美少女な俺様が騎士団に保護される!
ユーリア砦は、地中海沿岸の国であるイタリカの中でも、内陸地の方にある。
国土の約4割を半島といくつかの小島からなるこの王国で内陸地といえば、東にフラヌス王国、西にニュルンベルカン、北西にはアガレト皇国、北東にはエルフの国ヨイツ森国と隣り合わせである。
ユーリア砦はそんな内陸地の北西にあり、アガレト皇国へ馬車で2ヶ月の距離にあった。
さて、そんなユーリア砦の常駐騎士らの住う寮の一角。
その食堂に、一つの大きな人集りが発生していた。
その中心にいるのは、もちろん。
「んんんんまぁあい!」
「「きゃーっ!かわいいぃいい!!」」
酒池肉林とはまさにこのことか。
ケチャップをたっぷりかけたオムライスを口いっぱいに頬張って、幸せたっぷりの笑顔を浮かべていた。
それはいったい誰か。
それ、本当に聞いてる?
もちろんわかるよね?
星を織り込んだように輝く銀髪、夏の青空のような蒼い瞳、精巧に作られたビスクドールのような、きめ細かな白い肌。
そう、俺だ。
勘違いで通り魔に殺され、異世界にTS転生したファム・ファタール──水銀悠だ。
その魔性とも言える凶器的なかわいさは男だけを虜にするにとどまらず、この愛らしい容姿は騎士団の女子らも虜にしていた。
(マジ、役得)
ここに来るまでに随分と消耗した体力を、オムライスと女子らの黄色い声で回復しきった俺は、いっぱいになったお腹をさすって仰向けになった。
そうすれば、視界いっぱいに女騎士たち──正確には見習いらしいが──の優しい笑顔がこちらを覗き込んでいた。
「ファムちゃん、口元にケチャップついてるよ〜」
「ん〜」
女騎士見習いの1人。
彼女たちの中で唯一髪が黒い少女が、ナフキンで口元についたソースを拭ってくれる。
ちなみに “ファムちゃん” というのは彼女たちが俺につけた愛称だ。
どうやら現地の古語で “人形” を意味するらしく、図らずともファム・ファタールを冠することになってしまった。
彼女たち曰く、人形のように可愛らしいからだそう。
「あー、ずるーい!」
「えへへー、早い者勝ちだもんねー♪」
ブーブー、と周囲の見習いたちが叫ぶ。
女の子に取り合いにされる経験なんてこれまでなかった俺にとっては、モテるって大変だなぁ、とか考えながら、そんな人垣の向こうに見えるバトスら3人組へ視線を向けた。
そこには、羨ましそうな視線を向けてくる目が3対。
きっと、俺様に構うことが許されているこの見習い騎士たちが羨ましいに違いない。
そこで俺は、あえて意地悪な笑みを、そうとは知らせない自然な笑顔で向けてやった。
その笑顔を見て、『くぅ、こんな俺たちにも微笑んでくれるのか、あの女神は!』と言葉を漏らしていたのは、また別の話。
⚪⚫○●⚪⚫○●
食事を終えて、見習い騎士の女の子たちが、ここユーリア砦の案内を買って出てくれた。
砦の食堂や寮の場所、お風呂の場所、祭事用に身を清めるための浴場と普段使い用の浴場の場所に、修練施設など。
結構敷地が広いことがわかった。
「砦って、もっとこじんまりしてると思ってた」
砦と言われて想像するのは、巨大な壁と門、そして物見櫓があるくらいで、特にそこで生活したりするとかいった施設の存在をイメージすることはなかった。
ただの防衛用の壁という印象が、なんとなく植え付けられていたのだ。
しかし今回紹介きてもらったこのユーリア砦はといえば、もちろんそういった施設も見受けられるのだが、ここはちゃんとした軍事施設であるのだということを意識させられるような作りだった。
