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第1話 あきらセットアップ

本日更新分2話目となります。


悠木ゆうき あきら』の朝は早い。


 起床時刻は午前5時。

 大抵は勝手に目が覚めるけれども、念のためにスマートフォンにアラーム代わりの音楽をタイマーセットしている。

 選曲は気分次第。JPOPから洋楽、アニソンまで流行りものを適当にチョイス。条件は気持ちよく朝を迎えられること。

 音楽を止めるついでにラインアプリをチェック。緊急の用件がないか、垂れ落ちる黒髪を避けながら液晶に目を走らせる。


――何にもなし、か……


 平和にして平凡、そして平穏。

 ホッとする反面、物足りなさもある。


 起き抜けにマグカップ一杯の白湯で水分補給しつつ身体を温める。

 凝り固まった全身を軽いストレッチで解してから洗顔。しかる後に着替え。

 Tシャツにハーフパンツ、そしてタイツ。最近のウェアは可愛いものが多くて、選ぶのが楽しい。

 セミロングの黒髪を後ろでまとめ、汗拭きタオルを首にかけ、スニーカーを履いて家を出る。


 雨が降っていない日は大体30分ほどジョギングを朝のルーティーンに取り入れている。

『健全な精神は健全な肉体に宿る』なんて信じてはいないけれど『健全な美は健全な身体に宿る』とは思っている。

 美貌を売りとするグラビアアイドル兼女優としては、朝の運動は欠かせない。


 事務所が借りてくれているマンションの部屋は5階の一室。

 誰ともすれ違わずにエレベーターを降り、エントランスを経て外へ。

 早朝とは言え夏だけあって空は既に明るく、街並みにはチラホラと人の姿が見受けられる。

 晶と同じように走っている人も見かけるし、開店準備に追われている人もいる。

 おそらく遠隔地に通勤すると思われる人影もある。もちろんコンビニは営業中。

 引っ越してきたばかりの街はいまだ慣れないものの、同じ時間帯に走っていると何度か見かける顔もある。

 たとえ知らない誰かであっても会釈とあいさつ、あと笑顔。どれもこれも無料だから出し惜しみはしない。

 反応は様々で、ちょっと面白い。


「おはようございます!」


「あ、ああ、おはよう」


「元気いいねぇ」


「え、あれ……君って……」


 帰宅したらランニングウェアを洗濯機に放り込み風呂場へ直行。

 ゆっくり湯船につかっている暇はないのでシャワーで汗を流す。

 鏡に映る16歳のエネルギッシュな肢体。身長165センチ、体重は秘密。

 日焼けしない、シミひとつない白い肌。お尻の位置は高く脚は長い。

 どれだけ見ても飽きることのない、惚れ惚れするほどのパーフェクトなスタイル。

 公称スリーサイズ『92-56-85』の大胆な弧を描くボディラインを水滴が流れ落ちる。

 中でもひと際目立つ胸のふくらみに軽く触れると柔らかく、そして蠱惑的に揺れた。今日も絶好調。

 大事な商売道具だ。ボディーソープで丁寧に磨き上げる。もちろん髪も、顔も。


 浴室を出てバスタオルで水滴を拭い髪を乾かす。

 女の身体は男の身体に比べてとても繊細で、メンテナンスひとつとっても細心の注意を要する。

 とは言え、さすがにTSしてから2年近い。このあたりのアレコレはいい加減慣れた。

 時おり脳裏をかすめる女になったばかりの頃の初々しい反応も、今となってはそのひとつひとつが微笑ましい思い出だ。


 身につける下着は派手過ぎないように、でもダサいのはNGだ。絶対にダメ。

 スカートの中を覗かれると恥ずかしがるネイティブ女子、あれは単に下着を見られたくないのか、ダサい下着を見られたくないのか、どっちなのだろう?

 TSして以来、晶を悩ませている謎のひとつである。とても誰かに聞ける話ではないが……晶的には後者は絶対に許せない。死ねる。

『別に誰かに見せる予定なんてないから』などと甘えたことを言ってはいられない。

 万が一ラッキースケベられイベントが発生したときにダサい下着を履いていると、


『悲報! 『結水(ゆうみ) あきら』の下着が終わっている件について』


 などという情けない記事がまとめサイトや匿名掲示板を飾りかねない。

 この手の情報はネットの海に放流されるとたちまち拡散される。そして回収不能。

 絶賛売り出し中のTS女優としては、こっちの方がダメージがデカい。


――気にしすぎか?


