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第18話 お姫様扱いかよ


 (みやこ)と別れてひとり歩くこと暫し、何事もなく駅に到着した。

 休日の駅は昼前だというのに客が多い。客層は様々で老若男女を問わない

 キョロキョロとあたりを見回してみるも、待ち合わせ相手である孝弘の姿はない。

 肩に下げていたバッグからスマートフォンを取り出し時間を確認。待ち合わせ20分前。微妙な時間だ。


「まぁ、いいや」


 喫茶店に入るほどでもなかったので、日陰のベンチに腰を下ろしてバッグから取り出した文庫本のページをめくる。

 ……文字が頭に入ってこない。思い出されるのは先ほど別れた都の姿ばかり。


――都……アイツ……


 集中できなくて眉を顰めると、陽光が遮られて手元が暗くなった。

 

「悪い、待たせたか?」


「いいや。病院が早く終わっただけ」


 頭上から降ってくる声。少し低めでシャープ、でも冷たさは感じない。

 ベンチに座ったまま見上げると、そこには申し訳なさそうな表情を浮かべた幼馴染の顔。

 本を閉じてバッグに戻す。チラリとスマホをチェックすると――待ち合わせ10分前。

 誰に応えるともなく頷き、差し出された孝弘(たかひろ)の手を握って立ち上がる。

 空いた手でお尻を軽く叩いてから、変装用の眼鏡の位置を直す。


「んじゃ行くか」


「ああ」



 ★



 駅のホームに足を踏み入れると、電車待ちの客たちが思い思いに時間を潰していた。中にはチラチラと(あきら)の様子を窺っている者もいる。

 ホームの最前列に立って気にしない振りをしていたら……すっと視線を阻むように人影が立ちはだかった。孝弘だ。


「別にいいぞ、そこまでせんでも。いちいち気にしてたら疲れるだけだし」


「俺が気にする。お前は見せ物じゃない」


「ありがたいことだが、人に見られるのも仕事のうちだしなぁ」


「だからと言って、プライベートはあるべきだろう?」


「それはそうだけどな」


 苦笑を返す。孝弘の気遣いはありがたい。

 有名税だと割り切っているつもりでも、四六時中見知らぬ誰かに監視されていると思うと気疲れするときはある。

 ホームに滑り込んできた電車に乗り込むと……電車の中もまた結構混んでいる。座る席がない。


「ここって、こんなに人の多い路線だったっけ?」


「前はそうでもなかったな。俺たちと同じでモールに繰り出す奴が多い」


「他に行くところはないのか?」


 晶の問いに孝弘は首を横に振った。

 一年ぶりに戻ってきた羽佐間市は以前とは色々変わっているようだ。

 ショッピングモールまでは駅5つ。時間は意外とあって車内では結構ヒマ。


 ドアの際に立ったまま、しげしげと目の前の孝弘の姿を観察する。

 一年前と比べるとさらに背が伸びていて、細身ではあるが筋肉はしっかりついている。

 文芸部に入っているということはバスケは辞めたということだろうが、運動自体は続けているといったところか。

 顔立ちは怜悧さに加えて精悍さが増している。ノンフレームの眼鏡の奥の目つきは鋭い。

 服装は特筆する部分はないものの、夏らしく爽やかにまとめられており清潔感はある。


「? どうかしたか?」


「いや、お前イイ男になったなぁ」


「い、いきなり何を言い出すんだ、お前は!?」


「褒めたのに何でどもってんだよ」


「バカなことを言うからだろうが」


「そうか?」


 バカ話をしている間も、孝弘はずっと晶を守るように壁となって他の人間の圧力から守ってくれている。

 合流してから今まで……誰かにぶつかりそうになるとそっと引き寄せてくれた。