「関係者以外立ち入り禁止の塔とかもあるから、迷わないようにしないとだね」
黒髪の見習い女騎士、ステラが笑顔を浮かべながらコメントを返す。
「うぅ、広いから間違って入る自信しかない……」
こういった台詞は、だいたいフラグになってる。
『入っちゃダメ』とか、『立ち入り禁止の区域がある』だとかいうワードが出てくると、主人公は大概、意図しない運命の導きによって、そこに誘い込まれてしまうものなのだ。
……特に、今の俺なんかめっちゃ主人公してるわけで。
修練施設で訓練を受ける騎士兵の姿を横目にしながら、俺は苦笑いを浮かべた。
「そういえば、ステラたちはどうして騎士に?」
立ち止まって振り返り、見習い騎士たちに尋ねる。
「んー、うちは代々騎士の家系だからなぁ」
ステラは、どうしてと聞かれても、そういう家系だからとしか言えないようだ。
ほかの見習いたちも似たようなものだ。
元々、男爵や子爵家の次女や三女だったらしい彼女たちは、比較的自由な選択肢が与えられていたが、特に他にやりたいこともなかったのだという。
「ふぅん……」
そんなもんか。
──と、そんなことを考えていると、視界の端に何か動くものをとらえた。
「──ッ!」
こちらに飛んでくる何か。
それを俺は、腰のナイフを引っ張り出すのと同時に、飛んでくる棒状のそれをナイフの刃で絡めとるようにして弾き落とした。
カラン、と乾いた音を立てて、折れた木剣が石床に転がっていくのを目の端で追いかけた。
とたん、黄色い声が後ろから上がる。
取手を案内してくれていた騎士見習いの女の子たちの声だ。
「すごーい!」
「ファムちゃん、かわいいだけじゃなくてこんなに強かったなんて!」
口々に称賛の声が浴びせられ、少し照れ臭くなる。
「えへへ、ありがとう」
うわぁ、こんな数の女の子にこんなに褒められるなんて、前世の俺なら絶対なかったよなぁ。
なんか、複雑な気分だけどめっちゃ嬉しい。
そんな感傷に浸っていると、修練場の方から足音が聞こえてきた。
「すまん!怪我はないか!?」
おそらく木剣の持ち主と折った張本人なのだろう。
2人の青年が青い顔をして駆け寄ってくる。
「あ、うん、大丈夫。
ちゃんとパリィできたから」
なんともないことを見せるように、その場でくるりと回って見せる。
白いスカートがふわりと浮いて、一瞬下着が見えそうになるのを両手で押さえて隠した。
それにしても、さっきのアクシデント。
俺がもし前世で護身術を習っていなければ、絶対に反応できなかった。
いや、実のところを言えば、習っていたからと言って昨日までの俺がまったく同じ状況で対応できたかどうかは、正直疑わしい。
(こっちの世界に来て動体視力と反射速度が上がったのかな?)
そういえば、レンと遭遇した時の俺の咄嗟の反応だって、昨日までの俺なら絶対できなかったことだ。
……これは、今の体のスペックをちゃんと確かめる必要がありさあな気がする。
ニコリと微笑みながら、折れた木剣のブレードを青年に手渡す。
「「……っ!」」
……のだが。
「……どうしたの?」
もしやラグったか?
いやいや、ゲームじゃないんだから。
こちらの方をじっと見つめたまま固まって動けない2人を、怪訝な仕草で見上げる。
すると、どうやら2人の顔が真っ赤に染め上がっているのが確認できて、思い至る。
(……あ、これ、もしかして俺様のあまりのかわいさに脳ミソがショート起こしてるな?)