 悩む。傍から見ればどうでもいいことでも、晶にとってはマジ案件。

 今日は初登校ということもあって、控えめなものをチョイス。


 リビングに戻り窓の外を見る。快晴だ。

 ランニング中もいい天気だった。

 スマホで調べたところ、今日は一日晴れマーク。

 つまり暑い。うんざりするが、天気ばかりはどうにもならない。

 ついで時計に目を走らせると……結構時間が過ぎている。


「さて、さっさと服着て飯食わねーと」


 季節は夏。制服も夏服。

 チェック柄のプリーツスカートは短めに折ってベルトで固定。

 白地のワイシャツの生地は薄く、このままだと下着が透ける。

 上からベストを着れば、下着の透けもスカートのベルトも隠せて万々歳。夏服で重ね着という理不尽は我慢。

 男子だったらテキトーに済ませられることでも、女子だとシャレにならない。メンドクサイが仕方がない。

 

 朝食は必ず摂る。

 今朝は食パン一枚にベーコンエッグ。コップに牛乳を注ぐ。

 レタスをちぎり、作り置きしているポテトサラダとプチトマトを載せる。

 コーンスープの粉末にお湯で溶かし、透明な小皿にはヨーグルトとイチゴジャム。

 見栄え良くテーブルに並べてスマホで撮影。すかさずツイート。


――――


 結水 あきら@


『ゆうみ あきら』と読みます。フェニックスプロ所属。

 テレビドラマ『鏡中の君』『北条 あかり』役、各雑誌でグラビア多数

 お問い合わせはこちらから→●●●●●


――――


『結水 あきら』は晶の芸名。

 ツイッターのアカウントはこちらの名義で作成されている。


『今日から学校。ガンバリマス!』


 フォロワー6ケタは伊達ではない。

 すぐさま『いいね』と『リツイート』の嵐。

 流し見すると……大体がおはようの挨拶と応援。概ね好意的なものばかり。

 リプは返さない。キリがないから。


「いただきます!」


 テレビをつけてチャンネルを弄りつつ、口はせっせと飯を食らう。焦らずよく噛む。

 時間は有限。有効活用は必須。行儀は悪いが、どうせ誰も見ていない。気楽なひとり暮らしだ。

 小難しいニュースは適当にスルーで芸能業界ごどうぎょうの情報はしっかり目を通す。気になるものは後で調べる。

 面白くはないけれど、これも仕事のひとつ。現代社会において情報収集の手抜かりは厳禁と知る。

 食べ終わったら食器はさっさと水で流す。放っておくと後で厄介なことになるから。


 昨晩の残り物を弁当箱に詰めたら洗面台へ。登校前、否、外出前の最後の準備。

 晶が通うことになっている『県立佐倉坂高校』は県下一の進学校ではあるものの、校風は鷹揚だ。

 マネージャー曰く『勉強ガチ勢は難関私立に取られるから、生徒を確保するために緩めているのではないでしょうか』とのこと。

 真偽のほどはともかくとして、ありがたいことには変わりない。人前に出るのにメイク不可とか信じられない。


 晶はグラビアアイドル兼女優として売っているだけあって、元々の顔の造りが良い。

 すーっと通った鼻梁に愛らしい小鼻。しっとり輝く桜色の唇は甘やかな果実を思わせる。

 長いまつ毛に縁どられた黒目がちな瞳は凛と澄み渡っている。

 元男の感覚でも文句の言いようがない美少女だと、鏡を見るたびに溜め息がでる。


『これがオレか』と。


 メイクは軽めにナチュラルに。ベタベタとやるのは趣味に合わないし似合わない。

 それでも、このひと手間をかけるかどうかで見た目が大きく変わる。

 オシャレは奥が深い。女子歴1年の晶には、その深淵を見通すことなど叶わない。

 最後に髪。背中の中ほどまで届くストレートの黒髪を丁寧に梳かす。

『髪は女の命』と言われるだけあって、これまたバカにできない。

 同年代の連中に初対面でネガティブなイメージを与えたくはない。

 それに――


――あの学校には『アイツら』がいるしな……


 夢に出てきたふたりの姿を思い出すと、自然と顔が引き締まる。

 顔を合わせることがあるだろうか?

 どんな顔をすればいいのだろうか?

 この羽佐間市(はざまし)に戻ってくるにあたって覚悟してきたとはいえ、不安は尽きない。


「おっと、笑顔笑顔っと」


 最後に――鏡の前で念入りに確認。色々な表情を作り――特に笑顔は何度もチェック。


「よーし、よし。今日もオレは最高に可愛いな!」


 人に聞かれたらナルシスト認定なセリフも、晶が言えば様になる。

 自分で自分を褒めるのも日課。自己の認識、自己暗示。自己肯定。

 誰よりもまず自分が自分を好きにならなければ、自信の持ちようがない。

 それは、16年と少々(主にここ1年の間)の人生で得た大きな教訓のひとつ。

 

 前日のうちに用意しておいた鞄の中身に目を走らせる。弁当も入れる。忘れ物なし。

 ひとつひとつ部屋を回って電気やら鍵もしっかり調べる。問題なし。

 最後にもう一度鏡をチェック。クルリと回転。前後左右、隙はなし。


「それじゃ、いってきます!」


 靴を履き、誰もいない部屋にひと声かけてドアを開ける。

 眩しさを増した日差しに軽く目を細め、鍵をかける。二度確認。

 調子はずれの鼻歌交じりに足取り軽く歩みを進める。


「高校か~、高校かぁ~」


 唇から漏れるのは、鈴の音を思わせる響き。

 そこに含まれる思いは様々で……晶自身を除いてその胸中を推し量ることは難しい。

 本人すら厳密に理解できているとは限らない。


「ま、せっかく行くんだから、せいぜい楽しまないとな」


本日、あと1話更新する予定です。

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