第25話 オトナぶって説教垂れておきながら
小物は買った。
本も買った。
水着も買った。
欲しいものはあらかた手に入ったので満足満足。
ニコニコ上機嫌だった晶たちは、今、まさに面倒事に巻き込まれている。
荷物持ちだった孝弘がトイレに行ってしまって身動きが取れない。これは仕方がない。
壁際に寄り掛かっていた晶たちの周りには買い過ぎた品物が所狭しと並べられている。
孝弘が戻ってこないと迂闊に動けない状態だ。そんな女子3人の前に――
「ねぇねぇ彼女、俺たちと遊びに行かない?」
「君らレベル高いね。これからカラオケでもどう?」
などと言い寄ってくる男がふたり。
年齢は晶たちより少し上、大学生だろうか。
顔の造りは悪くない。体つきも背が高めで均整がとれている。
身に纏っている衣服も、色々研究していることが見て取れる。
似合っているかと問われれば『YES』と答える者が多かろう。
そして――そういう自分たちに自信を持っている様子も窺える。
「ごめんなさい。私たち、連れがいるので……」
丁寧に頭を下げる伊織に対し、相手はまったく聞き訳がない。
「そんなこと言わずにさぁ」
「君らみたいなかわいい子を待たせる奴とか論外でしょ」
男たちは調子に乗って捲し立ててくる。
やんわりとした断り方が良くないのだろうか。
それとも、拒否されていることに気付いていないのだろうか。
いずれにせよ食い下がるのは逆効果だろうと晶は呆れた。
壁にもたれかかって溜息をついていると、男のひとりが近づいてきて勢いよく壁に手をついた。
『壁ドン』的な体勢だが……男を見てもまるでときめかない。むしろウザい。
「ね、いいだろ?」
「……一応聞いておくけど、断られてるってわかってる?」
眼鏡の奥からねめあげる。口調は女子モード。
いつもの男子モードと外見を合わせると、正体がバレてしまうかもしれないから。
ごく普通のファンが相手なら笑顔のひとつもプレゼントするところだが、この手の連中が相手だと付け上がらせるだけだ。
スマイルは無料だが、誰それ構わず配っているものではない。
「またまた、照れてるだけでしょ?」
「それ、本気で言ってる?」
――めんどくせぇ。
何でこういう男たちは無駄に自信過剰なのだろう?
元男である晶を以てしてもさっぱり理解できない。
たまたま同じ言語を使用しているだけの別種族のような感覚を味合わされている。
横目で都の様子を窺うと……案の定、拳をプルプルと震わせていた。
彼女はよく言えば正義感が強く、悪く言えば喧嘩っ早い。
この手の軽薄な輩との相性は概ね最悪と言って差支えない。
「いい加減に……」
「申し訳ない。俺の連れに何か用か?」
「……やっと戻ってきたか」
キレかけていた都の声に遠間から孝弘の声が重なった。
「なんだぁ、てめ……え?」
邪魔された男たちは振り返って、後ずさった。
孝弘は眼鏡をかけた細身の男だ。
しかし180センチを超えている身体は、決して華奢というわけではない
色白ではあるが細身の肉体は鍛え上げられており、冷徹な眼光と合わさって間近に寄れば相当な迫力がある。
オンボロ部室棟の奥に引っ込んでいる文学青年(仮)と言われても、初見で信じる者はいない。
見た目に劣らず体力も腕力も相応なレベルに達しており、つまり――並みのナンパ男では相手にならない。
「連れが何か失礼なことでも?」
口調は丁寧だが威圧感が半端ない。言葉の端々に怒りの感情が見受けられる。鋭い目つきにはひとかけらの甘さも優しさもない。100%の敵意。
以前はここまでではなかったように思うのだが……TSして、1年以上離れていたせいだろうか。
伊織が孝弘との距離感を計りかねていた理由がわかる気がした。これはキツイ。
「い、いや、何でもない」
「チッ」
ふたりのナンパ男はほうほうの体で立ち去っていった。
男たちの姿が見えなくなるまで背中を眼で追っていた孝弘は、彼らが完全に視界から消えてなくなったのを確認してから、大きく息を吐き出して頭を下げてきた。
先ほどまでのプレッシャーは影も形も見当たらない。
「すまん、目を離した隙に面倒事になってしまった」
「気にすんな。油断してたオレらも悪い」
「うんうん、高坂君のお蔭で何もなかったし」
「……とりあえず、礼は言っておくわ」
不機嫌を隠そうともしない都だったが、イライラをぶつける先として孝弘を選ぶことはなかった。
彼女の苛立ちはあくまでウザいナンパ男たちに対するものであって、場を収めてくれた幼馴染に対するものではない。
現在は微妙な関係にあるとは言え、『仲村 都』は分別をきちんとつけられる人間である。
「ま、あの連中の気持ちもわからんでもないが」
そんなことをポロリと孝弘が零した。
晶は頷いたが、他の女子ふたりは露骨に眉をしかめる。
「それ、どういう意味? 私たちが遊びたがってるように見えるわけ?」
「そうじゃない。容姿に優れた女子だけで集まっていたわけで、男なら……」
