美少女な俺様がファッションショーをする!
メザイアが店に帰ってきたのは、既に会計を済ませた後だった。
「それで、なんの香油にしたんだワン?」
次の目的地であるブティックへと向かう道すがら、彼女は俺たちの前に回り込むようにしながら、レンに持たせている紙袋の中身を尋ねた。
「えっと、クインビーハニーっていう匂いだよ。
魔術香油じゃなくて普通のやつなんだけど」
言って、彼から香油入りの箱を受け取って見せる。
黄色く着色された、ちょっとおしゃれな円盤形の木製のケースで、蓋の上には『クインビーハニー』と白いリボンを模したラベルが貼られている。
「へぇ、いいよね、その匂い!
確かクインビーの蜜蝋から作ってるちょっといいやつだワン。
ファムちゃんにピッタリだワン!」
「そうだろうそうだろう?」
クインビー、というのは、キラービーと呼ばれる蜂型の魔物の上位種族だ。
キラービーより2回りほど大きく獰猛なので、眠り薬か毒餌を使って討伐するのが一般的なのだとか。
この話を聞いた時、俺はこう思った。
あっ、魔物の討伐って、武器で素直に戦ったりしなくてもいいんだ……。と。
むしろ冒険者の中では、そうやって罠を仕掛けて討伐する方が安全だという意見も多いらしい。
一方で、薬を使うと素材が悪くなるから使わないという人もいるそうだ。
あ、そうそう。
悪魔と魔物の違いについて、バーバラが教えてくれた事がもう一つあったんだけど、悪魔は倒すと全身が魔石に変わるのに対して、魔物の場合はどこか体の一部を残して魔石に変わるらしい。
要するに、魔物はドロップアイテムを落とすこともあるけど、悪魔の場合はドロップアイテムは落とさない、ということのようだ。
理由についてまでは詳しく教えてくれなかったし聞いてないけどね。
なんか高そうだったし。
そうこうしているうちに、俺たちはあるブティックの前にたどり着いた。
中はそこそこ広く、沢山の洋服が所狭しとラックに吊るされていたり、棚の中に畳まれて陳列されていたりしていた。
よく見るユニ○ロの店内をちょっとコンパクトにしたようなイメージだ。
「そういえば、どんな感じの服が欲しいとかって決めてるんだワン?」
店内に入るなり、そんな質問が飛んでくる。
「んー、そうだな。
何着か普段着用のものが欲しいかな。
なるべく動きやすくてかわいいやつ。
とりあえずベージュのワンピースとか……この髪型に似合ったの?
あと普段のポニテに合わせた服も欲しいし、それから下着も無いから2セットくらい欲しいし……ねぇ、どれくらいお金いると思う?」
指折り数えながら、後から入ってきた彼女に質問する。
「うぅん、そんなに買うとなると……ここだけでも1万ギルはかかっちゃうんじゃないかな、ワン?
今全部でどれくらいあるんだワン?」
思ったより高い予算を突きつけられて、少しだけたじろぐ。
予定では5000ギルに抑えるつもりだったのだが、何が嵩張ったんだろ?
そんなことを思いながら、レンに財布を要求する。
受け取って中身を数えると、残り9万4000と少しだった。
「それくらいあれば余裕だワン。
とりあえず色々物色してみよう!だワン!」
それから、俺たちは店の中を歩き回って、気になった服があれば試着するを繰り返した。
まず初めに持ってきたのは、メザイアのコーデだ。
今の髪型に合わせて、白シャツに青のベスト、濃紺のフレアスカートを着せて、アクセサリーとして青いリボンとエメラルドのガラス細工でできたブローチとからの伊達眼鏡を合わせて知的な感じを演出。
さしずめ図書委員の真面目系女子といったところか。
次に用意されたのは、ベージュのワンピースに上から、赤いラインと緑のラインのアクセントが高地系民族衣装を思わせる、同系統の少し濃いめのジャケット。
厚底の黒いブーツを合わせて、髪型を三つ編みおさげ一本にしたことによって、大人しい仕上がりになった。
「うーん、かわいいけどなんか地味だな……。
俺の趣味じゃないや」
三つ編み、昨日初めてやったから嬉しくて今日もしてきたけど、どうしても地味さが拭いきれない。
俺はどちらかといえばゴシック系の方が好きなんだよなぁ、と、魔術で作った鏡に映る自分を見て、改めて思う。
ちなみにこの鏡を作る魔術は、昨日メアリーに教えてもらったものだ。
「じゃあ、これなんかはどうだ?」
そう言って次の服を持ってきたのは、荷物持ちに同行していたレンだった。
「わ、ゴシック系だ。
こんなのあったんだ」
受け取ったものの一番上にあったものを広げてみると、それは丈が長めの濃い青のポンチョ……みたいなマント?だった。
ゴシック系で派手だけど、そこまでド派手という感じではなくシンプルでスッキリしている。
しかもただ青いと言うだけじゃなくて、しっかりとふちに可愛らしい刺繍がされてあった。
「じゃ、これ着替えてくるね!」
試着室に入り、服を着替える。
レンが選んでくれたのは、かなりシンプルだけど、ツル植物を象った模様が綺麗に整えられた、可愛らしいデザインのものだった。
白のワイシャツに、真ん中に一本、太い黒に近い濃紺のラインが入った青のコルセットベルト。
丈は短いけどひらひらと可愛らしい黒のプリーツスカートは、裏地がしっかりしていて裾から白のレースが見えている。
その上から青のポンチョを羽織り、留め金を留める。
うん、かわいい!