 階段で手を引いてくれたのは、昨日学校ですっ転びそうになったせいだろうか。

 並んで歩いている時は、ずっと歩幅を合わせてくれる。


――お姫様扱いかよ。


 若干の呆れと気恥しさを覚えつつも、悪い気はしない。

 中学生までの記憶を掘り返してみると……この男は同じように都を守っていた。

 今は晶も守られる側にカウントされているということだ。


「お前、こういうのどこで覚えてくんの?」


「……何の話だ?」


「ん~、手を引いてくれたり壁になってくれたりとか」


「どこでと言うか……どこだろうな? あまり意識したことはなかったが……祖母の影響かもしれん」


「ああ、そう言えばおばあちゃんっ子だったな」


「否定はしない」


 孝弘は家族の中では祖母に懐いていた。

 年老いた祖母と行動を共にするうちに自然と身についたと言われれば納得はできる。

 ひとつひとつは些細なことかもしれないけれど、日常のさり気ない所作に、幼馴染の優しさは滲み出ている。

 積極的にアピールしていないものだから、気付いている人間はあまりいないのかもしれない。

 こういうところに意識を向けてくれる人が増えたら、この男の魅力が伝わるのではないかと思うのだが……


「今度は何を考えている?」


「ん~? お前の視線がエロい」


「す、すまん。見るつもりはなかったんだ」


 孝弘は慌てて視線を逸らしている。

 文芸部員らしい、あまり日に焼けていない頬が朱に染まっていた。


「いや、ジョークだから流せよ」


「それでもだな……」


「だいたい、お前からエロい目で見られても怒ったりしねーよ」


「それは怒れ」


「注文多いなぁ」


「普通だろう?」


 口ぶりはぶっきらぼうだが、晶を心配してくれていることはわかる。


「悪い悪い。反応が新鮮だったから、ちょっとからかい過ぎた」


「心臓に悪い冗談だ。あまり笑えん」


「まあまあ、そう言うなよ」


「……他の連中には言ってないだろうな?」


「他?」


「クラスの連中とか。絶対勘違いする奴が出るぞ」


「別に誰それ構わず言ってるわけじゃないんだが」


「ならいい」


「お、なんだ? ヤキモチか?」


「そうだ」


 間髪入れずにストレートな答えが返ってきて、今度は晶が言葉に詰まる。

 伊達眼鏡越しにチラリと表情を窺ってみるも、孝弘は真顔だった。

 光を反射したガチ眼鏡のレンズが、妙な迫力を生んでいる。


「お、おう……そうなのか」


「冗談だ」


「……お前な」


「さっきの仕返しだ。これでお互い様だな」


「はいはい。オレが悪うございました」


 ため息ひとつ。この話はこれで終わりだ。

 話題を変える。伝えておかなければならないことがあるから。

 軽く頭を振って口を開く。


「さっき都に会った」


「都に? どこで?」


「病院の帰り。一緒に買い物行かねーかって誘ってみたんだけど、断られた」


「……良く誘えるな、お前。そういうところは尊敬する」


「褒めるなよ。照れるぜ」


「別に褒めてはいないが……それで、他には何か話したのか?」


 孝弘の問いに逡巡し、


「オレのことは許さなくてもいいけど、お前のことは許してやれって……」


「言ったのか? そんなこと」


 わずかに語意が強くなった孝弘に、肩をすくめつつ頷く。


「ああ。まぁ、ダメだったけど。何つ~か取り付く島もないって感じ」


「それは……そうだろうな」


 ふたりして思い出すのは1年前のあの光景。

 乱雑な部屋に押し倒された孝弘と押し倒した晶。

 はだけた衣服から覗く男女の肌。密着感。

 

