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第14話 ここからリスタート

先日は失礼いたしました。

今度こそ第1章最終話!

「何やってるの、あなたたち?」


 危機一髪、そして一転。夏の校舎に凍える冬の風が吹いた。

 (あきら)も、晶を受け止めていた孝弘(たかひろ)も、その響きに含まれる冷気にあてられて身体を震わせる。

 耳によく馴染んだその声を耳にするだけで、晶の心臓は早鐘を打ち、反対に全身は警戒レベルを引き上げてしまう。

 振り向かなくとも、そこに誰がいるのかわかってしまうから。


「み、(みやこ)……」「都、これはだな」


 都がいた。胸元の書類らしきものを抱えている。

 逆光を背負い、眼差しは昏く、冷たく、重くて鋭い。

 後光が射している……のとはちょっと違う。やたら滅多ら迫力ある。


「……いつまでそうしてるわけ?」


「え?」


 地鳴りを思わせる声に、自身が置かれている状況を瞬時に把握。

 階段のど真ん中でふたりして抱き合っている形だ。そして都に見られている。

 晶と孝弘が密着していて、遠目から都の眼差しが突き刺さるシチュエーション。


――や、ヤベェ!


 何とも身に覚えのある――『あの日』を想起させる危険な絵面になっていた。

 慌てて距離を取り、平静を装おうとして……失敗した。引き攣る頬がどうにもならない。

 都は黒い瞳に晶を収めたまま、整えられたショートボブの髪先を軽く払って『フン』と小さく鼻息を鳴らした。


「静かね」


「え?」


「C組。ここ最近ずっと(やかま)しかったから」


 視線を外し廊下を眺めながら、そんなことを宣う。

 何のことかわからなくて、とりもなおさず彼女の言葉を咀嚼しようと試み……そして思い至る。

『C組が喧しい』『ここ最近』そのふたつの言葉の意味するところは明白。


「職員室でも噂になってたわよ」


『C組を自習にすると迷惑極まりない』


『夏休み前だからと言って気を抜きすぎている。浮つきすぎだ』


『女優だか何だか知らんが、女子がひとり増えたぐらいで……』


 校内の権力者たる教師の巣窟は、そんな話で持ちきりとのこと。

 職員室なんて昔から用事がない限り絶対に足を踏み入れない部屋だし、教師というのは生徒とは一線を引いた存在だと勝手にレッテルを貼っていた。

 彼らが晶がどのように見られているかなんて考えもしなかった。『大人なのだから、大人の対応をしてくれるのでは?』ぐらいの軽い認識だった。

 都が何でそんなことを知っているのか……きっと生徒会の関係で訪れる機会が多いのだろう。


「それ、オレは関係ねーだろ」


 あずかり知らぬところで教師たちから厄介者認定されている。

 都が言いたいのはそういうことだ……とわかっても困る。

 愚痴混じりに呟くと、都は素直に頷いた。


「別にアンタのせいとは言ってないけど。バカ騒ぎで周りが迷惑被ってるのは事実」


「うぐっ」


「そろそろ風紀委員が動き始めそうだったけど……収まったみたいね」


 何かやったの?