これに合わせるなら、下はタイツよりニーソの方が似合うな。
そっちの方が絶対領域を強調できてよりかわいさが際立つ。
最後に、髪型をいつものポニーテールに戻してから、ベルトっぽい飾りがついた、鍔の広い青の大きな三角帽子を被って、と。
……うん。
こりゃ、完全に魔女っ娘がコンセプトだな。
長い魔法の杖っぽい小道具でも持たせれば完璧じゃねぇの?
まぁ、俺の戦闘スタイルは超近接戦闘、いわゆるECQCだから、真逆の衣装ではあるのだが……普段着としてなら、まぁ、着てやらんでもない……かな?
閑話休題。
それから、いくつかのパターンを試着していくうちに、いつの間にかその場は軽いファッションショー状態となった。
俺が服を着ては2人に見せるというのを繰り返していると、店に入ってきたお客さんがそれを見て足を止めるのである。
途中からは店員までいろんな衣装を持ってきて俺に着せてきたりし始め、さらには店のそこかしこから『ねぇ、あの服どこに置いてるの?』みたいな声が聞こえてくるようになった。
(なんだろう……めっちゃ疲れるけど、これ……超楽しい!)
初めのうちは買い物が目的だった俺の気分は、いつの間にか観客に見せるためへと変わっていき、試着室のカーテンを開けるたびにポーズを決めてみたりとかを始めて──気がつけば、3時間くらい時間が過ぎていた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「あー……足疲れた……」
商業地区の一角にあるケーキ屋。
その屋内のテーブルに突っ伏しながら、俺は床につかない足をブラブラと揺らしていた。
「おつかれだワン」
「んぅ〜、ありがとうメザイア。あとレン」
「俺はついでかよ」
言って、ケーキとオレンジジュースを俺の目の前に置く。
氷は入っておらず、ちょっとぬるい。
俺は指先に魔力を集中させてルーンを描くと、いくつかの氷ブロックを出してコップの中に落とした。
これも昨日メアリーに教えてもらった魔術の1つだった。
「ちゃんと感謝してるってば。
だって、お前の交渉のおかげで、そこにある服、全部6割り引きくらいで買えたんだしな」
言いながら、彼の座る椅子の横に積まれた紙袋に視線を向けた。
あの後。
ファッションショー(?)で着た服で街を歩くことで店の宣伝をすると言う条件で、ここまで安くなるよう彼が交渉してくれていた。
なぜ6割も、と疑問だが、曰くあの店は店長が変わってからさほど儲からなかったらしい。
ずっと閑古鳥の鳴くような寂しい店だったのだが、俺のファッションショーが開きっぱなしの店の入り口から見え、集客につながったのだとか。
おかげで売り上げは異例の10倍ほどにまで増え、そのお礼も兼ねてさらに──ということらしい。
たぶん、彼が交渉しなかったとしてもかなり割引してくれるつもりだったのだろうが……レンの提案のおかげで、さらに安くなったのだ。
……もし、あのまま全部買っていたら、一体いくらになったのだろうか?
考えるだけで少し怖くなった。
というわけで、俺は現在、レンがコーディネートした魔女っ娘っぽい服装に着替えていた。
ちなみに三角帽子は邪魔なので、今は隣の椅子の上に置かれている。
ケーキ、というか生クリームがトッピングされたカステラという印象に近い、果物の乗ったケーキを口に運ぶ。
正直前世のケーキと比べるとかなりグレードが落ちるけど、どうやらこの世界だとそこそこな部類に入るようだ。
メザイアはほっぺたが落ちそう、みたいな感じのジェスチャーで嬉しそうにケーキを頬張っている。
世界や国が変わると求められる味覚も違うのだろうなぁ、と、改めてカルチャーショックを受けた。
「それで、次はどうするんだ?」
レーズンらしきものが混ざっているのだろう、紫色のクリームがトッピングされたカステラっぽいケーキを口に運びながら、レンが次の予定を尋ねた。
それにしても体力あるなぁ、こいつ。
前世の俺だったらたぶん、もう帰ろう!ってなってるのに。
……それとも、早く自分の用事を終わらせて帰りたいのか。
いや、だとしたらハンカチの件を最後に回したりしないか。
(……優しいな、レンは)
俺は、頭の中の予定表を参照しながら、不意にそんなことを思う。
「残ってるのは、俺のカバンと下着、それからあとお前のハンカチだな。
メザイアは他に何か買いたいものとかある?」
「ん?
あー、そうだなぁ……特に無いワン」
一応尋ねてみたが、どうやら残りはこの2つくらいのようだ。
それなら、日暮れくらいには砦まで帰れるかな。
……俺の方は、あと3人へのお礼が残ってるけど。
メザイアを突き合わせるわけにもいかないし、ここは彼女が帰ってから改めてレンに話そう。
尤も、彼にお礼をプレゼントする話は秘密だけどね。
「カバンかぁ。
それなら、俺が良い店を紹介してやろう。
安くて丈夫、機能性も抜群のいいカバンが売ってるんだ」
──というわけで、俺たちは彼に案内されて、商業地区とは真逆にある、工業地区の一角へと案内されることになった。
ᛒ
成長を意味するルーンです。
コアイメージは『母性』。
母性を持って成長を見守るだとか、母親のような愛情といったイメージですが、この世界の魔術ではとりあえず『木に水を与えて育てる』ようなイメージのルーンとして扱います。
果物を早く熟れさせたり、植物の成長を早めたりさせる他にも、歳をとらせたり、逆さに書くことで若返らせたりすることができます。
漢字一文字に変えると『育』。
⚪⚫○●⚪⚫○●
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