美少女な俺様が悪魔の誘惑を仕掛けてみる!
模擬戦を経て、わかったことがある。
(今の俺、超強いんじゃね?)
普段であれば、いくら八卦掌の走圏──八卦掌における基本的な歩法──が得意だったとはいえ、彼の、止まる事を知らない滑らかな連続剣を回避するのは容易なことではなかったはずだ。
それなのに、今の俺の目はその剣筋を読み、予測し、回避することが息をするように簡単にできた。
これなら世界の危機とやらも楽勝なのではないだろうか。
「にしても、その世界の危機とやらがまさか、オーソドックスにも魔王軍の進撃だったとはなぁ」
なんとなくわかってたけど。
更衣室で元の一張羅に着替え直しながら、ポツリと呟く。
ここまでテンプレな展開になってくると、たぶん、冒険者ギルドか教会に顔を出したほうがいいんだろうな。
これがゲームだったら、たぶんそうしないとストーリー進まないし。
(となると、どうやってそこに行くかだけど)
一応、騎士団の人たちにとっては、俺は不審者だ。
記憶喪失と称して、行く宛のないかわいそうな少女を装っているが、時期に無理が来る。
それに、世界の危機に対処しようとしているのにここに留まっていてはどうしようもない。
まずはしっかりとした身分を獲得しなければ。
……となると、まずは冒険者登録か。
それから教会に行って神託が貰えないか試して……。
「そのためには……これしかないだろうな」
着替え終わり、頭の中に計画を立てたところで、更衣室の扉がノックされる。
「ファムちゃん、もう着替えた?」
メアリーの声だ。
「うん、着替えたよ!
訓練服、貸してくれてありがとう」
メアリーを中に入れて、訓練服を入れた麻袋を彼女に返す。
「うんうん、もちろんだよ!
だって私はお姉ちゃんだからね!」
えへんっ!
俺とほとんど変わらない、小さな背丈でかわいらしく仁王立ちをして胸を軽くトンと叩く。
そんな彼女の仕草に、思わず顔が綻んだ。
これが前世の俺だったなら、一瞬で惚れていたに違いないが、しかし。
(まぁ、俺の方が何倍もかわいいけどな!)
今の俺はそんな彼女を凌駕するくらいかわいい。
そんな自分の美貌に心の中で自賛しながら、ひょっこり顔を出した人影に視線を向けた。
「にしてもファムちゃん、実は結構強かったんだねぇ。
私、びっくりしちゃったよ」
メアリーに続いて入ってきたのは、黒髪の背の高い女騎士見習いステラだ。
こっちの世界に来てから初めて見た黒い髪と黒い瞳の少女。
これがラノベとかなら、きっと祖先に日本人の転生者が混じっているに違いない。
そんな雰囲気の少女だ。
「ホントホント、お姉ちゃんはびっくりしたよ」
ユーゴーとの模擬戦を思い出していたのか、2人がうんうん頷く。
「ユーゴー先生、私たち見習いが束になってかかっても勝てたことなかったから、最初の剣を全部避けるところなんか、もう見入っちゃって。
ファムちゃん、あれどうやったの?」
ステラが興味津々とばかりに顔を近づけ、尋ねてくる。
メアリーの方もどうやら気になるらしく、解説を促すようにジッと視線を合わせてきた。
(どう、って聞かれてもなぁ)
はたして、説明しても理解されるのかどうか。
すこし渋りながらも、とりあえず口にしてみる。
「先の先を読んで、ひたすら相手のリーチから外れながら背後に回るっていうのを繰り返してただけ……っていうか」
「「センノセン……??」」
知らないのか、あるいは翻訳が不十分なのか。
2人揃って首を傾げる。
そのシンクロする様子は、見ていて姉妹みたいだと思ってしまう。
それはともかくとして。
「あー、先の先っていうのは、相手が今から攻撃するぞ!っていう気迫、気配を読んで、相手が動こうとした瞬間にこっちから動くっていう技だね」
うちの師匠曰く、最も基本的な5つの技術──心眼、関節駆動、重心移動、体振動、歩法──の内の一つだ。
これをマスターするために様々な套路──空手で言うところの型みたいなもの──をやらされたのは、今でも覚えている。
「言葉で聞いてもわからないと思うから、実際にやって見せようか」
