第26話 これは、オレの部屋だ
第2章最終話です。
ちょっと長め。
「なぁ、晶……」
「……なんだよ」
「本当にやるのか?」
「今さらだな」
ショッピングモールを後にした一行は今、晶の部屋に場所を移していた。
所属している芸能事務所が借りてくれたマンションの5階、その一室。
室内に通された孝弘たちは、目の前に広がる光景に絶句している。
「あきらのツイッター、あんなにリア充っぽかったのに……」
呟く伊織の声は、やけに悲痛だった。
対して都はいつもと変わらない冷静な表情のまま。
晶の部屋は――まだ全然引っ越しの後片付けが終わっていなかった。
★
「撮影って、お前の部屋でやるのか?」
いきなり(?)飛び込んできたマネージャーからのメッセージ。
内容は明日の仕事の準備ができているかという確認だった。
晶は完全に日程を勘違いしていたので、これはマネージャーグッジョブと言わざるを得ない。
そして明日の仕事とは――グラビア撮影である。孝弘の問いに晶は無言で頷いた。
「普通はスタジオを借りてやるものなんじゃないの?」
「今回はそういうコンセプトなの。『『結水 あきら』のプライベートを激写!』って感じで」
「だからって自分の部屋を公開するのってどうなのよ……」
都と伊織から向けられる視線がキツイ。
そっと目を逸らしつつ応える晶の声も、どうにも自信のないものにならざるを得ない。
提案されたときから『はっちゃけ過ぎでは?』と脳裏に掠めていたのは秘密。
「何から何まで見せるわけじゃないし、別にいいじゃん」
「ダメとは言ってないけど……」
日頃の撮影では伊織の言葉どおりスタジオを借りることが多い。
出版社によってはホテルを借りたりすることもあるし、遠隔地へロケに行くこともある。
今回はそういう仕事ではないということだ。たまたま。
「出版業界も結構厳しいらしくてさ。予算がなかなかつかないって」
「それで自宅?」
「そういうこと」
「まぁ、確かに需要はあるだろうが……」
美少女グラドルの自宅拝見。低予算で仕掛けるネタとしては十分だろう。
女性陣は不満を隠そうともしない。
孝弘は企画そのものには納得しているとは言え、あまりいい顔はしていない。
「で、俺たちは何をすればいいんだ?」
渋々ながらも話の先を促してくる孝弘に、しかし晶は言葉を詰まらせた。
「晶?」
強めの口調で名前を呼ばれ、覚悟を決めて口を開く。
「……実は、引っ越しの後片付けが終わってなくてさ」
「お前……」
「いや、あと一週間あればどうにかなるはずだったんだよ」
だんだん言い訳めいてきて……否、言い訳そのものだった。
「スケジュール管理をミスった付けが回ってきた、と」
「そういうこと」
「『そういうこと』じゃないだろ、このアホ!」
「あ、アホとは何だアホとは!?」
「ごめんあきら、これはちょっとフォローできないよ」
伊織にまで匙を投げられてしまって項垂れてしまう。
「要するに……今日中に部屋を何とか見られるようにしてほしいと、そういう話なわけね」
「そう。さすが都わかってる!」
「口論するのも馬鹿馬鹿しいってだけ」
さっさと行くわよ。
そう言い置いてさっさとモールを後にする都。
幼馴染の背中は頼もしくもあり、意外でもあった。
「……って、手伝ってくれるのか?」
「単に放っておけないだけ。勘違いしないで」
思いっきり白い目を向けられはしたものの、見捨てられなかったことに一筋の希望の光を見た気がした。
そして――
★
「……それで、私たちはどうすればいいわけ?」
冷たい冷たい都の声。聞くだけで氷山が擦れ合う絵が脳裏に浮かぶ。
引き受けたはいいものの、まさかここまで酷いとは思っていなかったのだろう。
ツイッターでアップしていた『結水 あきら』のリア充的生活が、実はかなりギリギリ劇場だったとは想像していなかった模様。
撮影されていなかった部分は、引っ越して以来ほとんど手付かずのまま。未開封の段ボール箱が詰み上がった光景に3人とも唖然としている。
「えっと、実に言いにくいんだけど……」
「時間がないからさっさと言いなさい」
「それがさぁ……撮影前日って結構しっかり眠らないといけなくってさ」
睡眠時間が足りないとメイクのノリが悪い。肌の艶も酷いものになる。写真に露骨に反映されてしまうのでいずれもNGである。
今日は朝食を抜いているので、夜はそれなりに食べないと栄養面でもよろしくない。
撮影前日には何も食べないという同業者の話も聞いたことがあるけれど、晶は基本的にしっかり食べてしっかり眠るタイプ。
