美少女な俺様が帽子を目深に被る!
「それじゃあ、今日はもうお別れという事で。
またいつか一緒に遊びに行くワン!」
「うん、また機会があれば!」
空がオレンジ色に染まるまではまだ少し猶予があった。
少し湿り気を帯びた風が吹いて、時計塔の鐘が鳴り響く中、俺たちはメザイアと別れ、2人きりになる。
時はあれから少し進んで、午後5時くらい。
俺は、メザイアが広場から姿を消すのを見送って、レンに声をかけた。
「あの、さ」
「なんだ?」
下着を選んでもらった。
ただそれだけのはずなのに、そのことが恥ずかしくて目を合わせられない。
俺にそんな趣味はない。
そう言い聞かせていたが、なんだか今日のせいで自信がなくなってきたようだ。
まるで、心が体に引っ張られているような、そんな感覚がするのだ。
「……この後、まだ時間ある?」
彼が選んだ、青い三角帽子の広い鍔を両手で引っ張って顔を隠しながら問いかける。
レンは俺の代わりに重い荷物を持ってくれていた。
そんな中何時間も付き合わせるのは、少し酷だと思う反面、嬉しくて恥ずかしかった。
というのも、服が何着も嵩張ってるし、その中には下着も入っている。今日買ったもの全てが彼の手の中にある。
そう思うと、少し居心地が悪いような、なんというか、変な気持ちになる。
これを言葉にするのは難しい。
さっきは嬉しくて恥ずかしいと表現したが、少し違うような。
複雑な感覚だ。
……思考が逸れるな。
なんか今日は、心の中がぐちゃぐちゃだ。
「まぁ、特に用はないが。
……なんだ、買い忘れか?」
「まぁ、そんなとこ。
メアリーとステラに、お礼を買いたくて」
目を逸らしつつ、言う。
俺の財布は彼が握っていた。
もし面倒くさいなら、荷物も全部彼に持たせているわけだし、また日を改めようかとも思ったのだが、彼は一言『俺のはねぇのかよ』と苦笑いを浮かべるだけだった。
「い、いや、そんな事はない!
レンには、その、えーっと、1、2、3、4……うん。
4回分、助けてもらったから、その分、お礼したいし……あーもう、言うはずじゃなかったのに……!」
さらに帽子を目深にかぶって、恥ずかしさで地面にしゃがみ込んだ。
「……ずるいよ、レンは」
ポツリ、そんな言葉がこぼれ落ちる。
なぜそんなふうに思うのか、自分でもわからなかった。
そもそもどうしてこんなことになったのか、俺はよくわからない。
初めは、レンが変なプロポーズをしてきたのがきっかけだった、ように思う。
あれがなければ、今の俺たちの関係はなかっただろう。
あの感覚が面白くて弄っているうちに、なぜかこんな風に……あぁーッ!考えるとなんか、なんか変な気分になる!
「それで、2人には何を買ってあげるんだ、ミカネ?」
本名の方を呼ばれて、びくりと心臓が震えた。
同郷の人間だから呼ぶのを許した、その名前。
彼にしか教えていない、本当の名前を呼ばれた感触。
胸の中がざわつく。
(認めたくない、と思った時点で、それはもう認めてるも同じ……なんだよな……)
ぎゅ、と胸のあたりを掴んで、呼吸を整えてから立ち上がる。
「そ、そうだな。
とりあえず、いくつか考えてたものがあるんだよ。
それ見に行く」
誤魔化すように、スカートの皺を払って帽子を被り直した。
今は、この気持ちに蓋をして、考えないようにしたかった。
考えたら、もうそのことで頭がいっぱいになりそうだったから。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「ファムちゃんおかえりーっ!」
「わっ!?」
黒い木製の扉を開けるなり飛び出してきたメアリーに、思わずタタラを踏む。
帰ってすぐに『じゃ、俺はこれから用があるから』とか言って、レンとは寮の入り口あたりで分かれてきた俺は、真っ先にメアリーとステラの部屋に向かっていたのだ。
「ただいま、メアリー。
ステラもいる?」
「いるよ。
呼んでこよっか?」
砦に帰ってくる頃には、空はオレンジ色に染まっていた。
というのも、あの後、2人で雑貨屋に向かって2人に昨晩のパジャマパーティーのお礼を買ってから直ぐに帰ってきたのだ。
……え?
レンへのお礼は買ったのかって?
……いや、これは物をプレゼントしたところで返せるような恩とかじゃないからさ。
それについては、今晩サプライズするつもりだ。
あーくそ、考えたくなかったのに。
「ありがと。
部屋入ってもいい?」
「どーぞどーぞ、あがってー!」
言って、部屋の中に通された。
俺はリビングの机の上に帽子を置くと、小さな紙袋を2つ、机の上に用意した。
──と、ほとんど同じタイミングで、火が焚かれていない暖炉の壁から回り込んで2人がやってくる。
「実は今日、昨日元気付けてくれたお礼を買いに行ってたんだ。
ほら、ゴブリン退治でお金持ちになっちゃったし」
言って、袋を2人に手渡す。
「わぁ!ありがとうファムちゃん!」
「ありがとう、ファムちゃん師匠!」
嬉しそうに顔を綻ばせて、紙袋を受け取ってくれるのを見て、なんだかこっちまで嬉しい気持ちになってくる。
なんだろう。
生前はこういうことあまりしなかったから、なんだかこんな反応されるのは照れ臭いや。
「開けてみて」
言って、開封を促せば、待ってましたとばかりに袋を開いて、中に入っていた物を取り出した。
そこには、薔薇の花を象ったヘアピンと、イバラを象ったヘアピンの2種類が入っていた。
メアリーの方は赤い薔薇。
ステラの方は白い薔薇だ。
お互い、髪の色によく映える。
「わぁ、かわいい!