――絵面がやべぇな。


 今でもこうして向かい合ってみると、頬の紅潮を止められない。

 孝弘はあれから男ぶりを増し、晶は女優として羽ばたきつつある。お互いに成長した。

 年頃の男女があんなことを……想像すると胸の鼓動が早まるし、あれを目の当たりにした都の動揺と怒りもわからなくはない。

 思わず、そっと身体を抱きしめてしまう。


「どうした、寒いのか?」


「え、ああ……ちょっと冷房が効きすぎてないか?」


「夏だからってそんな格好するからだ。何かもっと上に羽織るものとか持ってきてないのか?」


 咄嗟の言い訳を信じた孝弘は、これまた真面目に心配してくれる。

 それがさらに得体のしれない羞恥を呼ぶ。


「あと少しで着くんだろ。これくらい我慢するよ」


「ならいいが……女子が身体を冷やすのは良くないと聞いたものだから、つい……」


「いや、怒ってるわけじゃねーから。気ぃ遣わせて悪いな」


「気にするな」


――と言われて気にしない奴はいないわけだが……


 孝弘は晶のことをナチュラルに『女子』にカテゴライズした。

 もちろん間違っていないのだが……自分が他の女子と同じかと言われると首をかしげる部分ではある。

 トイレはもちろん体育等の着替え(体育の授業はほとんど見学する予定)なども、他の女子とは別になる。

 もともと男子だったという経歴を持つ晶と一緒にされることを嫌う女子が一定数存在するからだ。すべての女子が……というわけではないのだが。

 配慮が行き届いていなかったと担任は頭を下げてくれたけれど、彼女たちの言い分も納得できるので別に反論するつもりはない。


「どうかしたか?」


「いや、何でもない」


 じーっと孝弘を見つめていたら、問いと併せて訝しげな視線を返された。


「そうか? 何かあるなら遠慮なく言ってくれ」


「別に遠慮なんてしてないし。言いたいことがあったらちゃんと言うし」


「ならいい。長い付き合いではあるが、言ってくれないとわからないこともある」


 気が回らないものでな。

 自嘲気味に孝弘は続けた。

 おそらく晶が失踪した当時のことを思い出しているのだろう。


「その言葉はそっくりそのままお前に返す」


「……心当たりがないな」


「ほんとか~?」


 上目遣いに問い詰めてみると、孝弘はあからさまにたじろいだ。

 幼馴染のそんな仕草が面白くて、つい虐めたくなってしまう。自重。


――やめやめ。


 視線を外して窓の外を眺める。キラキラと陽光を反射する川の水面が眩しくて、目を細めた。

 わずか1年で変わった。車窓から見える風景も、孝弘も、都も、そして晶自身も。

 時の流れは誰にとっても平等で公平で、そして残酷でもある。

 

――諦めたりはしねぇよ。


 都とのやり取りを思い出す。1年の時を経て頑なになった幼馴染。

 満足のいく回答は引き出せなかったが、会話はできた。

 少しずつでも前進できれば……


――いや、そうじゃないな。


 諸悪の根源である晶は許されなくても仕方がない。

 ……割とあっさり許してくれた孝弘の方が変わっているのだろう。

 せめて孝弘と都の関係は以前と同じように戻しておきたい。

 それだけが、やらかした晶に出来る唯一の罪滅ぼしだ。


「お前、何か変なこと考えてないか?」


 察しのいい孝弘が、そんなことを問うてくる。


「変なことなんか考えてねーし」


「……晶」


「……何だよ?」


「都だってわかってくれる。ひとりで何もかも背負い込むな」


 本当に勘のいい奴だ。

 晶は驚きを隠すのに苦労させられた。

 孝弘は晶と都の関係修復を諦めるつもりはなさそうだ。

 ……とは言え、


「そう言いつつ、すでに1年が経過したわけだが」


「それは、その、すまん。俺の努力が足りなかった」


 軽く突っついてみると、晶の予想以上に孝弘が悄然としてしまった。

 かなり効いてしまっているようなので、慌ててフォローを入れる。


「別に責めてないし。お前ひとりじゃやりづらかっただろ?」


「……まぁな」


「ひとりじゃダメでも、ふたりなら何とかなる……はず」


「だな」


「最悪土下座でもするか」


「……それは悪手な気がする」


「同感」


 アイツ本当にめんどくさいな。

 都のいないところで、幼馴染ふたりは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

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