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第22話 ご飯食べたらどこ行こっか?

 ショッピングモールの喫茶店で飯を食ってたら、いきなり幼馴染である(みやこ)が割り込んできた。

 ついさっき、病院からの帰りに出会ったときには『遊びに行くから』と誘いを断ったくせに。

 その都が今この場に居ることに、わざわざ声をかけてきたことに違和感を禁じ得ない。

 

「都、お前さっき『遊びに行く用事がある』って言ってなかったか?」


「今日は伊織(いおり)と一緒に参考書を買いに来たのよ。悪い?」


 このモールは若者向けのたまり場でもあるらしい。

 だから、遊ぶために足を運ぶ者は少なくない。

 そう言っていたのは、都の影から顔をのぞかせている伊織だ。


「別に悪くはないけど……なんか気合入ってんね」


 乱入してくるや否や傲然と胸を張る幼馴染を上から下まで検分した(あきら)の言葉に、微かに都がたじろいだ。 


「それは……そろそろ大学受験も考えなきゃならないし、参考書選びにだって気合くらい入れるわよ」


「いや、そうじゃなくてな……まぁ、いいや」


 晶はそれ以上の追及を諦めた。

 さっき別れた時に比べて、ずいぶん見た目がバージョンアップしている点を指摘したつもりなのだが。

 まぁ、あまり突っ込んでみても良い反応が得られるとは思えないし……自重すべきと判断した。

 それよりも、わざわざ都の方から話しかけてきてくれたことを喜ぼう。

 鴨が葱を背負って来る……などと可愛らしい表現からは程遠いものの、チャンスであることには変わりない。

 この機会を生かすことに全力を注ぐべきと即座に頭を切り替えた。


「同じ店で飯ってのも偶然だし、もしよかったら一緒に食べないか?」


「はぁ、何でアンタたちと一緒にご飯食べなきゃならないわけ?」


「……だったら声かけてくんなよ」


 思わず愚痴ると物凄い眼で睨まれた。

 ここ最近の都はどうにも情緒が不安定で反応に困る。

 ……都の隣りで何とも言葉にし難い表情を作っている伊織が気にならなくもない。


「食べないとは言ってないでしょ。私ひとりで決められないの。伊織はどう?」


「ふえっ!? わ、私は別に一緒でもいいと思うけど……晶と高坂(こうさか)君、私たちお邪魔じゃない?」


 こういう小さな気遣いこそが伊織らしいと感心させられる。

 ふわっとした髪型といい衣装のチョイスといい、柔らかくて優しさに満ち溢れている。

 まさに慈愛の具現化たる伊織に比べて都ときたら……いや、それ以上は止めておこう。


「別にいいよな?」


「ああ。席は空いているし、そちらの都合が悪くなければ構わない」


 孝弘(たかひろ)は即答した。表情も穏やかで、教室で見せるものとは大違い。

『伊織を気にかけろ』という先ほどの忠告をさっそく実行に移しているようだ。


「だったらご一緒させてもらおうかな。都もいいよね?」


「……そうね」


 不承不承という体を取りながらも都が頷いたので、これ幸いにと晶たちは慌てて席を詰めた。

 晶の隣りに伊織が、孝弘の隣りに都が腰を下ろす。

 店員を呼んでテーブルを移動したことを告げると、老年の紳士は微笑みを浮かべて頷いてくれた。

 何も聞いてくれないことが、実にありがたかった。


「お前らが頼んだのが来るまでに、よかったらピザでもどうだ?」


 もともと晶が2切れ、孝弘が4切れ食べるつもりで6等分したピザは、まだ4切れ余っていた。

 晶と孝弘それぞれの分から1切れずつ進呈すればちょうどいいだろう。


「ありがとう。せっかくだからいただきます」


 伊織は素直に了承してピザに手を伸ばしてくれたが、都は……