今から近所のスーパーに行って夕食を作って、風呂に入って寝る。結構タイトなスケジュールだ。
「寝るって……どれくらい?」
「大体7~8時間くらい。朝日をバックに撮るって話だから朝が結構早い」
今は夏で日の出は早い。その分だけ撮影スタッフの現地入りも早くなる。
彼らを受け入れる体制を整える準備も必要だ。まぁ、そこまで気を遣う必要はないだろうが。
さらにメイクやスタイリストたちプロの手によって身だしなみを整えてもらう時間を考えると……
「逆算すると、大体8時くらいには寝ないといけない感じ?」
「……それで?」
「オレは寝るから、あとはうまくやっといてくれると嬉しいな?」
「……」
自分で口にしておいて、『いくらなんでも厚かましすぎるだろう』と心の中でツッコミを入れざるを得ない。
残念過ぎる部屋をどうにか見られる程度のレベルにまで引き上げるには、深夜までかかるはずだ。徹夜になるかもしれない。
『晶っぽい部屋』などと言う曖昧なオーダーもどうかと思う。
さらにさらに、厚意に甘えてみんなを働かせている間、諸悪の根源である晶はぐ~すか眠るというのだ。
これは愛想をつかされても文句は言えない。
「夜の8時って、アンタそんな時間に寝られるの?」
しかし都の口から出たのは全然別方向からの心配だった。
断られることを覚悟していた晶は、思わず目をしばたたかせた。
「寝るだけなら……一応」
寝ようと思えばいつでもどこでも寝られるし、ごく短時間でも割とぐっすり行ける。
人気が急上昇して仕事を詰めまくっていた頃に習得したスキルだ。
「私と孝弘のふたりだと……間に合うかどうか厳しいわね」
部屋を見回しながら都が呟く。
ベッドやクローゼットを始めとした最低限の生活要素や壁紙はともかく、細かいところがすっからかんの部屋。
晶がいないままに『晶らしい部屋』を作り上げることを考えると、どうにも時間が足りない。
更に人手がふたりしかいないとなると……
「あ、私も手伝う」
「えっ!?」
声を挙げた伊織に、都は首をかしげた。
単純に人手が増えるのはありがたい。
でも、伊織には晶を手助けする理由がない様に思える。
夜遅くまで……どころか泊りがけの大仕事になる。
いくら友人だからと言って、そこまで甘えてよいものか判断に迷う。
……それを言うなら都自身にも晶を助ける義理なんてないのだが、本人は気づいていない。
「伊織も? この馬鹿に無理して付き合わなくてもいいって」
「友達が困ってるのに私だけ帰れないし。それに……」
「それに?」
「去年の秋ごろ、都は私を助けてくれたでしょ? だから今度は私が助ける番」
「伊織、お前いい奴だなぁ……」
都と伊織がいかにして交友を得るに至ったのか、晶は詳しく知らない。
しかし今の話を聞いていれば想像はつく。
気難しいところはあるものの、困っている人間がいたら放っておけない。
それが『仲村 都』という女だ。感動で目頭が熱くなった。
「もちろんお礼は期待してもいいよね、あきら?」
「あ、はい」
それはもちろん。ご期待ください。
平身低頭する晶だった。
――まぁ、さすがにな。都と伊織の友情と、オレが助けてもらうのは別の話だよな……
★
「料理なんて別にしなくてもよくない?」
3人が部屋をアレコレしている間、晶はせっせと台所に向かっていた。
都の指示のもと、まずは晶の部屋を整えるようだ。
予定では晶は8時には眠ることになるので、タイムリミットを考慮してそちらを優先することにしたらしい。
ちなみに台所回りはすでに整えられているので、助けは必要ない。
「いや、飯ぐらい作るし」
「いざとなったら適当にピザでも頼むか、近所のコンビニでいいと思うんだけど」
「いいんだよ。どうせ明日の分もまとめてやるから」
「……明日?」
「そ」
訝しがる都だったが、あえてそれ以上は追及してこなかった。
余計なことを考えている暇がなかったとも言う。
「それに、せっかくウチに来てくれたみんなを持て成さないってのも気が引ける」
初めて部屋に招いた友人に料理を振る舞いたい。
これは胸中に自然と湧いた感情だ。
「こんな仕事を押し付けることに気が引けて頂戴」
「……ごもっともで」
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「晶の料理が美味しくてショックだわ」
「美人でスタイルよくて料理が得意とか出来過ぎじゃない?」