 都の目が無言で問いかけてくる。


 チラリと隣の孝弘の様子を窺うと……先ほどの雄姿はどこへやら、完全に都に呑まれてしまっている。

 昔から、この男は都に弱かった。惚れた弱みもあるだろうが、それだけでもない。

 ……そういう晶も似たり寄ったりだった。都合よく自分のことはスルーしていた。


――どう答えたもんかね……


 先ほどの会話から察するに、孝弘的には教室でのアレは『やりすぎ』に類していたようだ。

 晶的には『普通』に属するレベルのつもりだったのだが、果たして都にとっての『普通』に収まっているのか。

 迷って口ごもったまま――沈黙。都は静かに首を振った。


「まぁいいわ。キッチリ絞めてくれたのなら」


「絞めてねーよ」


「そう?」「そうか?」


 ふたりの幼馴染が疑義を呈してくる。息ピッタリだ。

 お互いに相手の声が耳に届き、視線を交わし合って『フン』と背けた。


――何やってんだ、こいつら……


 これは先が思いやられる。

 気付かれないように嘆息していると、靴音が接近してくる。都が階段を降りてくる。


 相対距離――5メートル、3メートル、1メートル……ゼロ。


 同じ段に立って向かい合う。身長は晶の方が少し高い。

 じっと見つめていると、都は――瞑目、そして深呼吸。

 再び見開かれた瞳にダークネスな感情は宿っていない。爆発的な感情もない。

 しかして、その内心を窺い知ることもできない。


「受け取ったわよ。入部届」


「え? あ、ああ」


 何気ない口調で語り掛けてきてくれた。

 内容はあっさりとした事務的なものだが……それだけでも一歩前進できた気がする。

 我ながらチョロいな、と自嘲せざるを得ない。

『ただし……』と都は続ける。


「くれぐれも変なことはしないように」


「しねーよ。だいたい変なことってなんだよ」


「……自分の胸に聞いてみたら?」


 グサリと突き刺さる言葉を投げかけてきた幼馴染は、立ち尽くす晶たちを置いて階下に消えていった。

 遠ざかる白いうなじ、そして背中。何か言おうとしたものの……言葉にならなかった。

 今このタイミングで何を言えばいい?

 わからなかった。『自分の胸に聞いてみたら?』なんて直撃過ぎる。


 それに――指摘された内容が痛いところを的確に突いてくる。

 学校の片隅にひっそり(?)と建つオンボロ校舎、陽光が届きづらい奥まった一室に年頃の男女がふたりきり。

 一年前のアレを知らない人間からも邪推を呼びかねないと気付かされた。


――焦るな。機会はある。切り替えていけ!


 軽く頭を振って余計な思考を振り払う。

 孝弘との関係は修復できた。

 都は……一応あちらから話しかけては来てくれた。

 職員室で問題になりかけていた教室の騒ぎは収まった。

 状況は少しずつではあるが好転している。足場を固めて一歩ずつ進む。今はそういう時だ。


「晶、本当にいいのか?」


「……何が?」


「都が言ってただろう。部室の件だ」


「それは……どうにもならなくないか?」


 部室の決定権は晶にも孝弘にもない。

 文芸部は部室を取り上げられなかっただけで御の字。

 男女ふたりの同好会なんて文芸部以外にもあるのだから、気にしても仕方がないように思える。


「いや、まぁそうなんだが……その……」


「あ、お前、ひょっとして期待してたりするのか? このスケベ」


「ち、違う。断じてそんなことはないぞ!」


「速攻で断言されると、それはそれでショックだわ」


『お前には女としての魅力がない』と言われているように聞こえる。

 女優としてグラビアアイドルとして、そして一介のJKとして。

 どの立場でも微妙に納得がいかない。


「じゃあ、どう言えばよかったんだ?」


「知らねー。言い回しを工夫したまえ、文芸部!」


「お前な……」


 呆れ口調の孝弘を放置し、昇降口で靴を履き替えて部室棟へ。

 立地といい、その微妙な佇まいといい、どことなく子供の頃につくった秘密基地を思わせる。

『ガキっぽいな』と呆れはするものの、このオンボロ木造校舎が放つ胡散臭い雰囲気は気に入っている。

 文芸部にあてがわれた一階奥の部室に入り、机を挟んで孝弘と向かい合って腰を下ろす。

 以前に比してボリュームアップした胸元に汗を感じる。エアコンがないせいで温度調節がままならない点は厄介だ。

 