まったく、かわいいって罪だぜ。
「あっ、いや、怪我がなくて良かった。
……見ない顔だけど、騎士団に興味が?」
しばらくして、慌てたように言葉を紡ぐ修練中の騎士その1。
「いや、森で迷子になってたところを冒険者に助けてもらって。
成り行きで、しばらくここに滞在することになったんだ」
よろしく。
そう呟いて、ナイフを腰の鞘に収めて右手を差し出した。
「よろしく」
顔を赤くするものの、表面上は平静を装って手を握り返す騎士2人。
装備していた皮の手袋の表面はざらざらしていて、変な感じだった。
(鮫革か……?)
「ところで、さっきの動きは見事だったよ」
騎士その2が話題を切り替える。
「ありがとう」
「よかったら、これから模擬戦でもしないかい?
君のその内包する魔力量、きっと腕利きの冒険者なのだろう?」
……魔力量?
彼の話が理解できず、小首を傾げて見せる。
すると、ステラが気を利かせて説明してくれた。
「えっとね、ファムちゃん。
動物とか魔物はね、持ってる魔力量が多ければ多いほど、身体能力が向上するんだよ」
言われて、そういうことかと納得する。
さっきのアクシデントに咄嗟に反応できたのも、きっとそれのおかげなのだろう。
(常時身体能力強化の魔法がかかってるみたいなものか)
どういう仕組みなのか気になったが、それを考えるのはまたの機会として、とりあえずここは『へぇ、そうなんだ』と相槌を返した。
「そういうことならちょうどいいね。
その勝負、受けて立つよ!」
こうして、俺の初めての異世界でのバトルが幕を開けるのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
一方その頃、ユーリアの街の冒険者ギルドでは、ミカネを助けた例の冒険者──レンウォードが、応接室でギルド職員と話をしていた。
「──その話、本当ですか?」
ギルド職員のユナ──茶色い髪に緑の瞳を持つ背の低い狼系の獣人の少女──は、怪訝な顔をしてレンに問い返した。
「事実だ。
なんなら砦まで確かめに行ってもらって構わない。
しばらくはそこで保護されると言っていた」
「うぅん、銀髪碧眼で、12歳くらいの女の子で、魔力量が桁外れな記憶喪失の異世界人を自称……。
レンのことを疑うわけじゃないけど……一応、上とも連携して、行方不明者リストを漁ってみます」
「ありがとう、頼んだ」
手短に情報のやり取りを終えて、席を立とうとするレン。
しかし、そんな彼をユナは急いで引き留めた。
「あっ、待ってレン」
「ん?」
呼び止められ、上げかけた腰をもう一度下ろす。
「まだ、しばらくユーリアにいるんだよね?」
「……事情が変わった。
多分、今週中にはここを出るよ」
「そう、なんだ」
しゅん、と耳を垂れさせ、俯くユナ。
そんな態度を見せる彼女に、どうしたんだ?と不思議そうな表情を浮かべる。
レンウォードは鈍い男ではなかった。
彼女が自分にそう言った気持ちを抱いていたことは知っていたし、それが、一度この街で暴漢から救ったことから始まったのだろうかともなんとなく察していた。
なので、彼女が心を決めたように握り拳を作って、小さく『よしっ』と呟いた言葉を聞いて、そろそろ来る頃かと心の準備を始めた。
「レンさん、今晩、時計塔広場に来てくれませんか?
話したいことがあるんです」
「……わかった。
必ず行く」
ぶっきらぼうに答えてしまったのは、照れ隠しか。
冒険者の男どもが、ほとんど共通して見るロマンがある。
それは、ギルドの受付嬢との恋。
今日の朝こそ、あの不審な幼女に思わずプロポーズまがいのことをしてしまったが、彼はずっと彼女のことが好きだった。
一目惚れではない。
傍観から救った後、何度か一緒に食事をしたりして過ごすうちに、彼女の優しさに惹かれていたのだ。
(この街はアイツがいるからダメだが、ここから離れた場所──たとえばバテリアなんて田舎町で市民権を買って、そこで2人で過ごせたりなんかしたら)
表情を押し殺して、応接室を出る。
今晩が楽しみだ。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m
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