何を言われているのかさっぱりだ、と言った様子で呆けた顔を見せる彼女に、苦笑いを浮かべて提案する。
「「お、お願いします!」」
(またハモったよ)
──というわけで、技術解説をするために、更衣室に広い空間を作る。
といっても、部屋の真ん中に置かれてるベンチをちょっとずらしたくらいだけど。
まずはステラと向かい合い、構えてもらう。
「じゃあ、思いっきり俺様を殴りにきてみな。
どこでもいいよ?」
「え、あ、はい!」
緊張した様子で返事するも、その脳裏には先程の模擬戦の様子が浮かんでいたのだろう。
きっと当たらない。
そんな信頼にも似た確信を持って、眼前に構えられた拳を、思いっきり力を込めて顔に打ち出──そうとした瞬間に合わせて、相手が動く一瞬手前のタイミングで俺は彼女の顔面を殴るように、あえて予備動作を見せた。
メアリーの目から見れば、きっと2人が同時に──あるいは俺の方が一瞬先に動いたように見えただろう。
そんな俺の動きを見て、ステラは『わっ!?』と悲鳴を上げた。
「こういうこと」
彼女の驚きを見て、満足に笑顔を浮かべて見せる。
一方でメアリーはと言えば、何が起きたかわからない様子で、頭の上に疑問符が浮かんでいた。
「あの、メアリーちゃん、これ凄いよ!
私が動こうとしたタイミングでファムちゃんがバッ!て!」
同じように、メアリーにも経験させてみる。
「わっ!?凄い!凄いよファムちゃん!どこでこんな技術覚えたの!?」
結果はステラの時と同じ。
きゃっきゃと騒ぎながら、凄い凄いを連呼する。
わかる。
その気持ちすっごくわかる。
俺も師匠に見せられた時に『えっ、これが基本技術?』って目を疑ったもん。
でもこれ、実はプロ格闘家とかめっちゃ普通に使ってるんだよね。
護身でこれを習う前までは『どっちが勝つんだろう』ぐらいの興味しかなかった格闘技の試合を、これを習得した後で見返してわかるようになった。
これは要するに、相手の予備動作を見た段階で攻撃を仕掛けるという、至極基礎的な技術なんだ。
これを極めて行った上にあるのが、この、相手の気を読んで先に動くというやり方。
このレベルに達するまで、俺は5年かかった。
師匠曰く、『お前は生徒の中でも習得は遅い方だな』とは言われたが。
……え?
健康のために護身を習ってたんじゃないのかって?
そうだよ?
入門したところがガチのところだったってだけの話さ。うん。
だってさ、普通に運動するのもなんか、続く気しないじゃん?
だったらこういう、いつか異世界なら行くことがあったら、ちょっとくらい戦えた方がいいよな、なんて妄想と一緒に楽しめた方が絶対いいじゃん。
なんて。
あの頃は本当に異世界転生することになるとは微塵も思ってなかったけど。
まぁ、結果オーライってことで。
閑話休題。
それから、2人に体術を教えてくれとか、師匠になってとか色々言われたわけだが、ここに止まってしまうと世界の危機を救えないのでお断りした。
のだが。
「お願い!ファムちゃん教えて!」
「私、あなたのお姉ちゃんじゃなくてもいいから!」
「いや、メアリーは元から俺のお姉ちゃんじゃないでしょ」
ていうか、さっきからめっちゃ“お姉ちゃん”を推すな、この子。
どっちかっていうと妹属性だろ君は。
……にしても、引き下がらないなぁ、2人とも。
くそう、このあと街を案内してほしいな、とか言って冒険者ギルドに行って冒険者登録をしてこようとか思ってたのに。
このままじゃ一向に──。
そこで、ふと天才な俺様の思考回路は、とある天才的な発想に思い至った。
もしこれが成功すれば、この先の世界を救う旅がもっとやりやすくなること間違いなしになること間違いない。
「そこまで言うなら……」
ニヤリ、と笑みを浮かべて、2人の頭を上から見下ろした。
「「ごくり……」」
2人の生唾を飲む音が鼓膜を打つ。
そこに俺は、無茶なセリフを口にした。
「騎士になるのをやめて、一緒に冒険者になってくれるなら、弟子にしても良いけど?」
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