手早く仕上げた料理は女子ふたりには好評だったが、何やら大きな衝撃を与えてしまったようだ。
一方で育ち盛りの食べ盛りである孝弘は物足りなさげな顔をしていた。
男が食べるものと言う視点が抜けていたと気が付かされたが、時すでに遅し。
「まぁ、後でどうにかする」
腹を抑えながらそう呟いた幼馴染に対して申し訳なさが込み上げてくる。
「そう言えば……さっき孝弘が悲鳴上げてたの、あれ何だったんだ?」
夕飯を用意している間に大きな声が聞こえた。
びっくりして手に持っていた包丁を取り落としかけて、結構ヤバかったのだ。
普段寝起きしている自室でいったい何があったのか……物凄く気になる。
ひょっとしてG……
「ああ。ダンボール開けたらアンタの水着が出てきてビックリしたってだけ」
「あきらって水着たくさん持ってるよね。今日も買ってたし」
「勝手に見たのは悪かったと思ってるが……あれは多すぎないか?」
四方八方から飛んでくる言葉に軽くため息。
「昼間も話したとおりだよ。ファンに同じの着てると思われたくないし……あと、クライアントが用意してくれたのは買い取ってるしな」
「そうなの? なんで?」
「何でって……別に信用してないわけじゃないんだが、自分が身につけた水着が人手に渡るのはなぁ」
「それは確かに嫌だね」
「だろ?」
普通の古着と違って売るというわけにもいかない。
昨年と今年で体型はあまり変わっていないので、捨てるというのももったいない。
必然的に貯まるというわけだ。
「そういうデリカシーはあるのね」
「都……その言い方酷くない?」
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そして――風呂。
どれだけ忙しかろうと時間がなかろうと、風呂には毎日しっかり入る。
細かいところは明日プロに任せるとして、日々のメンテナンスは欠かせない。
そうでなくとも今日は朝から病院に行ってショッピングモールを回ってと忙しかった。
丁寧に洗った身体を湯船でしっかりマッサージ。ほっこり暖まったところで浴室を出ると――
「ちょっと晶、何その恰好!?」
リビングに戻ってくるなり、目を吊り上げた都に怒鳴られた。
彼女たちがここに居るということは……この短時間のうちに晶の部屋は仕上げてくれたらしい。
さすができる幼馴染だ。生徒会の副会長に抜擢されるだけのことはある。
それはそれとして、自分の姿を見下ろしてみると――バスタオルを巻いただけ。
居間にいたのは都と伊織、そして孝弘。
「あ」
「す、すまん……見る気はなかった」
「いや、これは油断したオレが悪かった。マジで」
「あとはやっとくから、アンタはさっさと部屋に引っ込んで寝なさい! このバカ!」
キツイ都の小言に押し出されて部屋に戻る。
ドアを閉めて部屋を見回して、驚いた。
「おお……これは、オレの部屋だ」
自分の言葉に自分で違和感を覚える。
晶の眼前に広がっているのは確かに『晶っぽい部屋』だった。
しかも以前の悠木家で与えられていた自室とは随所で異なっている。
これは――今の、女になった『悠木 晶』が住む部屋だ。しっかりとチューニングされている。
喧嘩しても、距離を感じていても、都も孝弘もちゃんと自分のことをわかってくれている。
胸の奥が暖かいもので満たされて、目頭が熱くなった。
彼らの思いやりをそこかしこから感じられる部屋を見渡しつつ、ベッドに倒れ込んで目蓋を閉じた。
「ふぁ~~~~~~~」
人には見せられない大あくび。
色々あって今日は疲れた。冗談抜きで疲れた。
夏の暑さにも体力を奪われて、もうクタクタだ。
――後は、アイツらに任せよう……
都合の良すぎる話だが、あの3人なら信じられる。
その確信を得てストレスが緩和され、一気に眠気が襲ってくる。
難しいことを考える余裕も、ツイッターを更新する余裕もない。
遠くにバタバタと忙しない音を聞きながら、晶の意識は闇に融けていった。
これにて『TSシンデレラガールの凱旋』第2章終了です。話は全然終わってませんが。
続く第3章については……一応執筆はしているのですが、まだお見せできる段階ではありません。
しばらくお休みを頂いて手直しをしてから掲載する予定です。
お待ちいただけますよう、よろしくお願いいたします。
厚かましい話ではありますが、応援いただけますとありがたく思います。
感想・ブクマ・ポイント等いただけますと作者のやる気が盛り盛り湧いてきます。
こちらの方もご検討いただきますよう、併せてお願いいたします。




