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第19話 今日はカロリーなど気にしないのだ!


「ほ~、これが……」


 電車を降りてバスに乗り換えさらに征くことしばし。

 目的地である郊外のショッピングモールに到着するなり、(あきら)は感嘆の声をあげた。

 自分たちと同じ行程を辿ってやってきた者だけでなく、車の出入りも多く駐車場は満杯。道路も埋もれ気味。

 佐倉坂だけでなく近郊から多数の来客があるとは聞いていたが、ここまで盛況とは想像していなかった。


「いくら休日とは言え、こんなに人が集まってくるとは」


『他に行くところはないのか?』という疑問を口にするより前に、


「ここ最近はずっとこんなもんだ。おかげで街の中は少々寂しいがな」


 などと孝弘(たかひろ)が遠い眼をして述懐するものだから、何も言えなくなってしまった。

 思い出してみると――佐倉坂高校にせよ、晶のマンション周辺にせよ、人通りは減っていた気がする。

 

――たった1年で変わるもんだな……


「ま、それは置いておくとして。ここなら大概のものが揃うはずだ。行くぞ」


「お、おう」


 自分から誘ったくせに戸惑い気味の晶。

 孝弘に手を引かれて、背筋を伸ばし軽く胸を張った。



 ★



「とりあえず、ひと休みかね」


 ショッピングモールの中に入っている様々な店を冷やかし、いくつもの品を買いあさった晶たちは喫茶店でひと息ついていた。

 昼食がまだだったので遅めのランチとする。この店は孝弘のオススメとのこと。

 人でごった返しているモールから切り離されたような、落ち着いた空間が広がっている。

『こんないい雰囲気の店を良く知ってやがったな、コイツ』と感心。晶はメニューを眺めすがめてトマトソースのパスタを選択。


「今日は付き合ってもらってるから、ここは奢るぞ」


「そういうわけには行かんだろう」


「いやいや、奢るって。マジで」


 晶の対面にはたくさんの荷物をシートに降ろして肩を回している孝弘がどっかりと座っている。

 金曜日の放課後に『付き合え』と宣言されたとおり、今日はこうして買い物に付き合わされているわけだ。

 荷物持ちとも言う。他の言い方なんてないような気もする。


「まぁ、こんなことだろうとは思ったがな」


「どうかしたか?」


「なんでもない」


「ふ~ん。あ、よかったらピザ頼まね? ふたりで分けよーぜ」


「別に構わんが……お前、そんなに食べて大丈夫なのか?」


 孝弘はハンバーグランチに決めたようだ。

『相変わらずだな』と晶は苦笑する。

 この幼馴染はどこへ行っても大体ハンバーグを頼む。昔からの定番メニューにちょっとほっこりする。


「ん?」


「お前のツイッターを時々見てるが、かなり食事には気を遣ってるだろう?」


 どうやら孝弘は『結水 あきら』のフォロワーらしい。

 毎日のように自分がアップしているアレコレを知り合いに見られていると思うと、結構照れるものがある。

『結水 あきら』としての生活は、あくまで『悠木 晶』の一部を切り取ったものに過ぎない。

 いい感じに見える部分ばかり抽出しているので、晶の実生活を知っていると『おいおい』とツッコミたくなることもあるだろう。


「今日は病院があったから朝は全然食ってないしな。昼を多めにしても大丈夫だろ」


 どうせ飯食ってからもまだ歩き回るし、カロリー消費の方は問題ない……はず。逆に夜はあまり食べたくない。

 呼ばれてやってきた店員にパスタとハンバーグランチ、ピザにプラスしてサラダを頼む。

 野菜を多めにとることは意識的に心掛けている。好きなものばかりとなると肉だらけになってしまう。 

 晶を見ても特に反応しなかった店員を見送ると、目の前では孝弘が眼鏡の位置を直していた。

 鋭さをました裸眼を晶に向けてくるが……これは別に怒っているわけではない。

 晶も眼鏡を外して目許を軽く揉んだ。伊達眼鏡の重みはそれほどでもないが違和感はある。


「それにしても……」


「ん?」


 孝弘は自身の左右に置かれた戦利品の数々を眺めて溜め息をついた。


「ずいぶん買ったなぁ、お前」


「え? そんなに多いか?」


「多いだろう。……タオルなんて、こんなに何種類もいるのか?」


「いるのかって言われてもな……ひとつひとつ用途が違うから必要だとしか言いようがない」


 ハンドタオル、フェイスタオル、バスタオル……他にも色々。

 同じタイプのタオルでも、生地が違えば性質も違う。当然使いどころも違う。


「男だったころに比べると使い分けはするようになったな」


 以前は大雑把というか、タオルの違いなんて精々サイズぐらいしか気にしていなかった。

 今はそんな甘っちょろいことは言っていられない。女の身体はとにかく繊細にできている。

『神は細部に宿る』と言う。微細な使い分けが大きな違いを生む。ビジュアル商売としてはバカにできない。

 

