美少女な俺様がパジャマパーティーに誘われる!
太陽が街を囲う防壁の向こうに沈み、2つの月が夜を明るく照らし出す。
こちらの世界に転生して早17年、この明るい夜にも慣れてきていた。
そんや夜空が綺麗な会場──ユーリア砦の食堂──のロッジで風に当たっていると、不意に男の腕がレンの肩を抱き寄せた。
「おい、レン。
どうしたんだ、あの勇者殿は?」
言いながら、ハンスが食堂の窓の方へ指をさした。
するとその窓の向こうには、会場の隅でぶつぶつと呟きながら、ちびちびと葡萄酒を傾ける少女の姿が見てとれた。
言わずもがな、ファムである。
魔力溜まりの一件以降、最初の方こそ怒ったように機嫌が悪かったものの、あそこまで目に見えて鬱っぽくはなってはいなかったのだが、時間が経つにつれ自虐的な言葉が増え、今ではこのような有り様になっていた。
どうやら彼女は、時間をかけて怒りから鬱に進行するタイプの人間らしい。
「まさかテメェ、ファムちゃんを泣かせたりとか──」
「してねぇって!
ただちょっと、体質的なトラブルがな……」
こういう失敗を周りに広めるのは、かえって心の傷を広げる事になる。
レンは言葉を濁しながら、ハンスの質問を回避する。
それにしても落ち込み方が独特だ。
というのも、5時間かけて時間差で落ち込むやつというのをレンは初めて見たからだ。
たぶん、この世界に青い鳥のSNSでもあれば、かなり長い間病みツイしているに違いない。
いや、むしろ病み垢でも作っていたとしても不思議じゃないくらいだ。
レンは肩を竦めながら言葉を続けた。
「まぁ、見ての通りだ。
今はあんまり関わってやらないでくれ」
乾杯の音頭が取れただけでも良かったんだ。
もし既に今の状態なら、乾杯のかの字すら言えなかっただろう。
言うと、ハンスは少し焦ったいような苦い表情を浮かべるなり、ガシガシとその逆立った金髪を掻きむしった。
「わかった。
今の俺には、何もできそうにないらしいからな。
……ところで」
騎士見習いの1人が、空になったジョッキに葡萄酒を注ぎ、軽食の追加を提案する。
対してハンスはハムを数枚指でつまむと、そのまま一気に肩に放り込んだ。
「ろーぐりーがむぁだかえってきてねぇんだが」
「食べながら喋るなよ……」
モグモグと口をうねらせながら喋る彼に、レンは眉を顰めながら指摘する。
するとハンスは、そんな彼に(んな細けぇこと気にすんなよ……)とでも言いたそうに眉を顰めながら、全部を飲み込んで話を再開させた。
「んぐ……ごく。
ローズリーの隊がまだ森から帰ってきてねぇんだが、レン、どう思う?」
「捜索隊は?」
「出した。
おそらく交戦したんだろう跡は見つかったが、死体は出てこなかった。
ローズリーらがいた場所は浅ぇし、戦闘音は聞こえていた筈。
なら、戦闘終了の合図も聞こえていたと思うが、まだ帰投していない。
それに、通信用の魔具にすら反応がないのも怪しい」
真剣な表情でそう語る彼に、レンは嫌な予感を覚えた。
「まさか、連れ去られた、と?」
「その可能性が高ぇな。
あの戦闘では草原グールが必ず従えているはずのシェドゥーの姿が1匹も見当たらなかった。
シェドゥーにとって、森の暗闇は庭みたいなもんだ、何人か影に引き摺り込まれて攫われたとしてもおかしくねぇ」
レンは、シェドゥーが人や動物を影の中に引き摺り込むことがあるなんて聞いたこともなかった為、その推測に懐疑的になる。
しかし、シェドゥーは魔術を使う。
そういう術式を魔王軍側が発見していて運用した可能性も、無いわけではないが……。
「それで」
ジョッキを傾けて、緩くなった葡萄酒を喉に流し込んで、金髪の巨漢に視線を流した。
「その話を俺に聞かせて、何をさせようって言うんだ?」
わざわざ人の少ないロッジの方で、こうやって話しかけてきたと言うことは、おそらく他の誰かには聞かれたくないことなのだろう。
それに祝勝会という雰囲気をぶち壊して、行方知れずのローズリーらの話をするのは、場を陰鬱にしてしまうからな。
