美少女な俺様が返り討ちにされる!
レンが案内したのは、商業地区とは真逆の方面にある工業地区の一角だった。
工業地区は、ユーリアの街を横断するユーリア河の下流に集中しており、主に水力によって機械を動かしているらしかった。
そんな河川沿いの一角にある、とある革細工店が今回の目的地である。
「えーっと、たしか……そうだ、ここだ」
レンが入って行ったその背中を追いかけて、同じく店に足を踏み入れると、なんの臭いだろうか、革の臭いなのか、それとも鞣に使う薬品の臭いなのか。
とにかくなんとも形容し難い独特な臭いが鼻をついた。
「ウ……ッ!?」
思わず吐き気が込み上げてきそうになるのを我慢して歯を食いしばる。
店の中は、2階まで吹き抜けになった作りになっていて、壁一面に革製のカバンが吊り下げられており、それ以外にも店の真ん中に配列された棚やラックにも、様々な革製のカバンが吊られていた。
レンは店の中をズンズン突き進むと、奥にあるカウンター、さらにその奥にある、暖簾のようなもので仕切られた部屋の入り口に向かって、声を張り上げた。
「ゴドウィンのおっさん!
今ちょっといいか?」
話しかけ方からして、そこそこ仲が良いのだろうか?そんなことを思いながら、ゴドウィンと呼ばれた人物の登場を待つ……が、しばらくしてもやってくる気配がない。
気になって部屋の奥の気配を探ってみると、何やら作業をしているらしい、人間の気配が見つかった。
それにしても背が低い。
全体的にずんぐりむっくりしていて、これは脂肪じゃなくて筋肉か。
糸をちまちまと何かに縫い付けているような気配がするが……。
「レン、奥の人なんか作業してるぞ?」
「あー、やっぱりか。
こうなるとしばらく呼びかけても無駄だな」
言って、肩をすくめる。
「……それ、防犯上どうなの?
扉開けっ放しだし……」
レンの諦めたような言い方に、思わずそんな指摘をする。
一見、店を見渡してみた限りでは、冒険者ギルドにあったみたいなガーゴイルの姿は見当たらない。
もし仮にここで万引きするとすれば、しほうだいもしほうだいである。
「それはありえねぇ相談だな、嬢ちゃん」
と、そこまで言った時だった。
暖簾の奥から1人の男が現れてきて、そんな風に否定のセリフを吐いた。
身長は俺とほとんど変わらないくらいの小柄な、筋骨隆々のずんぐりとした出立ち。
顔は髭とシワに覆われており、まさにザ・ドワーフといった感じの男性だった。
「もしそんな奴が現れた暁には、この俺の鋼より硬ぇ拳がそいつのケツの穴を掘り返さにゃならなくなるんでな」
キラーン、と白い歯を輝かせ、ドヤ顔をキメるドワーフ。
気配を辿ってみれば、どうやら先ほどまで作業をしていた人物と同じものらしい。
「作業してたら呼びかけても無駄なんじゃなかったっけ?」
疑問に思い、レンに視線を送る。
が、答えたのはドワーフの男の方だった。
「かわいらしい嬢ちゃんの声が聞こえてきたんでつい、な。
よかったらもっとその声を聞かせてくれねぇか?
一生そばで聞いていたいんだ」
おっと、新しいパターンの求婚が来たぞ?
ていうか、そういえば最近、目に入ればすぐにプロポーズって展開が無かったような。
……それにしても……ふむ。
なんでだろう、初めて感じたあのゾワゾワってなる感覚がないような。
言われ過ぎるほど言われてないけど、飽きちゃったのかな?
あるいは、相手が同じ種族じゃないから食指が動かない、とか?
「謹んでお断りします」
いつものように(?)お断りのセリフを吐いて軽く流す。と、ドワーフの彼──ゴドウィンは、少ししょんぼりしたような表情になって、『そうか……残念だよ……』と、カウンター裏にあったらしい椅子に腰を落ち着けた。
「それで、坊主。
街を出ていく話をした後だ、まさか彼女を見せびらかすためにわざわざ来たわけじゃねぇんだろう?」
やさぐれた調子で缶からキャンディーを一粒取り出して口に含む。
ついでにもう一つ引っ張り出して俺の方に目で『いるか?』と聞いてきたが、なんか手が黒かったし汚そうだったので遠慮した。
「あぁ。
カバンのことならゴドウィンのおっさんが一番だし、こいつ──ファムの為に、何かいいカバンを用意してくれないかと思ってな」
言って、レンが俺の肩を叩く。
「褒めても何も出ねぇぞ?