しかもお揃いだ!」
初めにそう指摘してくれたのは、ステラの方だった。
どうやら、俺の銀色の前髪に飾られた青い薔薇のヘアピンに気が付いたらしい。
遅れてメアリーも『ほんとだ!』と喜んだ表情を見せてくれた。
「ふふん、喜んでくれて嬉しい限りだよ!」
アクセサリーは少し重いかな、とか思ってちょっと緊張してたけど、どうやら大丈夫だったようだ。
俺は内心ほっと胸を撫で下ろすと、満面の笑みを浮かべて2人に抱きついた。
「2人とも、これからもよろしくな!」
⚪⚫○●⚪⚫○●
「じゃ、俺はこれから用があるから」
ユーリア砦の女子寮の前に着くなり、ファム──ミカネはそう言ってそそくさとその場を後にした。
「おっ、おいミカネ!
荷物はどうすんだよ!?」
唐突にそれだけを告げて走って逃げていく彼女の背中に呼びかけるが、どうやら聞こえていないようだ。
レンはため息をつくと、仕方ないと肩を竦めて、自分の部屋に戻ることにした。
幸い、部屋の場所はミカネに教えてある。
用事とやらが終われば取りに来るだろう。
それに夕食もまだ食べていないし、食堂で待っていれば姿を見せるだろう。
「……それにしても」
石畳の廊下を歩きながら、考える。
(あんなに急いで、俺、何かしたか?)
今日一日一緒にいて、少なからず好意を向けられているらしい事は、さすがに察した。
そうでもなければ下着を選んで欲しいだとか言わないだろう。
あいつの性格からして、揶揄うためにあんな提案をしたとも考えられなくもないが、あの反応はどう見ても……。
それだけに、さっきの行動はどこか不自然に思えた。
「あーくそ、気になる……!」
わしゃわしゃ、と頭を掻きむしる。
掻きむしっていると、不意に視界にある井戸が映った。
今朝、剣の鍛錬をしようとした時に見た、あの光景を思い出す。
井戸の冷たい水に滴る銀色の髪。
細い手足はしなやかで、まるでそこに天使が舞い降りたかのような、厳かな景色。
思い出すと、すこし頬の痛みが蘇ってきた気がして、手で押さえた。
享楽的で暴力的。
性格にはまったく可愛げのないやつだが、一つ挙げるとすれば表情がコロコロ変わるところは、年相応にかわいらしい。
(ただ、それだけだ。
俺が知っているのは、ただそれだけのやつだ)
でも、相手から好意を持たれているとわかると、何か別の感情が湧き上がってくるような、そんな感覚になる。
(それは果たして錯覚なのか、それとも俺が気付いてなかっただけで、本当は──)
部屋に戻り、机の上に荷物を置く。
考えても答えが出ないなら、いくら考えても同じだ。
しかし、それがどちらにせよ、彼には一つ決めていることがあった。
それは、何があっても、何者も見た目で判断しないということだ。
誰かが言った。
『人は内面が全てである。しかしその外見が不細工であれば、誰もその内面を知ろうとはしない。よって、人は外見が全てである』
某テレビ番組で、とある俳優だったか芸人だったかが口にしていた言葉だ。
それを聞いた時、レンは確かにその通りだと共感した。
(たしか、ハロー効果、だったか)
その人に対する先入観、印象は、全てその人の外見で決まる。
その人がいくらすごくても、見た目が胡散臭ければその話が真実かどうかなんて考えず、胡散臭いと決めつけて話を聞かなくなるのだ。
レンは、殺人犯の子供だというレッテルを貼られたあの時から、いつか罪を犯すのではと決めつけられたから、この話はよく理解していた。
だからこそ彼は、人を見た目で判断したくないと思っているし、しないと決めている。
見た目ではなく、その内面で人を理解したいし、好きになりたい。
(たぶん、これからの付き合いで、あいつは本当はどういうやつなのかとか、わかるようになるんだろうな……)
ミカネとどうなるかは、それがわかった後決めればいい。
レンはそう結論づけると、夕食を摂るために部屋を後にしようとしたのだった。
ᛗ
人間を意味するルーンです。
コアイメージは『人と人との関係によって形作られた自分』。
自分というものは、人と人との関係を行き来することによって形成されていくものなので、要するにこのルーンは人間全般に作用することができます。
たとえば、一時的に自分と他者の感覚を共有したり、あるいは他人の姿に変身したり、人の姿を模した人形を作ったり、などと言ったことができます。
漢字一文字に変えると『似』。
⚪⚫○●⚪⚫○●
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