「頂くわ。ピザには罪はないもの」


「罪ってなんだよ。ピザが何か悪いことしたのかよ」


「なんにもしてないけど……晶は珍しいもの食べてるわね」


「そうか?」


 訝しげに見つめてくる都の視線の先は、晶が頼んだトマトのパスタ。

 普通だと思うのだけど……言われてみると、かつての自分はあまり外でこういうものを食べなかったような気もする。

 孝弘ほどハンバーグばかり注文していたつもりはないが、外では肉系の料理をチョイスすることが多かった。

 皿に半分以上残っているパスタをスプーンとフォークで器用に巻き取って口に運んでいると、都だけでなく伊織からも意外そうな顔をされた。


「いつものお昼の時も思ってたんだけど、あきらって食べ方きれいだよね?」


「昔はあんなに雑に食べてたのに……何かあったの?」


 素直に問いかけてくる伊織よりも、割と真面目に心配そうな表情を浮かべている都の方がショックがデカい。

 心の中で凹みつつ、顔には出さずに答える。


「あ~、まぁな。社長に結構言われたから」


「社長って……芸能事務所のか?」


 孝弘の問いに無言で頷く。

『結水 あきら』はデビュー以来一度も事務所を移籍していない。

 最初に拾ってもらった『フェニックスプロダクション』に世話になりっぱなし。

 デビューさせてもらって仕事を貰って……というだけでなく、私生活の面でも頼り切りというのが現実だ。


「いくらTSを売りにしてるからって、下品な食べ方はNGだってさ。テレビには映らないけど、一緒に仕事をしてる人は見てるからな」


『TS=男と女の両方の性質を持つ』という点が『結水 あきら』をほかの女優と大きく隔てているポイントではある。

 だからといってガサツなままでいいわけではない。スポンサーにせよテレビ局の人間にせよ、悪評が広まるのは良くない。

 品位を保てない人間は、大人の世界では軽く扱われる。たとえ表向きには何も言われなくても、裏では厳しいチェックが入るものだ。

 そう懇々と説かれて以来、食べ方以外にもひととおりのマナーについて社長に厳しくしつけられた。

 元大女優である社長は社交の面でも一流で、なまじ同じ屋根の下で暮らしていただけあって指摘は細部にわたった。


「入院してた間もリハビリでやらされたんだけど、プロから見ると全然ダメってめっちゃ言われたわ」


 男子としての15年で培ってきた生活習慣の少なくない部分がたった1年で矯正された。

 疲れることはあったけれども、おかげで今の晶はどこに出しても恥ずかしくない程度のマナーを身につけることができている。

 社長のスパルタ教育の賜物と言うのもさることながら、芸能界で生きていくために必要に迫られたという部分が大きいと考えている。


「ふ~ん、言われてみると食べ方以外もあきらの所作はきれいだと思ってたけど……そういう理由があったんだ」


「その割には口調は男子のままなのね」


 冷静な都のツッコミに平然と頷く。

 それは時々聞かれることで、インタビューでも答えている。

 別に隠すようなことでもない。


「ま、これはTS女優としての売りのひとつだからな。女子っぽい喋り方も演技としてはできるぞ」


 一応、だけどな。

 そう付け加えると、他の3人は興味津々と言った風情で見つめてくる。

 つっけんどんだった都まで軽く身を乗り出してきている。


「へぇ、どんな感じ?」


「あきらちゃんのいいところ、見てみたい」


「確かに……興味あるな」


 三者三様の言葉で迫ってくる。

 どいつもこいつも挑発的なニュアンスを隠そうともしない。

 焚きつけられると目にもの見せてやりたくなる。

『結水 あきら』の女優魂に火が灯った。

 