だが、そうだな。
そういうことなら、こんな素晴らしい別嬪さんを連れてきた礼だ。
特別に一つこさえてやろう、タダで」
僅かに彼の頬が赤く染まるのが目に映る。
どうやらかなり照れているようだ。
「チョロい……」
思わず、口をついてそんな言葉が飛び出してくる。
「言うな、聞こえるぞ」
「聞こえとるわい。
でも嬢ちゃんになら何度でも言われたいのぉ。
……ふむ、これが久しく忘れていた、恋の情熱だな!?」
「たぶんそれは違うワン」
うん、メザイア。
俺もそう思う。
彼のアレはどっちかっていうとアレだ。
言葉責めに喜ぶドMリスナーだわ。
纏ってる雰囲気がそれに近いものを感じる。
閑話休題。
それから俺は、ゴドウィンと話しながら、どのようなデザインでどのような機能が欲しいかとか、重さはどれくらいがいいとか、ポケットの数はどうだとかいろいろな話をして、その日のカバンの買い物は終了した。
というのも、どうやら俺の希望に合わせてオーダーメイドしてくれるらしいのである。
しかもタダで。
いやぁ、ゴドウィンさん太っ腹だなぁ。
しかも完成したら砦の方まで届けてくれるって言うし。
かわいいってお得。
俺は今日、そんな事実を改めて実感したのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
さて、残るはあと下着とレンのハンカチだけど──。
「ここなら2つ同時に済ませられるワン!」
連れてこられたのは、同じく工業地区の一角にある縫製工場が直接経営する店だった。
中に入れば、様々な布製品が陳列された棚やラックが並べられており、確かにここならばハンカチも下着も、両方同時に買うことができるだろう。
……それに、初めに画策していた、レンに俺のかわいさをわからせる目的も自然に達成できる。
かわいさをわからせるというか、今後レンが不埒な視線を誰かに向けたときに俺を思い出させて、忘れさせないようにする作戦だけどね。
俺は荷物で両手が塞がっている彼の腕を、逃げないように掴んで引き寄せた。
「ファム!?」
するとどうやら俺の目的を瞬時に悟ったのか、彼は狼狽えた様子で俺の名前を呼んだ。
こいつ、実はそんなにモテないやつらしいからな、知らんけど。
ランジェリーショップゾーンには入らず、財布だけ渡して外で待ってるつもりだったのだろうが、そうはいかない。
「レン、お、お前が俺の……その……」
あ、あれ?
おかしいな。
いざ言おうとすると、なんか恥ずかしくて言葉にできないんだけど。
モゴモゴと口の中で舌を狼狽えさせながら、意を決して言葉の続きを吐き出そうとするが、しかしなぜだ。
なぜ、俺はレンの顔を見れない!?
そんな様子の俺に何か合点がいったのか。
後ろからメザイアが近づいてきて、フォローの言葉をかけてくれた。
「どうやらファムちゃんは、レンに下着を選んで欲しいみたいだワン」
やれやれ、と肩をすくめるようにして告げるそのセリフに、レンは『えっ!?』と驚いたような表情を見せた。
「……そうなのか、ファム?」
信じられないのか、確認するように尋ねてくる彼の視線が痛い。
耳が完全に熱くなって、動悸が激しくなるのを自覚する。
「……そう、だ、よ……!悪いかっ!」
これじゃあ俺がからかうつもりだったのに、俺がレンに忘れられなくさせる為に仕掛けたはずだったのに、完全に返り討ちじゃないか……ッ!
「い、いや、悪、くはない、け……ど////」
「……////」
2人して照れて顔を赤く染め、互いにそっぽを向いて顔を隠した。
そんな様子の2人を見て、メザイアが一言、こう呟いたのだった。
「はぁ、こっちまで恥ずかしくなるワン……」
返り討ちっていうか、むしろこれ自爆してね?
⚪⚫○●⚪⚫○●
ᛖ
馬や自由を意味するルーンです。
コアイメージは『独立』。
物事を自動化させるルーンで、 ᛃ と組み合わせる事で、術式で組んだプログラムを、条件を満たしたときに自動で発動させるようにできます。
また、単体で馬を作り出したりすることができ、移動手段として利用される。
漢字一文字に変えると『働』。
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