「引っ越すときに持ってこなかったのか?」


「そりゃいくつかは持ってきたけど……もともと事務所に住んでたし、それから後も社長の家でお世話になってたしなぁ」


「事務所住まいって……お前、女優だろう。部屋くらい借りたらどうなんだ?」


「ハッ、東京の家賃舐めんな。駆け出しの女優が借りられる部屋よりも、事務所の方がセキュリティ的にも設備的にもマシだ」


 東京は割と厳しい世界だった。稀にバラエティでやっている若手芸能人の貧乏生活はシャレではなかった。

 晶が所属している『フェニックスプロダクション』は社長が頻繁に事務所に泊まり込むため、下手なマンションよりも宿泊設備が整っていたというのも大きい。

 まぁ、それはともかく――


「他にも化粧品だの、消臭剤だの……あとバルサンとか」


 食器類や調理器具も追加で購入した。これは持ち運びが面倒なのでマンションに送ってもらった。

 来週末あたりに時間ができたら、これらの荷解きもしなければならない。


「社長の家から持ち出したら悪いだろ。ひとり暮らしで必要になるものは引っ越しの時に準備した……っつーか、してもらったけど。いるものは自分で買い揃えていかないとな」


 日常で使う物が思ったよりも足りていない。

 ありふれた生活を送るためには、細やかな準備が必要なのだと思い知らされた。

 ほとんどお任せでこの有様なのだから、何もかも自分でやれと言われたら……想像だけでウンザリする。


「あとはノートとか文房具とかもな。高校に通うために引っ越したのに、その辺が全然だったわ」


 初日の帰りにコンビニで最低限は揃えた。どんな時でもコンビニは便利だ。

 コンビニのない生活は考えられない。


「わかったわかった。それで、他に足りないものはないのか?」


「ん~、デカいのはまた日を改めるとして……とりあえずは大丈夫……のはず」


 スマートフォンにメモしておいたリストを眺めながら答えた。

 買い忘れないようにあらかじめ用意していたものだ。

 これで終わりと聞かされて、孝弘は大袈裟に肩をすくめてみせる。


「はぁ、女の買い物は長いと言うが本当だったな」


「女かどうかは関係ないと思うけど、つい目移りしちまうんだわ。悪い悪い」


 横合いから運ばれてきた料理がテーブルに並べられる。色鮮やかで食欲を誘う。

 晶は『ありがとうございます』と軽く礼を述べ、孝弘は倣って会釈した。

 漂ってくる香りが鼻腔をくすぐる。空腹と労働の後にこれは効く。


「さ、食おうぜ」


「ああ」


 ふたりは水で軽く喉を湿らせてナイフとフォークを手に……


「その前にっと」


 晶はスマートフォンを料理に向けて、すかさず撮影。

 しかる後にツイッターにアップ。


『お昼はパスタとピザ! 今日はカロリーなど気にしないのだ!』


 投稿するとすかさず書き込みが続く。


『美味そう!』『きれい』『あきらちゃんが外食は珍しい?』『今日はオフですか?』


『カロリー気にして』『今日はこれからレッスンですか?』


『食べた分だけ動いて消費。結水流ですね』『油断大敵と知るがよい』


 などなど。

 概ねいつものとおりの流れに満足しつつスマホを置く。

 スプーンとフォークを使ってきれいに巻き取ったパスタを口に運ぶと、口中にトマトの香りが一杯に広がった。

 さすがに孝弘がお勧めするだけあって、味の方は十分に満足できるレベルだ。

 正面では当の孝弘がピザを切り分けている。几帳面に六等分。


「オレは二切れでいいから」


「半分ずつじゃなくていいのか?」


「ああ。さすがにそれは食べすぎだろ」


「カロリーは気にしないんじゃなかったのか?」


「あれはリップサービスな。気にしないわけないし」


 計算するのはスマホアプリにお任せ。

 ディスプレイを孝弘に見せると、感心した風にため息をつかれた。


「細かくなったなぁ」


「食事のひとつひとつも仕事みたいなもんだからな。つっても今日は割と緩めだけど」


「……それでか?」


「これでもな」


 しばらくの間、ふたりで料理に舌鼓を打つ。

 どちらも美味いものを食べると口数が減るタイプだった。

 

「孝弘、そっちのハンバーグひと切れくれ」


「カロリー計算はどうした?」


「誤差の範囲な。ほれ、あ~ん」


 軽く唇を開いて見せると、孝弘は露骨に眉をしかめた。

 戸惑いつつも、チラチラとしきりに周囲に目を光らせている。


「……お前、人前でそういうことするなと」


「じゃあいいや、貰うぞ」


 返事を待つことはしなかった。拒否されるとは思っていない。

 フォークを伸ばしてハンバーグを攫い口に放り込む。

 香ばしい肉と油、ソースの競演。やはりハンバーグは王道だ。


「今度来た時はオレもハンバーグにするかな」


「ここはほかのも美味いぞ」


「そう言われると迷うなぁ」


「迷え迷え」


 笑顔を浮かべてピザを摘まむ孝弘。とろけるチーズが零れないように気を付ける姿は愛嬌がある。

 その表情は学校で見せる仏頂面とは全く違っていて。

 間近で見ることのできる人間がほとんどいないと思うと、実に勿体なく感じてしまう。


――あっ……


 と、これは気になっていたことを語っておくチャンスなのではないか。

 思い至った晶は口中のハンバーグを飲み込んで、口の周りを軽く拭いてから孝弘に向き直る。


「そう言えば、お前に言っておきたいことがある」

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