「そうか? それじゃちょっとだけ……」


 言うなり晶は目を閉じて軽く息を吐く。

 そっと目蓋を開いて――


「ねぇ、孝弘君、ご飯食べたらどこ行こっか? 私は本屋に行きたいんだけど、どう?」


 可愛らしい笑みを浮かべて小首をかしげてみせる。

 目の前で3人の顔に驚愕が浮かぶ。その眼は……何やらおかしなものを見る目つきだ。

 イラっとする心を抑えて演技を続ける。『スマイル、スマイル』と胸中で唱えながら。


「それとも映画のほうがいいかな? 私、ちょうど見たいのがあるの」


「「「……」」」


「あと、もしよかったら一緒に服を選んでほしいな。孝弘君、私にはどんな服が似合うと思う? 着てみるから感想聞かせて!」


「「「……」」」


「……なんだよ、その反応は?」


 即興演技終了。

 軽く頬を膨らませて講評を求めると、


「いや……その、うむ……悪くないな」


「あまり変わってないように見えるけど……ううん、やっぱり違う。あきら、まだ可愛くなるんだ」


「……」


 まごついたまま言葉を濁す孝弘

 素直に絶賛する伊織。

 都は……口を閉ざしたまま。

 

「どうよ、都?」


「……うまい、と思う。でも、晶には似合ってない気もする」


「そうか? お前にそう言われるのなら、まだまだ修行が足りてないな」


 晶に詳しいふたりのうち片方からダメ出しされてしまった。

 これからの女優活動を思えば、さらなる鍛錬が必要ということだ。

 挑発されて始めた余興だったが、なかなかどうして侮れない。改めて己が慢心を戒めた。


「え~、都厳しくない? さっきの演技、本当に上手だったと思うけど」


「演技としてはいいと思った。でも……何か違和感があるの」


「違和感かぁ」


 腕を組みながら都の意見を反芻する。

 真面目な顔で考え込んでしまった晶を余所に、運ばれてきた料理に都と伊織が手を伸ばし始めた。


「晶、さっさと食べないと冷めるぞ」


「あ、悪い。食べる食べる」


 慌ててスプーンとフォークを手に取ってパスタを口に運ぶ。

 急いでいるようで、それでもあくまで見た目は美しく。

 ナチュラル且つ丁寧に食べる晶を見た3人の顔には、感嘆に似た表情が浮かんでいる。


「そう言えば、午後からは本屋でいいのか?」


「ん?」


 唐突に孝弘が食後の予定を尋ねてきた。


「さっき言ってただろう、本屋に行きたいって」


 即興劇のつもりだったのだが、孝弘は真面目に受け取っていた。

 本屋に行きたいというのはウソではないので、頷いておく。


「ああ。つっても、都たちはもう行ってきたんだろ?」


 確か参考書を買うためにこのショッピングモールに来たと言っていた。

 悠長に食事を摂っているところから見て、すでに用件は済ませたのかと思ったのだが……予想に反して伊織は首を横に振った。


「着くのが遅かったから、混んでくる前に先にご飯食べようって」


「なるほど、それはそうだな。本屋は逃げないしな」


 納得した風に頷いている孝弘だが、チラリと都の様子を窺うと目が泳いでいた。

 その視線が晶の視線と交わると、バツが悪げにそっと逸らされる。

 

――ん?


 よくわからないが、あまり深く突っ込んでくれるなということだろうか。

 都の機嫌を損ねたくない晶的に否やはない。


「だったら、飯食ったら一緒に回るか?」


「私はいいけど……都はどう?」


 話を振られて、都はハッとした風に身体を揺らした。


「え、ええ……別に構わないわ。私たちは参考書を見て回るつもりだけど、そっちはどうするの?」


「オレは仕事の合間に読む本を探すつもりだけど……孝弘、なんかおススメ教えてくれ」


「そうだな……それにしても、お前、本とか読むようになったんだな」


「いや、プロフィールに書いてあるだろ! 『趣味:読書・料理』って!」


「あれはてっきり女子力アピールのために盛ってるのかと」


「盛ってねぇよ! お前ら、そういう目でオレを見てたの!?」


 憤慨して見せたが……3人に同時に頷かれた。

 晶は悄然としつつパスタを口に運んだ。

 

――そっか……オレ、そういうキャラじゃないか……


 誰にも気づかれないように、そっとため息をついた。

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