美少女な俺様が騎士に勝って疑われる!
かくかくしかじか、紆余曲折。
そうこうしてファムとユーゴーは模擬戦を行うことになった。
男の名前はミハエル・ユーゴー。
ここユーリア砦に所属する常駐騎士中隊の小隊長で、かつここに派遣されてくる騎士見習いたちの剣術指南役である。
騎士が相手にするのは、人や魔物、あるいは害獣と様々で、ここに攻めてくるものがあれば立ち向かうのが仕事だった。
そんな彼らの小隊長の1人である彼は、剣術指南も務める通り、相当な腕の持ち主だ。
先ほどは誤って部下の木剣を折り飛ばしてしまったが、それも不意に視界に入ったファムの美貌に意識を奪われてしまった為である。
本来なら、普段の彼ならば、精神を落ち着けさせる呼吸法によって、そんな心のざわつきは抑えられるはずだった。
こと、戦闘中においては無意識にそれがなされる為、戦いの合間に雑念を抱くようなことは決してない──筈なのに。
「それでは、両者構えて」
審判役を務めるのは、先ほどはユーゴーが木剣を折った彼の部下だ。
そろそろ試合が始まる。
心を落ち着かせなければと、意識して呼吸を整える。
しかし。
(いくら呼吸を整えても、どうして俺の心は抑えられないんだ……っ!?)
ユーゴーは半身になって剣先を前方下段に構える、いわゆる愚者の構えをとりながら、目の前で無防備、かつ自然体に訓練用の木製ナイフを持つ彼女を睨んだ。
(あぁ、かわいい……。
本当に芸術品のようだ。こんなものを、果たして傷つけていいのか……)
人などの生き物は、その魔力量によって身体能力が大きく変動する。
多ければ多いほど身体能力は高くなるし、それに従って言えば目の前の彼女のそれは異常とも呼べそうな具合だった。
しかし、身体能力と戦闘能力は比例しない。
訓練を積んで、確実な技術を手にしている彼であれば、いくら身体能力の高い相手だと言ってもそこまで苦戦することはないだろう。
つまり、ユーゴーはファムに、絶対に勝てるつもりで居たのだ。
しかし、この目の前で無防備に立っている彼女からは、余裕が感じられる。
まるで殺気がなく、彼など余裕で斬り伏せられるとタカを括っているように感じて、それが腹立たしく──同時に、ユーゴーの被虐心をくすぐって、余計に心がざわついた。
「──始め!」
「うおおぉぉぉおおおおおお!!」
迷いを振り切るように、横薙ぎの一閃を振るう。
死角からの一撃。
しかし雄叫びのせいでタイミングを読まれたか、紙一重で回避される。
しかし先ほどの雄叫びは、心のざわつきを振り払うための一撃。
ここから改めて呼吸を整え、雑念を一気に振り払うことに成功させる。
頭の中にかかった靄が綺麗に無くなった感覚。
これなら普段通りに戦える。
切り返しながら上段へ剣を振り上げ、間合いを詰めながら剣を振り下ろす。
剣を振り下ろした先がまた別の攻撃に移るための構えになっているので、そこからも剣戟を繰り返した。
ユーゴーの使う剣術は、構えから構えに移るこの動きを攻撃とすることで、素早い連撃を繰り返す《ネーベンフレート流》である。
そのすべての構えからあらゆる構えに移すことができるよう設計されたこの剣術は、一回の攻撃を終えた後にもさまざまな対処が可能となり、たとえ不意をついた攻撃であったとしても防ぐことができた。
そんな嵐のような連撃を、目の前の小さな少女はといえば目で剣筋を追いながら紙一重に回避していた。
(当たらない……っ!)