「話が早くて助かる。
実は──」
⚪⚫○●⚪⚫○●
祝勝会。
そのワイワイと騒がしい雰囲気は嫌いじゃない。
自分も混じって騒げば、この陰鬱な気分も晴れるかもしれない。
しかし、今俺の頭の中では、あの時の3人の視線がぐるぐると回り続けていて、なんと言うか、気分が悪い。
(俺のせいで、魔力溜まりの調査ができなかった。
俺の魔力が強すぎたせいだ。
それでみんなの足を引っ張った……。
もしまた同じようなことが起きたらどうしよう……)
一度失敗すると、そのことばかり考え続けてしまうのは、もはや病気と思えてしまう。
そして今、俺のこの状態のせいで他の3人にも迷惑をかけて……はぁ。
「鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱……」
生前は笑い上戸だったが、どうやら今世の体は飲み過ぎるとこんな状態になるらしい。
酔っている感覚は、まだないけど。
「ファムちゃん師匠、ちょっといいかな?」
そんな俺の前に、覆い被さる影があった。
肩口までの黒い髪、暴力的な巨大な胸は柔らかそうで、視線がその巨峰に吸い込まれていく。
「……何?」
黒曜石みたいな黒い瞳が、俺の顔を覗き込んだ。
その顔に怒ったような表情はない。
呆れているわけでもない。
そこにあるのは、優しい笑顔だった。
「私たちってさ、ファムちゃん師匠のこと、そういえば何も知らないなぁ、って思ってたの。
もちろん、私たちだってファムちゃんにまだちゃんと自己紹介できてなかったなって。
……だからさ、今晩。
私たちの部屋で、パジャマパーティーしない?」
「……パジャマ……パーティー……?」
予想だにしなかったステラの提案に、思わずおうむ返ししてしまう。
パジャマパーティー。
聞いたことがある。
女子たちが友達の家にお泊まりして、パジャマを着て、お菓子を食べたり恋バナをしたりしながら、一夜を明かす、幻のパーティー。
ポカン、としたままそのおっぱ──じゃない、黒い瞳を見つめていると、ステラは立ち上がって『それじゃ、待ってるからね♪』と告げて、会場を後にしたのだった。
「……え?」
頭の中を、パジャマパーティーという言葉がぐるぐると回りだす。
パジャマパーティーということは、もちろん俺もパジャマ姿にならなきゃいけないわけだ。
だかしかし、俺にはそんなものは一着だってない。
前に着ていた服は、持ち運ぶのが面倒という理由で、あの倉庫の中に置きっぱなしだし、実質これが一張羅みたいなものなのだ。
これじゃあ、パーティーに行けない!
「ど、どうしよう……」
今更服屋さんなんて行って空いてないだろうし……。
だからといって、元気付けようとしてくれたステラのことを無碍にすることはできない。
木製のジョッキ、その中に映る赤紫色の液体に映る自分の顔を睨む。
そこに映っていた俺の表情は少し固かったが、それでも絶世の美少女と言っても足りないくらいの可愛らしさが……はぁ、かわいい……俺様かわいい……。
「……よし」
かわいい弟子からの頼みだ。
俺は意を決すると、とりあえず気力を回復させるために、ジョッキに残ったお酒を全部飲み干すのだった。
ᛇ
死と再生を意味するルーンです。
コアイメージは『一回ぶち壊して新しいものに作り替える』。
この時の新しいものというのは、壊れた後の瓦礫なんかも対象となりますので、例えば「壊れていないおもちゃ」が「壊れたおもちゃ」に作り替えられるという見方もすることができます。
また、このルーンは北欧で弓の材料とされていたイチイの木の象形文字でもあるので、何か魔術を矢のように飛ばしたい時とかにも使われます。
治療系、あるいは即死系の基礎ルーンで、使い方次第で非常に強力な魔術になります。
漢字一文字に変えると『転』。
⚪⚫○●⚪⚫○●
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