」
孝弘の疑問に都も伊織も頷いた。
逆にスタッフ陣は苦笑い。
何がおかしいのかわかってない高校生組はきょろきょろと視線を彷徨わせている。
「社長は女の人だぜ」
「いや、そうは言ってもだな……」
「それに有名人だし」
「有名人? 元女優とは聞いていたが……それほどか?」
芸能界に詳しくない孝弘は眉を顰めている。
察するところがあったようで、マネージャーが助け舟を出してくれた。
「当社の社長は……その、口幅ったいことを言うようですが、それなりに名の知れた方と自負しております」
「あきら、その人を知ってたの?」
「まぁな」
「アンタだって芸能界なんてほとんど興味なかったじゃないの?」
都の鋭い指摘。
彼女の言葉どおり、かつての晶は芸能界のことなんて全く意識していなかった。
そっち系のテレビ番組なんて全然見ていなかったことを、幼馴染である都は知っている。
「……お袋が見てたドラマの再放送」
「……」
ボソリと呟くと都は押し黙った。
晶にとって家族の話はタブーだ。
中でも母親の話題はその最たるもの。
「まぁ、世の中どこで繋がってるかわかんねーってことだ」
ことさらなんでもない風を装って晶は話を続けた。
★
『地元にいられなくなって上京してきた』
『どうにかして東京で暮らしていきたいけど、どうすればいいかわからない』
そう口にした晶は――ほとんど無理やり事務所に連れてこられた。
『好きなだけここに居な』
部屋は余っているから。
のちに上司となる年配の女性(往年の大女優)は、そんなことを言う。
もちろん馬鹿正直にこんな都合のいい話を真に受けることはできなかった。
彼女を信じられなかったというわけではない。
晶ほどの芸能界オンチであっても顔と名前を知っているくらいの有名人が、ただの家出少女を誑かすメリットはない。
どうして自分をそこまで厚遇してくれるのか、その意図がわからなかったからだ。
『大したことじゃないよ……昔の自分を思い出したのさ』
社長はそう笑った。酸いも甘いも噛み分けた、人生を感じさせる笑みだった。
結論から言えば、晶は彼女の申し出を受けた。金がなく、行くあてもない。
今後どうするか考えるにしても、身体を落ち着ける場所が必要だった。
ちなみにこの段階で、晶はまだ彼女が芸能事務所の社長だとは知らなかった。
無論、連れ込まれたビルが事務所であることにも気づいていなかった。
こうして一時的な拠点を手に入れた晶は、疲労と緊張からぶっ倒れた。
次に目を覚ました時には、ビルには晶と女性以外にも大勢の人がいた。
『なんか様子がおかしい』
いっぱいいっぱい過ぎて周りが見えてなさすぎた晶も、ようやくここで自分を拾った女性の素性を知ることとなった。
なし崩し的に芸能事務所『フェニックスプロダクション』に居候することになった晶だが、さすがに何もしないというのは居心地が悪かった。
『置いてもらってるんだから何でもします』
などと口にしてみれば、
『その恰好で『何でもする』なんて軽々しく口にするんじゃないよ』
と逆に説教される有様。
せめて自分にできることを……と気張ってみたはいいけれど、世間知らずの家出少女に出来ることなどほとんどなかった。
炊事洗濯掃除……動画を見ながらアレコレ手を伸ばして見たものの、仮にも社屋を抱える事務所だけあって、そういう仕事を専門とする人間をちゃんと雇っている。
ド素人の晶が出る幕などなかった。何故か小難しい顔をしている男性社員には感謝された。現在のマネージャーである。
何も手伝えることがなく、ただ漫然と過ぎゆく日々に耐えられなくなった。
自分で考えるだけではどうにもならないと、ついに社長に直談判。
『そうだねぇ……ウチは芸能事務所だから、一番欲しいのは有用な人材だね』
アンタ何ができる?
そう問われて困った。TSして以来、自分にできることなんて考えたこともなかったのだ。
しかもここは芸能事務所で目の前にいるのはその社長。ひと口に『できること』と言っても、求められているのは芸能関係だろうということぐらいは推察できる。
晶がイメージしていた芸能人と言えば……歌ったり踊ったり(アイドル)、軽妙なトークで場を沸かせたり(タレント?)、あるいはドラマに出演したり(俳優)といったところだったが、
『すんません、オレ、何にもできません』
素直に項垂れた晶に、社長は眉を顰めた。
形のいい顎を撫でつつ沈思黙考。頭のてっぺんから足のつま先まで晶をじっと観察して、
『見た目は文句ないんだがねぇ……』
焦燥に駆られていた晶の耳は、その小さな呟きをしっかり捉えた。
『見た目だけで何とかなる仕事ってありませんか?』
『あるわけないだろ、このおバカ!』
脊髄反射気味な質問への回答はデコピンと叱責。
速攻だった。
『ええ~』
『アンタ、この業界舐めてるだろ?』
『そ、そんなことない……と思うんですけど』
口では否定しながらも、内心では『何とかなるんじゃね?』ぐらいには考えていた。
その甘い思惑をズバリと指摘されて思わず胸を抑えた。冷や汗がこめかみあたりからダラダラ、心臓はドキドキと鼓動を打っていた。
『とは言え、海のものとも山のものとも知れない今のアンタにとっての最大の武器がルックスであることは確かなわけで……そうだねぇ』
家出少女の戯言を真剣に受け止めてくれる。
いい人に出会えた。今でも心の底から社長には感謝している。
『う~ん、モデル……いや、この身体ならグラドルか』
『グラドルってグラビアアイドルですか? や、やります。やらせてください!』
差し伸べられた手を咄嗟に握った。
機会を逃したくなかったというのは間違いではないが『余計なことを考えたら一歩も前に勧めなくなるのでは?』という強迫観念もあった。
……こうして思い返してみると、勇気と無謀をはき違えた蛮勇という気がしないでもない。
『まぁ、やるだけやってみるかい』
『はい!』
即答した。これが今をときめくグラビアアイドル『結水 あきら』誕生の瞬間であった。
ワイドショーやファンが大喜びしそうなドラマなんて、どこにもなかった。