微妙に間合いを外され、すべて回避される。
気味の悪い足運びだと、ユーゴーは口端を引きつらせる。
そうやって全ての攻撃を回避しているうちに、どうやら彼の攻撃パターンを読まれたのだろう。
不意に、彼女の方から木製のナイフが突き出された。
「っ!?」
実際には、ほとんど速さと呼べるものはない突き。
予備動作を消されたわけでも、死角から攻められたわけでもない。
ただ、攻撃の意思を消されたため、対処に遅れる。
打ち返すのでは間に合わない。
上体を捻らせて、ナイフを回避した──直後。
「なん……ッ!?」
ユーゴーからは、始め左の首筋を狙っているように見えていたそれは、気がつけば真正面から首に突き立てられていた。
いや、正面じゃない。
まるで殺気を感じない動きで後ろに回り込まれ、そのまま後ろに引き倒されながら首元にナイフを突きつけられていたのだ。
(ナイフに意識を奪われて、彼女の動きが意識から外されたのか……っ!?)
とんでもない技術だ。
およそ、表の世界で生きるための技術というよりも、まるで暗殺者のような身のこなし。
見えているのに見えない。
遅い攻撃なのに反応が追いつかない。
今まで感じたことのない奇妙な感覚に、思わず笑い声が漏れた。
「あは、あははははは!
君、すごいね!そんな歳で一体どこでそんな技量を身につけたんだい?」
「それは……秘密です」
はにかむようにして、彼から離れて端的に応えた。
それもそのはず、前世で護身術を習っていたから──正確には、八卦掌とクラヴ・マガ──だなんて、言えるはずもない。
いや、言ったところで信じてはもらえないだろう。
あるいは、異端審問官に火炙りにされるかのどちらか。
しかし、そんなことはつゆとも知らないユーゴーは、悪ふざけでこう言ってみせた。
「君、もしかして草原グールなんじゃないのかい?」
「草原グール?なにそれ?」
聞いたことのない言葉に、こてん、と首を傾げる。
「くっ、かわいい……。
じゃなくて!えっとな、草原グールっていうのは、人に化ける魔物の一種さ。
グールっていうのがそもそも砂漠や荒野に住んでるような魔物なんだが、最近、魔王軍の尖兵として、砂漠以外の場所──つまり、草原や森なんかにまで顔を出すようになった。
結果、街の間を行き来する隊商に紛れて街の中に入ってくる事件がこの付近でも多発するようになってな……」
ジッ、と彼女の瞳を見ながらカマをかける。
「それで、私を草原グールだと?」
しかし、彼女のその反応を見るに、まだ断定するのは難しそうだと判断するなり、笑顔を浮かべながら続きを口にした。
「あぁ。
奴らには《魅了》と《変身》というスキルがあってな。
見た人を虜にするような外見に変身して近寄ってくるんだ」
言われて、ファムは渋い顔をする。
別に、ファム自身は変身なんてしているつもりはないが、言われたその《魅了》という言葉が妙に当てはまってしまう。
疑われても仕方ないが、それだけ自分はかわいく彼らの目に──いや、彼ら彼女らの目に映っているのだと思うと、悪い気はしないような、しかし複雑な気持ちを抱くのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
冒険者レンウォードはギルドでの報告を終えると、今晩の会合のため、良い服を誂えようと洋服店で買い物をし、汚れた体を洗うために風呂のある宿に泊まることにした。
まだ日は高く登っていたが、今晩のことを思うとはやる気持ちを抑えられず、すぐに風呂に向かうことに決める。
「女将、風呂に入りたいんだが」
受付の時に言われた通り、カウンターで入浴の旨を伝える。
ここの女将は獣人族だ。
黒い髪の、背の低い狼系の獣人。彼の記憶では、たしか14歳と言っていたか。
この世界では12歳で成人のため、もう立派な大人である。
(そういえば、この国の国教だと、成人式には精霊を受け取る風習があるんだったか)
関連して思い出すのは、今朝出会った謎の銀髪の美少女。
異常なまでの魔力量をそのままに垂れ流していた、魔力制御の不得意そうなあの少女だ。
もし精霊を授かってなどいたりすれば、あの魔力はもう少し抑え込められていた筈だが、全くそんな様子がなかった。
あんなものは、生まれたばかりのグールか、あるいは大人びて見えて実はまだ成人していないかのどちらかにしかならない。
(……騎士団に連れて行ったのはいいものの)
あの後、実はグールでした、などといって討伐されていないだろうか?
あるいは──。
しかし、考えたところで仕方ない。
レンは雑念を振り切ると、女将の指示に従って湯着を借り、浴場へと足を進めるのだった。
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