「でもな、正直よかったって思ってるよ」


 お前には悪いことしたがな。

 晶がそう言うと、孝弘は奇妙なものを見つめる顔を向けてくる。


「なんの話だ?」


「あのときのこと。お前を誘ってよかったってさ」


『あのとき』がいつのことを差しているのかはイチイチ説明不要。

 一年前、幼馴染の関係を自ら壊したあの日のことだ。

 察した孝弘は頬を赤らめ視線を逸らす。忙しげに眼鏡の位置を気にし始めた。


「な、何をいきなり……だいたいお前は俺のせいでこの街を去ることになったんだろうが」


「それはオレのせいな。オレとしては一番信頼できるからお前を誘ったし、拒絶された直後は『見捨てられた!』って思ったけど……お前が自制してくれたおかげで、今のオレがあるんだよな」


 孝弘が晶の誘惑を跳ねのけたのは、都が部屋に踏み込んでくる前だった。

 都が来なければ、孝弘には誘いに乗って最後まで致してしまう選択肢だってあったのだ。

 孝弘がその道を選ばなかったおかげで、色々あったものの晶は芸能界で名をあげて羽佐間市に凱旋することができた。

 こうして孝弘との関係を修復することができて、都との関係を復活させる機会を得た。

 あのまま自傷的に流されていては、たどり着くことのできなかった未来だ。道筋を示してくれた親友には感謝しかない。


「ま、都の方はこれから追々何とかするとして……」


「何とかなるのか?」


「任せろ。お前は大船に乗ったつもりでドーンと構えてればいい」


「泥船の間違いじゃないか?」


「……」


 現場を見られたのは晶だけではない。孝弘もだ。

 都が晶に冷たい態度を取るのは仕方がない。自業自得だ。

 でも、孝弘との関係も冷え切っているようでは罪悪感が半端ない。

 この男は都に想いを寄せているのに、晶の暴走に巻き込まれて完全にとばっちり状態なのだ。

 

――予想してはいたけれど……拗らせてるよなぁ。


 もし自分が戻ってこないままだったら……想像するだに恐ろしい。

『どうにかしなければ』と焦燥に似た使命感に駆られる。


「無理するなよ。また倒れられたら、たまったもんじゃない」


 晶に必要以上の負担を強いたくないという意図を、孝弘の言葉の端々から感じる。

 もうすぐ夏休みに入るとはいえ、まだ高校生活にも慣れていない。

 仕事やレッスンも抑えはするものの、スケジュールに組み込まれていく。

 一般の高校生よりは、何倍あるいは何十倍も忙しい日々を送ることになるだろう。


「水臭いこと言うなよ。オレは……そのために帰ってきたんだ。あ、勘違いするなよ、自分のためだからな」


 べ、別にお前らのために帰ってきたわけじゃないんだからねッ!

 何ともあざとい演技。対する反応は……思いっきり情けない表情。

 狭苦しい一室に言葉にし難い空気が蔓延する。


「……なんだよその顔。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」


「……言っていいのか?」


「いや、やっぱ言うな。武士の情けだ」


「もう少し考えような、芸能人」


「チッ、根に持ってやがる」


 ふふふ……あはは……

 どちらともなく湧き上がってきた笑い声が室内を満たす。

 胸を満たすのは――懐かしい少年時代を彷彿とさせる暖かい気持ち。

 

――ようやく戻ってきた。もう一度、ここからオレはやり直す!


 今度は間違えない。以前のように自棄にもならない。捨て身もやめる。

 たった1年とは言え大人の社会に揉まれてきた。何物にも代え難い経験をさせてもらった。

 少しだけ成長できた今の自分なら、かつての関係を取り戻せる……はずだ。多分。きっと。


「あ、そうだ。お前、オレと付き合え」


 唐突に放たれた言葉に頷きかけた孝弘は――そのまま目を剥いた。

 幼馴染の凝視を受けた晶は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

『TSシンデレラガールの凱旋』第1章、これにて完結です。

 数日のお休みを頂いたのち、第2章の掲載を開始する予定です。

 今後とも応援いただけましたら幸いです。

 感想、レビュー、ブクマ、ポイント等頂けますと作者のテンションが爆上がりになりますので、

 こちらもご検討くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

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