「何それ、孝弘、アンタあんな奴らの肩を持つの?」
「いや、だから……晶、お前からも何とか言ってやってくれ」
都からの追及に堪らず晶に助けを求めてくる孝弘。
さっきの迫力はどこへやら、一転して情けなさが込み上げてくる。
残念な気持ちは胸の奥にしまって助け舟を出すことにする。
「つまり……都は可愛いんだから、ちっとは警戒しろってこと」
「それだけで付き纏われたらかなわないのよ!」
――可愛いは否定しないのな。
反駁してくる都を抑えながら伊織に目を向けると、彼女は静かに首を横に振った。
どうやら、これまでも何度かこういうことがあったようだ。
今までよく無事に切り抜けてこられたものだと、いっそ感心させられる。
中学校時代はふたりでガードしていたものだが……晶がTSして姿を消し、孝弘と距離を置くようになった都は格好のターゲットだ。
性格を考えれば……都ではなく伊織が上手いこと取り成してきたのだろう。幼馴染として、どれだけ感謝してもし足りない。
「なぁ都、そんなに怒るなって。孝弘はお前のことを心配してるんだから」
「別に心配される謂れはないんだけど」
頬を膨らませて不満を表明してくる都をどうやって宥めたものか。
ほかの3人でアイコンタクトを交わすものの、妙案は思いつかない。
――さて、どうするかな……
溜め息をついた晶の耳に、振動音が飛び込んできた。
首をかしげつつバッグから震源であるスマートフォンを取り出すと、そこには一通のメッセージ。
『あきらさん、明日の準備は大丈夫ですか?』
マネージャーからだ。
明日の準備?
全く心当たりがない。
『準備ってなんですか?』
わからないなら聞くしかない。
スマホとにらめっこしたままの晶を余所に、孝弘と都の口論は続いている。
『何って……仕事ですよ。グラビア撮影がありましたよね?』
「撮影?」
思わず口から零れた言葉に、他の3人も訝しげな視線を向けてくる。
――はて、撮影……撮影……ああ、
『週チャレの奴って来週じゃありませんでしたっけ?』
返事はすぐに帰っては来なかった。
『撮影、明日です』
「え、明日?」
慌ててスマホを弄ってスケジュールを表示させるも――やはり撮影は来週の日曜日になっている。
「明日がどうかしたのか?」
一同を代表して孝弘が尋ねてくる。
口喧嘩は一時中断した模様。
「ああ。マネージャーがさ、明日の撮影が大丈夫かって」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫っつーか、来週の予定なんだけど。15日」
何言ってんだろうね、あの人。
苦笑しつつも訝しげにスマホを眺めていると――
「……明日は8日よ」
「だから、それはわかってるっつーの」
「じゃあ、どういうことなのよ?」
「いや、確かグラビア撮影は来週の15日のはず……」
「本当か? お前を疑いたくはないが、ちゃんとマネージャーさんに確認した方が良くないか?」
『疑いたくない』と言いつつ孝弘の声からは『多分、お前が間違ってるぞ』という副音声が聞こえた。
心外なと思いながらも『念のため、念のため』と無意識のうちに呟いてしまう。
ここ最近は高校編入やら検査やらでいろいろ忙しかったから、どこかでミスしていてもおかしくないという可能性を否定しきれなかったのだ。
そして、マネージャーとメッセージをやり取りした結果……
「あ、明日だった」
マネージャー氏はほかのスタッフにも確認してくれた。
晶の方がスケジュールを入力し間違えていたようだ。
思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。これはヤバい。
――冷静に、冷静にだな……まだ時間ある……よな?
頭の中で算段を立ててみるも、現実は厳しい。
今回の撮影はちょっと特殊な案件だ。
どう考えても間に合わない。ひとりでは。
そう、ひとりでは無理だ。だから――
大きく息を吸って――吐いて――また吸って……チラッと3人に目を向ける。
「その……お願いがあるんだけど」
「あまり聞きたくはないが……言ってみろ」
「助けてくれ、このとおり!」
見栄を張っている場合ではなかった。
どうしても足りないもの――それは人手と時間。
仕事と学業はきっちり分けたい……などとカッコつけてもいられない。
ガバっと頭を下げると、ふわりと髪が宙を舞った。
すわ何事かと周囲の注目を集めてしまうが、他人を気遣う余裕などない。
沈黙が場を支配する。上目遣いで様子を窺ってみると……物凄い残念なものを見る目で返された。
散々オトナぶって説教垂れておきながら現実はこの有様。客観的に見て情けないことこの上ない。
「……俺たちは何をすればいいんだ?」
お前の仕事のことなんてサッパリわからんのだが。
呆れつつも断る素振りは見せない。孝弘も、伊織も、そして都も。
いい仲間を持った。晶は感動を胸に溢れさせつつ口を開いた。
「えっと、だな……実は……」
次回、第2章完結!




